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第125話「奮戦なのじゃ!」

 リスタ王国 西部戦線 ──


 ジンリィを中心に赤色の気が集約し、空気と地面が揺れ動く。彼女と対峙していた黒騎士との緊張が極限まで高まった頃、西の城砦でも解放軍右翼との戦闘が始まり、(いくさ)の音がジンリィたちにも聞こえてきていた。


 僅かながら黒騎士の意識が西の城砦に向いた瞬間、その隙を見逃さずジンリィが動いた。


「やぁぁぁぁぁ!」


 気合と共に一跳びで間合いを潰すと、その勢いのまま戟を黒騎士の胸甲に突き立てる。衝撃が吸収されるような感覚のあと、鐘を突くような轟音と共にジンリィの戟は黒騎士の胸に突き刺さった。しかし黒騎士は倒れずに踏み留まり、反動に耐え切れなかった戟の柄が根元から爆発したように砕け散る。


 そしてジンリィの瞳は、今まさに大剣を振り降ろさんとする黒騎士の姿を捉えていた。


 ジンリィは砕け散った柄から手を放し、腰の剣を鞘から抜きながら振り降ろされた黒騎士の大剣に合わせるように軌道を変える。しかし反応が遅れた分、威力をいなしきれず右肩に軋むような音が響いた。それでも何とか受け流した大剣が地面を叩きつけると、その衝撃でジンリィも吹き飛ばされる。


 吹き飛ばされたジンリィは左手を地面について回転して着地すると、左手で右肩を押さえながら苦々しい顔を浮かべて呟いた。


「これはヒビが入ったかねぇ……それにしても今ので確信したが、アンタ……人じゃないね?」

「…………」


 黒騎士は相変わらず無言のまま、ジンリィの方へ歩いてきている。その胸にはジンリィの放った戟の矛先が突き刺さったままだった。


「さっきの衝撃を吸収するような感覚は、大猪と戦った時のそれと一緒だよ。その鎧の中は……精霊種か、それに近い精神体が入っているんだろう? まるで武そのものが具現化したような奴だねぇ」


 そう言いながらジンリィは剣を構える。この剣はクリムゾン設立の際にリリベットが用意した、ジンリィの力に耐えれるように打たれた剣で、後に『紅王』と銘を付けられていた。


「並みの攻撃じゃ抜けないし、アレをやるしかないか……紅王(こいつ)なら耐えれるさ」


 何かを決意したような瞳でそう呟くと、息を整えて右前の半身になり、腕を交差して腰を落とした構えをとった。ジンリィを包んでいた赤色の気が徐々に紅王に流れていく。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 西部戦線 最前線 ──


 黒騎士団と激突したクリムゾンと騎士たちの混成部隊は、数の有利もあってか王国軍が優勢に推移していた。


 特に副隊長のミュゼの活躍が目覚しく、まさに一騎当千の活躍を見せていた。彼女は武神コウジンリィに憧れ入隊し、入隊後はそのジンリィに修行をつけてもらっており、いわゆる『武神の弟子』なのである。


「ミュルン殿! ここは我らに任せて、敵本陣へ!」


 ミュゼの言葉にミュルン副団長は頷くと、負傷を負った腹を庇いながら剣を振り上げる。


「わかった……リスタの騎士たちよ! 我々はそのまま前進だ! 征くぞ!」

「おぉぉぉぉぉ!」


 リスタの騎士たちはミュルン副団長の号令の元、敵本陣に向かい行動を開始した。残されたのはクリムゾン約八十名だった。対する黒騎士団は最初の突撃で半数近く減っており二百程度になっている。


 実力的にはクリムゾンと黒騎士団は同等程度であったが、副隊長のミュゼとジンリィの連れてきたコウ家の武人十名が頭一つ抜けており、結果として戦いを有利に進めていた。


 何とか生き残っていたシグルにミュゼが尋ねる。


「軍師殿、このまま勝てますかね?」

「後方が心配ですが前線は順調です。今はそれぞれの奮戦に期待しましょう。そろそろ衛兵隊が来ますよ!」


 いくらシグル・ミュラーと言えど、前線に出てしまっていては全体の状況は掴む事はできなかったが、しばらくしてシグルの言う通りゴルド率いる衛兵と民兵の混合部隊が突撃してきた。


「私はゴルド殿に指示を伝えに向かいます。ミュゼ殿は、このまま騎士団と当たってください」

「わかりました! クリムゾンいくぞ!」

「はっ!」


 クリムゾンは、再びミュゼに率いられて黒騎士団との戦闘を開始した。その中でシグルだけは、ゴルドと合流すべく馬を走らせるのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 西部戦線 前線 ──


 しばらく後クリムゾンから離れたシグルが、黒騎士団と戦っているゴルドたちに駆け寄ってきた。


「ゴルド殿!」

「シグルの旦那か、どうした?」

「そろそろ敵左翼も混乱から脱して動き出すはず、ここはクリムゾンが引き受けます。歩兵隊も前進して敵本隊を!」


 シグルの言う通り、解放軍左翼はようやく炸裂槍の恐怖から立ち直りつつあった。敵右翼が前進したことで完全包囲はなくなったものの、解放軍右翼を引いても王国軍と解放軍の数の差は約六倍、半包囲されただけでも全滅は確実だった。


 ゴルドはシグルの言葉に頷くと、両手剣を掲げながら後続に向かって叫ぶ。


「お前ら! 俺らも前進だぁ!」

「わかりました、隊長!」


 ゴルドの号令に衛兵隊員たちが、それぞれ担当している民兵たちをまとめながら前進を開始した。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 西部戦線 ──


 騎士たちと歩兵隊が黒騎士団を突破した頃、ジンリィの耳にはグレート・スカル号が開始した艦砲射撃の音が聞こえてきていた。そのジンリィと黒騎士の戦いは膠着状態に陥っており、黒騎士の猛攻にジンリィは先ほどの構えのまま、反撃せずに紙一重で避け続けている。


 防御用の気も全て紅王に移しているジンリィに対して、黒騎士の剣撃は掠めなくても近くを通るだけで皮膚が裂け肉を斬り、すでにジンリィは血塗れでボロボロになっている。


 その間も徐々にジンリィが手にしている紅王が、その銘の通り赤く輝き増してきている。しかし、同時に軋むような音がどんどん大きくなっていく。


「もう少し……もっておくれよ」


 そう呟くそんなジンリィに向かって黒騎士がゆっくりと迫ってくる。そしてジンリィの目の前まで来ると、大きく振りかぶって一気に振り降ろした。


 その一撃を構えたまま大きく後に飛んで避ける。地面に着地した瞬間、準備万端とばかりに紅王が眩いばかりの赤い光を放つ。


「いくぞっ!」


 ジンリィが気合を入れて踏み出そうとした瞬間、ふいに力が抜けてその場に片膝をついてしまう。ジンリィも気が付いていなかったが、すでに血が抜けすぎていたのだ。


「足に力が入らない……?」


 これは幼少の頃より武神と呼ばれ、ここまでの重傷を負ったことがなかったジンリィの慢心だった。自身のダメージへの限界がわかっていなかったのだ。


 そのジンリィが顔を上げると目の前に、黒騎士が大剣を振りあげている姿が見えた。


 もう駄目かと思った瞬間、黒騎士は突然硬直して大剣を落とす。


 その理由はわからなかったが、その隙を見逃すジンリィではなかった。死力を振り絞り、戟が刺さって脆くなっている部分に、紅王を突き立てると溜め込んだ力を解放する。


「うぉぉぉぁぁぁぁぁ!」


 突き刺した紅剣から強烈な赤い閃光が放たれ、黒騎士を飲み込んでいく。




 しばらくして解放軍左翼の一部も巻き込みながら放たれた赤い閃光が消えると、その場には黒騎士だったものの下半身だけが立ったまま取り残されていた。


「た……倒せた……かい?」


 と力無く呟いたジンリィもそのまま倒れ込こみ、手にしていた紅王も塵のように粉々になって消えていった。


 そのまま意識を失いつつあったジンリィの瞳は、騎乗のシグル・ミュラーが向かってきているのが見えていたのだった。





◆◆◆◆◆





 『失われた呪縛』


 ミリヤムに消し飛ばされた右腕の止血を終え、解放軍右翼の将ランガル・フォン・レティは周辺を配下の将兵で固めながら逃げていた。


「ゆ……ゆるさんぞぉ! 私の美しい手をぉ!」


 彫刻のような美しい顔を歪め、真っ赤になりながら喚き散らしている。苛立ちながら隣にいる配下に向かって怒鳴り散らす。


「お……おい、私の黒剣は、どこにやった!?」


 黒剣とはランガルが掲げていた光輝く剣の名前だった。隣にいた配下の将は首を振って答える。


「ランガル様、残念ながら……御身の右腕と共に……」

「ば……馬鹿な! アレがなければ、黒騎士が制御出来んのだぞ!? 戻れ、戻るのだっ!」

「我々だけでは、もはや城砦に辿り着くことすら困難です。今は生き残ることだけをお考えください」


 と首を振りながら答えた部下に対して、悔しそうに歯軋りをすると


「ぐぅぅぅ……全軍を撤退させろっ! 父上が帝都から兵を派遣してくれるはずだ。それを待って蹂躙してやるぞ! もはや遊びは終りだぁ!」


 と喚き散らすのだった。


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