67.修学旅行、一日目
そうしていよいよやってきた、修学旅行当日! 今日は飛行機に乗って第一目的地である鹿児島に出発だ。
「アカル、気をつけてね」
「お土産は明太子をお願いね、おねーちゃん!」
アカルママとマヨちゃんに見送られて家を出発する。でっかいトランクを転がしながら笑顔で二人に手を振った。にしても、お土産に明太子をリクエストするかねぇ、マヨちゃんよ。
駅に着いて空港行きの特急に乗ると、人混みをかき分けるようにしてピンク色の頭のやつが近寄ってきた。傍迷惑なヤツだなぁと思ってると、れのにゃんこと星乃木 礼音だった。どうやら偶然乗り合わせたらしい。
しかも後ろに連れてる緑色の髪の子は……もしかして、みかりんこと、出目 美朱ちゃん⁉︎ なんかえらいキャラ変わったな、思わず【ステータス】で確認しちゃったよ。
「やっほー、あかるにゃん! いよいよ今日から修学旅行にゃね!」
「アカルちゃん、相変わらず凄く可愛いね」
「おはよ、レノンちゃん、みかりん。二人とも髪型気合い入ってるね、もしかしてお揃い?」
「そうにゃ! 色違いコーデにゃん! 最近はみかりんとも仲良しにゃん!」
「そーなの。実はこの前ジュリちゃんと一緒に『にゃんレボ』にも出演させてもらったんだ!」
おやおや、いつの間にかずいぶんと仲良くなってるようで。そりゃ良かったよ。
「二人とも、九州には行ったことあるの?」
「沖縄はあるけど九州なんて初めてにゃん! いっぱい【にゃんレボ】のネタ画像を撮るにゃん!」
「レノンちゃん、はいです〜!」
あー、あの動画サイトまだ続けてたんだ。とっくに辞めてたかと思ってたんだけど、話を聞くとずいぶんと人気のサイトになっているのだそうで。
「それもこれもアカルにゃんのおかげにゃん。例の一件以来【にゃんレボ】のアクセス数も爆増にゃん。ちょっとでいいからまた出演してほしいにゃん」
「べ、別にいいけど……例の一件って?」
「知らないにゃん? ネット界を狂乱の渦に巻き込んだ『幻の美少女大捜索』事件」
なにその事件、そんなの知らないんだけど。
「アカルにゃんの正体を知らない人たちが、ネットで『あの美少女は誰だーっ!』って大捜索したにゃん。その際にレノとヌイにゃんのサイトにアカルにゃんの画像があったから、みんなのアクセスが殺到したにゃん」
うわっ、俺の知らないところでそんなことがあったのかぁ。恐るべし、ネット世界。
「ってなわけで、さっそく撮影開始にゃん!」
「えっ? いまここで⁉︎」
「いくにゃん、3.2.1……今回の【にゃんレボ】は修学旅行特集にゃん! みんながリクエストしてる噂の美少女、アカルにゃんも一緒にゃん!」
「しかも動画撮影っ⁉︎」
俺の意見など完全無視して、レノンちゃんは携帯で自撮りを始めた。にしても、電車の中でのまさかの動画撮影とは……良い子のみんな、マネしちゃダメだよ?
「グフフ、みなさん楽しそうね!」
「ガニにゃん、ちーすにゃん」
全身にカメラを巻き付けた小太りの女の子が声をかけてきた。誰かと思ったら新聞部の我仁部長だ。
「ガニさん、すごいカメラの数だね?」
「そりゃ新聞部の部長だからね! 今回は撮って撮って撮りまくって、いい記事書くわよぉ!」
「で、その写真を雑誌に売るにゃん?」
「そそそ、そんなことしないガニ!」
「でも、ねぇ? チェリッシュのあの記事は何にゃん?」
「あ、あれは、記者魂で……」
お、レノンちゃんってば自分のことは棚に上げてナイスツッコミだ! とても【にゃんレボ】の視聴率アップのために俺に出演依頼してきた人と同一人物の発言とは思えないよ。
とはいえこのチャンスを逃す手はない。ガニさんが目に見えてうろたえている隙に、せっかくなので釘をさすことにする。
「じゃあさ、ガニさん。できれば今回はその記者魂とやらを少し抑えてもらえるかな? 私もみんなとせっかくの修学旅行を楽しみたいしね」
「うっ……」
俺の意見に「そうにゃ! そうにゃ!」と応戦するレノンちゃんにも「あなたもね?」と釘をさすことを忘れない。ショボーンとテンションが下がる二人。ちょっと可哀想だけど、節度は守って貰わないとね?
これでひとまずは、修学旅行を楽しむための障害をひとつ排除できたかな。それにしても、有名になるってのもなかなか大変なもんだよ、トホホ。
◇◇◇
「お待たせっ! なんとか仕事を終わらせてきたわっ!」
直前まで仕事を入れていたレーナが、集合時間ギリギリに息も切れ切れで空港に現れた。最近人気が急上昇してきたレーナの登場に、待ち合わせた生徒たちがワッと湧く。
最近あまり会えてなかったけど、やっぱレーナは可愛いなぁ。なんだかドキドキするよ。
ラッキーなことに羽子ちゃんとレーナの三人で窓際の座席をゲットできたので、窓際をレーナに、通路側を羽子ちゃんに明け渡して、自分は真ん中の座席に鎮座する。むふふっ、両手に花だぜっ!
「わぁ! 見て見てアカル! 」
「うわっ⁉︎」
離陸の瞬間、レーナに腕を取られて引っ張られる。ちょ、レーナ、当たってるんですけどっ⁉︎
腕が柔らかな感触に包まれているせいで、窓の外に視線を向ける余裕など皆無。レーナが興奮気味に景色について語る様子に、生返事を返すのが精いっぱいだった。は、羽子ちゃんの視線が痛い……。
こうして飛行機に揺られること約二時間、無事鹿児島にある空港に到着した。
空港に降り立ったとき、関東地方とたいして変わらない気候に、羽子ちゃんが「思ってたより暑くないですね?」と呟いたのが印象的だった。
修学旅行初日は、桜島見学と天文館の散策だ。最初は班行動ではなく、クラスまとめての移動となる。
ってなわけで、まず最初は桜島。おっきな湾の向こう側で噴火する桜島を見て、羽子ちゃんが感嘆の声を上げる。
「うわー、すごいですね」
「羽子ちゃんは噴火する桜島見るの初めてなの?」
「はい、なんだか自然の凄さを感じますね」
「ちょっとアカル、こっちに来て! なんか変な生き物がいるよ!」
羽子ちゃんとしんみり桜島について語り合ってると、自分のクラスを抜け出してきてたレーナから声がかかる。あーあ、集団行動乱してなにやってんだか。
「アーカール! はやくー!」
「ハイハイ、すぐ行くよ! ったくレーナってば、子供じゃないんだから。ごめんね羽子ちゃん、ちょっと行ってくるね」
「あ、はい……」
羽子ちゃんの傍を離れるとに、ちょっとだけ悲しそうな顔をしてた。ゴメンね、羽子ちゃん。レーナはさすがに放っておけないからさ。
桜島を見たあとは、鹿児島一の繁華街である天文館で小一時間の班別自由行動。この時間でやるべきことはひとつ、天文館名物の″しろくま″を食べることだ。
しろくまとは、フルーツがたくさん載った真っ白な巨大かき氷だ。レーナの熱烈なリクエストで食べることになったんだけど、秋まっただなかのこの時期にかき氷はちょっとキツいよね?
「しろくま、お待たせしました〜」
「うわー、でっかい!」
「なにこれ、すごっ!」
「こ、こんなに食べれないですよ……」
店員によって運ばれてきて目の前に出された巨大かき氷に、いおりんとレーナと羽子ちゃんが驚きの声を上げる。
俺はガッくんやミカエルと共に注文は見送ったんだけど、この判断は正解だったと思う。だってさ、どんだけ氷使ってるんだってくらい巨大かき氷だよ? こんなの一人じゃ食べれないって! あー、【G】だったら嬉々として全部食うだろうなぁ。残念だったなぁGよ、圏外で。
「あの、アカルさんこの……「アカル! あたしの分食べるの手伝ってよ! 一人じゃ無理!」」
羽子ちゃんが何か言いかけてたのを遮るように、レーナからのヘルプ要請が来る。ほーらね、絶対食べ切るの無理だと思ったんだよ。
「だって……名物だっていうなら食べなきゃ負けな気がしない?」
「そんなの知らんがな。ほら、口を動かすヒマがあったら食べなさい」
「いやん、寒いよアカル。暖めて? あと、あーんして?」
「こーら、どさくさ紛れに人に食べさせようとしないの」
「ねぇねぇ、二人で目の前でいちゃいちゃするのやめてくれないかな?」
おっとっと、いおりんに釘を刺されてしまった。べ、別にいちゃついてなんかないしっ!
さっき羽子ちゃんがなにか言いかけたのが気になったので、レーナと二人でしろくまをムシャムシャ食べながら「羽子ちゃん、さっきなにか言いかけてたけど?」って聞いてみた。
だけど羽子ちゃんは、「な、なんでもないです……」と言ってそれ以上なにも言うことなく、目の前のしろくまを唇を真っ青にしながら食べてたんだ。
このとき、俺はちゃんと羽子ちゃんのことをフォローすべきでだった。
レーナに気を取られて適当に流したりせず、ちゃんと羽子ちゃんに向き合うべきだったんだ。
そしたら、あんな事態は避けることができたかもしれなかったのに。
◇◇◇
初日の夜は、男子側の部屋で班ミーティングをやることになっていた。班でまとめたレポートを今日のうちに班長が先生に提出しなくちゃいけないので、なかなか手を抜くこともできない。
これは、夜騒ぐことや抜け出しを防止のための学校側の策であるそうで。確かに、こんなことされたら抜け出したりし難いよね。なかなかに有効な策じゃないか。
「よーし、もう他に意見はないな?」
一通りの意見をガッくんがまとめて、これで今日の分のレポートは終わりだ。そして時間はもう22時、消灯時間となっている。
だけど若い学生たちがこんな早い時間に寝れるわけがない。ガッくんが先生にレポートを提出しに行ってる間に、ミカエルの提案でトランプをすることになった。
ゲーム内容はシンプルに、ババ抜きだ。
「せっかくだからドンケツのやつにはなんか罰ゲームをさせよーぜ! そうしないと本気にならないからな?」
「ミカエル、どんな罰ゲームにするの?」
「そうだなぁ……たとえばこんなのはどうだ? 負けたやつが、一抜けのやつの質問に絶対に答えないといけないってのは」
あー、でたでた! これ、好きな人を告白させるやつだよね? いるんだよねー、こういうのブッ込んでくるやつ。
ったく、こんなの反対に決まってるだろ? もっとみんなで気楽に楽しめるやつにしよーよ。
と、思っていたものの、なぜか全員反対する気配がない。あの羽子ちゃんでさえノリノリモードだ。え? どういうこと?
「こら、お前たち。もう消灯時間だぞ?」
先生のところから帰ってきたガッくんが、全員に忠告する。ここで正義の味方がキター! ささっ、ガッくん。こんな変なゲームは辞めさせようね?
「天王寺、アレやるぞ。暴露ババ抜き」
「あーあれか。面白そうじゃないか。いいぞ」
おいおい! まさかの生徒会長が賛成かよ!
「……なんか日野宮がイヤそうな顔してるな。わかった、じゃあ僕が追加ルールを提案しよう。負けた人は、暴露話に一つだけ『ウソ』を混ぜることができる。これでどう?」
ウソを混ぜることができる? よく分からないけど、ガッくんが提案してきたくらいだから、そうすることで少しでもマシになるのかな?
ただ、状況的には俺だけ逃げることは出来なさそうだ。なにせ通常であれば反対する立場にいそうなガッくんや羽子ちゃんまで賛成してるし。ってか俺だけが反対な状況だし。
こうして、恐怖の『暴露ババ抜き』がスタートすることになる。
このゲームが、大変な状況を引き起こすことになるとも知らずに。




