第48話「朝食なのじゃ!」
リスタ王国 王城 貴賓室 ──
謎の黒装束と一緒に部屋の中に落下したラッツは、空中で何とか身体を捻って着地した。部屋の中では驚いた様子のフェルト、彼を護るように前に出て剣を抜いているオズワルト。そして先ほどの黒装束の者が立ち上がりつつあった。
「一体、何が……?」
と驚いているフェルトを押しのけるように黒装束が前に出る。そして、その姿からは想像ができない可愛らしい声を発したのだった。
「そいつ……何か着込んでる、気をつけて」
よく見て見ると黒装束はかなり小柄な体型をしており、高めの声から察するにどうやら子供のようだった。ラッツが切られた左肩を右手で触ると、血は出ておらず痛みと共に滑らかな金属の感触があった。
ラッツが無言で視線だけを動かし逃げ道を捜していると、状況を把握して落ち着きを取り戻したフェルトが前に出て
「二人とも待ってくれ……君は、おそらくこの国の人だね? 何をしていたのか知らないが、この場から立ち去るなら追わないと約束するよ」
と優しげに微笑みながらラッツに提案する。その言葉にオズワルトと黒装束の子供が驚き、フェルトの方へ振り向いた瞬間、ラッツは壁を蹴って再び天井裏へと逃げ込んだ。すぐに追いかけようとした黒装束の子供にフェルトは制止する。
「リュウレ、いいんだ!」
リュウレと呼ばれた黒装束はピタリと止まって振り返り、フードとマスクを取った。その下には整った少女の顔をしていたが、頬を膨らませて抗議の視線をフェルトに送っている。オズワルドも剣を納めながら、首を軽く振って尋ねる。
「フェルト様、よろしかったのですか?」
「あぁ、おそらくリリベットの命令じゃないだろう。あの子なら知りたいことがあれば、正面から聞いてくるからね」
フェルトはそう答えると、リリベットを思い出したのか楽しそうに笑みを浮かべていた。その瞬間ドアを叩く音が聞こえ、部屋の前を護衛していた衛兵が慌てた様子で
「フェザー様、凄い音がしましたが大丈夫ですか!?」
と尋ねてきた。フェルトは一部崩れた天井を眺めながら困った顔をして
「さて、なんて誤魔化そうかな?」
と呟くのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 近衛隊詰所 ──
そのしばらく後ミリヤムがラッツを待っていると、慌てた様子のラッツが転がり込んできた。ミリヤムが驚いた様子で立ち上がると、反動で椅子が大きな音を立てて倒れる。
「ちょっとどうしたのよ、ラッツ!?」
そのミリヤムの問いに、ラッツは右手で左肩を押さえながら苦笑いしつつ答えた。
「ははは……すみません、ドジりました」
「ちょっと怪我したの? 見せなさいっ!」
ミリヤムはラッツに駆け寄ると、彼の手をどかして服が破れている左肩を見る。
「これ、チェインメイル……着てたのね」
近衛隊の支給品ミスリル製のチェインメイルを着込んでいたおかげで、リュウレのナイフが通らず致命傷にならず肩の骨が折れる程度で済んでいたのだ。
「癒しの風」
ミリヤムが癒しの風を発動させると、緑の光がラッツの肩を中心に広がる。徐々に痛みが引いてきたのかラッツの顔が苦痛から穏やかなものに変わっていく。
「すみません、ありがとうございます……」
痛みが引いたラッツは事の次第をミリヤムに報告した。それを聞いたミリヤムは頭を抱えて机に突っ伏しながら呟く。
「今頃、衛兵が犯人を捜してるだろうし……これ、絶対兄さんに怒られるやつだわ」
しばらくして、勢いよく立ち上がると意を決したように
「ちょっと兄さんに謝ってくるわ。ラッツは休んでいなさい」
と告げて、詰所から出て行くのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 貴賓室 ──
翌朝、宰相から報告を受けたリリベットだったが、ミリヤムとラッツを咎めることはなかった。全てリリベットのための行動ということを理解しているからではあるが、それでもフェルトが怒っているかもと思うと落ち込んだ顔をするのである。
リリベットは、マリー、ミリヤム、ラッツの三名を連れて、すぐにフェルトのいる貴賓室に向かった。朝早くから訪れたリリベットを微笑みながら部屋に迎え入れたフェルト。
「いや~……昨晩は大きな猫が天井から落ちてきてね。衛兵諸君を驚かせてしまったようだ」
「えっ?」
リリベットが謝罪の言葉を言う前に、フェルトが爽やかな笑顔で発した言葉にリリベットがポカーンっと口を開けて驚いている。フェルトはラッツの方を一瞥しながらクスリと笑う。
「すぐに逃げていったけど、どうやら猫も無事だったようで何よりだね」
特に問題にするつもりはないという、フェルトの意図に気が付いたリリベットは呆れた顔をした。
「お主も変わり者なのじゃ……ところで、そちらの者は昨晩は居なかったと思うのじゃが?」
リリベットの瞳には、フェルトの傍らに立っている小柄でメイド服を着た少女が映し出されていた。少女は歳の頃はリリベットと同じぐらいに見える。
「あぁ、ちょっと用事を言い渡してあってね、昨晩着いたんだよ。紹介するよ、彼女は僕の侍女で名前をリュウレと言うんだ」
紹介に合わせてリュウレは無言でカーテシーをする。それを見たラッツはミリヤムに小声で呟いた。
「……たぶん彼女です。昨日攻撃してきたの」
ラッツもリュウレの姿を見るのは初めてだったが、小柄な体型と可愛らしい声から少女であることは予想していた。ミリヤムはゆっくりと頷くと、じっとリュウレを見つめている。
その様子にリュウレが無礼を働いたと思ったのか、フェルトが慌てながらフォローを入れた。
「あはは、彼女はちょっと無口でね、許してあげて欲しい」
リリベットは、なぜか面白くなさそうに頬を膨らませている。そして思い出したように頷くと
「そうだ、フェルト。食堂に朝食が用意してあるのじゃ」
とフェルトを朝食へと誘うのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 食堂 ──
普段リリベットは朝食を寝室で簡単に済ませてしまうため、食堂を利用することは少ない。しかし賓客が来ている時は食堂で共に取るようにしている。
一行が食堂に訪れるとすでに待っていた宰相が出迎えてくれた。長い食卓には白いテーブルクロスが敷かれ、テーブルの上には三つの花瓶に花が添えられている。
上座付近にはリリベット、フェルト、宰相の三名が座り、少し離れてミリヤム、ラッツ、オズワルト、リュウレの四名が座った。オズワルトとリュウレはフェルトと同じ食卓に着くのを辞退したが、リリベットの『皆で一緒に食事をするのはリスタ王家の慣習』という言葉と、フェルトの勧めによりしぶしぶ席に着いたのだった。
全員が席に着くとマリーを含む、女王付メイドたちが給仕を開始した。食卓には三種類の焼きたてのパンが入った籠、燻製肉と蒸した魚料理、酸味のあるソースが掛けられているサラダ、後いくつかの果物が並べられていく。最後に飲み物が用意されると、それぞれ給仕によって取り分けられ朝食が始まった。
リリベットはバケットを手に取ると、小皿のバターを眺めている。そしてマリーを見つめながら
「マリー、クリームを……」
と上目遣いでお願いしてみるがマリーの冷めた目で見下ろされて、大人しくバターを塗ってパクリと食べ始めた。そんな様子を見てフェルトはクスクスと笑っている。リリベットは頬を膨れさせながら尋ねる。
「むぅ……そう言えば、フェルトはしばらく滞在するのじゃな?」
「うん、少し長めの休暇を貰ってきたからね。リリベットは公務があるんだろ? 僕はリスタの街を観光でもしようかと思っているよ」
今回のフェルトの訪問は公的なものではないため、女王のスケジュールには組み込まれていないのだ。残念そうな顔をしているリリベットに宰相のフィンが
「……陛下、本日は公務をお休みなさったら、いかがでしょうか?」
と提案する。リリベットは、一瞬パァっと明るい顔になったがすぐに暗い顔になる。
「なに、よいのか? む……しかし、よいのじゃろうか?」
公務と私事を天秤にかけて難しい顔で唸っているリリベットだったが、宰相はジロリとミリヤムの方を睨み付けると
「安心ください、陛下。今日の予定は私と愚妹で処理しておきます。せっかくフェイト殿がいらっしゃっているのですから、ご案内して差し上げればよろしいかと」
「うむ……そうか。それでは、よろしく頼むのじゃ」
再び明るい顔になったリリベットは、フェルトに向かって
「今日はわたしも一緒に街に出るのじゃ!」
と宣言したのだった。
◆◆◆◆◆
『宰相の説教』
宰相の執務室に事の次第を説明しに行ったミリヤムだったが、その場で三時間ほど説教をされることになる。
ミリヤムは終った頃にはぐったりとしていたが、騎士オズワルトに関しては宰相も気になっており密かに調べることを心に決めたのだった。




