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第23話「冒険家なのじゃ!」

 リスタ王国 王城 女王寝室 ──


 叙任式も近付いてきたことで盛り上がりを見せている街に視察に向かおうと、リリベットはマリーに手伝って貰いながら着替えていた。マリーは右手に包帯を巻いており、それに気がついたリリベットが心配そうな顔をする。


「マリー、その手はどうしたのじゃ?」

「少し火傷をしまして……痛みはありませんので大丈夫ですよ」


 優しく微笑みながら誤魔化すマリー。その時、控えの間のドアからノックの音が聞こえてきた。マリーが対応する前にリリベットが


「誰じゃ?」


 と声を掛ける。ドアの向こうからは聞きなれた声が返ってきた。


「……フィンでございます」

「宰相か、入ってよいぞ」


 入室を許可したリリベットに驚き、マリーは慌ててドアに向かって告げる。


「宰相閣下、申し訳ありません。陛下はお着替え中ですので……」

「むっ……そうか、わかった。それでは、こちらの部屋で待たせていただく」


 ドアの向こうの気配が離れたのを感じると、マリーは急いでリリベットの所へ戻って彼女の肩を掴む。


「陛下、い・け・ま・せ・ん! 着替え中に殿方を部屋に入れるなど言語道断です!」

「別に宰相なら構わないのじゃが……」

「……わかりました。それではヘレン様にご報告して叱っていただきます」


 母の名を聞いたリリベットは一瞬ビクッと硬直すると、ジタバタと慌てて裾を通し始める。


「な……何をしておるのじゃ、は……早く着替えなくては! 宰相が待っておるのじゃ」


 マリーは軽くため息をつくと、再びリリベットの着替えを手伝い始めた。


 リリベットの母であるヘレンは、リリベットが年頃の女の子っぽくないことをとても気に掛けており、立派な淑女に育って欲しいと願っていた。その一環として言葉遣いも直そうと努力したが、あまり強く叱れない性格のせいかあまり改善されず、一人称を「ワシ」から「わたし」に変えた時点で諦めた経緯がある。


 リリベットとしても他のどのような些事より、病床の母に心配を掛けないことが第一なのだ。


 着替え終わったリリベットは控えの間に続くドアへ歩き始め、マリーは先回りをしてドアを開けた。そしてリリベットが部屋から出ると、後ろに控えるように付き従うのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 女王寝室 控えの間 ──


 この控えの間は、リリベットが就寝中に護衛やマリーを含むメイドたちが待機している場所で、来客時の取次ぎや来客を待たせる場所でもある。


 部屋に入ると宰相が椅子に腰掛けており、テーブルを挟んで他にもう一人女性が座っていた。


「待たせたのじゃ」


 宰相は席を立つと右手を左胸に当ててお辞儀をした。リリベットは、もう一人の座っている女性を見て少し驚いた顔をする。


「そちらは誰なのじゃ?」


 注目されたことに気がついたのか、その女性は立ち上がると軽く手を振りながら


「やぁ、君がリリベットちゃんだね。私はミリヤムだよ」


 と爽やかな笑顔で答えた。


 このミリヤムと名乗った女性は、宰相と同じぐらい耳が長い森人(エルフ)で、ぼろい茶色いマントを羽織り、弓は持っていないが腰には小さい矢筒を装備していた。いかにも旅支度といった格好というのが第一印象である。顔立ちはどことなく宰相のフィンに似ていた。


「これ、失礼だぞ」


 宰相に窘められたミリヤムは、上げた手をヒラヒラと降ろしながら再び席に着いた。宰相はすまなそうな顔をしながら謝罪する。


「失礼しました、陛下。こちらは私の愚妹で名をミリヤムと申します。冒険家などに憧れて家を飛び出して以来、かれこれ五十年ほど会ってませんでしたが、昨日急に顔を出しまして……」

「ほほぅ、冒険家とな?」


 冒険の二文字に目を輝かせるリリベット。話が脱線しそうなのを感じたのか、宰相は一つ咳払いをして話を続ける。


「ごほんっ……それでしばらくは、この国に腰を落ち着けるというので、陛下の護衛として雇っていただけないかと思いまして」


 その言葉にマリーが前に出て宰相を睨み付ける。


「護衛は私や衛兵だけで十分です。宰相閣下は私たちに何か不満でも?」

「しかし貴女も四六時中、陛下といられる訳ではないだろう? 身内贔屓に聞こえるかもしれないが、ミリヤムはこれでなかなか強い。女性だし陛下の護衛役としても適任だろう」


 ミリヤムは自信満々の顔で、マリーに向かって微笑みながら尋ねる。


「何なら腕試ししてもいいんだよ、()()()()()?」

「…………」


 マリーとミリヤムの間で緊張が走り、一触即発の雰囲気が漂い始める。しかし、空気を読んだのかリリベットが割って入った。


「二人ともやめるのじゃ! 確かにマリーには負担をかけておるし、宰相にことじゃから何か意図があってのことじゃろう。ミリヤムの採用を許可するのじゃ」


 リリベットがそう告げると、マリーはいつも通りに澄ました顔で姿勢を正し、ミリヤムは拍子抜けしたという顔でリリベットを見ている。


 とりあえず矛を収めた二人に満足したのかリリベットは、スタスタとドアに向かって歩きながら右手を突き上げて告げた。


「それでは視察に向かうのじゃ!」



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都 大通り ──


 数日後にリスタの騎士の叙任式があることもあり、パレードの準備などで大通りはいつもより賑やかだった。街並みを見ながらニコニコしながら歩いているリリベットとマリー、そしてミリヤムもその後について来ている。


 ミリヤムは退屈そうな顔で伸びをすると、リリベットに向けて尋ねた。


「なんか賑やかだけど、街並みとかは普通の街だね~ちょっと退屈かも?」

「……お主は、きっと色々なところに行ったことがあるのじゃろうな」


 ミリヤムはドヤ顔でフフンと鼻を鳴らすと、今までの旅を思いだすように上を見ながら語り始める。


「そりゃ、ずっと旅をしてたからねぇ。他の大陸にも渡ったし! 珍しいものや、面白いことがいっぱいあったんだ~」

「ほぅ……わたしもいつか見てみたいものじゃな」


 遠い目をして寂しそうにそう呟く。リリベットは生まれてからこの街から出たことがなく、一番の遠出が郊外にあるコウ老師の庵である。リリベットの様子が何かおかしいと感じたのか、ミリヤムは慌てながら取り繕う。


「で……でも、この街にも一つだけ面白いというか、おかしいところがあるよね」

「何か面白いことが?」


 きょとんとした顔をしたリリベットが首を傾げると、ミリヤムは神妙な顔をしながら


「この街は人がおかしい……なんで、こんなに……」


 と言いかけると、リリベットは思い切り笑い飛ばす。


「あははは、変わり者が多いからのぉ。お主もしばらく住めば、すぐに慣れるじゃろ」

「……そうじゃないんだけど、まぁいいか!」


 ミリヤムは何かを言いかけたが、リリベットが元気な様子になったので安心したのか、それ以上口にしなかった。


 その後しばらく視察を続けたリリベット、マリー、ミリヤムの三人だったが、帰り際にそれは起きた。路地からフードをかぶった男が急に飛び出してきたのだ。


 一直線にリリベットに向かって突進してくる男が、手をリリベットに伸ばした瞬間……リリベットの視界には黒い布が翻っていた。


 メキャァ!


 という鈍い音と共に鼻血を噴き出しながら、半回転して頭から地面に落ちるフードの男。元々男の顔があった位置には、マリーのスラッとした脚が伸びていた。顔面に盛大にカウンターを食らった男を見下ろしながら、若干引き気味のミリヤムがマリーに向かって呟く。


「うわぁ……あんた、見た目と違ってえげつないわね」


 男は鼻を押さえながら立ち上がり舌打ちをすると、大通りの人混みに紛れるように逃げ出した。ミリヤムは暢気な顔で問いかける。


「あらら、追わないの?」

「私は、陛下の直衛ですから」


 とマリーはシレッと答える。今のが囮で追いかけた所に第二段! ということを考慮した動きだった。ミリヤムはニヤリと笑い


「あんた、結構気に入ったわ。陛下……捕らえる? それとも()る?」


 と言いながら、後ろの腰から棒状の何かを取り出した。コンパクトに折り畳まれたそれはカチャン! という小気味よい音と共に短弓に姿を変える。腰の矢筒から矢を引き抜くと、弓に番えて一気に引き、狙いを先ほど男が逃げていった方向に定めた。


 きょとんとした顔で、それを眺めていたリリベットは質問に答える。


「捕らえるほうがよいが……やめよ、皆に当たるのじゃ!」


 男の姿は人混みにまぎれ、もうほとんど見えていない。ミリヤムはニヤリと笑うと


「大丈夫よっ!」


 と言いながら矢を放った!


 風を切る音と共に、人混みを縫うように消えた矢。すぐに人混みの奥からは男の悲鳴が響き渡った! 悲鳴と共に開けた人混みをリリベットたちが進むと、先ほどの男が膝を後ろから貫かれて悶え苦しんでおり、そんな様子を見たマリーがミリヤムにジト目を向ける。


「わざわざ膝を狙って撃たんですか? これは、もう立てないかもしれませんね……いったいどちらがえげつないやら……」

「いや~あんたには負けるでしょ」


 マリーとミリヤムは、お互いを認め合ったように微笑んでいた。こうしてリリベットの身辺警護がさらに強化されたのだった。


 騒ぎを聞きつけた衛兵によって、フードの男は詰所に連行されていく。その様子を路地の影から口惜しそうに睨む人影があった。





◆◆◆◆◆





 『冒険家ミリヤム』


 兄である宰相のフィンの実妹、同じく高貴な森人(ハイエルフ)。見た目は、十五・六の少女の姿をしている。実家である輝きの森から家出同然に飛び出し、世界各地を飛び回り秘境や遺跡等を冒険していた。


 彼女の冒険譚を描いた自筆の「ミリヤムの手記」は、本の流通があまりないムラクトル大陸以外では人気の著書になっている。

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