5. 救済と裁き
翌朝、今泉は美咲の部屋を訪れた。インターホンを押しても反応がない。レバーを捻るとドアが開いた。明かりがついている。リビングのテーブルには食べ残しの料理が乗っていた。朝方の光景としては違和感がある。まさか、あいつ・・・。
隣の部屋の鍵は掛かっていた。ポケットから事前に用意していた鍵を差し込んで、ドアを開けた。薄暗い廊下に目が慣れてくると、異様な光景が現れた。
木製の椅子が倒れている。椅子に縛られてぐったりとした美咲の顔が見えた。美咲の前でひざを折り、頬を叩くと、目を開いた。目に涙を浮かべている。
今泉は美咲と椅子を結び付けているロープをほどいて、彼女を抱きかかえると、部屋の外へ連れ出した。続いて、手足を縛るロープをほどき、猿轡を外すやいなや彼女が声を発した。
「ご、ごめんなさい。私、情けない・・・」
今泉は優しく声をかける。
「こっちこそ、一人で怖い思いをさせて悪かったな。よくがんばったな。」
美咲が抱き着いてきた。今泉の肩に顔を埋めて、嗚咽を漏らしている。頭を数回なでてやると、顔を上げて声を振り絞った。
「あの中に犯人がいるの!あいつが犯人だったの!」
「ああ、だいたい状況は把握できたよ。お前の話を聞いてやらなくてごめんな。俺が間違っていたよ。あとは任せとけ。」
今泉は美咲を壁際に座らせると、再びドアを開けてトイレの前に立ち、倒れている木製の椅子をどかした。ドアをそっと開ける。床に座り込んでぐったりとしていた牧野が顔を上げた。やつれた顔に歓喜の表情が浮かんだ。
「お前、来てくれたんだな。おれは信じてたよ。ほんと命の恩人だ。」
「・・・」
「考えてみたら、お前、合鍵持ってたもんな。」
「・・・」
「なんだ、浮かない顔して。誤解しないでくれよ。独り占めしようなんて気はなかったんだぜ。準備ができたらお前を呼ぶつもりだったんだ。いっしょにやろうぜ。そこの女を。」
今泉は冷たい眼差を牧野に向ける。
「それはないな。美咲は俺のものだ。お前が彼女に手を付けることはない。」
「まぁ、しかたねえか。今回の借りもあるしな。惜しい女だけど、今回はお前に譲るよ。」
今泉は便器の上の棚に置いてある新品のトイレットペーパーを一つ取り、芯ごと便器の中に放り投げ、清掃用のブラシで奥に押し込むと、便器横のレバーを捻って水を流した。水かさが増していく。
「勘違いするな。お前はここで死ぬんだよ。俺が駆け付けたときには、お前は自殺していた。一連の事件はお前の単独犯。それでいいな。」
今泉は牧野の頭をつかんで、水の張った便器の中に押し込んだ。1分ほど抵抗したが、やがて動かなくなった。
手をハンカチで拭いてトイレを出ようと振り返ると異変に気付く。
ドアが閉まっている。そんなはずはない。開けっ放しにしていたはずだ。抵抗する牧野を押さえつけている間、閉まる音に気付かなかったのだろうか。
そして、嫌な予感が的中した。ドアは開かなかった。外から声がした。
「ねぇ、私、もういろいろ振り回されて、疲れちゃった。もう刑事やめる。向いてないみたいだからさ。しばらく、あなたは、そこで苦しんでくれないかな。死体の匂い嗅ぎながら餓死するまでさ。そうでもしないと釣り合わないでしょう。あと、さっきの会話録音したから、警察に送っとくね。あなたがくたばる頃にね。」




