第37話「沙汰なのじゃ!」
リスタ王国 王城 謁見の間 ──
翌朝、謁見の間には玉座に座るリリベット、書類上は近衛隊長に就任したミリヤム、その前には衛兵二名、特別に玉座の一段下に用意された椅子にマリーが座っていた。
そこに衛兵隊長ゴルドと衛兵レイニーに連れられて、やつれた顔をしたラッツが連行されてきた。八日前に拘留されてから、碌に食事を取らなかったと報告が届いていた。
ラッツは椅子に座っているマリーの姿を見て、大粒の涙を流しながら
「よかった……無事だったんですね」
と一言だけ呟き、大人しくリリベットの前に跪いた。その顔には心残りは何もなく、死すら受け入れる覚悟が見受けられたのだった。
そして緊張した空気の中、リリベットによるラッツへの沙汰が始まったのだった。
リリベットは極めて冷静な態度を保ちつつ、ラッツを見つめるとゆっくりと口を開く。
「ラッツ、先に何か申し開きたいことはあるじゃろうか?」
ラッツは平伏したまま首を振り
「いいえ、陛下。何もございません。如何なる刑罰も受け入れる所存です」
と淡々と答えた。ラッツの答えは予想通りだったのか、リリベットは頷くと玉座の肘掛けに手を乗せて、そのまま飛び降りるように立ち上がりラッツに向けて掌を突き出す。
「それでは此度の沙汰を伝える。まずはリリベット・リスタの名において、ラッツを衛兵の任から解任する! お主の……」
その言葉にラッツの後ろにいたゴルドとレイニーは、驚いた顔をしてお互いの顔を見合わせた。官職を持っている役人を解任してから処罰する場合、より重い罪が予想されるためだ。
今回のケースでは極刑まで考えられるため、ゴルドは慌ててラッツの前に飛び出るとリリベットの言葉に割り込んだ。
「ま……待ったぁ!」
発言の最中に突然割って入られたリリベットは、不機嫌そうな顔でゴルドに向かって一喝する。
「沙汰の最中じゃぞ! 控えるのじゃ、ゴルド!」
「いいや、こいつは俺の部下だ。しでかしたことは管理が出来なかった俺にも罪がある。俺も罰を受けるから、せめて命だけは助けてやってくれ!」
話の腰を折られたリリベットは、ややムスッとした顔で再び玉座に腰を下ろして
「……誰も死罪などとは言ってないのじゃ」
とボソッと誰にも聞こえないように呟く。しばらく沈黙が続いたが、リリベットは何かを思い付いたように再び立ち上がり、いたずらっぽくニヤリと笑うと今度はゴルドに向かって告げる。
「部下を守ろうとする、その意気やよし! では、お主にはこれから一ヶ月禁酒を命じるのじゃ」
「な……なんだと……」
その沙汰を聞いたゴルドは、絶望的な顔をして項垂れた。どんなに食事を削っても酒だけは飲むというゴルドには厳しい罰であった。リリベットは再びラッツを見つめると一つ咳払いをする。
「ごほんっ……では沙汰の続きじゃが、お主の罪は二つ! 衛兵の身でありながら国民に対する『暴行未遂』、それに『わたしの侍女への危害を加えた』ことじゃ!」
「……はい」
「まず『暴行未遂』じゃが、これに関しては非番中ということもあり、実際の被害も出ておらぬ故、不問とするのじゃ」
ラッツは平伏したまま、静かにリリベットの声を聞いている。
「続いて『わたしの侍女への危害』についてじゃが、これは許される行為ではない! ……っと言いたいところじゃが、被害者からのたっての願いで、こちらも罪には問わぬことにしたのじゃ」
ラッツは驚いて顔を上げてリリベットとマリーの顔を見る。マリーは優しく微笑んで頷いた。
「やっと顔を上げおったな、馬鹿者め! よいか、お主は通常なら極刑じゃ、マリーに感謝するのじゃな! け……決してケーキ十日分で手を打ったわけじゃないのじゃからな!?」
照れ隠しなのか言わなくてもよい情報を口走りつつ、ニカッと笑うリリベット。慌てて再び顔を伏せたラッツだったが、今度は顔向けできないという負い目からのものではなく涙を隠すものだった。
その横で項垂れているゴルドに対して、レイニーが小声で囁く。
「なんかラッツ君、大丈夫そうですよ? 隊長、かばい損でしたね」
「う……うるせぇよ!」
と毒づくゴルドだった。しかしレイニーは今回の沙汰について不審に思ったのか、首を傾げながら疑問を口にした。
「ところで両方の罪が不問でしたが、それならどうしてラッツ君は衛兵を解任なんでしょうか?」
「そう言えば、そうだな……よしっ!」
ゴルドは気を取り直して手を上げて発言を求める。リリベットはやや面倒そうな顔をした。
「今度はなんじゃ、ゴルド?」
「罪が不問ならラッツの奴は、なぜ衛兵を解任されたんですかぃ? あと、ついでに俺の禁酒も不問に……」
いつものとぼけた調子で、禁酒を解除させようとするゴルドにリリベットは溜息をつく。
「お主の禁酒は、わたしの沙汰を妨害した罰じゃ!」
「陛下……そりゃ無いですぜ」
頭を抱えるゴルドだったが、それを尻目にリリベットは説明を続ける。
「それにラッツを解任したのは……」
そこまで言うとミリヤムの方に目配せする。ミリヤムは頷くとリリベットの横まで歩き、傅くと金色に輝く『徽章』を差し出した。リリベットはそれを受け取るとラッツの前まで歩を進める。
「ラッツよ、面を上げるのじゃ。そして、立ち……いや、届かぬからそのままで良いのじゃ」
「はっ」
傅いてリリベットを見つめるラッツの胸に、リリベットは手ずから『徽章』を付けると、手を添えてラッツを立たせた。そして玉座の前まで戻り、振り返りながら右手を突き出して声高らかに宣言した。
「ラッツよ……リリベット・リスタの名のもとに、お主を近衛に任命するのじゃ!」
「…………え?」
呆然とするラッツ。そして驚いて口を開けているゴルドとレイニー。マリーだけが小さく拍手をしていた。突然の任命に震えながらラッツは声を振り絞る。
「何故ですか? 俺は死罪でもおかしくないのに……」
リリベットは、ニヤリと笑うと腰に手を当てて胸を張った。
「お主のような馬鹿者は、わたしの目の届くところにいるのじゃ! 今回お主が拾った命はわたしと王国、そして国民の為だけに使うことを誓うがよい! これはリリベット・リスタの名のもとに発せられた王命と心得るのじゃ!」
その言葉にラッツは再び傅き。
「……身命を賭しましても陛下と王国、そして国民を守護することを誓います」
その言葉に満足そうに微笑むリリベットだったが、最後に一言付け加えた。
「ただし、これは栄誉ではない! 故にお主の俸禄は衛兵と同じとするのじゃ」
と茶目っ気たっぷりの顔で舌を出していた。その顔を見たラッツは、今日初めていつもの優しい青年の顔で笑ったのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 移民街 六番通り ──
時間は少し遡る ── ラッツに対してリリベットの沙汰が下る三日前の話だ。この移民街六番通りでは一つの殺人事件が起きており、現場には衛兵五名と親分ことシグル・ミュラー、そして秘書官の女性が来ていた。
シグルは胸をダガーで刺されたボサボサ髪の男性の死体を見て、眉間にシワを寄せながら
「うわ~……これは即死だろうね」
と呟いた。しばらく死体を観察していたシグルは、何かに気が付いたようで少しだけ死体を動かす。それを見ていた秘書官は慌てて窘める。
「あっ、所長! 死体を動かしちゃダメじゃないですか!」
「ちょっとだけだよ……気になることがあってね」
と言うと、ダガーの刃の部分に彫ってあった文字を読み上げる。
「ラケシス? ……これは女性の名前でしょうか? 犯人は確か男性でしたよね?」
「はい、被害者と同じく五十代の男性ですね」
調書を確認しながら秘書官が答える。そして、そのまま再確認するように読み上げていく。
「えっと……被害者と加害者は面識がなく、酒を盗った盗らないで口論になり刺殺。凶器になったダガーですが、少し前に拾ったと供述してますね」
「お酒って、そこに落ちてるスキットルかな?」
「おそらくそうかと? それで陛下に報告しますか?」
あまり興味が無さそうに答える秘書官に、シグルは首を振りながら
「陛下が看病で公務が手につかないと聞いている。現行犯で明白な事件だし、通例通りこちらで処理して法務大臣に報告しよう。残念だが加害者は再出発のようだし、殺人となると極刑は避けれないだろうね。手配をよろしく頼むよ」
と告げた。秘書官は一瞬嫌そうな顔をしたが頷き
「わかりました」
と答えた。
そして、翌日『ハンス・ザノブ殺害の罪』で、一人の男が極刑に処されたのだった。
◆◆◆◆◆
『ハンス・ザノブ殺害事件』
これは報告されなかったため、リリベットたちは知らない事件である。
ハンスがスキットルを所持しているところを見かけた、加害者が「それは俺のだ!」と因縁を付けたのが始まりで、口論を続けていく内にカッとなりハンスを刺殺。
この時使用したダガーは、数日前騒ぎがあった晩に黒装束の青年が落としていった物だと証言が残っている。




