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第25話「油断なのじゃ!」

 リスタ王国 王都 大通り 舞台上 ──


「何事じゃ!?」


 舞台の上からリリベットがそう叫んだ瞬間、何者かに奥襟を捕まれて後ろに引き倒された。何をされたのかわからぬまま、自身が先ほどまでいた場所を睨みつけながら


「な……何をするのじゃ!」


 と怒鳴りつける。


 そこにあったのは、このパレードの主役である騎士ライム・フォン・ケルンの後ろ姿であった。ライムは振り向きざまにリリベットと視線を合わせると、安心したような表情で微笑みながらゆっくりと倒れていく。


 その様子に驚きながらも、急いで彼の元に駆け寄るリリベット。


「ど……どうしたのじゃ、ケルン卿!?」


 倒れたライムの腹部には、鎧を貫通して矢が刺さっており、その純白のサーコートを徐々に赤く染まっている。リリベットは反射的に矢の周りを押さえ込むが、自身の白いグローブが赤く染まるだけだけだった。


 次の瞬間、リリベットの耳には風を切る音が聞こえた。それに反応して上空を見上げると、複数の矢が飛来しつつあった。リリベットは咄嗟に庇うようにライムに覆いかぶさり目をぎゅっと瞑る。覚悟を決めた瞬間、突然後から芯の通った声が響き渡った。


「スゥゥゥゥラァァァ!」


 リリベットの頭上に突如現れた白い鳥の羽ばたきで巻き起こした風で、矢は届く前に弾き飛ばされた。何が起きたかわからず、ぼーっとその鳥を見つめるリリベットだったが、何者かが彼女の奥襟を引っ張ってライムから引き剥がした。


「王が臣下を庇ってどうするのよっ!」


 そう怒鳴りつけたのは、馬車のハッチから舞台に出てきたミリヤムだった。先ほどの白い鳥がミリヤムの肩に止まると、霞のように消えていく。その瞬間、周辺からは悲鳴が上がり馬車が大きく揺れる。そのまま馬車が大きく傾むき、ハッチから飛び出してきたマリーがリリベットを抱きしめると、同時に馬車が横転してしまったのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都 大通り 馬車周辺 ──


 大きな音と共に馬車は完全に横転し、舞台上にいたリリベット、ライム、ミリヤム、マリーの四人は、地面に投げ出される結果になった。無事に着地したミリヤムは、警戒するように周辺を確認する。


 馬車の周りでは、複数のフードの男たちと衛兵隊が戦闘が始まっており、かなりの数の民衆にも被害が出ているようだった。馬車に繋がれていた白馬たちも複数の矢が刺さっており、すでに動かなくなっている。


 そんな四人の元に、大剣を担いだゴルドが駆け寄ってくる。


「陛下、無事ですかぃ?」


 抱きしめているマリーの腕から、モゾモゾと抜け出たリリベットは髪もボサボサで額からは血を流していた。しかし流血すら意に介さずにゴルドを見据える。


「ゴルド、いったい何がどうなっておるのじゃ!?」

「敵襲ですよ! どうやら敵の数は少ないようだが、なかなかいい動きをしてきやがる!」


 民衆を混乱させパレードの動きを止めて、リリベットを狙撃。それにライムに阻止されると弓による一斉射、その後四方から強襲と、明らかにリリベットの殺害を狙った動きだった。


 リスタ王国側も襲撃者が、この様な強行手段出るとは思っておらず完全に油断を突かれた形である。現在はリリベットを護るために馬車の周辺を衛兵隊が堅め、突撃して来た襲撃者と交戦中だった。


「へ……陛下?」


 そんな時、目を覚ましたライムが弱々しい声でリリベットを呼ぶ。リリベットはライムに慌てて駆け寄り手を掴んだ。


「ケルン卿!? わたしならここじゃ!」

「よ……よかった。ご……ご無事でしたか……」


 と力無く微笑むと、ライムは再び意識を失ってしまった。徐々に血の気を失っていくライムの顔を見つめながら、リリベットは手を力いっぱい握る。


「起きよっ! 死ぬのは許さんのじゃ。王を護って死ぬ騎士など、物語の中だけで十分なのじゃ!」


 ゴルドはそんなリリベットの横にしゃがむと、ライムの傷の様子を確認し始める。


「これはいけねぇな……すぐにでも治癒(ヒール)を行わなきゃ死んじまうぞ」

「そこの筋肉、どきなさいっ!」


 ミリヤムはゴルドを押しのけると、ライムに向けて手をかざした。緑の治癒(ヒール)の光が、ミリヤムとライムを包み込む。これは森人(エルフ)族が得意な精霊魔法の一種である『癒しの風』の輝きだった。


「あまり治癒(ヒール)系は得意じゃないだけど……多少はマシなはずよ」

「助かるのじゃな!?」


 リリベットは期待の眼差しを向けるが、ミリヤムの顔は暗いままだ。なぜか魔法の効果が薄くライムの傷の治りが遅いのだ。リリベットを庇った際に負傷したのか、マリーが肩を押さえながら立ち上がるとぼそりと呟く。


「……毒です。この臭いは毒です……私がよく知っている臭いです」


 マリーはそう言いながら、スカートのポケットから薄い紫色をした砕けた瓶の先端を取り出す。それを見ながら悔しそうに歯軋りをする。


「解毒剤、先程の転倒で割れてしまいましたが……城に行けば予備があります。急いで戻りましょう」

「本当か? ならば、すぐに戻るのじゃ!」


 リリベットは慌てた様子で立ち上がるが、その手を掴みミリヤムは首を振る。


「この状況じゃ無理よ。周りは敵だらけだし民衆は混乱してる。それに、この人は歩けないわ。……そして、私たちが優先しなくてはいけないのは、貴女の安全よ。……わかるわね?」


 リリベットは泣きそうな顔で首を振る。リリベットは正しく理解している。……ミリヤムは『負傷したライムをここに放置し、リリベットを安全な場所まで離脱させる』と言っているのだ。


 そんな中でもゴルドは状況を確認するように周りを見渡す。すでにミュルンが引き連れた騎士たちが衛兵隊と合流しており、襲撃者の数もだいぶ減っているようだった。


 決断できないリリベットに、ミリヤムは掴んでいる手に力を込める。そしてマリーの方を向くと尋ねる。


「あんたもわかってるでしょ?」

「えぇ、当然です……ゴルド殿」

「あいよっ!」


 さも当然のように澄ました顔で頷くマリーと、返事とともにライムを担ぎ上げるゴルド。ミリヤム驚いた顔でマリーとゴルドの顔を見ている。ゴルドはニヤッと歯を見せた。


「こちとら陛下が生まれた時からの付き合いだ。こういう時、見殺しにできないなんて百も承知よ! だから話し合うだけ時間の無駄だぜ、いくぞっ!」

「……信じられないわ」


 ミリヤムは納得できないという顔だったが、リリベットの手を繋いだまま立ち上がる。マリーが路地を指差しながら


「この路地の先に『枯れ尾花(ガスト)』という宿屋があります。そこを抜けたら右折してください、城への近道です。私もすぐに合流しますので……」


 と有無を言わさぬ笑顔で告げると、別の方向へ走り出してしまった。


「あいつ、どこ向かったの?」

「さぁ、わからねーが……俺らも急ぐぞ!」


 こうしてマリーは別行動を取り、リリベット、ゴルド、ミリヤム、そしてゴルドに担がれたライムの四人は、路地に向かって走り始めた。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都 大通り ──


 転倒の影響で外れているのか、上がらなくなっている左肩を押さえながら、混乱した民衆を縫うように走るマリーはある場所を目指していた。本来であればリリベットの側から離れたくはなかったが、リリベットの想いを汲むためにはどうしても必要な物があったのだ。


「……あの先ですね」


 目標を視認したマリーは一気に駆け抜け、そのドアの前で止まるとドアをノックした。


「開けてください!」

「…………」


 しかし中からは返事はない。次の瞬間、物凄い音と共にドアが弾け飛んだ! マリーが蹴破ったのである。


「な……なんや! うちの店に何の用や! ってアンタかいな」


 そう、ここは最近開店したばかりの『狐堂』である。いきなり蹴破られたドアに驚いたファムは、その相手を問い詰めるように叫ぶが、マリーのボロボロの姿を見て少し落ち着いたようだった。


「すみません、緊急事態です」

「うちの店のドアのが緊急事態や!」


 噴き飛んだドアを見ながらマリーに抗議するファムだったが、マリーは抗議を無視してファムに近付く。


「効果の強い回復ポーションと、解毒ポーションをあるだけよこしなさい……」

「な……なんやて!? うちの商品やで?」


 マリーはまったく感情のこもってない瞳でファムを見つめると、もう一度静かに口を開く。


()()()()()()


 その言葉に、心臓を鷲掴みされたような感覚に襲われたファムは、尻尾がブワァっと逆立ち震え上がると棚からいくつかの瓶をかき集め、カウンターの上に置いた。


「き……緊急事態なんやろ……しょーがあらへん、あ……後払いやで?」


 マリーは無言のまま一本を残して、ポーションをポケットに詰め込めると残る一本の蓋を開ける。そして自らの左肩を押さえながら、思いっきり柱に叩き付けた。


「っぅ……!」


 ゴキンと嫌な音と共に痛みに顔を歪めたマリーは、蓋を開けてあったポーションを一気に飲み干した。そして左手が動くようになったのを確認するように指を開いたり閉じたりする。当然痛みは感じているが、今はそれどころではないのだ。


「うわぁ、痛そうやなぁ……」


 と呟いたファムを尻目に、マリーは無言で店から出て行ってしまうのだった。





◆◆◆◆◆





 『スーラ』


 ミリヤムの契約精霊、その姿は白い鳥であり風を操る能力がある。常にミリヤムの周辺にいるが、基本的には姿を見せない。


 成長すると巨大な鳥になり、複数人を軽く運べるようになるらしいが、現在のサイズではミリヤムを掴んで滑空するのが限界である。

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