第31話「工房長なのじゃ!」
リスタ王国 工房『土竜の爪』 大工房 ──
最初に出会った鉱人に工房長の所在を教えて貰ったヘルミナだったが問題が発生していた。人族である彼女には鉱人の区別など出来なかったのである。ヘルミナは困った表情で呟く。
「さて、どうしましょうか」
リリベットは首を傾げつつ、現実的な提案をするのだった。
「とりあえず声を掛けてみるのじゃ」
「そうなんですが……まぁ仕方ありませんね。陛下は少し下がっててください」
神妙な顔で言うヘルミナに、リリベットは首を傾げながらも一歩下がった。それを確認したヘルミナは、剣を打っている二人の鉱人に近付くと声を掛けた。
「もし……ガヴェイン工房長?」
カーン! カーン! カーン!
ヘルミナの声が聞こえていないのか、リズミカルに剣を打ち続けている鉱人たち、ヘルミナは深呼吸すると腹に力を入れて
「ガヴェイン工房長!」
と叫んだ!
「聞こえとるわぁ! ちぃと待っとれぇぇぇ!」
小槌を振るっているほう鉱人が手は止めずに、工房全体に響き渡る大咆哮を轟かせた。どうやら返事をした彼がガウェイン工房長だったようである。あまりの大音量に咄嗟に耳を塞いでしゃがみこむヘルミナと、慌ててマリーの後ろに隠れるリリベット、まったく動揺した素振りをみせないマリーと三者三様のリアクションをしつつ、しばらく待っていると鳴り響いていた鎚の音が止んだ。
ガウェインは立ち上がると、大槌を振るっていた鉱人に命じる。
「休憩じゃぁ、笛を鳴らせぇ」
「あいよぉ」
大槌の鉱人は大槌を上に掲げて回し始めた。しばらくして、どこからか工房全体に響き渡るようにブォォォォン! っという笛の音が聞こえてきた。
その音に反応したのか周辺で鳴り響いていた鎚の音がぱったりと止み、鉱人たちはその場でドカドカと座って休憩を始めたのだった。
ガウェインはヘルミナの前まで来ると、顔を見るように上を向き野太い声で尋ねる。
「なんじゃぁ、迷子か? 子供はここには来ちゃいかん決まりだろぉ?」
子供扱いされてムッとしたのか、ヘルミナは顎を引いて胸を張り可能な限り背を高く見せとガウェインの言葉を否定する。
「子供ではありません! 私はこれでも十九です!」
「十九なら幼子と変わらんだろぉ?」
髭のせいでわからないが、首を傾げたのかガウェインの頭が少し傾いた。鉱人は、森人程ではないが長命で十九程度では赤子も同然の扱いだ。そもそも彼らは人族にあまり興味がないのである。ヘルミナは諦めたように肩を落として、マントを少し捲り『大臣章』を見せる。
「リスタ王国財務大臣、ヘルミナ・プリストです」
「なんじゃ王国の大臣さんかぁ、何か用かのぉ?」
ヘルミナは頷くと、カバンから書類を取り出してガウェインに差し出す。ガウェインは書類受け取ると一瞥してヘルミナを見た。
「仕事の話かぁ? それじゃ、あっちで聞くからついてこぉい」
そう言いながら一人でどんどん部屋があるほうへ歩いて行ってしまった。そんなガウェインを追って、ヘルミナたちは慌てて付いていくのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 工房『土竜の爪』 工房長室 ──
鉄製の分厚い扉を開けると、そこは工房長室になっていた。低い椅子に分厚い木製の机、その上には何かの図面だろうか、複雑な図形が書いてある大きな紙が広げられていた。
ガウェインは椅子に座ると、ヘルミナたちにも適当に座るように勧める。リリベットとヘルミナは問題なく座れたが、マリーは椅子が低すぎたためリリベットの後ろに立つことになった。
ガウェインは先ほどヘルミナから受け取った書類に目を通したあと、髭を擦りながら尋ねる。
「ふむ、武器や防具の発注か……しかし随分と多いなぁ、お前ら戦でも始めるつもりかぁ?」
「まさか……防衛力の強化ですよ」
ヘルミナは首を振りながら答え、そのまま商談に入っていく。
「それで、まずは予算なのですが……いかほど掛かりそうですか?」
「そうだなぁ……金貨三千ってところかのぉ?」
金貨一枚で平民の一家が慎ましやかに暮らせば一ヶ月は暮らせる額である。ヘルミナはニコリと笑って首を振る。
「さすがに暴利すぎます。千五百でお願いします」
その言葉にガウェインは机を思いっきり叩いた。凄い振動が部屋中を駆け巡ったが、それを計算して頑丈に作ってある机は軋む程度で済んでいる。
「そんな金額で作れるかぁ。多少まけてやっても二千九百だ!」
「いえいえ、そんなに払えません。千六百でどうでしょうか?」
こうして勃発したヘルミナとガウェインの値段交渉は、その後もしばらく続き……
「千九百五十で!」
「バカを言うなぁ、二千七百だ! それ以上はまけられんぞ!」
という辺りの金額で平行線を辿る事になった。ガウェインもだいぶ興奮してきており、机を叩く力も強くなってきていた。
「この数の注文だぁ。総出でかからにゃならん! その間工房の機能が止まるだろうがっ!」
「しかし……」
それまで沈黙を守っていたリリベットは、ぺチンとテーブルを叩きながら立ち上がりヘルミナの方を向き
「よい、ヘルミナ。ここはガウェイン殿の提示額二千七百で手を打つのじゃ」
と告げた。ヘルミナは何か言おうとしたが、グッと堪えた様子で頷いて席に着いた。それを見たガウェインも腰を下ろしてから、リリベットの方を向かって嬉しそうに言う。
「泥助、話がわかるじゃねぇかぁ!」
「誰が泥助なのじゃ!」
リリベットはペチペチとテーブルを叩きながら抗議するが、ガウェインは豪快に笑って聞く耳を持たない様子だった。
「で、お前は誰だぁ? このわからずやの部下かと思ってたが、どうやらお前のが偉そうだなぁ」
そう言いながら、ガウェインは太い指でヘルミナを指差す。ヘルミナは、また何か言いたそうなのをグッと我慢すると立ち上がり、リリベットを紹介するように手の平をリリベットに向ける。
「紹介が遅れましたが……こちらはリスタ王国、現女王リリベット・リスタ陛下です」
「おぉ、ロードスの野郎の孫かぁ! がっはははは、大きく……なってるのかぁ?」
「なってるのじゃ!」
頬を膨らませながら怒るリリベットに、ガウェインはさらに豪快に笑った。
その後もしばらく商談や雑談が続いたが、話も終ろうかという時にガウェインが思い出したかのように席を立つと、奥の棚をごそごそと漁り始めた。
「確かぁ、この辺に……おぉ、あったあった!」
ガウェインは棚から黒い木箱を引き抜くと、リリベットの目の前に無造作に置く。いきなり置かれたその木箱を覗き込むと、そこにはリスタ王家の紋章が描かれていた。
「王家の紋章?」
「おぉよ! 取りに来ないからすっかり忘れてたが、ロードスの野郎に鞘の調整を任されててなぁ。結局取りに来る前に逝っちまいやがった……あれだけの男はそうはいなかったんだが、まったく惜しいぜぇ」
髭を擦りながら残念そうな声色で喋るガウェインだったが、やはり髭のせいで表情はわからなかった。リリベットはその木箱に手を伸ばすと、ゆっくりと開けてみた。木箱の中には赤い布に包まれた棒状のものが入っており、布を捲ると見事な装飾が施された一振りの剣が姿を現した。
「こ……これは!?」
「ロードス王の剣じゃないですか! 紛失したと言われていた国宝の!」
「こんな所にあったのですね」
リリベット、ヘルミナ、マリーはそれぞれ感想を言いながら驚いていた。リリベットは木箱から取り出そうと手を伸ばすが、重すぎて持ち上がらなかった。泣きそうな顔で見つめてくるリリベットに、マリーは頷くと剣を木箱から取り出した。
「陛下、抜いてみますか?」
「うむ……頼むのじゃ」
リリベットに確認を取ったマリーが剣を鞘から抜こうと手を掛けたが、いくら引っ張っても剣は抜ける様子がなかった。
「……抜けませんね」
その様子を見て、ガウェインは膨らんだ腹を叩きながら豪快に笑う。
「がっははははは、無理だ無理だ! その鞘は封印がされててなぁ。リスタ王家の者しか抜けんのだ」
「……という事は、陛下なら抜けるのですね?」
マリーは鞘を持って、そっと剣の柄をリリベットに向ける。リリベットは向けられた柄を両手でしっかり握り、一気に引っ張るってみるとほとんど力を込めなくても、すんなり抜くことが出来た。
……が、やはり重すぎたのか切っ先から床に落ちてしまった。しかし落ちた切っ先は、そのまま石の床に吸い込まれるように刺さったのである。その切れ味はバターにナイフを刺したような感覚で、慌ててマリーは剣を受け取ると鞘に戻した。
「よしよし、上手く機能してるようだなぁ。その剣はお前さんのもんだ」
「ありがとなのじゃ!」
マリーがロードス王の剣を木箱に戻して、そのまま木箱ごと持ちあげるとヘルミナはガウェインに頭を下げた。
「それではガウェイン工房長。議会に予算が通ったら、正式に発注に来ますので……」
「やれ予算だなんだと……人族は色々面倒だなぁ」
「確かに鉱人に比べれば、面倒が多いかも知れませんね」
と微妙な顔で微笑むヘルミナであった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 工房『土竜の爪』から出口に向かう通路 ──
思わぬお土産として祖父の剣を貰ったリリベットは、じめっとした通路でもニコニコしながら歩いていた。そんなリリベットにヘルミナが心配そうな顔で
「陛下、やはり二千七百は高すぎたのでありませんか?」
と囁いた。しかし、リリベットは首を振りながら自慢げに胸を張ると
「鉱人たちとは、これからも付き合っていくのじゃ。無理に関係を拗れさせるより気持ちよく仕事をさせた方がよいじゃろう。それに彼らが作る物は質がよいからな、同等の物を他国から輸入したら金貨四千以上行くじゃろう?」
と微笑むのであった。
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『工房長ガウェイン』
蓄えられている髭のせいで顔は見えないがイケメンらしい。もっとも、あくまで鉱人基準での話である。
鍛冶の腕は確かで、魔導帆船『グレート・スカル号』の設計をした天才技師でもある。地上の面倒ごとにはあまり興味がなく、リリベットの顔も知らなかった。建国王ロードス・リスタと、海賊オルグ・ハーロードは親友同士でよく酒を飲む仲だった。




