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第45話「船旅なのじゃ!」

 ノクト海 海上 グレート・スカル号 前部甲板 ──


 大猪討伐から十日が経過していた。


 吹きつける海風に気持ち良さそうに受けて、長く美しい黒髪を靡かせているコウジンリィは、ジオロ共和国への船旅の途中であった。彼女がジオロ共和国に向かっているのは、本来の目的である祖母から受け取った家宝を父である当主に届けるためだ。


 グレート・スカル号がリスタ王国を出航したのは三日前、あと四日は船の上という計算だ。この魔導帆船は風の影響を受けずに走れるため予定がずれることはないが、退屈気味になってきたのかジンリィは水平線を眺めてため息をついていた。


 そんなジンリィに、この船の船長ログス・ハーロードが後から声を掛ける。


「よぅ、お客人。船旅は快適かい?」


 荒々しく乱れた長い黒髪を風で揺らし、浅黒い顔を崩して笑うログス。そんな彼を一瞥するとジンリィは微かに笑いながら答えた。


「揺れもほとんどないし快適さ。これなら平地にいるのと変わりやしない。まぁずっと水平線しか見えないのが、ちょっと退屈かねぇ……この辺りはクラーケンでも出ないのかい?」


 たとえクラーケンが現れようとも、小さな島ほどあるグレート・スカル号の船体ならばビクともしないが、船乗り的には嫌だったのかログスは少し眉を上げて苦笑いをする。


「やめてくれ、縁起でもねぇ。ほれ、これをやるよ」


 と言って持っていた酒瓶を一本、ジンリィの方へ投げる。それを空中でキャッチしたジンリィは、ニヤリと笑うと栓を抜いて一気に煽った。


「ぷはぁ、気が利くじゃないかい。船長」

「がははは、美人にはサービスさ」


 豪快に笑いながらジンリィの隣まで行くとログスも酒瓶を取り出し、彼女の酒瓶に合わせて鳴らした。


「よい航海に!」



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 宰相執務室 ──


 一方その頃、宰相執務室では宰相フィン、財務大臣ヘルミナ、近衛隊長ミリヤム、衛兵隊長ゴルドの四名による話し合いが持たれていた。議題は新たに臣下に加わる事になったコウジンリィの所属についてだった。


「ジンリィは、明らかに近衛向きでしょう!?」


 まず口火を切ったのはミリヤムである。その言葉にゴルドは首を振りながら、小馬鹿にしたような顔で反論する。


「いやいや衛兵の仕事の方が幅が広い。あれほどの力だ、余さず活かすためにも衛兵隊に回すべきだろ! ……それに近衛は、レイニー連れてったんだから今回はこっちに譲れや」


 近衛隊に女性隊員が欲しかったミリヤムは、討伐隊で一緒に戦ったレイニーを隊に引き抜いていた。そのまま言い争いを始めたゴルドとミリヤムに対して、宰相フィンは咳払いをする。


「んんっ! 落ち着きなさい、二人とも。私も今回はゴルド殿の意見に一理あると思う」

「兄さんっ!?」


 ミリヤムは兄がゴルドに味方したと思い、すぐに抗議をしようとしたが宰相は手のひらをミリヤムに向けて制止する。そして、そのまま話を続けるのだった。


「私も彼女にはある程度幅広く自由に動いて貰いたいと考えている。そこで兼ねてよりの懸案だった新しい部隊を新設し、彼女をその隊長に据えるつもりだ」

「なっ!?」


 勝ったとドヤ顔をしていたゴルドは、衛兵隊への配属ではないと聞かされて驚いていた。


「新部隊設立は、前々からの課題ですが……規模はどれぐらいでしょうか、閣下?」


 と心配そうな顔で尋ねたのは財務大臣のヘルミナだ。部隊の新設となれば、それなりの予算が掛かる。想定される規模によっては、予算の組みなおしも考えなくてはならないのだ。


「まずは百名程度、編成に関してはまだ決めていないが、副隊長には移民街役所の所長であるシグル・ミュラーを推挙するつもりだ」


 シグル・ミュラーは、かつてクルト帝国内にある領主軍で参謀を務めていた男で、フィンは彼の才能を役所の小役人などに埋もれさせておくのは勿体無いと常々思っていた。


「新部隊新設で副隊長にシグルか~、まぁいいんじゃねぇか? 確か複合的って話だったから衛兵隊の仕事も手伝ってくれるんだろ?」


 宰相の決定にゴルドは諦めた様に髪を掻きながら答えるが、ミリヤムは納得できないという顔で詰め寄る。


「兄さんが決めたことなら仕方ないけど、代わりに誰か紹介してよね!」

「……考えておく」


 ミリヤムを要求を軽くいなしたフィンは、引き続き部隊新設のための諸手続きについての会議を再開するのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 近衛隊詰所 ──


 その頃近衛隊詰所では、ラッツと新たに近衛になったレイニーが隊長であるミリヤムを待っていた。レイニーは丁度届いていた近衛の制服に着替えている最中である。


 彼女は男性隊員と女性隊員を分けるために用意された、衝立から顔を覗かせるとラッツに向かって


「覗いたら、殴るからね?」


 と睨み付けてくるが椅子に座っていたラッツはそちらを向かず、手をヒラヒラ揺らしながら答えた。


「覗きませんよ……信用ないなぁ」

「あ……あんなことするからでしょ!?」


 レイニーの言う『あんな事』とは、先の祝勝会の出来事のことである。しかしラッツのあまりに興味なさげな態度に、レイニーは頬を膨らませて衝立の奥へ消えていった。


 そして衝立の奥で着替えると、白い近衛服でラッツの前に現れた。


「ど……どうかな、ラッツ君?」


 やや恥ずかしそうに顔を赤くしたレイニーは、その場でくるりと回ってみせる。恥ずかしそうに微笑と着慣れない服へのぎこちなさが何とも可愛らしく、後ろで結んだ赤いポニーテールと白い制服のコントラストが美しかった。そんな彼女を見つめてラッツは


「えぇ、可愛いですよ。先輩」


 と微笑みながら褒めるのだった。その笑顔に顔を真っ赤にして視線を外すレイニーだったが、しばらくして何かを思い出したように、ラッツの方に振り向くと指差す。


「それ禁止! 禁止だよ!」

「それって何が禁止なんです?」


 突然のレイニーの禁止令に首を傾げて尋ねるラッツ。


「その先輩って言うの! 近衛ではラッツ君のが先輩だし、あたしの方が年下なんだから!」

「別に先輩でもいいと思うけどなぁ」


 と特に興味なさげに言うラッツに、レイニーは思いっきり首を振った。赤いポニーテールが凄い勢いで左右に揺れている。


「ダメ! とにかくダメなの!」

「それじゃ、なんて呼べば……(あね)さんとか?」


 ラッツの提案に首を振ると、恥じらいの表情でモジモジしながらレイニーは、少し小さな声で呟いた。


「普通に、レ……レイニーでいいじゃない」

「……レイニー」


 気になっている金髪の青年が自分の名前を呼ぶ声に、真っ赤になった顔を隠しながらモジモジしているレイニーは、右手の人差し指をラッツに突き出して


「もう一回!」


 と要求するのだった。ラッツは首を傾げつつもその要求に応え、それで満足するならと何度かレイニーの名前を呼んであげるのであった。


 そこに会議から戻ってきた隊長のミリヤムは、その二人の様子を見て


「貴方たち……何してるのよ?」


 と呆れた顔で呟くのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 女王寝室 ──


 その日の夜、もうすぐ就寝時間なのもあり、リリベットはすでに薄手のネグリジェを着ていた。マリーは鏡の前で座っているリリベットの髪を櫛で梳きながら、ニコニコしながら手紙を読んでいるリリベットに声を掛ける。


「陛下、なんだか嬉しそうですね? フェルト様からのお手紙ですか?」

「うむ? よくわかったな、さすがマリーなのじゃ」


 とマリーを褒めるが、リリベットが微笑を浮かべながら読む手紙の差出人など、フェルト以外にいないのだから分からないわけがない。彼女に持ち込まれるその他の書状は、ほとんどトラブル絡みで大体いつも難しい顔をして読んでいるのだ。


「それで、今度は何と?」

「うむ、今はレグニ領まで来ているそうじゃ。明後日には王都へ着く予定と書かれておる。しかも、休暇も取ってきたからしばらく滞在するらしいのじゃ」


 目をキラキラさせながら手紙の内容を語るリリベットの頭を、優しく撫でながらマリーは微笑んでいる。リリベットは撫でられる手の暖かさに、気持ち良さそうに身を任せていた。


 あまりの気持ち良さに睡魔に襲われ、椅子からズリ落ちそうになったリリベットは、ビクッと体を震わせると立ち上がり


「そろそろ寝るのじゃ」


 とマリーに告げると、のそのそと天蓋付きのベッドへと潜り込む。


「それでは……おやすみなさいませ、陛下」


 マリーはお辞儀をすると、灯りを消してから寝室を出て行った。それからしばらくして、ワクワクする気持ちを抑えながら、リリベットも深い眠りにつくのだった。





◆◆◆◆◆





 『控えの間での一幕』


 女王の寝室のドアは控えの間に繋がっている。侍女や護衛、または来客を待たせてるための部屋だが今はマリーだけがいる。


 マリーは魔法具で温められているカップやポットを取り出すと、茶葉をティーポットに入れお湯を注ぎ、数分蒸らしてからティーカップに注いだ。


 淹れた紅茶をテーブルに置くと、そのままゆったり目のソファーに座り、読みかけの本を開く、そして紅茶を飲み読書を楽しみながら、数時間後に来る交替のメイドを待つのだった。

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