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59.CM

 

「レーナ、チェリッシュの特集の反応すごいよ」


 マネージャーの黒木にそう告げられても、美華月みかづき 麗奈れいなの顔色は晴れなかった。

 レーナとしては複雑な心境だった。なぜなら、反響の多くは『レーナの友達のあの美少女はだれなんだ?』に集まっていることを知っていたから。自分以外が注目されていることを無邪気に喜べるほど、レーナは安いプライドを持ち合わせてなかった。

 そんなレーナの思いを知ってか知らずか、黒木マネージャーはさらに話を続ける。


「実は桐谷女史から連絡来ててね、あの子紹介しろって芸能プロダクションからひっきりなしに言われてるんだってさ」

「……そうなの」

「そういや星原ほしはら 聖泉いずみが所属するアーヴァテインも狙ってるみたいよ。ほら、あの子って聖泉いずみさんの次代のエヴァンゲリ◯ンなんでしょ? しかもあそこ、『トキメキシスターズ』の星空メルビーナも所属してるしね」

「……エヴァンジェリストよ」

「あーあ、このままだとあの子、他のプロダクションに持っていかれちゃうなー。勿体無いなー」

「…………」


 レーナは、黒木マネージャーがチラチラと彼女の顔色を伺いながら、あえて挑発するように発言していることに気付かない。自分の世界に入り込んでしまい、なにやら考え込んでいる。


 やがて、意を決したかのように顔を上げたレーナは、決意を秘めた瞳でゆっくりと口を開いた。


「……わかったわ」

「ん?」

「黒木さん。あたしがアカルをうちの事務所に引っ張ってくる」


 レーナのその発言に、黒木マネージャーは彼女にバレないようにコッソリとガッツポーズする。だが表面上はまるで意に介した様子もなく、話を続ける。


「そうか、さすがレーナだ。だったらね、ちょうど良い話があるんだ。実は……」




 ◆◆◆




 さんざん悩んだ末、結局俺はいおりんたちからのヴォーカル就任要請を受けることにした。というのも、俺が引き受けることを決めた大きな要因があった。


「こ、こんにちわ。キーボード担当の明星 羽子です……」

 緊張の面持ちでキングダムカルテットのメンバーに挨拶する羽子ちゃん。イケメンたちがパチパチと拍手で歓迎する。


 そう、実は羽子ちゃんが小さな頃からピアノをやっていたことが発覚して、この度彼女もスカウトすることになったのだ。

 羽子ちゃんは「アカルさんが居るなら……」と快くオッケーしてくれた。彼女がそこまでしてくれたわけだから、さすがに俺が断るわけにはいかないよね?


「……これ以上あかるさんが遠くに行っちゃうのはイヤですからね」


 えっ? 羽子ちゃん何か言った? よく聞こえなかったんだけど……まいっか。



 今回引き受けたのは、もちろんイヤイヤってわけじゃない。俺自身すごくバンドに興味があった。

 というより、キングダムカルテットの演奏をバックに歌ってみたいっていう気持ちが止められなかったんだ。だってあいつらの演奏、マジで鳥肌ものだったんだもん。

 ……いくら元に戻るかもしれないとしても、それくらいわがままを貫いてもいいよね?


「じゃあ本番は学祭だね。一応ボクたちのバンドも出場するけど、それとは別にもう一つバンドを組んで出す形にしようよ」


 いおりんの発言の通り、俺たちは彼らのバンド『キングダムカルテット』とは別口で学祭に出演することになった。新たに発生したユニット名や演目については、これからゆっくりと検討していくことになる。

 むふふっ、そうと決まればヤル気がたぎってきたぞぉ‼︎




 ◇◇◇




「アカル。あたし、今度の人気投票で『激甘☆フルーティうちのグループ』の2位ナンバーツーになったの」


 相変わらず唐突にうちのクラスに現れたレーナが、前フリもなくいきなりそう言ってくる。


「そ、そうなんだ。よかったね?」

「このあいだの『Cherishチェリッシュ』の特集が評判よかったみたい。あたしのイメージが変わったってよく言われるわ」


 たしかに、あの雑誌のレーナの表情はすごく良かった。自然に笑ってて、『塩対応』って酷評されてる無表情ふだんの彼女とは別人みたいだったもんな。


「しかもね、CMのオファーまで来ちゃったの。化粧品のCMよ、あたしがずっと狙ってたブランドのね」


 へー、それはすごいな。素直に拍手で祝福する。あ、ちょっと照れた。


「それでね、アカル。折り入ってあなたに話があるんだけど……」

「ん? なにレーナ」

「アカル、あなたうちの事務所に入りなさい」

「ぶっ⁉︎」


 ざわっ。

 レーナの唐突な発言に、教室が一気にざわめく。だけど俺には周りの反応を気にする心の余裕は無かった。

 おいおいレーナ、あんた相変わらず途中のプロセスなんかを全部無視していきなりトンデモナイ話をブッ込んで来るな。思わず吹き出しちゃったけど、もはやいちいち反応すること自体無駄だと思わせられてるよ。


「……ほんっといつもレーナは急だよね? 私、芸能界に行くつもりはあんまりないんだけど」

「だからよ、アカル」

「えっ?」


 思いのほか真剣な表情で言われて、思わず顔を見返してしまう。それってどういう意味?


「あなたは自覚していないかもしれないけど、もはやアカルは周りが放っておくような存在じゃないわ。なにせあなたは、我が校で二十年ぶりのエヴァンジェリストなのよ?」

「で、でも別になんの影響もないけど……」


 確かにエヴァンジェリストになって、学校や近郊では目立つ存在になってしまった。

 でも現状はそれだけだ。別にスカウトされたわけでもないし、家にファンが押しかけてきているわけでもない。


「それは単にまだ他の事務所とかがアカルにたどり着いてないだけよ。いずれ彼らはあなたを見つけるわ。そうなったら……大変よ?」

「大変?」

「ええ、きっとアカルの争奪戦になるわ」


 そんなバカな、いくらなんでもそれは無いだろう。即座に否定しようとしたんだけど、レーナの表情を見て思わず口をつぐんでしまう。安易に否定させない真剣さが、彼女の瞳には宿っていた。

 まじかよ、俺はそんなヤバい状況にあったのか……。


「だからこそアカル、あなたはうちの事務所に入るべきよ。うちは母親が社長を務める個人事務所、変に縛られることはないわ。そしてあなたが既にどこかの事務所に所属してるって分かれば、他の事務所もそんなに無茶はしてこないはずよ」

「でも私、芸能活動は……」

「あなたが望むなら、あまり芸能活動はしなくてもいいように、あたしからお母様に相談するわ」


 なるほど、そういうことだったのか。

 つまりレーナたちの事務所に所属する形を取ることで、それが防波堤となって他の事務所とかのスカウトなんかを防ぐことができるってわけね。そうすれば俺はこれまで通り静かな学生生活が送ることができる、と。


 確かにそれはとても有効な手段だと思う。それに、そんなワガママを許してくれそうな事務所が他にあるとも思えない。なにせレーナの事務所は彼女の母親が経営する個人事務所だ。レーナが説得さえしてくれれば、俺の自由は保障されるだろう。


 それにしてもレーナは、どうやら俺のことを真剣に心配してくれて、自分の事務所にスカウトしてくれたみたいだ。

 その気持ちはすごくありがたいんだけど、いきなり結論から話してくるから、相変わらず本質が伝わりにくいんだよねぇ。

 本当は良い子なのに、そのあたりで絶対損してそうだよレーナは。


「どう? アカル、わかってもらえたかしら?」

「う、うん。ありがとうレーナ、私のためにいろいろ考えてくれて」

「いいのよ別に。なにせあたしたちはし、し、親友、だからね」


 そんな、毎回毎回『親友』って単語で照れなくてもいいのにさ。レーナってば実は照れ屋だったんだな。真っ赤になって可愛らしい。


 俺に赤い顔を見られて恥ずかしかったのか、慌てて顔を左右に振ると、すぐにいつものクールな表情に戻る。


「っということでアカル、あたしとCMに出ません?」

「……はぁっ⁉︎」


 だーかーら、なにが「ということで」だよっ! 言ったそばからまーた結論から入りやがるしっ!

 どこをどうやったら俺とレーナがCMに出演する話になるのかねっ⁉︎




 ◇◇◇




 その後、詳しくレーナの話を聞いてみたところ、どうやら「レーナの事務所と契約したことを内外に示すためにも、一つ仕事をしておいた方がいい」という意味のことであるようだった。だったら最初からそう言えよなっ!


 話の意味はわかったんだけど、さすがにこれは即答できない。とりあえず家族に相談するとレーナに伝えて、その場での回答は回避することにする。

 そしたらレーナってば、「じゃあ誘ったのはあたしだから、あたしからアカルのご両親に挨拶させてもらうわね」などと言い出す始末。


「ちょ、レーナそれマジっ⁉︎」

「ちゃんとご両親にご挨拶させてもらうのは当然のことでしょ? それともアカルは、あたしが家にお邪魔するのはイヤなの?」


 面と向かってそう言われると、さすがにノーとは言えない。仕方なくコクコクと頷く。

 あーあ、参ったなぁ。まさか現役アイドルを自宅に招待することになるとは思わなかったよ。


 校門では、レーナのマネージャーがワゴン車に乗って待ち構えていた。たしか黒木マネージャーだったかな? 彼の運転で日野宮家に向かうことにする。


「……あれ?」


 しばらくのドライブのあと日野宮家にたどり着くと、家の前に黒塗りの高級車が停止していた。

 なんでまたうちの前に場違いなロールス○イスが止まってるわけ?


「あれは、まさか……」

「……間違いないね」


 なにやらレーナと黒木マネージャーが、高級車を見て絶句している。もしかして誰の車が知ってるの?


 ロールス○イスの後ろにすぐワゴンを付けると、レーナが車のドアを開けてすぐに飛び出していった。


「……どうしてここにいるのよ?」


 怒りを抑えたような口調で、レーナがなにやら車中の人物に向かって声をかけている。

 やがて運転席のドアが開くと、初老の男性がロールス○イスから降りてきた。素早く移動すると、後部座席のドアをおもむろに開く。

 高級車の後部座席から降りてきたのは、驚くほど豪華な洋服に身を包み、サングラスをつけた艶やかな年配の女性の姿。


 あぁ、俺はあの女性のことを知っている。

 間違いない、彼女は……。


「……ねえ、黙ってないで何か言ってよ! お母様・・・!」


 実の娘であるレーナにそう聞かれ、彼女の母親--すなわち大女優 美華月みかづき 更紗さらさは、サングラスを取り外しながら妖艶な笑みを浮かべたんだ。


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