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69.告白

 

「実は私は……ほんとうは男なんだ」


 思わずといった感じで俺の口をついて出た言葉。その言葉がこの場にいたみんなに与えた衝撃は、俺には全く計り知ることはできない。

 明らかに虚をつかれた感じで動揺を見せるレーナや羽子ちゃん、いおりんたち。普段は邪な笑みを浮かべるミカエルや、無表情の権化みたいなガッくんまで顔を硬直させていた。

 だけど俺は構わず言葉を続ける。


「私はある日突然この身体……【日野宮あかる】になっちゃったんだ。理由なんて分からない、気づいたらこうなってた。だけど元は男。そういう意味ではみんなの事を騙し続けてたのかもしれない。ゴメンね」


 ……言った。

 言ってしまった。


 そこまで一気に言い終えたあと、全身を猛烈な寒気が襲う。寒気の正体は……後悔。


 ヤバい、ヤバイよ! 言いすぎたぁぁぁっ!!

 ちょっとマズいよこれ、みんなドン引きしてるし!!!!


 みんな、何かを言いたそうにしている。だけどこの罰ゲームについては「追加質問禁止」がルール。だからなにも質問しちゃいけないことになっていた。


 何か聞きたいのに聞けない。

 一方、俺は俺で、言っちゃったことのうちどの部分を「ウソ」にするかを必死に考えてた。

 ルール上、この暴露には一つウソを交えて良いことになっている。であれば「これはウソぴょーん」と言っちゃえば多少誤魔化せ……ないことはないのではないか。

 でもさ、ここまで暴露しちゃったら、もはや誤魔化しようが無くね? とりあえず「実は男なんです」ってことをウソにしたとして、そのあとの部分をどう辻褄合わせようか……。


 部屋の中を流れる、奇妙な沈黙。誰も口を開こうとしない。

 そんな微妙な空気を打ち切ることになったのは、ドンドンとドアをノックする音だった。


「はーいみんな、まだ起きてるの? もう消灯時間だから部屋に戻って寝なさいね?」


 現れたのは、見回りをしていたさくらちゃん先生だった。




 ◇◇◇




 その後、さくらちゃん先生にちょびっとだけ怒られて、俺たちは解散となった。その間、誰も一言も口を開こうとしない。

 だけどこの時点で、俺はもうすっかり肝が座っていた。


 なんというか、言ってしまったものは仕方ないよね? 覆水盆に返らずって言うしさ。

 だいたいさー、今までが色々と上手くいきすぎてたんだよねー。そもそも男である俺が女の子を演じるなんて無理があったんだし。

 だからこそ、こういう形で破綻することになってしまったわけで。もちろん直接的には俺の暴露が原因かもしれないけど、みんなに薄々隠し事を気付かれてた以上、いつかはこうなっていたに違いないさ。

 そう思うと少しだけ気持ちが楽になった。


 でも、もしかしたらこの告白でレーナや羽子ちゃんには嫌われちゃったかもしれないな。

 そう思うと、胸の奥がズキンと強く痛んだ。



 今日の寝室--レーナと羽子ちゃんの三人と同じ部屋だったんだけど、部屋についても全員が無言だった。

 せっかくのご褒美タイム--シャワータイムやパジャマへのお着替えシーンを楽しむ余裕すらない。


 そのままベッドに入ったものの、全く寝付ける気がしなかった。どうやらそれは他の二人も同様みたいだ。

 きっと二人とも、俺が告白したことの意味を考えてるんだろうな。そう考えると、胸の奥のズキズキがさらに強くなった。




 --ジリリリッ。

 目覚ましの音で目を覚ます。どうやらいつの間にか寝てたみたいだ。

 我ながらあの状況でよく寝れたもんだな。どうやら俺は自分で思ってたよりもずっと図太い人物だったらしい。


「おはようアカル、よく寝てたわね」

「アカルさん、おはようございます」

「えっ? お、おはよう……」


 目覚めに待っていたのは、パジャマ姿のレーナと羽子ちゃん。なぜか二人ともスッキリした表情で、まるで何事もなかったかのように俺に話しかけてくる。

 どういうこと? もしかして昨日のことは夢だったりする? そんなわけ……ないよね?


 だけど二人ともウソみたいに穏やかな笑顔で「さ、顔を洗ったら朝ごはん食べに行きましょう」「ええ、アカルさんもちゃんと身なりを整えないとダメですよ?」なんて言ってくる。あれれ? なんか二人とも、妙に仲良くなってない?

 とりあえず二人に急かされるままに顔を洗って歯を磨いて着替え、朝食の会場に向かう。


「おーっす! お前らこっちだぜ!」

「おはよう、三人とも!」

「アカルちゃん眠そう、もしかして寝坊した?」


 朝食会場では、やはりいつもと変わらない様子のミカエル、ガッくん、いおりんの三人が席を確保して声をかけてきた。ねぇねぇ、これってどういうこと? 誰か教えてよ、なんでみんな普通なわけ?


 結局、みんなの対応が今までと変わらない……いやむしろ親しげになった理由が分からぬまま、修学旅行は二日目を迎えることとなる。





 ◇◇◇




 二日目の目的地は宮崎だ。今日は「青島」という観光名所に向かうらしい。

 移動時間のバスの中、レーナと羽子ちゃんは爆睡していた。やっぱり二人ともあんまり寝てなかったんだな。だけどそんな二人を見てたらなんだか眠くなって、俺もバスに揺られながら眠ってしまう。



 目が覚めたときには、バスは目的地である青島にたどり着いていた。今日はクラス別の行動だったので、羽子ちゃんや一二三ひふみトリオと行動することにする。


 青島は、玄武岩がまるで洗濯板みたいに段々になってる、とても珍しい景観の観光地だ。みんなでその、デコボコした岩の上をきゃいきゃい言いながら飛び跳ねるようにして歩いていく。

 俺はまだ若干寝不足気味だったので、ぼーっとしながら海風に吹かれるままに鬼の洗濯板を歩いていた。すると、一二三ひふみトリオから「アカルちゃん、なんかフワフワしてるね? まるで天使みたい」と言われてしまった。


 天使ねぇ……。よく分からないのでとりあえず髪をかき上げながらにこりと微笑み返すと、三人一斉に顔を真っ赤にして顔をそらしたり口元を押さえたりした。なんでも「そんな妖艶な笑みを浮かべられたら、こっちが照れちゃうよ」とのこと。なんだそれ。



「あの……アカルさん。ちょっといいですか」


 相変わらずふわふわと飛び跳ねるように歩いていると、意を決したかのような表情を浮かべた羽子ちゃんに声をかけられた。

 あぁ、もしかして昨日の告白の件でなにか聞かれるのかな。もうなるようになれと思っていたので頷き返すと、そのままみんなとは少し離れた場所に移動することにする。


 波がチャプチャプあたる岩の上を飛んでドンドン進もうとすると、羽子ちゃんが「アカルさん、早いです! ちょっと待ってください」と可愛らしい声を上げた。むふふ、そんなこと言われるともっと苛めたくなっちゃうなぁ。


「これ面白い、穴が空いた石だよ?」


 岩間に落ちていた、オカリナみたいに穴が空いた石ころを拾う。たぶんこれ、波の力で穴が空いたんだろうな。どれだけ長い年月をかけてこうなったんだろう。

 現実逃避のようにそんなことを呟いていると、ついに羽子ちゃんが意を決したかのように口を開いた。


「あの、アカルさん。昨日の話なんですけど……」


 あぁ、やっぱりその件か。とりあえず「うん」と頷き、羽子ちゃんが続きを話すのを待つ。


「私が昨日話したことは、嘘偽りのない私の本当の気持ちです。私がアカルさんに救われたことは事実ですし、そのことに感謝する気持ちは変わりありません」


 ざはぁん。波が音を立てて玄武岩に打ち付けられる。


「そして昨日アカルさんが話した話。その中にどんな真実が隠されているのか、私には正直分かりませんでした。どこに本当があって、どこにウソがあったのか。どんなに考えても答えは出ませんでした。だけど」


 それまで俯いて話していた羽子ちゃんが顔を上げる。その瞳に浮かぶのは、強い意志の光。


「私は、アカルさんがどうであったとしても、たとえ中身が男の人であったとしても、私はアカルさんのことが大好きなんです」


 本当に男の人ならよかったのに。聞こえるか聞こえないかのような声でボソリと呟く羽子ちゃん。

 そんな彼女に、やはり俺はかける言葉を持ち合わせていなかった。


 なぜなら俺は……彼女に対して何かを言えるほど、核としたものを持ち合わせていなかったから。

 自分の正体も分からなければ、この先どうなるのかも分からない。そんな今の俺が、真摯に気持ちを表現してくれる彼女に何か言えるわけないじゃないか。


 何も言えずに佇む俺に、羽子ちゃんはニコリと笑い返してくれた。


「いいんですアカルさん、何も言わなくて。これはわたしの気持ちを勝手に……一方的に言っただけですから。だから気にしないでくださいね」

「羽子ちゃん、でも……」

「もしいつか、アカルさんが本当に何を抱えているのか言えるようになったら、そのときはわたしでよければ教えてくださいね。だってわたし、こんなに色々よくしてくれたアカルさんのために、まだなんの力にもなれてないんですよ? そんなの悔しいじゃないですか」


 そんなことないよ! 羽子ちゃんは、いっぱい心の支えになってくれたよ!

 本当は声を大にしてそう言いたかったんだけど、結局その言葉を発することは出来なかった。

 羽子ちゃんはニッコリと笑ってそのまま身を翻すと、玄武岩を軽く飛びながら他の生徒たちがいる場所に戻っていったんだ。




 ◇◇◇




「はぁ……まいったな」


 チキン南蛮という宮崎名物の夕食を半分以上残して食べ終えた後、俺は誰もいないホテルの庭に出て、一人でぼーっと空に浮かぶ月を眺めていた。

 思い出すのは、昼間の羽子ちゃんの告白。その想いになにも応えることが出来なかった、自分の中途半端さ。そんなものに嫌気がさして、他の人たちを避けるようにこの場所に逃げ出していた。


「どうしたの、アカルちゃん?」

「あ……いおりん」


 そんな俺に声をかけてきたのは、女の子みたいな可愛らしい格好をしたいおりんだった。たぶん俺の元気のない様子を気にして追いかけて来てくれたんだろう。優しいな、いおりんは。


「なんでもないよ。ただちょっといろいろ疲れただけ」

「ふふっ、そっか。ちゃんとビタミン取らないとお肌に良くないからね?」


 そう言うと、ビタミンだかなんだかの錠剤を渡しながら俺の横にちょこんと腰を下ろす。女の子みたいなルックスと可愛らしい服もあいまって、まるで女の子と話をしてるみたいな気分になる。


「ところでアカルちゃん、昨日の夜の話なんだけどさ」

「……うん」

「ボクにはさ、アカルちゃんの言ったことの何が真実で何がウソか正直わからなかった。だけどね、もし本当にアカルちゃんの中身が男の子だったら、すごく嬉しいなって思ったんだ」

「えっ?」


 予想外のいおりんの告白に、俺は思わず声を出してしまう。中身が男の方が良かった? それはどういう意味?


「昨日のボクの告白のなかに紛れ込ませたウソはね、″女の子が好き″っていう点なんだ。つまりボクは、本当に女の子の方が好きなのか、自分でも良くわかんなくなってるんだよ」

「へっ? そ、それって……」

「うん、まぁなんというか、自分の性が何なのか自信が無くなってるんだよね。男の子が好きってわけじゃないんだけど、さりとて女の子が好きかと問われたら、胸を張ってそうだと答えられない。そんな……不安定な状態が、いまのボクなんだ」


 いつも笑顔が絶えないいおりんが、わずかに見せる苦悩の表情。そこから、俺なんかには想像もつかないような苦しみをいおりんが抱えてことを初めてうかがい知ることができた。

 もしかしたらいおりんは、トランスジェンダーとか、そういうのだろうか。


「そんなとき、アカルちゃんが『自分は男だ』って言った。本当かウソかは分からないけど、その言葉にボクはすごく救われたんだ」

「救われた?」

「うん。そういう悩みを持ってるのは、もしかしたら自分だけなのかもしれないっていう不安が、昨日のアカルちゃんの一言でボクの中から消え去っていったんだ」


 どうやら俺の昨日の告白は、俺自身まったく自覚しないところでいおりんのことを救っていたらしい。

 正直いおりんには救われてばっかりだったから、もしそうなんだとしたらすごく嬉しいな。


「だからね、ボクはアカルちゃんが男だろうと女だろうとどっちでも良いんじゃないかって思ってるんだ。たとえ昨日話したことが真実だったとしても、ボクならアカルちゃんの全部を受け止められる自信があるしね。なにせボク自身がどっち側か良くわかんない存在だからさ」


 そう言うといおりんは、いつもみたいに最高の、輝く笑顔を俺に向けてくれたんだ。

 このときになってようやく気付く。あぁ、いおりんは俺のことを慰めに来てくれたんだな。いおりんの優しさがすごく身にしみるよ。


「……ありがとう、いおりん」

「気にしないで、アカルちゃん。でもちょっと残念だなぁ」

「ん? なにが?」


 俺が首をひねると、いおりんはまるで美少女のような顔をくちゃっと歪ませて、不満げな表情を浮かべながら言葉を続ける。


「だってさ、ボクの渾身の愛の告白をサラッと流されちゃったんだよ?」

「えっ⁉︎ あ、ゴメン……」


 言われてみたら、確かにいおりんから愛の告白されてたみたいだ。すまねぇ、まったく気づかなかったよ。

 だけどいおりんは気にした様子もなく、さも冗談のように「それじゃ、今日はこの辺で引き上げるね。また明日から改めて修学旅行を楽しもうね!」と言うと、手をヒラヒラと振ってそのまま立ち去っていったんだ。


 あーあ、なんかいおりんにずいぶんと気を遣わせちゃったな。

 このままじゃいけないな。とりあえずいまはまだ修学旅行中なんだ。俺もいおりんや羽子ちゃんを見習って、気を取り戻さないとな。


 俺は空に浮かぶ月を眺めながら、改めてそう心に喝を入れたんだ。

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