第24話「叙任式なのじゃ!」
リスタ王国 王城 女王寝室 ──
本日はケルン卿の叙任式が執り行われる予定である。
叙任とは君主から配下の者に爵位や官位を与えることで、リスタ王国では特に『リスタの騎士』の任命の際に使用される名称だ。大臣などを任官する際は任命式と呼び、明確に分けられている。
現在、祭事用の服を着たリリベットが鏡の前で大人しく座っている。正確には重くて動けないのだが、その周りではメイドたちが忙しなく動き回り、着付けていたり化粧を施したりしていた。
化粧筆が顔を撫でるごとに嫌がって顔を背けるリリベットに、マリーは微笑みながらガシッと頭を押さえ込む。
「陛下、動かないでください」
「ムズムズするのじゃ」
駄々を捏ねて首を振ろうとするが、完全に固定された顔はピクリとも動かせなかった。仕方が無くぎゅっと目を閉じて我慢するリリベット。その隙に他のメイドたちが、手早く化粧を済ませてしまった。
しばらくしてマリーがポンッと肩を叩くと、リリベットは目を開けて鏡に映った自分の姿を見た。じーっと見つめてから頬を膨らませる。
「……やっぱり化粧は必要ないのじゃ!」
「とても大人ぽくて綺麗ですよ。まるでヘレン様のようです」
そう微笑みながら褒めるマリー。さすがに隠しきれない童顔ではあったが、それでも十分大人っぽく見える。リリベットは母のようだと褒められたのがよほど嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべた。
「本当か? それなら、このままでいいのじゃ!」
そのまま髪を梳かし始めるマリー、櫛を通す度に気持ち良さそうに目を瞑るリリベット。いつもとは違い、前髪を全て上げた髪型にしながらマリーは尋ねた。
「今日は王冠ですか? それとも、ティアラで?」
「うむ……任せるのじゃ」
そう答えたリリベットに、マリーは他のメイドに目配せする。メイドは頷くとティアラを運んできた。それを受け取ったマリーは、リリベットの頭の上に乗せピンを差し込んで固定した。
「はい、陛下出来ましたよ」
「うむ、ご苦労だったのじゃ」
鏡に映った自分を確認すると、リリベットは満足そうに微笑んだ。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 謁見の間 ──
謁見の間に入る前に祭事用のローブを羽織り、側付メイドたちに細かな身だしなみを整えさせたリリベットは、ローブを引きずりながらゆっくりと玉座まで歩く。
同行するのは白い制服を着たミリヤム、武装も儀礼用の剣を帯剣している。そして、リスタの騎士副団長のミュルン・フォン・アイオが鎧姿で付き従っていた。
リリベットが玉座に座ると、その左右にミリヤムとミュルンが立つ。少し離れたところに宰相フィンと典礼大臣ヘンシュ、そして音楽隊が控えており、入り口から玉座まで続いているレッドカーペットの脇には、各大臣を含む国の重鎮たちが列席している。
リリベットが右手を上げると、音楽隊がファンファーレの演奏を開始した。同時に白いサーコートに白いマントに身を包んだ若き騎士、ライム・フォン・ケルンがゆっくりと歩を進め入場してきた。やや緊張している表情だったが、真っ直ぐとリリベットを見据え玉座の前まで辿り着くと膝を折って傅く。
演奏が止まり一呼吸待ってからリリベットが玉座を立ち、ゆっくりとライムの元へ歩くと立ち止まる。
「さぁ、ケルン卿よ」
と微笑みながら手を差し出すと、ライムは鞘から剣を抜いてリリベットに剣を捧げた。リリベットは剣を受け取るフリをすると、リリベットの後に控えていたミュルンが、代わりに剣を受け取り切っ先をライムの肩に乗せる。これはリリベットでは、剣が重すぎて持てないための処置である。
そしてリリベットは、剣に手を軽く乗せながら叙任の宣言を開始した。
「我、リリベット・リスタの名のもとに、汝をリスタの騎士と認める。その剣は主の敵を討ち、その身は民を守る盾とならんことを……」
その宣言に合わせてミュルンは剣を肩から離し、一度立ててから再度ライムの眼前へ向ける。ライムは目の前に差し出された刃にそっと右手を添えた。
「我、ライム・フォン・ケルンは、剣の誓いのまま……この国のために献身致します」
ライムは改めて誓いの言葉を述べ、差し出された切っ先に接吻をした。盛大な拍手が謁見の間を覆いつくす。列席した人々は口々に
「新たな騎士に!」
「リスタの騎士に栄光あれ!」
と暖かな声援を新たに生まれた騎士に向けて贈るのだった。ミュルンは剣を横にしてライムに差し出す。ライムはそれを受け取ると剣を天高く掲げた。それに合わせて会場の歓声と拍手は一層高まったのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 正門広場──
リリベットたちは、新たな騎士ライムと共に正門広場へ来ていた。これから大通りにて、新しい騎士のお披露目のための叙任パレードを行うのだ。国民には祝い酒が振舞われる予定で、つい先日まで輸入した酒樽の数が合わず、財務大臣のヘルミナが奔走していた。
正門内にある広場では、パレード用に多くの馬車がすでに待機していた。お披露目用に大きな舞台になっている九頭立て馬車は全て白馬で揃えられており、その他の馬車も全て白い物が用意されている。
「さて、ケルン卿?」
リリベットは、そう言いながらライムに手を差し伸べる。ライムはリリベットの手を取ると一緒にタラップを上り舞台の上に立った。続いてミリヤムが上ろうとするが、リリベットに制止された。
「ミリヤム、お主はダメじゃ」
「なぜ? 護衛は一緒にいないとダメでしょ?」
「今日はケルン卿のお披露目じゃ、お主はちと目立ちすぎる。それに何かあればケルン卿が護ってくれるじゃろ?」
ミリヤムは宰相と同じく高貴な森人で、とても美しい見た目をしており普通に立っているだけで、比較的整った顔をしているライムすら霞んでしまう。ミリヤムは確認するようにライムの顔を見る。
「お任せください。騎士としての初任務で陛下の護衛とは光栄です」
と晴れ晴れとした笑顔で胸を叩いた。ミリヤムはいまいち納得しない顔ではあったが、タラップを下り後部に回るとドアを開いた。
「それじゃ、私は下にいるわ」
舞台の下は空洞になっており、通常の馬車と同じく椅子が備え付けられている。そこにはすでにマリーが座っていた。
「あんた、見ないと思ったらこんなところにいたの?」
「メイドの身で、式典には参加できませんので……」
とシレッと答えるマリーにミリヤムは笑いながら乗り込み、マリーの対面に座ると軽く伸びをして
「まぁ……この警備で何かしようなんて、よほどの馬鹿か死にたがりの狂人ぐらいだろうけどね」
と呟くのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 大通り ──
大通りではすでに多くの国民が、新たなリスタの騎士を一目見ようと集まってきていた。衛兵隊も三分の一は警備と交通整備を行っている。
しばらしくして、王城に一番近い位置から一斉に歓声が上がり始めた。王城を出発したパレード隊の到着したのである。パレードの先頭を行くのは単騎で騎乗しているミュルン副団長。その美しさと凛とした佇まいで、男性だけでなく女性にも人気の人物だ。特に女性衛兵には憧れの人として絶大な人気を誇り、女性衛兵のレイニーも多分に洩れず大ファンであり、任務中に関わらず声援を送っている始末だ。
続くのはリスタの騎士の面々総勢八名、それぞれ単独で騎乗しており、声援に対して笑顔で手を振って応えている。その後を音楽隊、儀礼服に身を包んだゴルドを含む衛兵隊と続く。
そして中央に九頭立ての専用馬車の舞台上に、新たなリスタの騎士ライム・フォン・ケルンと女王リリベットが、皆の声援に応えて笑顔で手を振っている。
「新たなケルン卿に! リスタの騎士に!」
「リスタ王国万歳!」
「陛下ちゃーん!」
大声援と共に両サイドから花びらが撒かれている。様々な色の花びらが舞い踊り、祝福と幸せに満ちた幻想的な雰囲気を作り出していた。
しかし、そんな幸せな雰囲気も突如終わりを告げた。リリベットたちの馬車から程近い位置で突然民衆が騒ぎ出し、交通整理をしていた衛兵ごと人々がドミノを倒したように道に崩れだしたのだ。それに合わせて急停止するパレード隊、リリベットは舞台の柵から身を乗り出すと
「何事じゃ!?」
と叫ぶのだった。
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『祭事用馬車』
この専用馬車は、パレードなどの祭事に使用される九頭立ての馬車である。
馬車の上に舞台を設置しており山車のような造りになっている。馬車部分と舞台部分は繋がっており、天井のハッチを開けると馬車内から舞台へ出ることも可能だ。




