第33話「炊き出しなのじゃ!」
リスタ王国 王城 宰相執務室 ──
宝物殿から戻ったリリベット、ミリヤム、フィン、ラッツの四人は入口で別れ、ラッツは宰相執務室に向かったフィンに付いていく。執務室に入るとフィンはソファーに腰掛け、ラッツには対面の席を勧める。ラッツはお辞儀をしてからソファーに腰を掛けた。
「さて報告の前にまずは宝物殿の感想を聞こうか、どこか問題でもあったかな?」
「はっ、現状でも十分攻略は難しいかと」
と短く答えたラッツの回答に、宰相は満足そうに微笑む。
「君でも難しいかね?」
「物理的なギミックだけなら何とかなりそうですが、魔法関連はどうしようもできないですからね。でもミリヤム殿なら、もしくは?」
ミリヤムの名前が出たことに、少し驚いたフィンは改めてラッツに尋ねた。
「ほぅ、我が妹を随分買ってくれているようだな」
「能力だけは……身のこなしだけみても冒険家としては一流だと思いました」
「ははは、能力だけはか……正直でよろしい。しかしミリヤムでも無理だろうな。あの子は真っ直ぐしか見ないからな……まぁよい、参考になった。それでは報告を頼むよ」
「はっ、王都に潜伏中の一派ですが……」
宰相はしばらくラッツの報告を、頷きながら聞いたあとに口を開いた。
「……ということは、もうしばらく泳がせる必要があるか?」
「はい、まだ大きな動きの兆候は見せていませんね」
ラッツは宰相の命令で王都に潜む他国の間者の動向を探っており、今日のように定期的に報告に来ているのだ。前回の女王襲撃は電撃的に行われたため察知した時にはすでに遅かったが、本来であれば事前に王都に潜入して、綿密な計画を立てている段階で潰してしまう。その兆候を見逃さないためにラッツのような者が働いているのである。
「報告ご苦労だった。ふむ……やはり君は視点がよい。どうだね、衛兵を辞めて正式に私の配下にならないかね?」
という宰相の言葉にラッツは言葉を詰まらせた。表の仕事ではないとは言え、宰相直轄ともなればかなりの出世である。しかしラッツは微笑みながら首を振った。
「ありがたい申し出ではありますが……俺は衛兵が好きなので」
「う~む……そうか、残念だが気が変わったら声をかけてくれたまえ。では、話は終りだ」
と言うと宰相はソファーから立ち上がり、執務机の椅子へ腰を掛けて書類に目を通し始めた。ラッツも席を立つと右手を左胸に当てて敬礼すると、執務室を後にしたのである。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 修道院広場 ──
リスタ王国の手厚い保護を持ってしても、流れてくる移民が生活基盤を得るまでは生活が困窮することが多い。そんな時にありがたいのが、修道院主催で行われている炊き出しである。修道院の広場で、定期的に移民や困窮者相手にパンや温かいシチューなどが配られるのだ。
宰相に報告をした翌日、非番だったラッツは同じく非番だったレイニーに誘われて、レイニーの出身である修道院の炊き出しの手伝いに来ていた。
「お休みなのに悪いわね、ラッツ君」
「ははは、まぁ暇だったから気にしないでよ」
と言いながら、せっせとジャガイモの皮を綺麗に剥いていくラッツ。レイニーは自分が剥いたデコボコのジャガイモを背中に隠しつつ
「ラ……ラッツ君って手先器用だよね~いつも自炊してるの?」
と若干引きつった笑顔で尋ねる。ラッツはきょとんとした顔をしたが、手はまったく止まらずジャガイモを剥き続けている。
「何言ってるんだ、詰所でいつも作ってるだろ?」
「あはは、そうだよね……」
ラッツたちのいる衛兵詰所では、まともに料理を作れるのはラッツだけであり、本来は当番制ではあるが何故かいつもラッツが用意している。当初は文句を言っていたラッツだったが、すでに諦め気味だった。
そんな話をしていると、一緒に手伝っていた孤児院の子供たちがレイニーの後ろに回りこむと、隠していたジャガイモをヒョイっと奪い取り天高く掲げた。
「レイニーねーちゃん下手くそだな~」
「本当だ、俺のが上手いぜ~あはは」
子供たちに笑われたレイニーは立ち上がると、子供たちに怒鳴りつける。
「こら! アンタたち、返しなさいっ!」
子供たちはベロを出しながら逃げていき、少し離れてから振り向いたと思えば、からかうように叫んだ。
「やーい、レイニーの鬼ババア! そんなんじゃラッツ兄ちゃんに嫁に貰ってもらえないぞ~」
「なっ!」
顔を真っ赤にしたレイニーは、子供たちを追いかけて走っていった。傍目から見れば微笑ましい光景である。レイニーが包丁を持っていなければだが……。
しばらく追いかけっこをしていたレイニーと子供たちだったが、日頃から鍛えているレイニーの足に勝てるわけもなく、子供たちは鉄拳制裁を食らって涙目を浮かべている。その間も黙々と作業を進めていたラッツは、レイニーが戻ってくる頃にはジャガイモ剥きを全て終らせていた。
「ご……ごめんね、ラッツ君」
「ん? あぁ、皮剥きのこと? 別にいいって」
「えっ? ……うん、そう皮剥きのこと、一人でやらせちゃって」
「さっさとシチュー作っちまおうよ」
そう言うとラッツは切ったジャガイモを持って、さっさと鍋のほうへ歩いて行ってしまった。レイニーは何か言いたそうだったが、黙ってラッツの後に付いていくのだった。
◇◇◆◇◇
しばらく後、王都 修道院広場 炊き出し会場 ──
シチューを完成させたラッツたちは、配給のために用意された長机に寸胴鍋を運び込んでいた。合わせて焼きたてのパンも用意され、いよいよ炊き出しの配給が始まろうとしている。鍋の前に立とうとした、ラッツの肩にレイニーが手を乗せて首を振った。
「配給はあたしたちでやるから、ラッツ君は休んでていいよ。少し顔色悪いし……」
首を振ろうとしたラッツだったが、連日衛兵業務と共にに密偵の仕事もこなしているため、寝不足で少し調子が悪いと自覚があり、レイニーの言葉に甘えて少し休むことにした。レイニーは大人しく後の方で座ったラッツに微笑むと、蓋とオタマを打ち鳴らしながら待っている人々に向かって叫ぶ。
「それでは、配給を始めます~! 一列で並んでくださいねっ!」
炊き出しの配給が開始して、しばらく後 ──
日頃の疲れもあってか、腕を組み座ったままの体勢でラッツは眠っていた。時より口の端が上がり笑顔になるので、なにやら楽しい夢でも見ているのかもしれない。
その間にもレイニーたちによって配給は続いていた。修道院側も慣れたもので、一列に並んだ移民たちに次々とパンとシチューを配っていく。
「はい、どうぞ~」
笑顔でシチューをよそっているレイニー、ボロのフードをかぶっている中年男性はぎこちない笑顔でそれを受け取ると、用意されている席に向かって歩き出す。しかし、だいぶ弱っているのか躓いて、トレイごと大きな音を立てながら落としてしまった。
その音に驚いたラッツがビクッと震えて飛び起きた。
「な……なんだ!?」
周りをキョロキョロ見回していると、レイニーは手を軽く振りながら微笑むと中年男性を助けに行こうとしていた。
「あっ、大丈夫。ちょっと落としちゃっただけみたいだから」
「俺が行くよ。先輩はそのまま列を捌いてくれよ」
と言いながら、中年男性の所へ駆け寄るラッツ。震える男性は怪我をしているのか、しゃがむのも困難なようで、ラッツが代わりにしゃがんで食器やトレイを拾った。そのラッツに男性は震える声で謝罪を口にする。
「す……すまないな……」
「気にするなって、おっちゃん」
と微笑むラッツは顔を上げた瞬間、驚いた顔をして固まる。目を見開き口も半開きで、息をすることすら忘れたかのように男の顔を見ている。様子がおかしいラッツに気が付いたのか、レイニーが側まで歩いてきてラッツの肩を揺すりながら尋ねた。
「ラッツ君、大丈夫? どうしたの?」
その瞬間ラッツは持っていたトレイを投げ捨てて、男の胸倉に掴みかかると
「な……なんで、貴様がここにいるっ!」
と怒鳴りつけたのだった。
◆◆◆◆◆
『修道院の炊き出し』
リスタ王国はその国是から移民の数が多く、逃亡者で着の身着のまま逃げてくる人も多いので、生活基盤(国から半年~一年ほどは最低限の生活を保障)ができるまで修道院が行っている炊き出しは、とても助けになっている。
余談ではあるが、ある程度の生活が保障されているからと言って、理由無く職に就かない怠け者は、国のためにならないという理由で私財没収の上『国外追放』に処される。




