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第120話「希望の風なのじゃ!」

 ノクト海 帝国艦隊 旗艦『ノインベルグ』──


 西部戦線で両軍が激突し、膠着状態に陥ってから数日が経過していた。


 北から強い風が吹き付けるノクト海上で、リスタ王国の封鎖を行っている帝国西方艦隊の旗艦である『ノインベルグ』の甲板上では、艦隊司令官エリーアス・フォン・アロイスが、リスタ王国の街並みを焦れた様子で眺めていた。


「……遅すぎる」


 レティ侯爵より帝国西方艦隊に下された命令は、『リスタ王国北部の海上を封鎖し、リスタ解放軍が王都を攻める際に支援をせよ』というものである。


 本来の計画では、今頃はリスタ港に停泊している予定だった。そしてノクト海の制海権を取られ、形骸化しつつあった帝国北方艦隊の連中と引継ぎの話でもしながら、戦勝の祝い酒でも飲んでいるはずだったのである。しかし、現実では未だに解放軍は現れておらず首を捻っていた。


 その瞬間、強風に煽られ船が大きく揺れた。マスト上の見張り台に登っていた船乗りは体勢を崩して倒れてしまう。その見張りがよろけながらも立ち上がる際に、ふと北の海岸線の方に何かの影を見た。


「凄い風だな……んっ? あれは、なんだ?」


 水平線から帝国艦隊に向かってくる巨大な影に、驚いた船乗りは甲板に向かって叫ぶ。


「提督! 北からグレート・スカル号! ……いや、違うのか?」


 途中で曖昧になった報告に、エリーアス提督は自らも望遠鏡で北を見ながら叫ぶ。


「報告は明瞭にせよ! 何が来ている!?」

「わ……わかりません。帆の形が違いますがグレート・スカル級一隻、その他船影多数! 大小含めておよそ二百……いえ、さらに増大中!」


 曖昧な報告に苛立ちながらも北の海を再び見ると、甲板上からも強大な船影は確認できるようになっていた。エリーアス提督は驚きながら呟く。


「あれは……なんだ?」



◇◇◆◇◇



 錨泊中だった帝国西方艦隊の眼前に突如現れたのは、旗艦オクト・ノヴァに率いられたシー・ランド海賊連合の大艦隊だった。その数およそ五百隻……丁度、海都で行われていた海賊会議に集まっていた海賊のもとに、海賊『海熊』が救助した元レッドスカルの船長フォレスの情報が届けられたのだ。


 その情報に対して、ノクト海全域の危機と判断した海賊たちが動いたのである。


 大海賊グレートスカルには従っても、帝国艦隊なんぞには従う気はないという海賊なりの矜持、すなわち海賊魂に火がついたのだ。




 ノクト海 シー・ランド海賊連合 旗艦『オクト・ノヴァ』──


 シー・ランド海賊連合 旗艦『オクト・ノヴァ』の船長ピケル・シーロードは、目を細めながら百隻弱の帝国西方艦隊を見つめている。ピケル船長は物腰が柔らかく戦を好む性格ではないが、それでも彼は海賊連合の頭目である。


 手に持った船長帽をかぶると、カッっと目を見開いたピケルは怒鳴りように叫ぶ。


「野郎ども! 間抜けな面を下げて、俺らの縄張りに入ってきたバカどもを死ぬほど後悔させてやれっ! 交戦旗を掲げろぉ!」

「あいあいさー!」


 ピケル船長に言葉で旗艦オクト・ノヴァに交戦中を示す旗が翻る。それに合わせてシー・ランド海賊連合の船五百隻の全てに交戦旗が掲げらた。そして北から吹く強風を受けて、猛スピードで帝国西方艦隊に向けて突き進むのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 物見塔最上階 ──


 海洋ギルドの会長オルグ・ハーロードと、工房『土竜の爪(ドリラー)』のガウェイン工房長は、突如始まった帝国西方艦隊とシー・ランド海賊連合との戦いを、物見搭の最上階から見守っていた。


「どう見るね、ガウェイン?」

「まぁ海賊連中の勝ちだろぅなぁ」


 オルグの問いに、ガウェインはヒゲを擦りながら答える。ガウェインの見立て通り、開戦当初は接戦だった帝国西方艦隊だったが徐々に劣勢に傾きつつあった。


 風上を取られた上に五倍の戦力差、そして海賊は船乗りとしての技量もベテランであり海戦慣れもしている。その上でグレート・スカル号のスケールダウン版と言えるオクト・ノヴァまで参戦しているのだ。帝国西方艦隊としては、たまったものではなかった。


 それでもエリーアス提督の手腕と、連携の取れた艦隊運動でギリギリのところで耐えていたが、徐々にリスタ王国側に押し込まれつつある状況だった。


「ガウェイン、ワシは行くぜ! ここは頼んだわ」

「んぁ? どこにいくんだぁ、オルグ」


 階段に向かって歩きだしていたオルグは振り返ると、ニカッと笑って親指を立てた。


「もちろん海で暴れてくるのよっ!」



◇◇◆◇◇



 ノクト海 帝国艦隊 旗艦『ノインベルグ』──


 もうすでにかなりの数の船が沈められた帝国西方艦隊の旗艦ノインベルグの甲板では、若い船乗りは悲鳴に近い声をあげていた。


「て……提督、もう無理です。撤退しましょう」

「くっ、もはやここまでか! よし、撤たっ……」


 すでに三割近くを失っていたエリーアス提督が撤退の指示を出そうとした瞬間、衝撃と轟音が鳴り響きノインベルグが激しく揺れた。立っていることが出来ずエリーアス提督は膝をつきながらも、近くの船乗りに向かって叫ぶ。


「何事だぁ!」

「て……提督、陸からですっ! リスタ王国からの砲撃です!」

「なんだとっ! しまった、流されすぎたか!?」


 北側のシー・ランド連合艦隊に押し出される形で、気付かぬ内に南側のリスタ王国の固定砲台の射程内に入っていたのだ。さらにマスト上の見張り台から状況悪化の報告が続く。


「リスタ港に動きあり、三十隻ほどの船が出港しています! このままでは挟撃に……うゎ!」


 リスタ王国からの砲撃の直撃を受けたノインベルグは再び激しく揺れ、見張り台の船乗りは耐え切れず海に落ちていった。エリーアス提督は立ち上がると副長に向かって叫ぶ。


「撤退だ! 左右砲門で牽制しながら西に向かって全力で奔れぇ!」


 副長は頷くと信号旗を掲げる指示を出しつつ、手旗信号を使って他の船に撤退を伝えていく。




 その後、シー・ランド海賊連合とリスタ王国の武装商船団に挟まれた帝国西方艦隊は、かなりの被害を出しながらも三十隻弱がなんとか西方に脱出した。こうしてリスタ王国の近海は解放され、この国を完全に包囲していた一角がついに崩れ去ったのである。



◇◇◆◇◇



 ノクト海 シー・ランド海賊連合 旗艦『オクト・ノヴァ』──


 帝国艦隊との海戦が終わった後、オルグはオクト・ノヴァの甲板を訪れていた。そこでピケル船長と握手をしつつ、彼の肩を叩きながら豪快に笑う。


「がっはははは、よく来てくれた! 助かったぜ、キャプテンピケル!」

「我々の海で勝手なことをしてる連中が、気に入らなかっただけですよ」


 にこやかに答えるピケル船長に先程の海賊らしい様子はなく、いつも通り商人のような物腰の柔らかさに戻っていた。


「それでこそ、海賊ってもんよっ!」


 その後しばらく歓談した二人だったが、日の傾きに気がついたピケルが頭を下げる。


「さて、キャプテンオルグ……我々はそろそろ海都へ戻ります」

「なんだ、戦の手伝いはしてくれんのか?」


 オルグの問いに、ピケルはにこやかに微笑みながら答えた。


「陸の問題は、陸に上がった元海賊(あなた)たちが解決すべきでしょう?」

「がっははは、そりゃちげーねぇや!」


 オルグは、その通りだと豪快に笑う。


 その後オルグがオクト・ノヴァを降りると、シー・ランド海賊連合の全ての船が海都へ帰路についたのだった。





◆◆◆◆◆





 『海賊魂』


 航行不能になっていたグレート・スカル号は、ノクト海上を何とか奔っていた。


 とは言え、船員だけでは大破した舵は直せなかったため、帆と魔導炉を併用しサイドスラスターと風を上手く調整しての航行していた。その為、船足も出ず旋回にもかなりの距離が必要になっていた。


 副長が羅針盤を確認しながら、ログス船長に尋ねる。


「船長、こっちの方角でいいんですか? もう期日よりだいぶ過ぎてますが……」

「いいから可能な限り早く進むんだよ! 海賊魂を見せろぉ!」

「おぉぉぉぉぉ!」


 ログス船長の掛け声に、船乗りたちはやけくそのような雄叫びを上げてるのだった。


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