第30話「地下なのじゃ!」
リスタ王国 王城 大広間 ──
もうすぐ日も落ちようかという夕暮れ時、昼頃から王城の大広間で始まった議会は難航していた。宰相を議長に各種大臣、女王護衛官のミリヤム、衛兵隊長ゴルド、そして騎士団長ボトス・フォン・リオンが参加しており、女王を除く国の中枢が集まっている。
この議会の主な議題は、もちろん今後の国防と女王警護についてだった。
開始前からすでに決定事項であった『衛兵隊の増員』と、女王専属の近辺警護を行う『近衛の新設』についてはスムーズに可決され、近衛隊の隊長には宰相フィンの妹で、身元も実力も確かなミリヤムが就任し、編成に関しても彼女に一任されることになった。
ここで問題になったのは『騎士団の増員』である。リスタ王国騎士団、通称『リスタの騎士』は結成時から百名で構成されており、伝統的にそれぞれの家が名と共に騎士職を継いでいる。
特に団長であるボトス・フォン・リオンは、老齢ではあるが騎士団結成から所属しているオリジナルの『リスタの騎士』の一人であり、伝統や格式へのこだわりが強かった。また老齢の大臣たちも国民の憧れであるリスタの騎士に手を加えることには難色を示したため、話し合いは平行線を辿り現在に至っているのだ。
「……しかし、国防の観点から国境の防衛戦力の増強は急務でしょう?」
大臣の一人が国境の防衛について、改めて俎上に乗せる。
「国境戦力を増強するのは、帝国側を無用に刺激するのではないか?」
「されど現有戦力では、近隣の領地のみと比べても十倍程の差がある。いくら城砦の防衛設備が優秀でも、如何せん無理があるのでは?」
「リスタの騎士に手を加えるのは、国民の感情的に問題があるのではないか?」
などと大臣たちの意見が真っ二つに割れ、やはり平行線を辿るのであった。その様子を眺めていた宰相フィンは、右手を上げて静粛にするように伝えたあと改めて意見を述べる。
「それぞれの意見には全て一理あり、皆が国を想い最善の案を出そうとしている。しかし、このまま議論を進めても無為に時間だけが過ぎるだけだろう。私はやはり国防を司るリオン卿の意見を、尊重したいと思うのだが?」
宰相はそこまで言うと大臣たちが頷くのを待って、ボトス団長を指して発言を求めたのである。ボトスは皺だらけの顔で宰相を一瞥すると頷いて席を立った。
「そうですな……ワシの意見は先程申し上げた通り、騎士団に関してはそのままでよいと考えておる。しかし、戦力を増強しなければという意見もわかる。そうであれば現在の一騎二従から、一騎三従にするか……もしくは、もう少し自由度の高い部隊を新設してもよいかもしれませんな」
「自由度の高い部隊の新設ですか? ……というと新たな騎士団か、それに準じる組織を国境警備専任ではなく、遊撃的にということですかな?」
「いかにも、さすがにフィン殿は物分りがよいな」
ボトス団長は歳のわりに愛嬌のある笑顔で頷いた。このボトス団長と宰相フィンは、建国当時からの様々な苦楽を共にしてきた仲間であり戦友でもあった。
このボトス団長の意見は、とても現実的で無理のない提案のように聞こえたのだが、実際は最初と言っていることはほとんど変わっていない。長時間話し合いを続けていると考えることに疲れてしまい、同じような意見でも魅力的な意見に聞こえてくるのだ。
宰相は皆が頷いている事を確認するとヘルミナの方を向いて告げる。
「それではリオン卿の意見に反論が無いようですから、プリスト卿? 衛兵隊の増員、近衛隊の新設、そして今のリオン卿の案を含めて、予算の算出を次回の議会までに提出をお願いする」
「はいっ」
ヘルミナが返事をすると、宰相はやや疲れた顔をしながらも頷き
「それでは、本日はここまでとする」
と告げて長く続いた議会を閉会させたのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 工房『土竜の爪』へ続く通路 ──
翌日、リリベット、マリー、ヘルミナの三人は『土竜の爪』という工房に向かっていた。ミリヤムは鉱人に会いたくないという隠しきれていない本音を、「森人が行くと相手が気分を害する」という建前で回避したため、マリーに護衛を任せて同行していない。
リスタ王国において、森人と鉱人は種族的に敵対しているわけではないが、双方とも感覚的に苦手意識があるようだった。種族間に刻み込まれた深い因縁があるのかもしれない。
工房『土竜の爪』は王都の地下にあり、出入り口は様々な箇所にある。鉱人たちと建国王ロードスとの盟約により、地上に被害を出さなければ好きに拡張してよいということになっている。その為、鉱人たちが建国以降せっせと拡張を続けた結果、工房はすでに迷路のようになっていた。
工房『|土竜の爪《ドリラー』では、主に武器・防具の製造、釘や金具それに鍋などの金物関連の製造、造船などを行っており、海洋ギルド『グレートスカル』や、木工ギルド『樹精霊の抱擁』との関わりも深い。東西の城砦に設置されている魔導式ポリボロス(連射型バリスタ)等の兵器の開発にも携わっている。
その工房の中枢である大工房へ向かうため、リリベットたちは薄暗い通路を、所々吊るされている魔導式のランタンの灯りを頼りに進んでいた。
「なんか……じめっとしてるのじゃ」
「プリスト閣下に付いて行くと、言い出したのは陛下ですよ?」
王城の通路でヘルミナを見かけたリリベットは、工房『|土竜の爪《ドリラー』に行くというヘルミナに付いて行くことにしたのだった。王都において『土竜の爪』は、女王であるリリベットが自由に入れない数少ない場所だ。
理由は簡単で子供だけでは危ないからである。以前街の子供たちが探検気分で侵入して大変な事件があったのだ。
そんな場所だからリリベットは興味を持ったのだが、王城地下の専用港から工房内に入った瞬間から、文句を言いながら頬を膨らませている。そんなリリベットに対して、ヘルミナは前方にある扉を指差しながら励ます。
「ほら、もうすぐですよ、陛下。あそこが目的地です」
「おぉ、やっと着いたのじゃ~」
やっと到着と聞き喜んだリリベットは、その扉に向かって走り出した。
「陛下、走っては危ないですよ!」
「だいじょ……ぶぅ~……ふぎゃ」
見事な半回転を描いたリリベットは盛大に転んでしまい、泥だらけになり半べそ状態である。マリーは慌ててポケットからハンカチを取り出すと、リリベットの顔についた泥を拭き始めた。
「だから、危ないと……」
「だ……大丈夫なのじゃ!」
強がってみせるリリベットであったが、なんとか大工房まで辿り着くことができたのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 工房『土竜の爪』大工房 ──
大工房に入ったリリベットは、泥だらけになった服のことも忘れ目を輝かせていた。大工房には大きな炉があり、至る所からハンマーが金属を打つ音が鳴り響いており、さながらオーケストラの演奏のような迫力である。
ヘルミナがキョロキョロしていると、のっしのっしと片手にハンマーを持った髭の塊が向かってきた。
「お前さんら、何か用かいのぉ?」
どこから声が出ているのかわからないほど、大層な髭を綺麗に編みこんでいる、この種族こそが鉱人だ。髭を蓄え鉱石や土いじりが大好きで、鍛冶屋であり、屈強な戦士でもあり、その見た目からは考えられないほど精巧な加工を施す職人でもある。……それが鉱人であり、この工房『土竜の爪』の住人たちだ。
ヘルミナは胸のマントを少し捲ると『大臣章』を見せた。それを見た鉱人は陽気に笑い出した。
「ふぉふぉふぉ……なんじゃい、お前ら城の連中か、なにか発注でも持ってきたんかい?」
「はい、出来れば工房長とお話したいんですが」
「親方なら……ほら、あそこで鎚振るっとるわい」
とハンマーを向けた方向には、大きなハンマーを持った鉱人と、小さなハンマーを打ち鳴らしている鉱人がいた。
「……どっちです?」
と聞かれた髭だらけの鉱人は一瞬止まると、豪快に笑い出し
「がっははははは、顔がいい方じゃ」
と言い残すと、再びのっしのっしと歩いて行ってしまった。
しかし、ヘルミナは途方にくれていた……どちらも髭だらけで顔など見えないのである。
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『土竜の爪』
リスタ王国の地下にあり、もう一つの国と言えるほどの規模がある工房で、鉱人の棲家である。彼らは海賊船『グレート・スカル号』を建造した鉱人たちであり、ロードス・リスタが建国した時、海賊グレートスカルと共にこの国に住みついた。
リスタ王国の鍛冶全般と造船などの産業を担っているが、特に国の運営には興味がないようだ。




