70.修学旅行、三日目
迎えた修学旅行三日目。
この日は熊本は阿蘇山までバスで移動だ。にしてもバス移動が多いなぁ、そもそも一週間で九州を網羅すること自体が無謀じゃね?
「アーカール」
「あれ、なんでレーナが隣に?」
そしてなぜかバスで隣の席にいたのはレーナだった。なんで別のクラスのレーナがうちのクラスのバスに乗ってるのやら。
「うふふ、裏技使って変わってもらっちゃった」
「こらこら、どんな裏技使ったんだよ?」
「あたしとママのサインに、あたしとのツーショット写真ってとこかな」
うっわ、この子ってば芸能人パワー全開で使ってやがるよ。なんて悪い子なんだか。
「うわー、阿蘇山ってすごく綺麗な景色だね」
「ほんとだね、なんか癒されるわぁ」
などと無邪気な会話を交わしながら二人で外を眺めてると、ふいにレーナが俺の腕を抱え込むかのようにギュッと掴んだ。ウホッ、あああ当たってるんですけど⁉︎
まさに「当ててんのよ」状態のままバスは阿蘇山の山頂近くにある草千里という場所に到着する。
ここでひとまず班ごとの自由行動となったので、俺たちはこの草千里を散策したあとロープウエイで阿蘇山の火口まで登ることにしていた。
ここ草千里は、名前の通り大草原に小さな湖みたいな場所まである観光名所だ。あー、高い場所にあるだけあって空気も澄んでるし、なにより景色がすごく綺麗! わーい、マイナスイオンだ〜。疲れ果てた俺の心を癒してくれるぜ〜。
「アカル! 馬に乗りましょう!」
「馬? そんなんあるの?」
「うん、ほらあそこに」
なんとここでは乗馬も楽しめるらしい。班長であるガッくんに許可を取ると、いおりんや羽子ちゃんたちの生暖かい視線に送られて、レーナと乗馬体験をしてみることにした。
今回は二人で二頭を借りて、少し遠方まで遠乗りするプランにした。レーナのたっての希望ってのもあるし、なにより俺がこの絶景の中で馬に乗るというまるでファンタジーのような世界を体験したいって思ったからだ。
芦毛と鹿毛の二頭の馬にまたがって、係りの人の先導のもと、ゆっくりと馬が闊歩していく。
かぽっかぽっ。うわっ、これけっこうバランス取るの大変だよ!
二人で馬に乗ってると、他の生徒たちが俺たちに気づいてキャーキャー歓声を上げ始めた。いやいや、そういうのやめてよ! お馬さんがビックリして飛び跳ねたりしたらどうすんのさっ!
「おー! アカルにゃん、カッコいいにゃん!」
「レーナちゃんもいいねぇ! 記念撮影するわぁ!」
途中で近くを通ったレノンちゃんやガニさんにバッチリと撮影されてしまう。ま、これくらいは許してあげるか。他の生徒たちにも既にバシバシ撮られちゃってるしね。
あ、向こうの方では布衣ちゃんとシュウが二人でこっちに手を振ってる。あいつら班を抜け出してこっそり逢い引きしてやがったな。なんというけしからん奴らめっ!
しばらく馬に乗って丘を登っていくと、急に視界が開けて目の前に絶景が広がった。
「うわぁ、綺麗……」
レーナが絶句するのもよくわかる。辿り着いた場所は、雲の上にある草原のような、幻想的な風景が広がる場所だったのだ。
俺たちは馬から降りると、しばらくは無言になってこの絶景を眺めたんだ。
「あたし、アカルとこの風景が見れて良かったわ」
「……私も」
レーナのつぶやきにそう答えたものの、これまでと変わらない……しかも何も聞いてこないレーナの態度に、逆に不安な気持ちになってくる。
レーナは、俺の昨日の発言をどう思っているのだろうか。俺が男だろうと女だろうと関係ない? それとも、あえて話題に触れないだけ?
聞きたい。でも聞けない。
そんな思いが渦巻く中、レーナが俺の手を取って「アカル、どうしたの?」と尋ねてきた。
「……レーナはさ」
「ん?」
「レーナはさ、昨日の私の話を……その、気にしてないの?」
俺の問いかけに、レーナは最初キョトンとした表情を浮かべたあと、すぐにニヤッと笑いながら答える。
「それはあれ? アカルが男とかなんとか、そういう話?」
「う、うん。まぁその、そんな感じの話、かな?」
「……それってさ、別にアカルはアカルなんでしょ?」
「へっ?」
思ってもないレーナの言葉に、虚をつかれたのは俺の方だった。
「アカルが何を気にしてるかはわからないけど、あたしはね、今のあなたが好きよ。アカルの正体とかなんとか、そういうのは関係ないわ」
「レ、レーナ……?」
「だから、あたしはアカルが男だろうと女だろうとどうだって構わないのよ。ねぇアカル、アカルはあたしのこと好き?」
レーナのまっすぐな問いかけに、俺は一瞬だけ戸惑ったものの、すぐに頷く。
「うん。好き……だよ」
「じゃあ今のあたしの中身が仮に″本物の美華月 麗奈″と別人だったとして、あなたは今のあたしのことをキライになるの?」
それは、否だ。
俺はたぶんいまのレーナの魂に惹かれてる。そこに外見なんかは関係ないんじゃないかと思う。
……あぁなるほど、レーナはそういうことが言いたかったのか。
「……レーナの言いたいことはわかったよ。ありがとう、そしてゴメンね。変なこと聞いちゃったりして」
「いいのよ。それにあたしも聞きたかったセリフ聞けたしね」
「聞きたかったセリフ?」
「ええ。アカルがあたしのことを大好きだってセリフをね?」
そう言うとレーナは、輝くばかりの笑顔で俺に微笑みかけてきたんだ。
あぁ、まいったな。この子には勝てないや。
レーナの魅力的な笑顔に魅了されながら、俺はそんなことを実感する。
「……じゃあさ、レーナは仮に私がブ男だったとしても、好きになってくれるの?」
「ブ男? えー、それはヤダなー」
そこはイヤなんかいっ!
思わずツッコミそうになる俺を見て、レーナは「ウソよ!」と言いながらケタケタ笑ったんだ。
◇◇◇
今日は阿蘇山の中腹にあるホテルに泊まることとなっていた。夕食後はお風呂タイムだ。
初日は例のババ抜きのせいで入浴時間切れでシャワー。二日目はどこかで気を遣われてたのか、なぜか俺が入るときには他に誰も居なかった。
だけど今日は違う! なぜなら今日はグループ毎に決められた時間に大浴場に入ることになっているからだっ!
そりゃもちろんレーナや羽子ちゃんたちと入りたいんだけど、それは明日へオ・ア・ズ・ケ。明日の大分の温泉では班行動のフリータイム中に温泉に入る予定にしてたので、最大の楽しみは明日に取っておくとしよう。
とりあえず今日はクラスの女子10人といっしょに大浴場を使う予定になっていた。
クラスで割り振られた人数毎に入浴タイムが割り当てられていたので、残念ながら羽子ちゃんはメンバーにいないけど、一二三トリオがいるし、取り敢えず修学旅行最大のお楽しみを満喫させてもらいますかね!
ところがどっこい、宿のトラブルで大浴場が使用禁止となっていた。そんなのってないよ、トホホ……。
仕方なく部屋でシャワーを浴びると、落ち込んだ気分を紛らすために、頭を乾かして湯冷しに外を散歩することにする。
阿蘇山の夜は、空気が澄んでいて星がとても綺麗に見えた。
あぁ、本当に星空が綺麗だな。もう少し光源から離れたら、天の川も見れそうだなぁ。そんなことを考えながら、暗い夜道をてくてくと歩いていく。
「……でしょ! どうしてよ!」
「……だろう? 理解しろよ!」
おやおや、なにやら男と女が大声で話す声が聞こえるぞ? しかも声の様子から険悪な雰囲気が伝わってくる。これはもしかして、別れ話か?
木陰に隠れて声のした方を覗き込んでみると、一組の男女の姿が星明かりの下に浮き上がっている。
金色に光る髪のあいつは……もしかしてミカエルか? 相手の女生徒は、名前は知らないけど顔に見覚えがある。たしかミカエルの取り巻きだった女の子のうちの一人だ。
「そうやってミカエルは、うちを捨てるのね? ずっと一緒にいたのにさ」
「……すまんな、前に話した通りなんだ。他に好きな奴ができた」
おうおう、思いっきり修羅場ってますなぁ。こんな場面にのこのこと顔を出すほどの勇気はないけど、やっぱ気になるよね?
ってなわけで、引き続き木陰に隠れて様子を伺うことにする。すると、話の内容がどんどん不穏な方向にエスカレートしていく。
「ミカエルの好きな人は、例の薔薇姫なんでしょ?」
「……あぁ、そうだ」
「ひどい、あんな人にうちじゃ絶対勝ち目ないじゃない!」
げっ。薔薇姫ってアカルちゃんのことだよな? ミカエルのやつ、女の子振るのになに勝手に俺のことをダシにしてんだよ! ったく、そういうの勘弁してくれよなぁ。
「ヤダヤダ! うちはミカエルを失いたくない! そうなるくらいだったら、うちは……」
キラリ。星空の明かりに照らされて、何かが鈍く光る。もしかして、あれは……刃物⁉︎
そう気づいた次の瞬間には、ミカエルの手が素早く動いて、鈍く光るものを奪い取っていた。
って、なんだかサラッと対応してるけど、超こえーよ! マジもんで刃傷沙汰じゃねーか! 高校生がなにやってんだよ! ってか、ミカエルのやつ刺されるようなマネしてんじゃねーよ!
「おいおい、こんなもん持ちやがって。あぶねーだろ? オレじゃなかったら死ぬぜ?」
「うぅ……」
「あー、ったく。泣くなよな。もういいから、今日は帰って寝な? また修学旅行から帰ったらゆっくり話を聞くぜ?」
「ミカエル……」
だけど、しばらく会話したら落ち着いたのか、女子生徒はミカエルの説得に応じてトボトボとホテルに帰っていった。よくあの修羅場を抑えたな、大したもんだよミカエルくん。君に火消し役の称号を与えよう。
完全に彼女の姿が見えなくなったところでミカエルはふぅと息を吐いた。
「……で? そこにいるのは誰だ?」
「のぅわあっ⁉︎」
「なんだよ、アカルかよ」
うわー、バレてたーよ! 仕方なく木陰から姿を現す。
「ちっ、嫌なところ見られちまったな」
「なぁミカエル、女の子を泣かすようなことしてちゃダメなんじゃない?」
「……あいつは昔っからああなんだよ。情緒不安定ですぐ衝動的な行動に出やがる。これで刃物出されたの8回目だぜ?」
はぁぁ? 8回目だってぇ? ミカエルのやつ、ずいぶんとヘヴィーな生活の中送ってんのな! さすがのアカルちゃんもドン引きですよ?
「あー、勘違いすんなよ? オレはあいつに手なんか出してないからな? なんというか、あいつは″依存体質″なんだよ」
「依存体質?」
「ああ、前の彼氏が暴力的なヤツでな。オレが殴り飛ばしてあいつを解放してやったんだが、今度はこっちに依存してきやがったのさ。まぁ身から出た錆だから仕方ねーんだけどな」
ふーん。もしこいつの言うことが本当だとしたら、悪い男から救ってあげただけじゃなくて、ちゃんと律義にその後もフォローしているということになる。
あれれ、もしかしてミカエルってばいいヤツなのか?
「……まぁいいや、とりあえずそういうことにしてあげる。だけどさ、私をダシにするのはやめてくれない?」
「ダシ? ダシって何のことだ?」
「だーかーらー。さっきの子をさ、私がいるからって理由でお断りしてたでしょ? そんなウソの言い訳なんてやめてって言ってるわけ」
「ん? 別にウソじゃねーよ。昨日も言っただろ? オレはお前のために身辺整理したって」
げっ、昨日のあの話はマジだったのかよ! てっきり俺に指名された腹いせにぶっ込んできたウソなのかと思ってたのに。
「昨日の話? あーあれは全部ホントだ。ウソ混ぜるのなんてめんどくせーしな」
「そ、そういうネタバラシは聞きたくなかったな……」
「それはそうと、昨日のお前の話、ありゃなんだよ? なにが男だ、アホじゃねーか?」
おおぅ⁉︎ 今度はこっちが突っ込まれ始めたぞ? しかも人の渾身の暴露話をアホ呼ばわりするし。
俺が思わず頬を膨らませて『アカルちゃんぷー』をしていると、ミカエルは苦笑いを浮かべて俺の頭をぐしぐしと撫でてきた。ぎゃー、そういう少女マンガみたいな展開やめてくれー!
「やめろー、風呂上がりの髪が乱れるー!」
「おー風呂上がりか、だからいい匂いしてんだな」
おいこらミカエルてめー、なにサラッとセクハラ発言してんのよ。聞いてるこっちの方が恥ずかしくなるわ!
「……なぁアカル。お前が何の悩みを抱えてんのか知らねーけど、あんま一人で抱え込むなよ?」
「へっ?」
「オレは別にお前が何もんだろうと関係ないぜ? ま、なんかあったらいつでも頼って来いよ? じゃあな」
そう言うとミカエルは、最後にくしゃっと頭をかき混ぜると、軽く手を振ってそのままホテルの方向へと歩いて行ったんだ。
くっそー、ミカエルのやつイケメンな対応しやがって!なんかムカつくぅぅ!
だけど……やっぱりミカエルにも心配されてたんだなぁ。あいつにまでフォローされるなんて、ほんと参ったなぁ……。
やっぱいいかげん、俺自身がしっかりとした態度を取らないとな。満天の星空の下で、俺は改めてそんな思いを抱いたんだ。




