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60.who are you?

 

「ねぇ、どうしよう。私、テレビCMに出演することになっちゃったよ」


 俺が真剣にそう相談しても、【G】は目の前に出されたフルーツパフェを一心不乱に食い続けていた。


「……ちょっと【G】、人の話聞いてる?」

「うむ、聞いておる。別に良いではないか、すごく名誉なことなのだろう? ムグムグ、ここのパフェはクリームとアイスのバランスが絶妙だな」


 わざわざ羽子ちゃんに声をかけてスイーツショップまで引き連れてきて【G】を呼び出したってのに、この反応は無いよな?



 あのあとは本当に大変だった。美華月みかづき 更紗さらさが自宅に訪れたことで、たまたま仕事を早上がりしていた両親はパニックに陥った。アカルママなんかは失神しちゃったくらいだ。


 なにせレーナの母親である美華月みかづき 更紗さらさは、この国を代表する女優だ。

 アカデミー主演女優賞を三回獲得。まだ若い頃に出た映画では興行収入五十億を超えるヒット作を持ち、さらにはハリウッドデビュー済。

 しかも最近はバラエティにも顔を出し、女優の枠組みを超えた活躍をしている。アカルパパやアカルママにとっては、まさに憧れの女優なのだ。


 そんな彼女がなぜうちに来たのかというと、理由は簡単。彼女がレーナが所属する事務所『ミカヅキ・プロダクション』の社長だからだ。

 つまり社長自ら俺のことをスカウトしにきたわけである。


「……お母さん、どうしてここに?」

「あら、娘のことは母親はなんでも知ってるものよ?」


 その横で俺は、黒木マネージャーがさっと目を逸らしたのを見逃さなかった。たぶん彼がレーナママにタレコミしたんだろうな。


 でも美華月 更紗が登場した効果は絶大だった。

 うちの両親は「更紗さんがいる事務所なら問題ないわ!」「そうだそうだ!」とあっさり籠絡されてしまったのだ。ちゃっかりサインと記念撮影をしてるあたり、なんだか憎めないんだけどさ。


「あかるさんのご両親。プロダクションの社長として、この美華月 更紗が責任持ってお嬢さんは預からせて頂きますわ」

「その点では更紗さんを全面的に信頼しています。ただ、この子は少なくとも学生生活は普通に送りたいと言っていますので……」

「はい。あかるさんのお父様、わかっております。あかるさんとお約束したとおり、彼女の希望しない仕事はさせません。なによりあかるさんは、わたくしの大事な一人娘の親友ですので」

「あらあら、まあまあ! アカル、そうなの?」

「は、はぁ……」


 ここまで大女優に言われては、これ以上なにも言えないよね。横でレーナが仏頂面で膨れてるけど、たぶんこれは自分がやるはずだった役目を母親に取られたからだな。

 こうして俺は、めでたくレーナちゃんと同じ『ミカヅキ・プロダクション』に所属することになったのだった。



 俺の説明を一通り聞いても、【G】は大した反応を示さなかった。こいつ、俺のことよりスイーツのことの方が大事っぽいな。


「それはいいとして、また校内で【魔王】の反応があった。やはり相手は身体の乗り換えを行っているらしい」

「そうやって、俺の身近な人物に近づいてきてるってことかな?」

「……」


 肝心なところになると【G】は返事を返さない。もしかしたら今はパフェに夢中になってるだけかもしれないけど。


「【ファイアウォール】のほうは順調か?」

「あっ」


 すっかり忘れてた。最近それどころじゃないことが多すぎて、手が回って無かったんだよねぇ。


「何度も言うが、特に身の回りのものに対しては確実に能力を使っておいてくれ。そうしないと、私が君のことを守れなくなる」

「はいはい、気をつけるよ」

「分かればよろしい。……ところで、こっちのチョコレートパフェも食べて良いか?」


 ちょ、まだ食うんかいっ!





 ◇◇◇




 レーナママ襲撃から何日か後の放課後。今日は防音室を借りれたようで『キングダムカルテット』の練習日になっていた。

 演目どころかバンド名さえ決まっていない俺は、とりあえずバンドの練習に同席してイマジネーションを高めることになっていた。イマジネーションってなんやねん。


「おいあかる、『光の盾』が見つからねぇ」


 バンド練習の合間。他のメンバーが楽器の音合わせをしている間、やることの無いヴォーカルのミカエルが俺の横で携帯ゲームをやりながら声をかけてきた。こうして練習の合間にちょこちょこ攻略方法を聞きながらゲームを進めるのが、最近のこいつとのコミュニケーションスタイルになっている。


「『光の盾』? ああ、それならグリムグラムの祠にあるよ」

「はぁっ⁉︎ そこ何度も探したしっ⁉︎」

「バカだなぁミカエル。『コールゴッド』の魔法を使った? そしたら神託が出て隠し通路が現れるよ」

「げっ、マジかよ。どれどれ……うわ、ホントだ」

「ちなみに『光シリーズ』全部集めると、限定魔法『シャイニング』が使えるようになるよ」

「なにそれっ⁉︎ 使いてぇ!」


 ちょこちょこ接するようになって分かってきたんだけど、どうやらミカエルはそんなに悪い奴じゃないみたいだ。ただ単に女性にモテすぎるせいで少しおかしくなっちゃってただけで、中身は普通のゲーム好きの男子だったんだ。

 意外にも彼は、時々口説いてくる以外は極めて普通に俺と接してきた。その接し方がまるで男同士で気軽に話しているような感じで、俺はずいぶんと話しやすさを感じていた。


 おかげで最近、こいつとも呼び捨てで呼び合うようになったし。あー、誤解しないでね。男同士のやり取りみたいで、男時代むかしを思い出して会話を楽しんでるだけだからさ。


 だってさ、エヴァンジェリストになって以降こんな風に自然に接してくれる人が激減しちゃったのよ。

 特に先日、新聞部の我仁がに部長に『マリアナ広報』で、アカルちゃんが芸能プロダクションと契約したことをスッパ抜かれてから、その傾向が余計に酷くなってしまった。他の生徒たちからは、レーナに向けられてるのと同じような″尊敬と羨望の眼差し″で見られてる。

 俺は普通の女の子でいたいってのにさ。


「いやーあかる、お前すげーな。おかげでだいぶクリアに近づいたよ。礼がわりに今度デートしようぜ」

「いやだよ。だってミカエル、ヤりたいだけだろ?」


 俺たちの会話を聞いて、横にいる布衣ちゃんがギョッとした顔をする。いかんいかん、調子に乗って男感覚で話しすぎたわ。

 だけどミカエルは気にした様子も見せずに「ぎゃはは。そうだな、やめとこう。お前とオレはダチだもんな」と言って大笑いしたんだ。


 ふーっ、危ない危ない。不用意な発言には気をつけるようにしないとな。




 ◇◇◇




 その日の帰り道は、めずらしくシュウと一緒になった。最近こいつ布衣ちゃんと寄り道して帰ることが多いから、ご近所さんさんでありながら、なにげに二人っきりになるのは初めてだ。


「あーそうだアカル。お前に伝えておくことがある」

「ん? なに?」

「実は……布衣とヨリを戻した」


 ぬ、ぬわんでぇすとぉうっ⁉︎ おいコラ、シュウ! テメーなに勝手に人のハーレムに手を出してるんだよっ⁉︎ ……上等だ。アカルちゃんハイキックで、もう一度テメーの意識を刈り取ってやるぜ!

 --などという殺意が一瞬湧いたものの、すぐに気持ちを落ち着ける。


 まぁ、この二人最近良い雰囲気漂ってたからなぁ。布衣ちゃんが幸せだったら仕方ないかな。


「シュウ。布衣ちゃんを泣かしたら、今度こそ承知しないからね?」

「あははっ、そのことは身に沁みてるよ」

「んー、ならよろしい! あ、でもさ。私と二人っきりで帰ってたりしたら、布衣ちゃんヤキモチ妬いたりしないかな?」

「あぁ、それなら大丈夫。なにせ布衣が『アカルちゃんを送って行って』って俺に頼んできたくらいだからさ」


 布衣ちゃんが頼んだ? いったいどうして?


「親友のお前が帰り道で襲われたりしないか心配なんだとよ」

「……えっ?」

「お前、自覚が無いのかもしれないけど、結構な有名人なんだぜ? 多少は用心しろよな」


 なんと布衣ちゃんは、俺のことを心配してボディガードに自分の彼氏を付けてくれていたのだ。なんという優しい子なんだろう。アカルちゃん感激!


「あはは、嬉しいね。でも私、並の相手だったらハイキック一発で仕留められるんだけどなぁ」

「俺もそう言ったんだけど、『でもアカルちゃんは女の子なんだよ!』って怒られちまったよ」

「そっか、それは悪いことしちゃったね。それにしても布衣ちゃんはほんっとに優しいよなぁ。シュウ、布衣ちゃんのことぜったい大事にするんだよ?」


 俺の発言に思わず苦笑いを浮かべるシュウ。だけどすぐに真顔に戻ると、夜空を見上げるようにしながらこう呟いた。


「なぁアカル、おまえ……変わったよな?」

「そ、そうかな?」

「あぁ、以前のお前だったら絶対そんなこと言わなかった。お前……本当にアカルなのか?」

「…………へっ?」


 どくん。

 心臓が強く波打つ。


 思わずといった感じでシュウの口から漏れ出た言葉は、俺の心を激しく揺さぶった。もしかして……シュウはなにかに気づいたのか?


 確かに彼はアカルちゃんの幼馴染だ。小さな異変から真実に気付いている可能性はある。

 でもまさか……いや……。


 だがシュウはそれ以上追求してくることはなかった。すぐに表情を崩すと、頭をポリポリかきながら口を開く。


「そう怒るなよ、アカル。冗談だってば。あまりにもキャラ変わったからそう言ってみただけだって」

「……なに?」

「あ、家着いたぞ。んじゃまたな、アカル」


 そう言うとシュウは、逃げるようにして自分の家へと帰って行った。

 俺は呆然としたまま、気がつくとシュウが飛び込んでいった彼の家の玄関を、まるで睨みつけるように凝視していたんだ。


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