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79.完成!

 なんと、偶然現れたのは朝日兄さんと、謎の金髪美女だった。しかもこの美女、ミカエルのことを呼び捨てにしてる。

 一方、完全に落ち着きを無くしていたのはミカエルの方だった。例の金髪美女の方を見ながらガタガタ震えている。

 そういえば朝日兄さんはデートだって聞いてた気がしたけど……もしやこれって?


「あらミカエル、邪魔しちゃったかしら?」

「な、なんでこんなとこに……ルシ姉!」


 やっぱり、この金髪の美女さんはさっき話題に出てたミカエルのお姉さんのようだ。あれ? ってことは……。


「ねぇ朝日兄さん、そちらにいるのはもしかして?」

「あー、うん。俺の彼女のルシちゃんだよ。冥林めいばやし 流詩愛るしあちゃん」


 うっわー、やっぱそうか! なんと朝日兄さんの彼女は、ミカエルの実姉だったのだ!

 まじかよー、そんなん関係近すぎだろー!


「えー、ミカエルちょっとあんた。もしかしてアサヒの妹に手を出そうとしてたの?」

「ち、ちがっ! これは偶然なんだっ!」

「あんたねぇ、あたしは散々『女の子には優しくしろ』って言ったよね? なのにあんたはあたしの彼氏の妹にちょっかいかけようとしてるわけ? ほんっとロクでもないわね。ちょっとお仕置きが必要かしら?」

「か、勝手に誤解すんなよ! そもそもオレだって今初めて知ったんからなっ! な、なぁアカル? お前もそうだろ?」


 必死な形相のミカエルに問いかけられ、私は思わずカクカクと頷く。


「な? ほら見たろ? だから偶然なんだって」

「問答無用!」


 バクン。響き渡る鈍い音。

 次の瞬間、金髪美女ことルシアさんに光速の掌底をあごに喰らったミカエルの身体がグラリと揺れて、そのまま前のめりに倒れこんだ。

 なっ……あのミカエルをワンパンでノックアウトだと? しかも、迷いがあったとはいえ私の放ったハイキックを防いだミカエルの意識を、無抵抗で刈り取るなんて……。


「ルシちゃんはね、空手の黒帯持ってるんだよ」

「そ、そうなんだ……」


 そりゃとんでもない、あのミカエルがビビるわけだ。にしても、いくら美人とはいえ朝日兄さんもどえらい人と付き合ってるなぁ。ある意味感心するよ。

 ……はっ、もしかして兄さんドMだったりする?


「ちがうわっ! でもルシちゃんは二人っきりだとすごく甘えん坊なんだよ?」

「あー、そういう情報いらないから」


 他人のノロケ話とか聞きたくもないし、勝手に爆ぜといてくれや。


 ということで、失神したミカエルをルシアさんが連れ帰ることで、この日はお開きとなってしまった。

 帰り際にルシアさんが「もしこいつに変なことされそうになったら、あたしが守るからいつでも知らせてね?」と耳打ちしてくれた。

 心強いんだか、怖いんだか、どっちかわかんないんだけど。まぁ金髪美女に顔を寄せられるのにイヤな気はしないんだけどさ。


 それにしても、一対一で勝てないかもと思ったのは、姫妃ひめき先輩以来かも。マリアナ最強ヤンキーのミカエルをワンパン(ワン掌底?)とか、怖すぎんよお姉さん!



 意識を失ったままのミカエルたち二人を朝日兄さんの車で家まで送り届けると、そのまま兄さんの運転で家に帰る。帰りの車の中で、それまでずっと口を開かなかった朝日兄さんが問いかけてきた。


「なぁアカル、もしかして……ルシちゃんの弟と付き合ってたりする?」

「ないない! 今後も含めて絶対ありえないっ!」

「そっか、そりゃなんかガッカリというか、ホッとしたというか」

「ホッとした?」

「いや、なんとなくルシちゃんとアカルに組まれたら、俺勝ち目無さそうだからさ」


 安心してくれ、兄さん。私はあの怖すぎる美女と組むつもりはないからさ。

 でもさ、もし朝日兄さんがルシアさんと結婚したら、あの人が義姉になるのか……怖いよー。いやまて、それ以前に私はミカエルと義兄妹? 姉弟? になるのか。それもそれでありえねー。

 ……あ、そういえばミカエルへの返答がうやむやになっちゃったな。まいっか、ミカエルだし。



 その日の夜、夢を見た。男子学生服を着た人物と私が遊んでいる姿。

 この少年に、私は見覚えがある。たしか記憶を取り戻した時に一瞬だけ見えてすぐに消えた人物だ。だけどやはりその顔はボヤけていて、今回もハッキリとは見えない。


 あんたは、誰なんだ?

 私の声は彼に届くことなく、また深い眠りの世界へと落ちていった。




 ◇◇◇




「できた……」


 私は手に持っていたペンを放り投げると、そのまま机に突っ伏した。

 ついに、歌詞ができあがった。これまでのスランプがウソみたいに一気に歌詞が頭に浮かんできて、休日のたった1日で全歌詞を書き上げることができたんだ。


 いおりんに何度も「自分が思うことをそのまま詩にしたら良いんだよ」って言われてたけど、それがやっとこさ形になったって感じだ。


 とりあえずミカエルが作ったメロディに合わせて歌ってみる。うん、良い感じだ。もう二度とこんな歌詞は書ける気がしない。それくらい全力を尽くしたといえる。

 あとは鬼教官であるいおりんの許可を貰えればオッケーかな? それが一番の難関なんだけどさ。



 翌日、学校でいおりんに歌詞を書いたノートを見せてみると、彼はしばらくはうーんと唸りながら歌詞を眺めたあと、パタンとノートを閉じた。


「……うん。アカルちゃん、すごくいい感じに出来上がったと思うよ?」

「いおりんホント⁉︎」

「うんうん、アカルちゃんよくがんばったね!」


 なんと、ついにあのいおりんに好感触を貰うことが出来たのだ! 思いがけず優しい言葉までもらい、思わずほろっと来てしまう。

 あー、今日のいおりんは女神様みたいに優しく見えるよ。男の子だけどさ。


「それじゃあさ、さっそく放課後にみんなを集めてお披露目してみようか?」

「ええっ⁉︎ もう⁉︎」

「うん、そのほうがみんな演奏のイメージが湧きやすいからね」


 そ、そんなもんなのかなぁ?

 とりあえずいおりんの言う通り、今日の放課後の練習で、メンバーみんなに完成した歌詞の歌を急遽披露することになったんだ。



 放課後の音楽室には、思いがけずたくさんの人が集まった。

 バンドメンバーであるいおりんやミカエル、ガッくんにシュウら″キングダムカルテット″の4人を始め、羽子ちゃんや仕事を切り上げてきたレーナ、それにレノンちゃんやみかりん、ジュリちゃんやエリスくんまでいる。

 先週末の件もあったからなんとなくミカエルと顔を合わせづらかったんだけど、これだけ人数が揃うとさすがの性獣もちょっかいはかけてこない。それにこんなにたくさんの前で歌うことの方がプレッシャーで、なんとなくどうでも良くなったってのもある。


「じゃあ、歌ってみるね?」


 私がそう言うと、皆が頷く。うわー、これだけの人数の前で歌うとか、緊張するなぁ。まじプレッシャー。


 ミカエルがパソコンをポチッと操作すると、ノートパソコンから電子音のメロディが流れ始める。そのメロディに合わせて、私はゆっくりと、確かめるように声を出したんだ。



 〜♪〜♪〜♪〜



 私が歌ってる間、誰も口を挟まずにじっと聞いてくれていた。おかげで私は余計なことを考えることなく、歌に集中することができた。


 ……そこそこ上手く歌えたかな?

 でも最後まで歌い終わったとき、待っていたのは″沈黙″だった。

 あれっ? なんでみんな黙ってるの? ここは拍手とかくれるところじゃない? 沈黙とか一番怖いんですけどっ!


 みんなの顔を恐る恐る伺ってると、最初に立ち上がったのはミカエルだった。


「……くそっ、なんて歌を歌いやがるんだ。すげーのが降りてきたぜ」

「ミカエル?」

「なぁ伊織、俺はバイオリンでいく。そのつもりで編曲してくれ」

「はぁ〜い」


 そう言うとミカエルは勢いよく音楽室から出ていった。はれれ? どうしたってんだ?

 そんなミカエルの動きをキッカケとして、他のメンバーも動き始めた。ミカエルに次いでガッくんやシュウが顔を青くしたまま立ち上がり、そのまま力なく部屋から出て行ってしまう。

 ちょ、ちょっとそれどういう反応よ⁉︎ そんなに私の歌はダメだったってこと⁉︎


「違うよ、アカルちゃん。君の歌が凄すぎたんだよ」

「ほんとよ、アカルあなた本当に素人なの? プロのあたしから見てもかなりのレベルにあるわ」

「へっ?」

「アカルさんの歌、凄すぎです。わたし……思わず涙が出ちゃいました」

「えっ? ええっ?」

「だからみんなの音楽魂に火がついたんだよ。きっとみんな、凄いの出してくると思うよ。なにせあのミカエルが『もう二度と触らないっ!』って宣言してたバイオリンを引っ張り出すくらいだからさ」


 いおりんやレーナ、羽子ちゃんからそう声をかけられ、私はようやく状況を理解することができた。

 どうやら私の歌はみんなに受け入れられたらしい。というよりも、衝撃を与えたって感じ? 確かにアカルちゃんは良い声してるけど、そこまでの影響を与えるとは思ってなかったよ。

 にしても、ミカエルのやつバイオリンなんか弾けたんだな。なんかあいつのガサツなキャラに合わないような気がするんだけど。


「ミカエルはバイオリンを弾けるなんてもんじゃないよ。すごく上手でね、昔なにかのコンテストで入賞したくらいなんだ」

「へー、なんか凄いんだね」

「なにせミカエルの家は音楽一家だからね。ご両親な有名な音楽家だし、確かお姉さんも有名なバイオリニストだったはずだよ」


 えっ? あ、あの強烈な掌底を放ってミカエルを一撃でノックアウトしたルシアお姉さんが、有名なバイオリニスト? だいたい音楽家ってのはもっと繊細なイメージなんですけど。空手で黒帯のバイオリニストって……。


「アカルにゃん! 凄い歌だったにゃん! レノたちがきっと凄いダンス踊ってみせるにゃん!」


 いおりんと話してると、今度はレノンちゃんが顔を高揚させて興奮した様子でみかりんやジュリちゃんと一緒に私の手を握ってきた。そ、そんなに興奮するほど私の歌ってよかった?


「凄かったにゃ! きっとレノのダンスと組み合わせると、最高のショーになるにゃ!」

「日野宮先輩、ぼくもあなたの歌に見合うように、本気でプロモーション映像を作ります。だから……映像撮影に協力頂けますかね?」

「は? プロモーション映像?」


 すると今度は、いつも冷静沈着なエリスくんまで妙なことを言ってきた。

 ちょっとエリスくん、プロモーション映像ってなによ。私はただ学祭で歌を一曲歌うだけなんだけど?


「あら、それ面白そうね? あたしも一枚噛ませてもらえるかしら?」

「美華月先輩にもご協力頂けるのであれば、ものすごいプロモーションが出来上がると思います! あー、なんか創作意欲が湧いてきたぁっ!」

「アカルにゃん、良かったにゃん! エリスにゃんの才能は本物にゃん。きっとすごいのが出来上がるはずにゃん!」


 すでに私のことなんか放ったらかしにして、エリスくんを中心としてプロモーションビデオの打ち合わせを始めるレーナやレノンちゃんたち。

 ねぇねぇ、私はなにもやるって言ってないからね? なのになんで勝手に話が進んでるの?


「うーん、そのカットを撮るなら映像のプロが必要ですね」

「エリスにゃん、だったらガニにゃんを誘うにゃん! 彼女なら良い映像撮れるにゃん!」

「じゃあさ、あたしとアカルが女優みたいな感じで演技をして、プロモーション映像の中で流すってのはどう?」

「あぁ美華月先輩、そのアイディアは素晴らしいです! すぐにシナリオを書いてきます! うわぁ、アドレナリンがドパドパ出てきましたよぉ!」

「よーし、だったらレノもヒメ姉を誘うにゃん! マリアナ最強のチームの出来上がりにゃん!」


 おーい、なんでみんな私を無視して勝手に盛り上がってるの? だれかー、私の意見も聞いてよー?



 こうして、私のことを完全に無視して、今回のライブに使うプロモーションビデオまで作ることが決まってしまったのだった。


 ……えーっと、どうしてこうなった?


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