第32話「宝物殿なのじゃ!」
リスタ王国 王城 宝物殿へ続く通路 ──
女王リリベット、護衛のミリヤム、宰相フィン、そして衛兵ラッツの四人が宝物殿へ続く通路を歩いていた。先日、工房『土竜の爪』でガウェイン工房長から受け取った『ロードス王の剣』を宝物殿に納めるためである。
「ところで、なんでラッツが居るのじゃ?」
歩きながらリリベットが振り向くと唐突に質問を投げかける。彼女が宝物殿に向かう時は、いつもは宰相とマリー、もしくは財務大臣のヘルミナが同行している。女王の護衛官であるミリヤムはともかく、ただの衛兵であるラッツが同行しているのは明らかな違和感があったのだ。
「いや、何ででしょうか?……宰相閣下の依頼で登城したのですが」
「少しラッツに用がありましてね。私が同行を許可したのですよ」
場違いなのを自覚して頭を掻いているラッツを、黒い木箱を持った宰相が笑いながら弁明した。ミリヤムはジト目でラッツを睨みながら
「兄さん、本当にこいつ大丈夫なの? 小さな女の子に手を出す奴よ?」
と尋ねる。宰相はやれやれといった風に首を振ると、ミリヤムに窘めるように言った。
「ミリヤム、人族は趣味が様々なのだ。そのことは、そっとしておいてあげなさい」
「いやいや、それ誤解ですからね!?」
そんな話をしている間に宝物殿に辿り着いた一行は、大きな扉の前に立っていた。ラッツとミリヤムは扉を眺めながら
「罠が十二箇所……あとはゴースト系のガーディアンってところかな?」
「……多重結界が少なくても三つ、いえ四つはあるわね。この術式だと……」
と呟いた二人を、リリベットは首を傾げながら見つめる。
「何を言っておるのじゃ、二人とも?」
その言葉にラッツとミリヤムは、ハッと気が付き口を噤む。これはかつて義賊をしていたラッツと、冒険家であるミリヤムのある種の習性である。お宝のある部屋を前にすると、咄嗟に分析を始めてしまうのだった。
これが宰相がラッツを連れてきた理由の一つだった。何か警備に不備があれば指摘させようと思ったのだ。
「な……なんでもありませんよ?」
「うむ……それならばよいのじゃ、では!」
リリベットはリボンを緩めると胸元を少し開いた。そこでミリヤムがすっと壁になり囁く。
「ダメよ……奴が見てるわ」
「み……見てませんから!」
リリベットがリボンを解き始めてから、すでに他所を向いているラッツが抗議する。リリベットは特に気にせず、胸元に手を入れると首に掛けている『王家の指輪』を引っ張り出した。それを右手の人差し指に通すと、そのまま右手を上げて宣言する。
「我、リリベット・リスタの名において開門を命じる」
その言葉と指輪に反応したのか、宝物殿の扉は鳴動しながら左右に割れて開き始めるのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 宝物殿 ──
リスタ王国の宝物殿は、間取り的に存在しないことになっている。設計したのは宰相のフィンで物理的にありえない位置にあり、高位魔法である空間系の魔法が働いているのは明らかだった。侵入することが困難なため、いざという時のセーフティルームとしても使えるようになっているのだ。
宝物殿に入った四人は、左右にドアがいくつもある通路を歩いている。この通路の長さだけでも、さほど大きくないリスタ王城より長さがある。宝物殿に入室した際、ラッツとミリヤムには『決してドアを勝手に開けるな』と厳命されており、二人の経験からくる察知能力にも危険信号が鳴りまくっている状態だった。
「この周辺で蠢いている気配はいったい……」
「とんでもないもの造り出したわね……兄さんの底意地の悪さがよく出ているわ」
などと呟くラッツとミリヤムに、宰相は目が笑ってない笑みを浮かべながら
「何か言ったかね? ……ほら、着いたぞ」
と告げた。その笑顔に身震いすると、ラッツとミリヤムは再び口を噤んだのである。一行の前には壁があり、リリベットが指輪を付けている手を壁に向けると、壁が音もなく消えて隠し部屋が現れたのである。
大きな部屋の中には、まさに金銀財宝の山があり、さらには絵画などの美術品などが大量に格納されていた。
「これ、ひょっとして……貯蓄資金ですか?」
ラッツの呟きにリリベットは頷く。
貯蓄資金── 他国での罪を不問にし再出発を許された国民が、再び罪を犯すと『国外追放』か『死刑』に処され、その私財は全て没収される。それが貯蓄資金の財源であり、この財宝の膨大さは再び罪を犯してしまう人の多さを物語っていた。
「悪人ほど、よく貯め込むのじゃ」
と呟くリリベットの顔は少し暗いものであった。そんなリリベットの様子を気遣ってか、ミリヤムは笑いながら
「これほど財宝があると、ドラゴンでもいそうよね~ドラゴンの巣ってこんな感じだし!」
とおどけて見せた。リリベットはニヤリと笑って見せた。
「うむ、ドラゴンならいるのじゃ! おーい、ラーズ!」
と叫ぶと財宝が揺れて崩れだし、中から紫色の鱗を持った大きなドラゴンが顔を覗かせた。咄嗟にリリベットを庇うように前に出るミリヤムとラッツ。リリベットは、その二人の背中をポンッと触れた。
「ラーズは大人しいから、大丈夫なのじゃ」
ラーズと呼ばれたドラゴンは、リリベットを一瞥すると侵入者ではないことを確認したのか、長い首を丸め再び眠り始めた。
「……あれは?」
と恐る恐る聞くラッツに、リリベットはドヤ顔で自信満々に胸を張って
「宝物殿を護ってくれているラーズなのじゃ」
と答えたのである。
守護龍ラーズがいた部屋の隣には、財宝などが棚に整頓された一室があった。この部屋はリスタ王家の私財が納められた部屋だ。宰相は木箱から『ロードス王の剣』を取り出すと台座へ立てかけながら
「やっと戻ってきたな、ロードス」
と遠い目をして呟くのであった。
リリベットもこの部屋が好きだった。リリベット自身はあまり覚えていないが、母から聞いた話ではとても愛してくれた父の遺品も、大好きだった祖父の思い出の品も全てここにあるからだ。
ミリヤムが棚にあった本を一冊引き抜いて読み始める。
「これは魔導書ね。比較的初歩のだけど……この大陸だと本自体珍しいから、財宝扱いなのかな?」
「そうじゃな、クルト帝国の方針で本の流通は極端に制限されておるのじゃ」
ムラクトル大陸の大半を国土として所有しているクルト帝国は、平民への知識を制限しており、書物などは帝立図書館や帝立大学、一部の貴族の屋敷にしかない状態だ。リスタ王国にはそのような制限はないが、大陸全体で流通量が少ないため、この国でも本は貴重品になっている。
「そういえば学校を作ろうとしてるって聞いたけど、教本とかどうするつもりなの?」
「そうじゃな……まずは共和国から輸入するつもりなのじゃ」
共和国というのは、ムラクトル大陸から見て北東にある大陸の覇権国家で、正式名称をジオロ共和国と言う。帝国と同じく人族が支配する国だが、異なる文化を持ち三大国の中では一番学問が盛んな国家でもある。
「へぇ、なるほどね」
「まぁ、まだ設立すら決まっておらぬがな」
リリベットとしては早く設立まで漕ぎ着けたいと思っているのだが、あの女王襲撃事件以来、国防以外の案件の審議が遅れがちになっているのだ。ため息をついているリリベットに宰相が小声で囁く。
「陛下、そろそろ戻りましょうか」
「うむ……そうじゃな、帰るのじゃ!」
リリベットは少し名残惜しそうな顔をしながらも頷くと、立てかけられたロードス王の剣を一瞥して宝物殿を後にするのだった。
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『守護龍ラーズ』
リスタ王城、その宝物殿を護る紫の鱗を持った巨大な龍系の精霊獣。
宝物殿に納められている宝杖ラーズに宿っている龍で、実体と精神体の間ぐらいの存在。財宝に宿った想いからエネルギーを得て活動している。一師団ぐらいなら対等以上に渡り合えると言われており、危険度も高いため宝物殿に封じられている。
実はリリベットにのみ懐いており、彼女がいないところで遭遇したら命の保障はない。




