71.温泉に入ろう!
修学旅行四日目。
この日はまたバスに揺られて、お隣の県である大分に向かう。目的地は……全国的にも有名な温泉郷、湯布院だっ!
みなさん、わかりますかー?
温泉ですよ⁉︎ お・ん・せ・ん!
しかもですねー、今日は班ごとに行動して好きな温泉に入ることになってるんですよ。これがなにを意味するかって? つーまーり、レーナ&羽子ちゃんとのお風呂タイムがあるわけなんですよ! これが興奮せずにいられますかっ⁉︎
ここまでさんざんお風呂タイムを引っ張られてきたから、楽しみすぎてワクワクが止まることを知りませんな。あぁん? 認識阻害? んなもん関係ありまへんがな! 一緒に裸で温泉に入ってるっていう雰囲気が大事なんだよ、雰囲気がっ!
ってなわけで、湯布院に到着!
ここは全国的にも有名な温泉街で、大小さまざまな温泉宿やお土産なんかを買える『湯の坪街道』なる通りがあったりして、なかなかに面白い感じの観光地となっていた。
「さーて、これからどうする?」
「そりゃ温泉でしょ!」
「いきなり風呂かよっ!」
班長であるガッくんの問いかけに即答するも、即ツッコミを受けてしまう。ガッくん、最近ツッコミが鋭くなったなぁ。センスあるよ?
「アカルちゃん、せっかくだから観光してから温泉にしようよ」
「そうよ、いくらなんでも風呂上りに街道を歩くのは嫌だわ。また汗かいちゃうしね」
いおりんとレーナからも反対の意見をもらい、しかたなく即温泉は断念することにする。
ったく、二人ともわかってないなぁ。湯上がりに浴衣を着て散策するのがロマンなのにさ。羽子ちゃんが苦笑いを浮かべて黙ってたけど、羽子ちゃんならきっと分かってくれる……よね?
しばらくは他のメンバーに付き随う形で、お土産屋さんでいろいろなものを物色したり、現地名産の食べ物やらスイーツやらを堪能する。
ようやく日も暮れかけたころ、いよいよ待ちに待った温泉タイムに突入することとなった。
キタキター! ついにやってきました、スパタイムですよ! そうと決まれば早く行こうぜ!
「アカルさん、これまで大人しくなったのに急に元気になりましたね」
「……なんだかアカルの目が真剣だから怖いわ」
「ちょ、羽子ちゃん! レーナ! そそそそんなことないよっ!」
「なに慌ててるのよ。そんなに温泉が好きなのって言いたかっただけなのに」
二人には白い目で見られはしたものの、その程度で折れたりする程度の弱いメンタルは持ち合わせていない。毅然とした態度で平静を装う。
そしてついに、事前にリサーチしてた温泉宿に到着する。ぐふふっ、なんと思われようと入っちまえばこっちのもんさっ!
◇◇◇
時間帯が良かったのか、この宿の露天風呂は自分たちで貸切状態だった。まずは更衣室に入って、ゆっくりと服を脱ぎ始める。あー、ブラを外したときの開放感ってたまんないよねー。
「羽子ちゃん、温泉楽しみねぇ」
「そうですね、麗奈さん」
この旅でいつのまにかずいぶんと仲良くなったレーナと羽子ちゃんが、親しげに会話している。
初日の夜のあのギスギスとした雰囲気は一体何だったんだ? と思うくらいの打ち解けっぷりだ。本当に女の子ってのはよく分からないや。
「あら? どうしたのアカル。脱がないの?」
「ぶはっ⁉︎」
既に上着を脱いでブラだけになったレーナに、無防備に話しかけられるという思わぬ不意打ちを受けて、不覚にも吹き出してしまう。
ちょちょちょちょ、なんですかそのけしからん格好はっ! そんなあられもない姿を見せつけられたら、ビックリするに決まってるでしょ!
「なによ、女の子同士なのになにを興奮してるの? アカルってば変な子ね」
「ここここ興奮なんてしてないしっ! レーナのスタイルがいいからちょっとビックリしただけだよっ!」
「あらそう? ありがとう。でもあたし、脱いだらもっと凄いわよ?」
残念ながら脱いじゃうと認識阻害が発生しちゃうから、今の方がエ●かったりするんだよなぁ。でもモザイクが逆にそそることになったりして。
「そういえばアカルさんは、中身が男の人なんでしたっけ? だったら一緒にお風呂に入るのはまずくないですかね?」
「ぶっふぉお⁉︎」
「……なーんて、冗談ですよ。アカルさんにだったら見られても平気ですからね」
「ごぶはぁっ!」
事前の予想通り豊満な胸の持ち主である羽子ちゃんに、下着姿でそう耳打ちされて、陥落しない男がいますかねっ⁉︎ やばい、俺、風呂に入る前に昇天しちゃうかも……。
ざっぱーん。
「ああーきもちいい!」
「最高ですね」
「…………」
とても広い露天風呂に一緒に入り、大きく息を吐く。右には頭にタオルを乗せたレーナ。左にはメガネを外した羽子ちゃん。二人とも温泉の暖かさにほんのりと頬を赤く染めている。
おおぉおぅおぅおうおうぉうぉ……。
神様、幸せをありがとう。僕は生きていて本当に良かったです。
認識阻害のせいで視界にはモザイク入りまくりだったんだけど、そんなことは関係ない。なんども熱く語らせてもらってるけど、この雰囲気が大事なんですよ!
「どうしたの、アカル? ぼーっとして」
右手にいたレーナがそっと俺の腕を取る。ぶっほぁぁぁあ⁉︎ だだだダイレクトタッチですかいっ⁉︎ 俺の右腕を、言葉にできない柔らかな感触が包み込む。
……一つ言わせてもらおう。布越しとはケタ違いですよ、これ。あっ、やばっ、鼻血が出そうだわ。
「もしアカルさんが本当の男の人だったら、この状態はどうなんですかね?」
さらに左側にいた羽子ちゃんが、レーナと同じように俺の左手を取ってくる。グッハァァァィアアイアンアイアイ⁉︎ はははハコさん、それはああああきまへんがなーっ!
「アカル、どうして固まってるの? 男なら手を出してくるんじゃないの? ん?」
「全然反応ありませんね。……ちょっと残念です」
いやいやいやいや、こんな状況で手なんて出せるわけないっしょ⁉︎ こっちは鼻血をこらえるので必死よ⁉︎
「やっぱりウソだったの? それとも口だけ?」
「アカルさんの身体のどこを見ても、羨ましいくらい女の子の身体してるんですけどねぇ」
「あうあうぁぅぁぅ……」
その後もしばらくは二人に完全に挟み撃ちにされたまま、のぼせて失神する寸前までガッチリとキープされてたんだ。
……なんだろう、念願が叶ったのは事実なんだけど、思ってたのと違うーっ!
しゃこしゃこしゃこ。
レーナと羽子ちゃんによる至福のサンドイッチという生き地獄から脱出した俺は、とりあえず頭をシャンプーで洗っていた。
んー、さすが『耽美堂』の新作シャンプー。発売前のやつをお試しでもらったんだけど、洗いごこちがすごく良いね。
「アカルー、背中流してあげよっか?」
「へっ……ひゃあっ⁉︎」
油断していたところに、まさかのレーナからの攻撃が加えられる。背中に触れる、柔らかなスポンジの感触。ちょっ、レーナなにしてんのさっ⁉︎ いまシャンプーしてて目を開けられないんですけどっ⁉︎
「アカルってば背中も綺麗よねー。スタイルもいいし、ほんっと嫉妬しちゃうくらい!」
むにっ。不意に胸を触る感触。
ちょっ、レーナさん⁉︎ あなたもしかして、後ろから人の胸を揉んでますっ⁉︎
「ちょ、レーナ、ななななにをっ⁉︎」
「アカル、ムカつくからちょっと触らせなさいよ!」
「ふえぇっ⁉︎ や、やめてぇ……」
むにむにっ。胸に伝わるくすぐったい感覚。しかも俺の背中には……もしかしてレーナさん、俺の背中にダイレクトで引っ付いてます?
「レーナさん、ずるいですよ? 一人でアカルさんを独占して」
「ええー、あっ、いやん」
シャンプーしてて手も足も出ず無抵抗状態だった俺を救い出してくれたのは、どうやら羽子ちゃんみたいだ。俺の背にへばりつくレーナを引っぺがしてくれたらしい。
あ、ありがとう羽子ちゃん。あのままだとちょっとヤバかったよ……。
「でも、私もちょっとだけ……」
「ふわぁあっ⁉︎」
「あ、こら羽子ちゃん! どさくさ紛れになにアカルに触ってるのよ!」
「えー? わたしはちょっと触っただけですよ。レーナさんよりは控えめなはずです」
「むー、じゃあ二人で分担しましょうかね」
ちょっとちょっと、あなたたちなにを話してるんですか? なにやら不穏な気配しかしないんですけど……って、まさかのダブルでお触りがキターーッ!
や、ヤバイ! このままだとマジでヤバいって!
「あれ、アカルにゃんたちにゃん。なにやってるにゃん?」
「あらほんとだー。なに三人でやってるの?」
助け船は突然やってきた。
声をかけて俺を生殺し地獄から救い出してくれたのは、たまたまこの温泉に入りにきてくれたレノンちゃんや布衣ちゃんたちの集団だったんだ。
彼女たちの登場にレーナたちの体が硬直したこのスキに、俺は素早く拘束から抜け出すとお湯をかぶってシャンプーを流す。ふぃぃぃい、やっとこさ視界が回復したぜ。
「コラッ! あなたたち、いい加減にしなさいっ!」
「……ちぇっ、もう終わりかぁ」
「もう少し触りたかったです……」
ねぇねぇあなたたち、本当に普通の女の子なの? 男の子の魂が中に入ってたりしない? 中身が男の俺よりも危険な香りがするって、一体どういうことなのさ?
「……で、三人で何をしてたの?」
「楽しいことならレノたちも混ぜてほしいにゃあ」
そのときになって、俺はようやく気付く。
ピンチを脱出したかに思えていたが、実は全く脱していなかったことに。
そして……救世主のように見えていた布衣ちゃんたちが、実は新たなる敵であったということを。
◇◇◇
「ぷっはー、美味しい!」
「お風呂、気持ちよかったですねー!」
お風呂でさんざん俺のことを弄んで満足したのか、気持ちよさそうに風呂上がりの牛乳を飲むレーナと、同じくフルーツ牛乳を飲む羽子ちゃん。その横で俺は、試合に負けたボクサーみたいにタオル一枚巻いた状態で床に跪いていた。
……どうしてこうなった。何度も自問自答しながら、肩で息をする。全身を触られまくったせいで、なんかもうろくに力も入らない。
なぜなら結局あのあと、急遽参戦したレノンちゃんや布衣ちゃんたちからも、寄ってたかって身体を洗……いや、お触りされまくったのだ。
なにこの至福の地獄。くすん、もう私お嫁に行けないよ……。
それにしても、どこでなにが狂ったんだろうか? レーナや羽子ちゃんだけじゃなく、レノンちゃんや布衣ちゃんたちとも、モザイク付きとはいえ裸のお付き合いができたってのに、どうしてこんな結末を迎えたんだ?
本当であれば、みんなにお触りまくってサービスタイムを満喫する予定だったのに、なんで俺のほうが触られまくってるんだか。トホホ……。
「はい、アカルさん。コーヒー牛乳ですよ」
「あ、ありがとう……」
羽子ちゃんに手渡されたコーヒー牛乳は、本当に甘くて美味しかった。
あぁ、うまい。生きててよかった。こんなもんで幸せを感じる俺は、もしかして結構単純だったりするんだろうか。
でもね、一つだけ言わせてほしい。
どうしてこうなったーっ!




