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65.班分け

 

「はい、それではこれから修学旅行の行き先と班分けのお話をしまーす!」


 ホームルームの時間になって、佐久良さくらまどみ先生がそう宣言すると、クラス中がワッと湧いた。噂を聞いたとたん、さっそく修学旅行の話か。それにしてもクラスメイトのこの反応、やっぱみんな旅行に行くのが楽しみなんだろうなぁ。


「ねーねー羽子ちゃん、修学旅行の行き先ってどこになるか知ってる?」


 最近席替えしてラッキーにも隣に来た羽子ちゃんに話しかける。

 レーナとのキスCM以来なんとなくジト目で見られることが多かったんだけど、席替え以降は機嫌を直してくれたみたいで、今もにこやかに微笑みながら答えてくれた。


「それが、毎年変わるらしいんですよ。去年は京都奈良大阪の三都物語、その前は沖縄、さらにその前は海外だったそうですよ」

「そりゃまたバラバラだね」


 にしても国内だったりするんだな。歴史のある、しかも金持ちが多い学校だからてっきりハワイとかヨーロッパに行くのかと思ってたよ。イタリアとかいいよねー、ヴェネツィアのゴンドラに羽子ちゃんやレーナと乗って……レーナ⁉︎

 い、いかんいかん。あの撮影以来なんか妙にレーナのこと意識するようになっちゃったんだよねぇ。それよりも今は修学旅行の話だ。


「必ずしも海外ってわけじゃないんだね?」

「以前はそうだったらしいんですが、昨今は″日本の良さを再認識しよう″ってことで国内主流らしいですよ。海外に行きたいなら卒業旅行ってことだそうで」


 あーはい、そうですかー。しかし卒業旅行で海外とか……ありえねー。


「それではまず行き先と日程を連絡しますね。プリントを配りますので目を通してください」


 さくらちゃん先生がそう言いながらプリントを配布する。するとあちこちから「うっそー!」とか「まじー⁉︎」などの歓声や嬌声が巻き起こった。

 前から回ってきたプリントを手に取る。どれどれ、どこになったのやら。行き先に書かれていたのは……『九州』。ほほぅ、これはまたマニアックな路線を突いてきたもんだ。


 って、九州⁉︎

 そのキーワードを聞いて思い出したのは、俺がミッションクリア報酬で取り戻した『男時代の記憶』のこと。その中には確かに、九州のとある地方についての記憶があったのだ。


 もしかしてこれは、神様がくれた絶好のチャンスなのか?

 望まぬまま有名人になってしまった今となっては、気ままに九州に旅立つなんてとてもじゃないが出来ない。だけど修学旅行であれば、うまく時間を作れれば……。


「あと、班分けについては来週のホームルームでお話ししまーす。基本的には出席番号順で班分けをするんだけど、一部例外があるのは許してね。というわけで日野宮さん、あとで職員室に来てね?」

「ほえっ⁉︎」


 さくらちゃん先生に急に声をかけられて、俺は思わず変な声で返事を返してしまったんだ。




 ◇◇◇





 さくらちゃん先生に呼び出されて、俺は職員室の一角にあるミーティングコーナーに座らされていた。しばらくして沢山の書類を抱えたさくらちゃん先生がやってくる。


「ごめんね日野宮さん、呼び出したりして。ちょっと班分けのことで色々と相談したいことがあってね」

「はぁ、別にかまいませんよ」


 確かに今のアカルちゃんはもはや一般人とは言えない状況にある。ってことはやっぱり班わけとかも色々と考えなきゃいけないんだろうってことは理解できる。ほんと先生って大変だよね。


「ありがとう、察してくれて。それでね、あなたの班分けなんだけど……ある程度こちら側で指定させてもらいたいんだ」

「ええ、いいですよ。それで私は誰と同じ班になるんです?」

「一つの班あたり六人での行動になるんだけど、とりあえず決まってるのは……美華月みかづきさん、うしおくん、天王寺てんのうじくん、冥林めいばやしくんの四人よ」

「はぁ?」


 ちょっとちょっと、相談って言うくらいだから一人二人決まってるくらいかと思ってたら、なんかめっちゃ決まってるじゃん! 相談もクソも無いったらありゃしない!

 しかもこのメンツ……なんという曲者ぞろい。いやさ、レーナとかいおりんはなんとなくわかるよ。だけど残りは何? なんでこんなキワモノばっかりこの班に集めてるわけ?


「そんな顔しないで、日野宮さん。これにはとっても深い訳があるのよ……」


 ため息まじりにさくらちゃん先生が説明するには、やはり現役芸能人であるレーナとアカルちゃん……特にレーナの班割りをどうするかが問題になったらしい。そこでまずはレーナ本人に希望を聞いてみたところ、


「あなたとうしおくんが一緒の班が良いそうなのよ」

「は、はぁ……」


 まぁそこまでは分かる。でもさ、あとの二人--ガッくんとミカエルはどうなのよっ⁉︎

 

「天王寺くんは、学校側からの指名。だってあなたたち二人を一緒の班にしてしまったら、どうしても監視や……ゴホン、きっちりとした人が必要でしょう? その点、生徒会長である天王寺くんはぴったりだしね」

「ま、まぁ……でもミカエル、冥林くんは?」

「そっちは、天王寺くんの指名よ」


 くっ、あのクソメガネめっ! もうちょっとマシな人材を指名しろよな。

 でもまぁ最近のミカエルは『友達モード』が強くなってきてあんまり口説いて来なくなったしなぁ。そういう意味では知らない変な奴が来るよりはマシなのかな?

 にしてもまぁ、イケメンと美少女が揃った著しくバランスの悪い班構成になったもんだ。


「ってことは、もはや六人中五人は確定事項ってこと?」

「そ、その……もちろん日野宮さんがイヤだったら再検討するわよ?」


 と言いつつも、さくらちゃん先生の目が泳いでるから、ここで断ったらきっと大変なことになるんだろう。

 さくらちゃんが可哀想だし、ここは折れておくかな。


「分かりました、その班構成で良いですよ」

「あぁ〜、良かったぁ! 日野宮さんが受け入れてくれて!」


 言葉通り心底ホッとした表情を見せるさくらちゃん。この人もなんだかんだで可愛らしいよな。


「それじゃあ、用件は以上ですかね?」

「あ、もう一つあるのよ。その……あなたの班の残り一人を指名して欲しいんだ。ただバランスの関係から女子からお願いね」


 あー、そういうことだったら指名する子は決まってる。


「じゃあ、ハコちゃ……明星あけほしさんでお願いします」

「明星さんね、分かったわ」


 こうして、俺の修学旅行の班構成はあっさりと決まってしまったのだった。


 のちほど羽子ちゃんにこの話をしたところ、顔を真っ青にして「わたし、そんなとんでもない班に入ったら、他の子たちから刺されそうです……」なんて言われてしまった。


「そんなにプレッシャー感じなくても、私たちなんてそんな大したもんじゃないよ。どうせ分子レベルまで分解しちゃったら人間なんて大差ないんだしさ」

「そんなことを言えるのはアカルさんだからですよ。それにしても分子レベルまで分解って……ぷぷっ」


 あらあら、羽子ちゃんってばツボに入ったみたいだよ。

 まーいいや。よく分からないけど、羽子ちゃんがこの話を受けてくれて--おまけにウケたみたいだから良しとするか。




 ◇◇◇




 カリカリカリ。

 目の前のノートに頭に浮かんでくる文字を書き連ねてみる。

『青春』『友達』『リフレイン』『感謝』『たまゆら』……。

 んー、やっぱり文字を連ねてみてもピンとくるイメージが湧かないや。


「おーアカル、おめーなにやってんだ?」


 煮詰まって鼻と唇の間にシャーペンを挟んで遊んでいたところ、バンド練習のヴォーカル休憩に入ったミカエルが声をかけてきた。


「なにって、歌詞を考えてるんだよ」

「歌詞だぁ?あー、あれか、学祭のライブの曲か」


 そう、俺は今″マリアナ祭″、すなわち学祭で出演する曲の歌詞を書かされていたのだ。


 学祭ライブへのヴォーカルとしての参戦が決まった際、【キングダムカルテット】とは別にエントリーすることだけは決まっていた。つまり彼らのライブのあとに続けて俺が出て、彼らはそのままバックバンドとして収まるという形だ。

 俺は別に【キングダムカルテット】のサポートメンバー的な感じで良かったんだけど、ガッくんに「日野宮の存在に俺らが喰われるから別にしよう」と言われてしまったんだ。なによそれ、俺は人食いの魔獣かなにかかよ! ったく、ひどい言い草だなぁ。


 でもまぁ、そうと決まれば次はバンド名と演目になるわけだけど、演奏については一曲だけ、しかも新曲を演ることになった。

 本当は何曲かやりたかったらしいんだけど、どうしても時間が足りなくて無理とのこと。俺としては一曲だけでも十分なんだけどね。

 そしたらさ、今度はいおりんから「じゃあアカルちゃんが歌詞を書きなよ」って言われてしまったのだ! なんでも「自分で歌詞を書いたほうが曲に感情移入できるよ?」とのこと。


 おっしゃることはごもっともだったから安請け合いしたんだけど、これがまぁ聞くのとやるのでは大違い。マジで大苦戦していた。

 必死こいて捻り出した歌詞を一度作曲担当のいおりんに見せたんだけど、「3点。却下」と素気無く言われてしまった。ちなみにこれは100点満点中の3点とのこと。トホホ……。


「歌詞を作るのって、なかなか難しいんだね」

「んなもん、難しく考えることは無え。魂の思う通りに言葉にすりゃいいんだよ」

「……たとえば?」

「んー、『牙をむいた野獣』とか『熱い血潮と鋼の肉体』とか『ナイフみたいな切れ味のヴォイス』とか?」


 なんだそれ、お前は厨二病か!


「んまぁあと、困ったときはシャウトだな」

「シャウト?」

「ああ。オーイェー! とか、ブルァァァアッ! とか?」

「お前は野獣かよっ!」


 おっとっと、考えてたことを思わず口から出てしまったよ。だけどミカエルは気にした様子もなく「そうさ、オレはマリアナという花園に放たれた野獣なのさ!」などとうそぶいている。こいつ、ほんっとオモロいやつだよなぁ。


「なぁアカル、お前といるとほんっと気楽なんだよな」

「そう? まぁ私も気を遣わないで良いって意味では楽だけどね」

「けっ、少しは気を遣いやがれよ」

「やーだね、誰がミカエルなんかに」


 俺はミカエルに悪態をつきながら他の演者たちのほうに視線を向けると、羽子ちゃんがいおりんやガッくん、シュウなんかと色々と演奏方法についての議論を交わしていた。

 すごいなー、羽子ちゃん。いつものオドオドとした感じがウソみたいにハキハキ自己主張してるし。


 うーん、そしたら俺も羽子ちゃんを見習って、気合い入れなおして歌詞でも書くかね。

 そう決意すると、目の前のミカエルを無視して改めて歌詞を書き留めるためにペンを手に取る。


 そんな俺をミカエルは、目の前の椅子に座って物珍らしそうに眺めてたんだ。


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