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61.スタジオ・イン

 

 豪華絢爛という表現がふさわしい煌びやかな部屋。その中心に据えられた豪奢な椅子に、大女優 美華月みかづき 更紗さらさは腰掛けていた。向かいのソファーに座るのは、彼女の忠実な配下である黒木マネージャー。

 二人は更紗の個人秘書である初老の男性--綿貫わたぬきが淹れたコーヒーを飲みながら、膝を突き合わせてなにやら相談をしていた。


「いやー、うまくいきましたね。無事に日野宮あかると契約できたのも、更紗さんがすぐに動いてくれたおかげですよ」

「あえてわたくしが空いている日程にアプローチしたのはあなたでしょ、黒木? 相変わらず手回しがいいわね」

「あははっ、バレてましたか」


 軽薄そうに笑う黒木マネージャーのことを、更紗は極めて高く評価していた。そうでなければ彼に愛娘のマネージャーなど任せたりはしないだろう。

 実際、更紗がバラエティに進出し始めたのも彼の功績と言えた。いかにもお調子者のような軽薄な態度とは裏腹に、十分に根回しをしたうえで着実に仕事をこなす。それが業界内での黒木マネージャーの評判であった。


「それで、敏腕なあなたはあの子--アカルちゃんをどう売り出すの?」

「当面は本人の希望通り、露出は最小限に留めましょう」

「……それで大丈夫なのかしら?」

「ええ、あの子は格が違います。きっと世間が放っておかないでしょう。そのうち『なぜあの子は表舞台に出てこないんだ?』って勝手に騒ぎになりますよ」

「ふぅん、それで?」

「そうなったらこっちのものですね。相手のほうから使わせて欲しいって頼んでくるに決まってます。あとはまぁ……言うまでもないですよね。ようは、市場の飢餓感を煽る作戦ですよ」


 黒木マネージャーの回答に、更紗は満足げに頷いた。彼の答えは、彼女のお眼鏡に叶うものだったのだ。


「わかった。いいわ、その進め方でお願いするわね」

「ははっ、ありがたき幸せ」

「大事に育ててね? なにせあの子は聖泉いずみ以来のエヴァンジェリスト。それだけじゃない、あの子にはなんとなく普通には無い魅力を感じるの。頑なだったレーナが親友と呼ぶくらいにね。あなたの言う通り、きっと世間が放っておかないでしょう」

「……時が来たら、レーナちゃんを『激甘☆フルーティ』から脱退させて、改めて二人で組ませてもいいかもしれませんね」


 面白いわね。更紗はそう言うと、少しだけ表情を崩した。


「あの子の存在が、レーナにも良い影響を与えてくれると良いのだけどね……」


 そう語る彼女は、間違いなく″母親″の顔をしていた。




 ◆◆◆




 ミカヅキ・プロダクションに所属することになったその週末、さっそく俺は朝一から黒木マネージャーの運転するワゴン車にレーナと一緒にピックアップされていた。

 車に揺られて向かう先は、今回のCM撮影をするスタジオだ。しばらく高速を走ったあと、ようやく現地にたどり着く。いやー、なんかドキドキしてきたぁ。


「アカル、もしかして緊張してるの?」

「そりゃ緊張もするよ。私はレーナみたいにこの手の経験は豊富じゃないからね」

「ふふふっ、アカルも案外小心者なのね。でも大丈夫よ。あたしがリードしてあげるから、あなたはリラックスしてればいいわ」


 くそっ、レーナのやつ得意げな表情を浮かべながら際どい発言しやがって。ちょっぴりムカつくけど、さすがに今回は分が悪い。下手に逆らわずに大人しく撮影に参加するとしよう。



 今回の撮影のために俺たちに用意された控え室に向かって歩いていると、通路の向こう側から二人の女の子が歩いてきた。おや、あの子たちテレビで見たことあるぞ。たしか……。


「あら、セシルさんにハルカさんじゃない」

「あっ、レーナさん」

「こ、こんにちわですぅ……」


 セシルにハルカ? あぁ、思い出した。この子たち『激甘☆フルーティ』の林後りんご 世知せしるちゃんと、馬奈々ばなな はるかちゃんじゃないか。

 たしかセシルちゃんが人気ナンバーワンで、ハルカちゃんがつい先日までのナンバーツーだったと思う。

 にしても、同じグループのメンバーにしてはえらく距離感のある挨拶だな。


「お二人とも、どうしたの? 今日は撮影なのかしら?」

「はい、今日はここでうちらアーヴァテインの女の子たちでの撮影があって」

「は、はい。そうなんですぅ……」

「あらそうなの、良かったわね」


 ぎこちない会話から、どうやら二人がレーナにビビってる気配を感じる。

 たしかにレーナは見た目は可愛いんだけど、態度や言葉がいつもどぎつい。それに『美華月 更紗』という強力なバックボーンを持つ芸能界のエリートみたいな存在だから、きっと彼女たちも恐れをなしてるんだろうな。


 でも、最近レーナに慣れてきた俺には分かる。レーナは言葉は悪いんだけど、純粋に二人のことを気にかけているのだ。

 たとえば「良かったわね」は、一見イヤミのように聞こえるんだけど、実際は心の底から本当に良かったと思っている。ただ、表情や態度が冷淡に見えるから、言葉通りに相手に伝わってないのは明白だった。誤解を生むタイプの典型例みたいやヤツだよな、もったいない。


 よくないなぁと思いながらも黙って様子を伺ってると、レーナは鋭い目つきで二人を舐めるように観察したあと、捨てゼリフのようにこう言った。


「二人とも、恥をかかないようにせいぜいがんばることね」


 あー、あかん。そう思ったときには俺はレーナの頭をポカッと叩いていた。


「あいたっ、アカルなにするのよっ⁉︎」

「こら、レーナ。口の利き方に気をつけなさい。だからあなたは誤解されるんだよ」

「ふぇっ⁉︎」


 頭を押さえて泣きそうな顔のレーナを無視して、俺はすぐに二人--目の前でレーナが叩かる様子をぽかーんと眺めていたセシルちゃんとハルカちゃんに頭を下げる。


「二人とも、ゴメンね。レーナは口が悪いから誤解を招きやすいんだけど、本当に心から二人のことを心配してるんだよ」

「えっ? ええっ⁉︎」「ほぇぇ?」

「ちょっとアカル、あなたなにを……」

「いいからレーナも頭を下げて!」

「ふぇっ⁉︎ あ、あたしがっ⁉︎」


 レーナはキツネにつままれたような顔をしてるけど、そんなの御構い無しにぐいっと、半ば強引に頭を下げさせる。


「いつも仏頂面でゴメンなさい、撮影がんばってね。ほら、レーナも言って! さんはいっ!」

「え、ええっ⁉︎」

「さんはいっ!」

「い、いつも仏頂面でごめんなさい? 撮影、がんばってね?」


 頭を下げながら、ぎこちない笑顔でそう口にするレーナ。完全に置いてけぼり状態だった二人が、レーナのその様子にえらく慌てた表情を浮かべる。

 ありゃりゃ、こりゃちょっとやりすぎたかな。こんなときは……さっさと退散するとしよう。


「それじゃ、私たちもこれからCMの撮影があるんで……おふたりとも、またねっ!」

「じゃ、じゃあね。セシルさん、ハルカさん」


 変な空気を誤魔化すようにさっさと挨拶を済ますと、俺はレーナを無理やり引っ張って足早にこの場を後にする。

 あっという間に立ち去ってゆく俺たちを、二人は最後まで唖然としたまま見送っていたんだ。




 ◇◇◇




 今回俺たちが撮影するCMは、老舗の化粧品メーカー『耽美堂たんびどう』の中でも、若い女性に人気のブランド『スターリィプリンセス』のものだ。なんでも新作リップの『グィネヴィアン・スカーレット』なるものをPRするのだそうで。

 名前を聞いただけでもサッパリなんだけど、撮影監督? らしい人から「今回はファンタジー世界のプリンセスをイメージして撮影するからね」などと言われて余計チンプンカンプンになってしまった。

 なんでコスメ製品のCMなのにファンタジー世界なんだか。でもその辺突っ込んだら負けな気がする……。


 メイクさんやら衣装さんやらたくさんの人の手で、自分アカルちゃんはそれはもう見事なプリンセスに変身していた。もちろんレーナもだ。

 ちなみにレーナは白を、こっちは赤を基調としたドレスを着ている。それにしてもなんかヒラヒラして歩きにくいな、これ。


「あらアカル、なかなか可愛らしいわね」

「レーナこそ、ビックリするくらいの美少女っぷりじゃない?」

「当たり前でしょ、だってあたしはアイドルなのよ?」


 おお、なんとも頼もしいお言葉ですこと。誇らしげに胸を張るレーナは、やっぱり一流のアイドルに見えた。



 横に視線を向けると、撮影の様子を見に来ていた耽美堂たんびどうの担当者らしき人と広告代理店らしき人、それから今回のCMを撮影する監督さんに対して、黒木マネージャーが頭を下げてなにやら挨拶をしていた。そのうち俺とレーナも手招きされたので、頭を下げながらそちらに歩み寄っていく。


「こちらがレーナと、お話ししていたうちの新人です。まだ芸名は決まってませんので、便宜的に『AKARUアカル』と呼んでください」

「レーナです、よろしくお願いします」

「えーっと、″アカル″です?」


 おいおい黒木さん、この場でいきなり芸名作らないでくれよー。

 たぶん、あえて芸名っぽくすることで本名がバレないように気遣ってくれたんだろうけど、そういうのはできれば先に相談して欲しかったな。


「おお、レーナちゃんに、AKARUアカルちゃん? お会いできて嬉しいよ。それにしても、ふたりともほんっとに可愛いね! チェリッシュで見たときからすごく注目してたんだけど、思ってた以上だよ。黒木さんに言われてた通り、本当に逸材だなぁ!」

「うむ、確かに。レーナちゃんと並ぶと実に映えるな。よーし、いい絵が撮れそうなイマジネーションが湧いてきたぞぉ! 絵コンテ書き直すかっ!」

「あはは、ありがとうございます。この二人が出れば、きっと今回のCMはすごく話題になりますよ!」

「うんうん、私もそうなる予感がするよ!」


 こんな感じで黒木マネージャーたちが大人の会話をしている間、レーナは彼の横で無言で笑みを浮かべていた。ニコニコ営業スマイルを絶やさないレーナの様子は、さすがは現役アイドルだと思わせるものだ。

 俺は仕方なく、レーナを見習って笑みを張り付かせたまま、彼女の横に無言で控える。


「じゃあ早速だけど、いまここに表示されてる絵コンテに沿って撮影していくからね! レーナちゃんとAKARUアカルちゃんを見てインスピレーションが湧いたから、その辺りは随時反映していくんで、そこんとこよろしくっ!」


 メガネをかけた監督が、大型な液晶モニターに映し出された四コマ漫画みたいなものを指差しながらそう宣言する。ちなみに俺たちには個別にタブレット端末が渡されていて、そこにモニター画面と同じ絵コンテが表示されていた。

 へー、台本っていまこうやって見るようになってるんだな。デジタル化の波は、どうやらCM撮影現場まで押し寄せてきているらしい。


 俺がタブレット端末をいぢくって遊んでる間に、周りの人たちが着々と撮影の準備を進めていく。ふと横を見ると、レーナが一心不乱にタブレットの絵コンテを凝視している。


 よーし、こうなったら俺も腹をくくって気合い入れてやるかな!

 この段になってようやく覚悟を決めた俺は、レーナを見習ってタブレット端末の絵コンテを食い入るように読み始めたんだ。

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