第39話「褒美なのじゃ!」
リスタ王国 王城 謁見の間 ──
フェルトからの手紙が届いてから数日後、謁見の間では身を挺して女王リリベットを護った騎士ライム・フォン・ケルンの叙勲式が執り行われようとしていた。
ライムは、あの事件の負傷で立つこともままならぬ状態だったが、現在は杖を突きながら歩ける程度には回復しており、侍医のロワが驚くほどだった。しかし騎士として復活するにはまだ時間がかかる見込みで、近々西の城砦にあるケルン家の屋敷に戻って療養することになっていた。そのため王城にいる間に叙勲を行うことにしたのだった。
謁見の間には、王冠と赤いマントで正装をしたリリベット、宰相フィン、財務大臣ヘルミナ、典礼大臣ヘンシュ、近衛隊のミリヤムとラッツの二人、それに音楽隊が待機していた。
玉座のリリベットが右手を上げると、典礼大臣ヘンシュが頷いてからライム・フォン・ケルンの名を読み上げた。同時に音楽隊がファンファーレの演奏を始め、礼服に騎士のマントを羽織ったライムが杖を突いて入場してくる。その横にはライムの看護を任されていた女王付きメイドのナタリーが寄り添うように付き従っていた。
玉座の前まで進んだライムは傅き杖を横に置いた。ナタリーも二歩ほど下がった位置で同じく傅くのだった。リリベットが再び右手を上げると音楽隊が演奏を止めた。
静寂の中、リリベットは軽く息を吸ってから顔を上げるように告げる。
「ケルン卿よ、面を上げるのじゃ」
「はっ」
ライムが顔を上げると、リリベットは優しく微笑みかけた。
「回復が順調そうでなによりじゃ、ケルン卿」
「はっ、陛下におきましては多大なご配慮感謝致します」
その言葉にリリベットは力強く頷くと、玉座を立ち宰相を一瞥する。宰相はリリベットに近付くと勲章を差し出した。それを受け取ったリリベットは、ライムの前までゆっくりと歩を進める。
「汝 ライム・フォン・ケルンは、先の事件の際に身を挺してわたしを護り、延いてこの国を護った……故にお主には『護国勲章』を与えるのじゃ」
そう宣言しつつ、女王手ずから護国勲章をライムの胸に付ける。それと同時に会場にいる人々から祝福の拍手が贈られた。その拍手の中リリベットは再び玉座に戻り、拍手がおさまるのを待ってから改めてライムに声を掛ける。
「さて、ケルン卿よ。お主には勲章の他に褒美を取らせようと思うのじゃが……何がよい? 申してみるのじゃ」
その言葉に息を飲んだのは、褒美を受けるライムではなく財務大臣のヘルミナだ。事前にリリベットから、要求に文句をつけないように厳命されたからである。ポート家と帝都からの義捐金は十分にあれど、あまり無茶な金額を要求されたくないのと思ってしまうのは、国庫を預かる身としては当然のことである。
リリベットの言葉に、ライムは意を決したように頷く。
「陛下、すでに『護国勲章』という名誉を賜り、騎士としてこれ以上の誉れはありません。褒美として、さらに金品を戴きたいとは思っておりません」
その言葉にヘルミナは安堵の息を漏らしたが、ライムはそのまま言葉を続けるのだった。
「しかし、許されるのであれば一つお願いがございます」
「ふむ、申してみるのじゃ。金品でなければ地位じゃろうか?」
リリベットの提案にライムは首を振り、後に控えるナタリーを一瞥してから意を決したように答える。
「こちらにいるナタリー嬢を、私に戴きたいのです」
真剣な眼差しのライムだったが、リリベットは言葉の意味が理解できなかったのか、きょとんとした顔をして助けを求めるように宰相を見る。宰相はリリベットに近付くと囁くように耳打ちした。
「陛下……ケルン卿は、ナタリー殿との結婚のお許しを戴きたいと申しておられるのです」
「け……結婚じゃと!?」
リリベットは思わず声を張り上げる。知識は豊富なれど男女のことについては疎いリリベットである。まさか、そんな褒美を要求されるとは思っていなかったのだ。リリベットは少し困ったように考えてから答える。
「ケルン卿よ、すまぬのじゃが……ナタリーは、わたしのものではないのじゃ。人を褒美に出すことはできぬ、まずは本人に了承を……」
と言いながら、ライムの後に控えているナタリーを一瞥すると、ナタリーは顔を少し赤くしながら頷いている。
「……取ってあるようじゃな?」
リリベットは「ならば何故、自分の許可がいるのか?」という顔で首を傾げている。そんな彼女を見かねてか宰相が再び耳打ちをする。
「ナタリー殿は陛下付きのメイドですし、ケルン卿はリスタの騎士ですので……」
ライムが、このような褒美を求めてきたのには二つ理由がある。まずライムのケルン家は西の城砦にあり、ライムと結婚した場合ナタリーは女王付きのメイドを辞めなければならないのが一つ。そして、もう一つはライムがリスタの騎士であることが関係している。
リスタの騎士は、一族で騎士職を継いでいるため結婚する際も家柄重視の傾向がある。そのため他の騎士家の家から嫁を貰うのが一般的であり、平民出身のナタリーではライムの父であるザラロ・フォン・ケルンが難色を示す可能性が高いのだ。
そんなザラロでも、さすがに女王であるリリベットの決定であれば頷くしかないのだが、王家は騎士家の相続に口を挟まないのが慣わしである。そのことがリリベットを少し悩ませた。
「……他に望みはないのじゃな?」
「はい、陛下! 私の望みはこの一つです!」
真剣な顔でリリベットを見つめるライムに、リリベットは力強く頷く。
「よいじゃろう。汝の望みを聞き遂げよう! 我、リリベット・リスタの名のもとに、リスタの騎士 ライム・フォン・ケルンとナタリーの婚姻を認め、異を唱えることを禁じるのじゃ!」
「あ……ありがとうございます!」
と言うと、ライムは女王の御前であることも忘れナタリーを抱きしめた。その様子に玉座のリリベットは笑っていたが、宰相が軽く咳払いをするとライムとナタリーは慌てて離れて傅くのだった。
「も……申し訳ありません、陛下! 感動のあまり……」
「うむ、よいのじゃ。それでは婚姻の件は書面にしたため、正式なものとして後ほど届けさせるのじゃ」
リリベットは立ち上がり典礼大臣ヘンシュを見る。ヘンシュは頷くと粛々と叙勲式の閉式を宣言したのだった。
◇◇◆◇◇
クルト帝国 帝都 外務庁の一室 ──
同じ頃、リスタ王国の紋章が入った手紙を受け取った青年 フェルト・フォン・フェザーは、それを読みながら嬉しそうに微笑んでいた。その横に佇む騎士風の男はフェルトに尋ねる。
「フェルト様、リスタからは何と?」
「ふふふ……叔母様が会いたがっているそうだよ」
リリベットから届いたその手紙には、彼女の母であるヘレンが会いたがっている旨と、東の城砦より入国を希望する旨が書かれていた。
「今回は帝国の使者としては入国できないからね。どうやって入国しようか考えてたんだけど、リリベットがわざわざ理由を用意してくれたようだね。相変わらず賢い子だ」
リリベットは「内々に」と書いたフェルトの手紙を理解して、「母の見舞いに来ればよい」と返信してきたのだ。これはもちろんクルト帝国側の体面を考慮しての回答だった。
「それでどう致しますか?」
「もちろん見舞いに行くよ。出発は二日後、今回は父上の用件でもあるから、一度領地に戻ってから向かうことにしよう。そうだな……リスタに着くのは二週間後ぐらいかな? そのつもりで準備をよろしくね」
騎士風の男は頷くと部屋から出ていった。一人になったフェルトは天井を見つめながら
「リュウレ、いるかい?」
と呼びかけると、すぐに音も無く黒装束を着た小柄な人物が現れて傅いた。
「…………」
「聞いていたと思うけど、先にフェザー領に向かって、父上に見舞いを用意しておくように伝えておいてくれるかな?」
リュウレと呼ばれた小柄な黒装束は黙って頷くと、やはり音も無く姿を消した。それを見送ったフェルトは困ったような顔で
「う~ん、相変わらず無口な子だね」
と呟くのだった。
◆◆◆◆◆
『ナタリー』
リスタ王国 女王付きメイドの一人。マリーのように先代国王の側付きから、そのままリリベット付になったメイドが多い中、リリベットが女王になってから側付きに格上げになった女性である。
平民の出だが、他のメイドから色々と教わっているため教養もある。やさしく気が利く性格なので、看護で長い間一緒にいたライムが、彼女に惚れてしまったのも仕方が無いことかもしれない。




