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第28話「命の対価なのじゃ!」

 リスタ王国 王城 地下牢 ──


 女王襲撃事件の発生から二週間が経過していた。リリベットも時々塞ぎこむことはあっても徐々に復調してきていたが、王城からは一歩も外に出れない日々が続いていた。


 事件の翌日に送った書状の返信が帝国側から届いたため、リリベットはミリヤムとマリーを連れて王城の地下牢へ来ていた。


 リスタ王国では重罪人は拘留されることが少ないため、この地下牢は十数年使われていなかったが、襲撃者たちはここへ拘留されている。リスタ王城は海に面した丘の上にあり、その地下はくり抜いた空洞で海と繋がっているため、格子状の牢獄の床からは海が見える。もっとも脱獄しようとも、この高さから落ちてれば間違いなく墜落死である。


 リリベットたちは、そんな牢獄の一室の前で止まる。中には貴族風の服を着た顔がひしゃげた男が項垂れるように座っていた。


「お主が、オルガー・フォン・ポートじゃな?」

「……やっと来たか。ち……父上が保釈金を用意して……くれたのだな?」


 やつれた上にしゃがれた声でボソボソと喋るその様子には、かつての傲慢なドラ息子の姿はなかった。リリベットは彼の顔を見ても、やはり見覚えはないという感じに首を傾げている。リリベットがわからないのも無理はない。彼とは一度しか会った事はないし、ゴルド、父親、黒装束の青年と三度も顔面を強打され、顔の形が変わってしまっているのだ。


「確かにお主の父君や帝都から、多額の金銭が届いたのじゃ」

「……おぉ」


 その言葉に希望の光を見たのかホルガーは縋るように檻にしがみつく。その様子にリリベットは感情がこもってない瞳を向けてさらに続ける。


「これはポート卿からの書状なのじゃ」


 と告げながらミリヤムの方を見て頷く。


 それを合図にミリヤムは書状を牢の中に投げ入れた。ホルガーは、震える手で書状を開封すると食い入るように読み始める。そして肩を震わせ書状を破り捨てると、牢の檻に突っ込む勢いで掴みかかる。


「な……なんだ、これはぁ!?」


 リリベットは、血走ったホルガーの目を見据えて冷酷に告げる。


「ポート卿からお主への絶縁状じゃ。先程届いた金はお主への保釈金ではなく、我が国への賠償金なのじゃ」

「そんな馬鹿なぁ!」

「帝国貴族から除名されたお主を守るものは何もない……しかしお主には自分のしたことの結末を知る義務があるはずじゃ」


 希望が失われ発狂したかのように牢獄の檻を叩き続けるホルガー。その指は皮がめくれ血まみれになっていた。その様子に怯むことはなくリリベットはマリーから、もう一つの書状を受け取るとホルガーに向けて開いた。これは皇帝に宛てて送った書状の直筆の返信である。


「先に連絡をいただいた貴国で起きた事件だが、我が国は預かり知らぬことである。貴国の法に則り処罰するとよいだろう。貴国で起きた悲しい事件に追悼の意を込め、我が国から義捐金を送ると共に我が心に留めおくこととする。クルト帝国 皇帝サリマール・クルト」


 これはクルト帝国側は大国の体面を守るため、この件の犯人……つまり帝国の関与を公表しないよう要望してきたものであり、義捐金という名目で多額の賠償の支払い。そして、この件の『貸し』については忘れないという意味の書状である。そして帝国内で秘密裏に行われた処罰についても同封されていた。


 まずポート子爵は男爵へ降格し一代貴族としたこと、その上でポート男爵が自決した旨が書かれていた。つまりドラ息子のせいで、貴族としてのポート家はここに潰えたのである。


「あ……ありえぬ……父上が……」


 信じられないといった風に項垂れるホルガーに、リリベットは


「お主が奪った我が国民の命の対価としては、()()なものじゃが……我が国は帝国に()()()()()を作ることになったのじゃ」


 と告げたあと、一度瞳を閉じて深呼吸してから意を決したように目を開く。


「リリベット・リスタの名において……お主を極刑と処す。しかし帝国側からの要望で表立って処刑はできぬ。故にその場で朽ち果てるがよいのじゃ」


 宣告が終わると発狂して暴れまわる囚人を、一瞥することもなく牢獄を後にするのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 貴賓室 ──


 王城にある賓客用の客室は、その名の通り国賓が来た際に使用される部屋だが、現在はライム・フォン・ケルンの病室として利用されている。リリベットとマリー、そしてミリヤムの三人はライムの症状を確認するために貴賓室に訪れていた。リリベットは部屋に入るなり笑顔で軽く手を上げる。


「ケルン卿、死んでおらぬじゃろうな?」

「ははは、まだ勲章をいただいておりませんからね。そう簡単には死ねませんよ」


 ベッドの上で半身だけ起こしたライムは笑いながらそう応じた。これが三日前から繰り返されている二人の挨拶である。ライムが目を覚ましたのは四日前で、その際に駆けつけたリリベットが


「お主には勲章をやらねばならん……死ぬのは許さんのじゃ!」


 と発言したのが始まりである。ライムにとって勲章など必要なかったが、リリベットが臣下に対して不器用ながら感謝を伝えようとしているのがわかったのか、ライムも話を合わせているのである。


 侍医であるロワの話では、ライムが今後も騎士として活躍できるかは何とも言えない状態で、回復したとしても長い時間がかかるとのことだった。


「何か必要なものはないじゃろうか?」

「えぇ、必要なことはナタリーさんがやってくれますので」


 ライムの言葉に、傍らに寄り添うように控えているメイドが恥ずかしそうに微笑んでいた。


 このナタリーと言う女性はリリベット付きのメイドの一人で、現在はライムの看護をするため彼に付き添っているメイドだ。マリーや先王妃付きメイドのマーガレットのような護衛を兼任するようなメイドではないが、細かいところによく気がつく優しい女性だった。


 リリベットはナタリーに向かって微笑む。


「ナタリー、ケルン卿のことをよろしく頼むのじゃ」

「勿体無きお言葉です。微力ながらケルン卿の回復のお手伝いをさせていただきます」


 と優しげな瞳をライムに向けるナタリーに、リリベットは満足そうに頷いた。そのリリベットにマリーが小声で耳打ちをする。


「陛下、そろそろお時間です」

「むぅ……もうそんな時間なのか?」


 リリベットは一瞬暗い顔になったが、すぐに笑顔をライムに向けながら


「それでは、また来るのじゃ」


 と告げ、部屋を後にするのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都 城門広場特設会場 舞台裏 ──


 王城と大通りの間にある通称『城門広場』に特設会場が設けられていた。すでに多くの民衆が詰め掛けており賑わいを見せている。


 襲撃後すぐに宰相フィンから『女王陛下は無事である』と先触れが国民に対して行われたが、普段から城を抜け出し一人で歩いているところや、頻繁に視察と称して散歩をしている姿が目撃されているリリベットが、襲撃後に二週間も姿を見せなくなったため『実は死んでいるのでは?』と噂されるようになっていた。


 それを否定するために、今日は女王の演説の場が設けられることになったのだった。


 壇上やその周辺は多数の衛兵に堅められており、普段より物々しい雰囲気ではあったが襲撃事件のあとであり、万全を警備体制が敷かれても当然だと言えた。


 一方演壇の後ろに敷かれた幕の中では、リリベットはガクガクと震えていた。もちろん襲撃者を恐れているわけではない、その点に置いては彼女は常に自分の周りの人々を信頼している。しかし自分を狙った襲撃で多数の被害者を出してしまったことが、彼女の心に暗い影を落としているのであった。


「ミリヤム……もし皆が石を投げてきたとしても、手出しは無用なのじゃ」


 弱々しく呟くリリベットだったが、ミリヤムはやれやれといった様子で


「無理に決まってるでしょ。そんな事したら職務怠慢で兄さんに殺されるわ」


 とおどけて見せた。マリーはリリベットの前にしゃがむと、震える彼女の手を優しく包み込むように掴み優しく微笑みながら


「大丈夫ですよ、陛下。そんなことにはなりません、国民は貴女の元気な姿を待っているのですよ」


 とあやしつけるように手を撫でるのであった。しばらくしてリリベットが落ち着いた頃に幕の中に典礼大臣ヘンシュが訪れた。


「陛下、そろそろお時間ですぞ」


 その言葉にリリベットが立ち上がると、マリーは王者の赤いマントを羽織らせ、ミリヤムはリリベットの頭に王冠をそっと乗せた。


「うむ、いま行くのじゃ!」


 そこには先程の怯えていた幼子の姿はなく、一国の主たる威風が漂っていたのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都 城門広場特設会場 ──


 リリベットが壇上に姿を現すと大歓声が彼女を迎え入れた。まっすぐと国民を見つめ、ゆっくりと壇上の中心に歩を進めるリリベット。中心までたどり着くとゆっくりと右手を上げた。それに合わせ歓声も収まり会場には静寂が訪れる。


 リリベットは一度息を吸ってから演説を始める。


「我が国民たちよ! まずは、この場に足を運んでくれたことに感謝したいのじゃ。……皆のおかげで、わたしは見ての通り壮健なのじゃ」


 リリベットの言葉に、国民たちは静かに耳を傾けている。


「此度は悲しい事件が起こり、国民にも多くの被害が出てしまったことを女王として深く遺憾の意を表すると共に、犠牲者には追悼の意を表したいのじゃ」


 そして黙祷を捧げるリリベットに合わせて、その場にいる全員が黙祷を捧げた。しばらくして黙祷が終わると、リリベットは一度深呼吸をしてから演説を続ける。


「この中には、わたしを狙った襲撃の巻き添えになり、大切な人を失った人もおるじゃろう。わたしを恨むものもおるかもしれぬ。それでも! ……わたしは歩むのを止めるわけにはいかぬのじゃ。いまだ幼き我が身なれど、我らが国! 我らが土地! 我らが人々のために! リスタ王家を代表する女王として……我、リリベット・リスタの名において、この国の安寧と発展のためにこれからも尽力することを、ここに誓うのじゃ!」


 そして、右手を振り上げたリリベットに、民衆は大歓声を持ってそれに応じた。


「俺たちも力を貸すぜぇ!」

「陛下ちゃんを恨んでるやつなんていやしないよぉ!」

「リスタ王国ばんざーい!」

「おかえり、陛下ちゃーん!」


 と口々に叫ばれる民の声を噛み締めながら、リリベットは微笑を浮かべたという。


 後の歴史家は、この演説の事を『真の戴冠の言葉』であったと語る。戴冠時は二歳だったリリベットは戴冠の言葉を残しておらず、この時から幼き女王リリベットは真の女王として歩むことになったのからである。


 また国民のもとに戻ってきた幼き女王を讃え、国民たちはこの日のことを『幼女王の帰還』と呼ばれることになった。そして後に犠牲者の追悼式典において演じられた劇にも、同じ題名が付けられたのである。





◆◆◆◆◆





 『幼女王の帰還』


 リスタ王国女王襲撃事件の犠牲者追悼の意を込められ、製作された演劇である。


 身を挺して女王を守った騎士、その瀕死の騎士を見捨てず衛兵たちと共に王城まで逃げ延びた優しき女王、賊を討伐した勇敢な騎士たち、そして女王の演説へ経て彼女を暖かく迎え入れる民衆たちという内容で、大衆娯楽として条件が揃いすぎたため、後にリスタ王国内外で定番の演目になってしまうのだった。


 大衆娯楽として演じられるようになってからは、通常なら女王が助けてくれた騎士と恋に落ちることで大団円となるのが、よくある話ではあるのだが……ヒロインの年齢のせいか、演説の後に元気になった騎士の頬に、幼き女王が可愛らしくキスしてフィナーレとなるように変更された。


 この劇を初めて観たリリベットは、恥ずかしさのあまり身悶えたという逸話も残っている。

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