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【番外編】黒木マネージャーの場合

 僕、こと黒木は、現在ミカヅキ・プロダクションで働く一介のサラリーマンだ。

 その仕事は多岐に渡り、社長兼タレントである美華月みかづき 更紗さらさの相手をしたり、売り込みをして新たな仕事を取ってきたり、おまけに社長の一人娘の麗奈れいなの担当マネージャーもしている。これって一人何役やってるのかな? まぁ給料が高いから良いんだけどさ。


 うちの会社『ミカヅキ・プロダクション』はとても小さな芸能事務所だ。社員としてはたったの三人--更紗さん専属のマネージャー兼秘書である綿貫わたぬきさんと、会計係のみどりちゃん、そして僕しかいない。

 所属タレントに至っては、社長兼看板タレントの更紗さんと、その娘のレーナちゃんしかいない。



 僕自身は元々別の仕事--レンタル衣装の営業をやっていた。だけど、今では更紗さんに引き抜かれてこんな仕事をやっている。

 どうやって僕が更紗さんに引き抜かれたのかって? 残念ながらそのきっかけはさほどドラマティックではなかったりする。


 レンタル衣装という仕事柄、もともと僕には更紗さんと顔を合わせたり話をする機会がそこそこあった。

 もともと僕にはミーハーっ気は全くなかったから、大女優だろうとADの女の子だろうと接し方は大して変わらない。だから僕は更紗さんにも物怖じせず応対したんだけれど、どうやらそこが気に入ったみたいで、顔を合わすたびにちょこちょこ声をかけてくれるようになった。

 だけど、どうやら周りの人たちは「いつか黒木が更紗さんになにかやらかすんじゃないか」と、いつもドキドキしながら見守ってたらしい。ゆえにこのころの僕の裏の呼び名は″黒ひげ危機一発″ならぬ″黒田くんクビ一触即発″だったそうで。なんだそりゃ。


 そんなある日、更紗さんが「ねー黒木。あなたなら今後あたくしをどう売り出す?」となにげなく聞いてきた。

 そんなことを僕に聞いてきたのは、たぶん彼女のきまぐれ。思いついたことがポロッと口から溢れ出たようなものだったのだろう。

 一方で言われた方の僕も、質問を大して重く受け止めていなかった。だから、普段から考えていたことを歯に衣着せず「んー、更紗さんならバラエティなんかがいいんじゃないっすかねぇ?」なんて答えたのだ。


「……バラエティ?」

「ええ、そうっすよ。更紗さんのトーク面白いじゃないですか。だからバラエティとかで素で行ったほうが面白いと思うんですよねぇ」


 俺の言葉を、更紗さんはしばらく考え込んでいた。ありゃりゃ、もしかして外したかな? そう思っていたところ、ようやく更紗さんが顔を上げて、僕にこう言ってきたんだ。


「……面白いわね。いいわ、それで行きましょう。そのかわり、黒木。あなた責任取りなさいね?」

「はい?」

「あなたをうちに引き抜くわ。だからあなたが、あたしをバラエティに売り込みなさい」


 なんだかんだで大女優である更紗の言葉に逆らえるものなんていない。

 このあとあっという間に周りを固められてしまい、気がつくと僕は何の運命のいたずらか、ミカヅキ・プロダクションで働くことになっていたのである。




 ◇◇◇




 ミカヅキ・プロダクションでの僕のメインの仕事は、更紗さんの一人娘である麗奈れいなちゃんのマネージャーだ。

 彼女は更紗さんと、すでに離婚してしまったけどとある有名人の父親との間に生まれた子である。

 生まれ持っての芸能界のサラブレッド。そのことを自覚してか、レーナちゃんは小さなころから″良い子″で″優等生″だった。

 ただ、それゆえに致命的な欠点もあった。決定的なまでに愛嬌に欠けるのだ。


 仕事には真面目に取り組む。挨拶も欠かさない。礼儀正しい。だけどいつも顔は強張っており、笑顔もぎこちない。悪く言うと可愛げがない。更紗さん譲りのせっかくの美少女的ルックスも、これでは台無しである。


「ねぇ黒木、あなたならあの子をどうする?」


 あるとき更紗さんに尋ねられた俺は、またも軽い気持ちで思っていたことを答えた。


「そっすねぇ。レーナちゃんは愛嬌が足りないから、その方面で鍛えるしかないっすね」

「その方面とは?」

「グラビア、はまだ早いから……たとえばアイドルグループに入れるとか?」


 僕のこの言葉を聞いて、更紗さんの目がキラリと光った。

 このとき、僕はまた忘れていたのだ。美華月 更紗という人物の行動力がハンパないということを。


「いいわね、その案いただきましょう」


 その一言。たったその一言で、レーナちゃんはあっという間にアイドルグループに参入することが決まってしまったのだった。


 参加するユニットは、複数の事務所の女の子たちが集まって出来た、その名も『激甘☆フルーティ』。プロデューサーにアイドル界では有名な御成門おなりもん先生を据えての本格的なアイドルグループだ。

 そのとき十三歳になったばかりのレーナは、特に反対することもなく素直にアイドルとしてデビューすることになる。


 ところが予想に反して、レーナはアイドルになってもあまり改善しなかった。歌を歌ってても、ファンと握手してても、やっぱり″お固いまま″だったんだ。

 挙げ句の果てにファンからは″塩対応″だのと呼ばれるし、真顔の時の目が睨みつけるような感じであることから、同じメンバーのみならずファンにまでビビられてしまう始末。

 さすがの僕も手を打ちあぐねて、最近ではダメ元でブログの更新などをやらせてはみたものの、これまたお固い文章ばかりで改善は見られずにいた。


 どうしたもんかと試行錯誤しているうちに、いつのまにやら三年が経過していた。

 二世タレントというネームバリューと、母親譲りのルックスにより、それなりの人気を保ってはいたものの、レーナちゃんは『激甘☆フルーティ』の中の人気投票でも万年3位とイマイチ伸び悩む状況が続いていた。


 そんな、レーナちゃんの八方塞がりの状況を打ち破ったのが、たった一人の少女の存在だった。




 ◇◇◇



 きっかけは、雑誌の取材だった。


 ファッション誌の『Cherishチェリッシュ』側から打診を受けたとき、『リアル友達との買い物シチュエーションという企画はどうか』と逆提案してみたのは、ほんの気まぐれからだった。先方はこの企画に乗ってくれたけど、レーナが受けるかは五分五分だと思っていた。

 なにせ堅物のレーナだ、リアル友達などほとんどいないことはマネージャーである僕も当然認識していた。唯一、男の子の幼馴染がいることはレーナの話から聞いていたけど、女友達の話なぞ皆無である。


 そんなレーナがどんな友達を連れてくるのか。一種の賭けみたいなものだった。

 だけど蓋を開けてみると、意外な結果が待ち受けていた。実際にレーナが連れてきたのは……芸能界で美男美女を見慣れた僕でさえ目を奪われてしまうような、素晴らしい美少女だったのだ。


 実は以前、僕は街で偶然見かけたすごい子をスカウトしたことがある。

 一応更紗さんからスカウトの権限を与えられてたんだけど、これまで一度たりとも『これだ!』と思う子に出会うことがなかったから、行使したことはなかった。そんな僕が街で見かけたその子を初めてスカウトしたものの、残念ながら彼女はこちらを警戒してすぐに立ち去ってしまった。


 そのときはひどく残念に思っていた。もう二度と会えないだろうと思っていた。だけどレーナが連れてきた子は、まさにその--僕がスカウトして振られた美少女だったのだ!



 彼女の名前は、日野宮あかる。


 少し気の強そうな切れ長の目。長く伸びた黒髪。意志の強さを表すかのような整った鼻と厚い唇。スーパーモデルのように均整の取れた見事な身体つき。

 何より驚いたのは、彼女のキャラクターだ。まるで女の子とは思えないくらいサバサバとしていたのだ。


 僕もこの業界に長くいるから分かるんだけど、女の子ってのは大なり小なり仮面を被っている。その仮面の形はいろいろあるけど、共通して言えるのは、その仮面に相手のことを意識した--悪く言えば媚びるような色気のようなものを感じるのだ。例えば媚を売ったり、アピールしたり。


 レーナと同世代のスーパーアイドル、星空メルビーナなどがまさにそうだ。

 彼女のことをレーナちゃんは以前「怖い」と言ってたけど、その気持ちはわかる。あの子に関しては妖精のように可憐な仮面の下に、相手を喰らうような猛獣の本性を隠しているように感じられたから。


 だけど、彼女--日野宮あかるは違う。

 上手く言えないけど、彼女は真っ直ぐな芯のようなものを心に持っていて、誰から何を言われようと揺るがないものだった。


 相手が芸能人だろうとなんだろうと、決して変わらない。自分を貫く強い意志とレーナに対して見せるような優しさを併せ持つ存在。

 それだけではない。まるで男性に興味がないかのような、それでいて他人を惹きつけてやまない色香のようなものを持っていた。色気じゃない、色香だ。


 きっと彼女は売れる。そう確信した。

 だから更紗さんに相談して、彼女を事務所に入れるよう画策した。これほど本気で策を練ったのは初めてかもしれない。


 よく僕は人から『敏腕』だの『策士』だのと言われるけど、語弊がある。本当の本気で策を練ってまで手を回したのは今回が初めてかもしれない。

 でも結局、彼女を落としたのは僕の策ではなく、レーナの『親友』を想う気持ちだったんだけどね。



 ◇◇◇



 アカルちゃんが入ったあと、レーナちゃんの雰囲気がガラリと変わった。

 これまでろくに作り笑顔もできなかったあの子が、魅力的な笑顔を浮かべるようになったのだ。これにはさすがの更紗さんも驚いていた。でももっと驚いていたのは僕の方だ。


 これまでどんなに手を尽くしても、レーナちゃんは変わらなかった。だけど、たった一人の友達が側にいるだけで、こんなにも変わるとは……。

 僕もまだまだ学ぶことは多いな。


 二人で出演した″耽美堂たんびどう″のCMの評判も凄く良い。実際僕も現場で見てて鳥肌ものだったもの。

 それくらいあのときのレーナちゃんの表情は神がかってたからね。まるで、本当に恋した乙女のように。……って、まさかアカルちゃんに⁉︎


 んなわけないか、女の子同士だもんなぁ。あははっ。でもまぁそんな百合もありだよな、ありか?



 今も二人を使いたいってオファーはうちの事務所に殺到してる。ただ、アカルちゃんについては事前の相談通り、ほとんどの仕事を受けていない。

 これには、アカルちゃん本人の希望ってのもあるんだけど、僕自身の思いもある。


 たぶん、アカルちゃんのあの不思議な魅力は『今の状況』だからこそ見せれるんじゃないかって思うんだ。

 もし本格的に芸能活動をしてしまったら、彼女のその魅力が消えてしまうんじゃないか、何かが決定的に変わってしまうんじゃないかってね。



 だから僕は、今日もアカルちゃんへのオファーを断り続ける。じらし作戦と言われようと、値を吊り上げられようと変わらない。


 なぜなら僕にとっては、アカルちゃんの魅力を損なわせないことが、同時にレーナちゃんの本物の笑顔を絶やさないことこそが、一番の使命なのだから。


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