3. フェイント
美咲がドアを閉める音を確認してから、牧野は目を開けた。
すべてお見通しだ。あの女は警察関係者だ。あるルートで情報を得ていた。自分の置かれている状況も知らないで、自分から罠にかかりにくるとはな。それにしても良い女だ。味わい尽くしたい。
隙を見てビールのグラスを入れ替えて置いた。やはりそうだったか。睡眠薬を混入させるとか、そんな常套手段が通用するとでも思ったのか。美咲は自分のグラスにはほとんど口をつけていないようだ。飲んでくれていたら、それはそれで面白かったのに。まあ、これから仕事をしようという刑事がアルコールを控えるのは理にかなっているか。
酒に強い牧野はビール一杯ぐらい平気だ。むしろ欲情が高まってきた。
*
隣の自分の部屋のドアにカギは掛かっていなかった。奥のリビングに明かりがついている。キッチン下の収納スペースの奥に隠しておいた、スタンガンを手に取る。
リビングを覗き込むと美咲がTVの下のダッシュボードの前でかがんでいる。音を立てないようにそっと近づく。
「なにか、お探しかな。女刑事さん。」
美咲が振り向いた瞬間になぎ倒してスタンガンを彼女の腹部に押し当てた。彼女は横になって体をぴくぴくさせている。そのすきに両足と後ろに回した両手首をロープで拘束した。ナイフを取り出して、頬に突き立てると、芋虫のように体をよじって逃れようとした。
「はははぁ。哀れだな。わかっていると思うが、簡単に殺したりしないよ。時間はたっぷりある。楽しもうじゃないか。」
こちらを睨みつける眼つきはさきほどまでと打って変わって鋭い。これが彼女の本性か。これはこれで興奮する。
彼女を抱きかかえ、お気に入りの木製椅子に座らせる。まず腰と椅子の背を同時に囲むようにしてロープを巻き、縛り付ける。続いて、わきの下にロープを通して胸と椅子の背を同様に固定する。ここまで彼女は無言だったが、この後の行為で叫び声を上げることになるだろう。強引に口を開かせて猿轡をねじ込んだ。顎を持ち上げて顔を近づける。牧野は薄ら笑いを浮かべながら、ささやいた。
「ほんと哀れな姿だ。上手く騙したつもりだったのかな。少々用心が足りなかったようだな。そもそも事故物件を好んで選ぶ女ってなんか不自然だよな。」
女は相変わらず強気で睨みつけてくる。あの時のような涙目ではない。さて、いつまで強気でいられるだろうか。そう言えば、ビールを飲んだせいか、トイレが近くなっている。
「お楽しみの前に、用を足してくるか、ちょっと待ってろ。」




