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83.衣装合わせ

 マリアナ祭の開幕まで、残り一週間ほどになった。それはすなわち、″今の私″にとっての残された時間が残り少なくなっていることを意味していた。

 私は、もうすぐ一つの答えを出さなければならない。だけど今はもう少し、″普通の日々″を過ごしたかった。例えどんな答えを出すにせよ、後悔だけはしたくなかったから。


 さて、この時期に生徒たちの話題をさらっているものの一つが、『今年の″至高の一輪華プリモディーネ″--すなわちマリアナNo. 1美少女の栄冠を手にするのは誰か?』ってことだ。


 なにせ今年のプリモディーネをめぐる戦いは話題に事欠かなかった。我仁さんたち新聞部が作っているマリアナ会報″プリモディーネ特集″記事によると、今年の情勢はこんな感じだ。

 まずは……二連覇を狙うレーナ! 言わずと知れた現役アイドルだ。

 昨年のリベンジを狙う布衣ちゃんだって侮れない。とはいえシュウという彼氏が出来てしまったのは若干マイナスポイントか?

 しかも今年は姫妃ひめき礼音れのん星乃木ほしのき姉妹もエントリーしてる。姉の姫妃は、去年は生徒会活動を理由に辞退していたものの、今年は満を辞しての参戦だ。妹のレノンもネットアイドルとして高い人気を誇っている。

 だけど……なんといっても大本命は、15年ぶりに誕生したエヴァンジェリストである、この私--すなわち日野宮あかるだ! って、なんでやねん!

 正直私はあんまりミスコンに興味無かったんだけど、レーナや姫妃先輩、さらにはレノンちゃんや布衣ちゃんにまで念を押されて、しかもガニさんに特集記事まで組まれてしまっては逃げ道を塞がれたも同然。結局私も参戦することになっちゃったんだ。あーあ、困ったもんだ。


 ちなみに全校生徒の今年の最大の注目ポイントは『二連覇 vs 二冠』。すなわちレーナと私のどちらが勝つか、だ。さらにそこに他のメンツがどれだけ食い込めるかが話題となってるみたい。

 私自身はエヴァンジェリストになったってだけでお腹いっぱいなんだけど、レーナなんかは負けん気を出しちゃって「アカルには絶対負けないからねっ!」などと言ってやる気満々だ。おまけに他の候補者たちからも面と向かって「ライブは応援するけど、それとこれとは別よ!」「この戦いは負けられないにゃん!」「くくく、お前たちの戦いを邪魔するのも一興だな」などと宣戦布告されてたりする。


「もうさー、勝手にしてよ」


 ぶっちゃけ投げやりな気持ちだったんだけど、実はそうもいかない事情もある。

 なんとプリモディーネ候補は、おめかししてステージに上がらないといけないのだ。おまけに壇上で観客を前にスピーチと一芸まで披露しなければならないときたもんだ。

 あーあ、ここに来てやることがさらに増えちゃったよ。参ったな、こりゃ。




 ◇◇◇




 マリアナ祭のクラスの出し物--メイド喫茶の準備も順調に進んでいた。今日はいよいよメイド服が出来上がったので、最初の試着に入る予定となっていた。ところが……。


「なんじゃこりゃ」


 用意された衣装を見て思わず声を漏らす。なにせ私に渡されたのは、メイド服と呼ぶにはあまりにミニでセクシー過ぎる衣装だったからだ。


「えーっと、みんなこれと同じ衣装なのかな?」

「ううん、それは日野宮さん特注だよ〜」

「い、いやこれってさ、さすがに寒くないかい? 半袖にミニスカートって……」

「そう思ってこんなのも用意したんだ! じゃーん、着てみて!」


 そうやって衣装担当の子から渡されたのは、二の腕までの長さがあるロング手袋と、さらにはミニスカの部分までぎりぎりの長さのニーソックスだ。

 た、確かにこれを着ればそれなりに暖かいとは思うけどさ、ちょっとエロくないかい?


「それでいーんです! 完璧だよ!」

「うぇっ⁉︎」


 そんなに強弁されると、もしかして似合ってるのかな? 試しに周りに見せてみると、みんな鼻やら口やらを抑えて悶絶しはじめる。おいこら、そこの男子! 股間抑えんなよっ!

 一応全身鏡で自分の姿を確認してみると……うっわー、エロッ! こりゃ鼻血もんのセクシー

 さじゃないか。


 しっかし、こんなけしからん衣装着てていいんだろうか。試しに羽子ちゃんにも確認してみる。

 ちなみに羽子ちゃんはオーソドックスなメイド服を着ていた。これがまた可愛いんだ! あんた、メイドになるために生まれてきたんじゃない? ってくらいにね。


「ねぇ羽子ちゃん、私の衣装どう?」

「アカルさ……ぶふぉっ⁉︎ さ、最高です!」


 口元を抑えながら親指を立ててくる羽子ちゃん。おいおい、なんか目がイっちゃってるぞ? しかもハァハァと息が荒いし。

 ……こりゃあかん、羽子ちゃんってこんなキャラだったっけ?




 衣装合わせも無事に終わったその日の放課後、今日はレノンちゃんたちダンスチームと″踊り合わせ″をすることになっていた。ちなみに踊り合わせとは、彼女たちのダンスを見せてもらい、あわよくば踊れるようになろう! というものだ。

 一応私は歌がメインだから、もともと踊るつもりはなかったんだけど、レノンちゃんたちがどんな踊りを踊るのかを知ってればステージのイメージも湧くし、なにより余裕があれば一緒に踊ることができるかもと思ったからだ。


「ようこそアカルにゃん! じゃあさっそくだけどダンス合わせするにゃん!」

「アカルちゃん、衣装も準備したよ!」


 そこには、既にステージ衣装らしき服に着替えたレノンちゃん、みかりん、ジュリちゃんの三人と、おそらくはアカル用の衣装を手に持った布衣ちゃんがいた。

 ……ってか、こっちも衣装合わせなんかい! とはいえ、こっちのはなんか普通な感じの衣装だなぁ。奇抜な衣装じゃなくて良かったよ。


 ちなみにレノンちゃんたち三人の衣装は、予想に反してうちの制服を若干アレンジしたような無難な感じの衣装だった。ただしレノンちゃんはネコミミにミニスカ、みかりんはズボン、ジュリちゃんはロングスカートと、それぞれ個性は出している。


「へぇー、なんか可愛らしいね?」

「でしょ? アカルちゃんの曲をイメージして、あえてシンプルなデザインにしたんだ」

「そうにゃ、そうにゃ!」


 どうやらレノンちゃんたちと相談の上、私の作った歌詞のイメージに合わせた衣装を選んでくれたらしい。

 確かに学園生活をイメージした歌詞ではあるんだけど、そこまで考えてくれた布衣ちゃんやレノンちゃんたちの意気込みに頭が下がる思いだ。


「おー、日野宮! やっと来たのか。ところでどうだ? ヒメの衣装は」


 遅れて部屋に入ってきたのは、これまた衣装に着替えたばかりの姫妃先輩。

 ちなみに姫妃先輩の衣装は下が短パンになっていて、グラマラスな彼女のボディの魅力を余すことなく見せつけている。

 すげーな、一個上なだけでこんなにセクシーになれるもんなのかよ。


「いやぁ、姫妃先輩カッコいいですね。大人の魅力ってやつですか?」

「むふふっ、そうだろぉ? もっとヒメのことを褒めろ褒めろ!」

「でも先輩、こんなことしてて受験大丈夫なんですか?」

「ぐっほぉ! こら日野宮あかる、痛いところを突いてくるんじゃない! だいたいヒメにだって息抜きの一つや二つ許されるであろう?」


 どうやら私の発言は姫妃先輩の急所を直撃したらしい。いつも余裕しゃくしゃくな態度だから、気にしてないと思ってたんだけど……意外と受験のこと気にしてたんだなぁ。


 まぁいいや。とりあえずこれで全員が揃ったので、まずはレノン考案のダンスを見せてもらうことにする。

 布衣ちゃんがパソコンを操作すると、この前の演奏で録音した曲が流れ始めて、レノンちゃんたち四人のパフォーマンスが始まった。



 --



 ……なんだこれ。

 すごい、すごすぎるよ。


 彼女たちのダンスを目の当たりにしたあとの、最初に頭に浮かんだ言葉がそれだった。

 気がつくと私は自然と拍手をしていた。それくらい、彼女たちのダンスは鬼気迫るだった。


 正直私は、彼女らのダンスを舐めていた。なんとなーく、結婚式の余興みたいなそんなヌルいレベルのものを想像してたんだ。


 だけどそれは大きな間違いだと、今ハッキリと気付かされた。

 驚くほどのキレのあるレノンちゃんのダンス。それはプロレベルと比較しても決して遜色のない動きだった。

 しかも、そんなレノンちゃんのダンスについていくみかりんやジュリちゃんだって凄い。いったいどれだけ努力したら、あんなに踊れるようになるのだろうか。

 ちなみにもっと凄かったのは、勝手にアレンジを加えて踊ってた姫妃先輩だけど……あの人は規格外だから触れないでおこう。


「はぁ、はぁ……アカルにゃん、どうにゃ? なかなかのものにゃ?」

「レノンちゃんすごいよ!私、本気で鳥肌立っちゃった!」

「アカルちゃん、ホントに?」

「うん、本当! みんな凄すぎるよ!」


 私がやや興奮気味にそう答えると、レノンちゃんたちは「やったー!」と歓声を上げながらハイタッチをし始めた。きっと私の感想が彼女たちの満足いくものだったのだろう。実に微笑ましい光景だ。

 でもそれだけの喜びを表す気持ちも分かる。きっと彼女たちはこのダンスを習得するために、ものすごい練習をしたんだろうから。


「それにしても凄いなぁ。まさかレノンちゃんたちがこんなにも踊れるとは思ってなかったよ」

「ちょっとちょっと、アカルにゃん。そいつは聞き捨てならないにゃん。踊れるも何も、もともと『にゃんレボ』はレノたちのダンス動画を配信するための番組にゃん」


 ……え? そ、そうだったの?

 でも私が見た動画は、レノンちゃんたちが奇抜な格好をして踊ったり騒いだりするやつで……あ、ホントだ。踊ってるや。


「まさか知らなかったとは……まぁ分かれば良いにゃん。ってなわけで、このダンスをアカルにゃんやレーナにゃんにも習得してもらうにゃん」

「えっ! マジっ⁉︎」

「マジにゃ。だってある程度一緒に踊れたほうが、見栄えが良いに決まってるにゃん」


 いや、それはそうだけど……このスケジュールだと無理じゃね?


「アカルにゃんならきっとやれるにゃん! ここに踊りを録画したデータがあるから、これを見て覚えるにゃん。ちなみにレーナにゃんには既にいおりんから渡してもらってるにゃん」


 ぐえー、マジかよ……。


 こうして私はこの土壇場で、強制的にダンスを覚えさせられる羽目になっちまったんだ。

 ただでさえ時間が足りないってのに、さらに覚えなきゃいけないことが増えてしまったよ。トホホ……。




 ◇◇◇




 その日の夜。自室で朝日兄さんのパソコンを借りて動画を再生させながらダンスの練習をしていると、ふと部屋のドアがノックされてゲーム機を持ったマヨちゃんが入ってきた。


「やっほーおねぇ……って何やってんの?」

「んー? なにって、今度のマリアナ祭で披露するダンスの練習だよ」

「えーなにそれ! マヨも見に行きたーい!」

「マヨちゃんも友達誘っておいでよ。当日の入場チケット渡しとくからさ。あーあと良かったら朝日兄さんやお父さんお母さんも連れて来てね」


 もしかしたら学祭のステージが、今の私でいるうちに見せることができる最後の晴れ舞台かもしれないからな。

 ちょっと恥ずかしい気持ちもあるけど、やっぱりアカルちゃんの家族には見せてあげたいっていう気持ちの方が強い。


「うんうん! そしたらおにいちゃんやお友達も連れていくね!」

「そうしてくれると嬉しいな。ところで、マヨちゃんは私に何か用でもあったの?」

「あぁそうそう。実はね、これクリアしちゃったんだぁ」


 そう言って渡されたのは、例の『ハニ姫』のゲームだった。うわぁ、マヨちゃんってばまだこれやってたんだ。なんかこれの存在のこと完全に闇に葬ってたよ。


「んー。もうやる気ないから、このゲームはマヨちゃんにあげるね」

「えっ? おねえちゃんってばゲーム機ごとマヨにくれるの? やった〜!」


 いやいや、ゲーム機ごとあげるなんて言ってないんだけどなぁ……まいっか。

 マヨちゃんの純真な笑顔を見てると、なにも言い出せなくて……仕方なく買ったばかりのゲーム機をプレゼントすることにしたんだ。

 さよなら、買って一時間も触ってないゲーム機よ。マヨちゃんに幸せにしてもらえよ?




 ◇◇◇




 それからの日々は、あっという間に過ぎていったんだ。やることが多過ぎて、私は寝る暇もないほどに充実した日々を送っていた。


 だけど、時は刻々と過ぎていく。

 それは、私にとって残された時間がどんどん減っていくことを意味していた。


 私に残された時間は、あと僅か。もうすぐ私は未来を選択しなければならない。

 決断の時はもう、目の前に迫っている。


 そうして気がつくと……学祭前日を迎えていたんだ。


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