64.反響
ここは、何処にあるのか、何処なのかもよく分からない場所にある部屋。その部屋の壁にはびっしりとモニター画面が並んでおり、変わる変わる様々な景色を映し出されていた。
もし知る人が見れば、映し出されている場所が『摩利亞那高校』の一部であると分かったことであろう。
そして、それら多数のモニターの前に鎮座する二人の人物の姿があった。白と黒のストライプの髪色を持つ男女--すなわち【F】と【G】である。
二人は大きなヘッドセットのようなものを頭にかぶってモニターを観察していた。どうやらモニターの画面とこのヘッドセットは連動しているようで、ときおり二人は手を動かしては何やらブツブツと呟いている。
しばらくして、最初に【F】が、続けて【G】が大きく息を吐き出しながらヘッドセットを外す。二人の白黒ストライプの髪が、ヘルメットのような機械の中から零れ出る。
「……どうやら【R】は適宜″宿主″を変えてるみたいだね。絶対僕たちを警戒してるよ」
「まったく、厄介なことだ。本当にあの方の考えることは分からない」
ため息まじりにそう答えると、【G】はそっと席を立った。しばらくして二人分のお茶と、なにやらケーキらしきものをお盆に乗せて帰ってくる。
「うわっ、【G】ってばまた甘いもなの⁉︎ ほんっと好きだよねぇ〜、僕はいらなーい」
「ん? 【F】はいらないのか? お前は本当に変わり者だな。甘味こそ至高、甘味こそ極楽。これを楽しめぬなぞ、人生の半分を損してると言えようぞ」
「……悪いけど、その言葉そっくりそのままお返しするよ」
整った顔をしかめながらお茶だけを手に取る【F】。一方で【G】は嬉しそうにケーキを頬張り始める。
「……もしかして【G】ってば、あっちのスイーツ食べたくてこの仕事してるんじゃないの?」
「ぎくぅっ⁉︎」
「そういえば【G】は昔からあっちのケーキとか大好きだったもんねぇ〜」
「そ、そんなことはないぞ! これは……あの方が私たちにお与えになった至高なる仕事であるゆえ」
「へぇー、でも僕知ってるんだよ。召喚される度にあっちでスイーツ食べまくってるってことをね」
「ぶふぉっ⁉︎」
思わず【G】の口から吹き出されたお茶やらケーキやらを、お盆を盾にして素早く躱す【F】。
「げふんごふん! わ、わだしは……がふっ!」
「そんなに慌てなくていいよ。別にチクッたりしないからさ。それに【G】だって、あっちの世界のスイーツが懐かしかったんでしょ?」
「そ、そんなことは……」
「それよりさ、あっちでの【S】の様子はどうなの? 順調?」
「むぐぐっ……う、うむ。な、なかなか順調だと思う。最終ミッションの達成度も36%まで上がってきたしな。先日は『てれびしーえむ』とやらに出演したらしい」
「てれびしーえむ? なにそれ」
首をひねる【F】に対して、【G】は拙い言葉で必死に『てれびしーえむ』が何かを説明する。それがどうやら映像で見る人になにかを訴えかけて商品を売るものだと理解し、手を打つ。
「なるほど、つまり【S】はそれくらい有名人になったってことだね。それは凄いなぁ、まるで″伝説の双子″みたいだね」
「そ、う……なのかな」
伝説の双子。それは彼らの世界に伝わる古い伝承にある人物たちだ。類い稀なる美貌で世界中を席巻し、その生涯において″生ける広告塔″として多くの人たちを魅了し続けたという。
以来、彼らの世界では″双子″は祝福される存在となっていた。それほどの影響を与えた人物たちなのである。
「ま、双子と言う意味では僕たちもそうなんだけどね。ねー、姉さん?」
「こら【F】、任務中はそう呼ぶなと何度も言ってるだろう」
「はいはい、わかってるよ」
「……とはいえ、お前の言う通り″双子″だからこそ、あの方は私たちにこの任務を与えられたのだろうな」
「そうだろうね。実際″シンクロ″とかのこと考えると、このお仕事は双子であるほうが間違いなく適正があるからね」
そう口にすると、【F】は残りのお茶を一気に飲み干す。プハァと一息つくと、目の前に置いていたヘッドセットを再び手にする。
「さ、そしたら休憩はおしまいにして、引き続き監視でもしよっかな」
「ムググッ⁉︎ は、はやくないかっ⁉︎ ゴクン」
「いやいや、【G】は全部ケーキ食べてからでいいよ。だからそんなに慌てないで」
優しく諭す【F】の言葉に、【G】はケーキをお茶で一気に流し込む。そんな彼女を、【F】は困ったような視線で眺めていた。
こうして二人はまた、先ほどと同様に″監視モード″へと戻るのであった。
◆◆◆
ちゃららら〜♪ るるるら〜♪
テレビから流れ出すポップな女性の歌声は、『激甘☆フルーティ』の新曲『アナタニ・コイシテル』。
『Starry☆ Princess』のロゴの後に、曲に合わせてテレビ画面に映し出されたのは、白いドレスを着た異国のお姫様のようなレーナの姿。最初は物憂げな表情だったのが、何かを視線に捉えてパッと明るく弾ける。
視線の先にいたのは、真っ赤なドレスを着た美少女。
レーナはそのままスッと近寄っていくと、唇をアカルちゃんに重ねた。三つの異なるカメラカットが、それぞれの角度からのキスの映像を映し出す。
『アナタニ・コイスル』
画面にサッと流れるナレーション。
続けて映し出されるのは、驚きの表情を浮かべた俺に対して妖艶な笑みを浮かべたレーナ。だけど、すぐに背を向ける。
『恋の魔法、その名は″グィネヴィアン・スカーレット″』
そして最後に、振り向いたレーナの顔に浮かんでいたのは--はにかんだ魅惑的な笑顔。
『その想い、きっと届く。【耽美堂】』
流れ星とともにそのクレジットが最後に表示されて、テレビCMは終わりを告げた。
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「はぁ〜、何回見てもレーナさんってば素敵よねぇ。……って、おねーちゃん聞いてる?」
「ほえっ⁉︎」
スターリィ・プリンセスのCMにかじりついていたマヨちゃんにそう声を掛けられて、俺はぼーっとしながら口にご飯を運んでいた手を止める。
「うちの学校でも、レーナさん派とおねーちゃん派で人気は真っ二つ状態なんだよね〜。ま、マヨはおねーちゃんの味方だけどね!」
「はいはい、ありがとーねマヨちゃん」
そう言いながら俺はとりあえず夕ご飯を食べる手を止めて、マヨちゃんの頭をゴシゴシ撫でたんだ。
今回のCMの反響は、本当に凄まじいものだった。
これまで堅物と名高いレーナの魅惑的な表情。テレビに初めて登場した謎の美少女 (もちろんアカルちゃんのことね)。そして美少女同士が交わした衝撃的なキス。
これらはとてつもなくセンセーショナルで、若い女の子たちに化学反応のような激しいショックを与えた……のだそうで。
(ちなみにこの説明は、ぜーんぶ雑誌とかに書かれていたことの受け売りだ)
おかけで最近レーナの人気はうなぎのぼり。特にマヨちゃんたちみたいな若い女の子に大人気なんだそうで、若者向けコスメの『グィネヴィアン・スカーレット』の売り上げも絶好調なのだとか。
先日もファッション誌『Cherish』で、このCMとレーナ、ついでに女の子同士のキスについての特集が組まれていたくらいである。
……ここまではいい。別にレーナが人気が出るのに悪いことなど無いのだから。問題は--別のところにあったんだ。
これだけの反響があったのだから、影響がレーナだけに止まるわけがない。一緒に出演していた美少女 (つまりアカルちゃんね)へ矛先が向くのは自然の摂理といえた。
……だからってさぁ、これは無いよね?
俺は机の横に置かれたファッション雑誌を手に取った。これらは黒木マネージャーから発売前からということで特別に手に入れたものだ。
『今世紀最大の謎の美少女、あらわる!』
『謎の美少女″AKARU″の正体とは⁉︎』
『【塩対応】と揶揄されていた、レーナを激変させた親友の存在。なぜか事務所は売り込みもせず!』
『ネット界も騒然。噂の美少女の正体に迫る!』
『問い合わせ殺到、なのに今後の出演は無し! 謎の美少女の目的は⁉︎』
だーれが″謎の美少女″だよっ! 知らんがなっ‼︎
俺は絶望的な思いで雑誌をぽいっと放り投げる。
ってなわけで、俺の身の回りを取り巻く環境が劇的に変化してしまったのである。
◇◇◇
ザワザワ……。
カシャ、パシャ。
いつものように電車通学してても、周りがざわめいているのが分かる。ってかいま誰か写真撮っただろー!
なぜか最近電車でも周りに空間ができるようになった。たぶん気を使ってくれて距離を置いてくれてるんだろう。いつも乗る車両が『アカルゾーン』なんて呼ばれてるのも最近知った。やめてよその鉄壁なディフェンスみたいな名前。
学校のある駅で降りると、ホームにはデカデカと広告のポスターが張り出されている。【アナタニ・コイスル】と書かれたそれは、もちろん『スターリィ・プリンセス』のポスターだ。めっちゃ着飾ってお姫様みたいになった俺とレーナが写し出されている。
はーっ、まいったねこりゃ。
「やっほーアカルちゃん!」
ため息まじりに登校してると、いおりんが明るく声をかけてきた。いおりんは変わらないよなー、さすがレーナで慣れてるだけある。でも今は、その抜群の安定感がとってもありがたい。
「おはよーいおりん。なんか本格的に秋って感じになってきたねー」
「なにアカルちゃんアンニュイなこと言ってるの?」
アンニュイ? アンニュイってなんだっけ。杏仁豆腐なら知ってるけど。
「気怠げって意味だよ。なんかダルそうというか、なんというか」
「あー、そういう意味ね。なんかさー、最近環境が変わりすぎて疲れちゃってさ」
「あはは、芸能界も大変そうだよね〜。そういえばレーナちゃんもアイドルになったばかりの頃はそんな感じだったよ?」
へーそうなんだ。あのプロ意識の塊のレーナがねぇ、ちょっと意外だ。
「そういえば今日発売の『Cherish』見た?」
あ、そういえば今日発売だったっけ。なんか黒木マネージャーに貰ってたような気がするんだけど、面倒くさくて見てないんだよねぇ。
「ほら、またアカルちゃんが特集されてるよ?」
「げっ」
「たぶん前回の売り上げが良かったんだろうね。なにせアカルちゃんの情報に関してはチェリッシュが一歩抜きん出てるからね。それにしてもすごいじゃん、雑誌の売り上げにまで貢献するなんてさ」
そんないおりんの言葉も耳に入らず、サッと雑誌を奪い取ると、中を確認する。
『噂の美少女″AKARU″に迫る!』
うわ、また来たよこのネタ。とりあえずページをめくってみると、出るわ出るわアカルちゃんに関する情報が。
『″AKARU″はなんと、摩利亞那高校二十五年ぶりの【エヴァンジェリスト】だった!』
『得票率99.8%という前代未聞の数字で選出!』
『先代のエヴァンジェリストは、あの星原 聖泉!』
いやー、凄いなこれ。ってか関係者しか知らなさそうな情報までバッチリ載ってるよ。
そう思って雑誌に目を通してると、情報提供者として目に黒い棒の入った人物の姿が。
えーっと、ここでネタ暴露してる同級生とやらは、どう見ても新聞部の我仁部長だよね? 目に黒い棒が入ってるけど、この豪快なボディは絶対間違いない。
ったく、あの人はなにやってんだか。今度会ったら制止しないとなぁ。でもガニ部長の性格だったら止めたところで無駄だろうなぁ。
そんなことを考えながら学校への道を歩いていると、いおりんが不意に新しいネタを突っ込んできた。
「そういえばアカルちゃん、そろそろ修学旅行だねぇ」
「修学旅行?」
あー、そういやそんなのあったな。ここんところいろいろありすぎて、すっかり忘れてたよ。
修学旅行ねぇ……。
さて、いったいどこに旅行することになるのやら。でもなんとなく″AKARU″のことを誰も知らない世界に行きたくなってきたよ、トホホ。




