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54.イタズラにKiss

 

「す、すまん。も、もう一回言ってもらってもいいか?」

『ああ。第五のミッションは、【恋をすること】だ』


 えーっと、それってマジ? 本気で言ってんの?

 俺にガン見されて、サッと目をそらす【G】。おいおい、言いだしっぺのお前さんが逃げるなよ。


「なんだよそれ、ここに来てえらく変化球なミッションが来たなオイ!」

『いやいや、こちらの方こそが本来の流れなのだ。ラ……【魔王】がそちらに行ってしまったことこそが想定外だったのだよ』


 あー、だから第四ミッションだけ変な内容になっちまってるわけね。でも第五ミッションが元の流れに戻ったということは、すなわち……。


「もはや【魔王】の存在を考慮することは止めたってことか?」


 だが【G】は困ったような表情を浮かべて首を左右に振った。


『そういう訳ではない。ただ、君に主体的に対応してもらう必要はないと判断したのだ。だから……【魔王】の対応には私が出ることにした』

「……へ?」

『私自身が【魔王】の対応をする。だから君は自分のミッションクリアに邁進するがいい』

「た、対応って言ってもさ、どうやって対応するのさ? だって【G】は違う世界にいるんだろう?」

『そのやり方についてはこれから説明する。実際、君へのミッションクリア特典にも関係してくるしな』


 そう言うと【G】は、ミッションクリアの特典について話し始めた。



『まず第四ミッションについてだが、少し内容を変更して、ボーナス事項を追加する。具体的には【魔王捜索に協力する】ことでボーナスを得られるようになる』

「協力って……俺はなにをすればいい?」

『ミッションクリアの報酬として今回君に新たに力が二つ与えられる。そのうちの一つ目の能力を使うのだ。その能力名は--【ファイアウォール】』


 ファイアウォール、炎の壁? ずいぶんとぶっそうな名前の能力だな。で、どんな能力なわけ?


『この能力【ファイアウォール】には二つの機能がある。まず第一に、君の唇で触れた対象に【魔王】が接触アクセスしてきたときに、それを防ぐ機能。第二に、接触があったことを私に知らせる機能だ』

「……おいおい、ちょっと待て!」


 なんだなんだ、いまこいつサラッととんでもないこと言わなかったか? 唇で触れた対象、だとぉ?


「唇で触れるってのは……キスしろってことかよっ!」

『別に相手の唇に触れる必要はない。頬や手でも可だ』


 そ、そっか。それは安心だな……ってなるわけあるかーーいっ! なんで俺がキスせないかんねんっ! ってかキスネタ多すぎだろっ!


『仕方ないであろう、口が最も能力を発揮するのに有効な場所なのだからな。他の部位ではこうはいかない。いや、厳密にはもう一箇所あるにはあるのだが……』

「……もうそれ以上言わなくていい。なんとなくわかったから」


 たぶんそれを言うと18禁になっちまいそうだから、慌てて【G】を止める。しっかし、酷い設定だよなぁ。やっぱりエ●ゲの世界でしたー、とか今更無いよね?


『そしてもう一つのクリアボーナス。こちらは能力ではなく、アプリ【Gトーク】を改良して、最終的な機能を付加した。それが……私を召喚する機能だ』

「………………すまん、よく聞こえなかった。もう一回頼む」

『だから、私を召喚する機能だ。その名も【サモンG】』

「はあ?」


 残念ながら聞き間違いじゃなかった。どうやら俺の携帯には、知らないうちに異世界人を召喚する機能まで付いてしまったらしい。

 そんな機能、いらんがなっ‼︎


 それにしても、どうやって【G】を召喚するんだ? 電話して呼び出したら来てくれるっていうの?


『違う。【サモンG】は、君があらかじめマーキングしておいた相手に、一時的に私が憑依する機能だ』

「……嫌な予感がするから確認させてくれ。マーキングの方法っていったいどうするんだ?」

『……唇と唇を触れさせた状態で【アクセプト・ゲートウェイ】と唱えるのだ』


 やっぱりキスするんじゃんかーーっ!

 まったく何なんだよこの変な能力どもはっ!


『ただし、この機能が設置マーキングできる対象は一名に限られる。対象は十分に検討・考慮してくれ』

「言われなくても手当たり次第キスなんてしねーよ! ……っと待てよ。【G】、もう一つ確認しても良いか?」

『なんだ?』


 俺の脳裏に天啓のように閃いた案。その案を進めるにあたり、問題が無いかを【G】確認する。


「その、【サモンG】でマーキングする相手は、俺が選んで良いのか?」

『もちろんだ。なるべく君の近くにいる存在にマーキングして欲しい』

「で、でもさ、俺がキスしたことを相手が覚えてたら、いろいろ不味くないかい?」

『その点は大丈夫だ。記憶操作でそのときの記憶を私が消去するからな』

「そ、そっか……」


 やはり、思った通りだ。ということは、俺は好きな子に好きなようにキスすることができるってことを意味している。

 もしかして……俺の時代がキターッ⁉︎


『……おい、目が怖いぞ。くれぐれも妙な考えは起こさないようにな?』

「ああ、分かってるよ。それじゃあ早速マーキングして【G】の居場所を作らないとな」

『う、うむ。積極的なのは非常に喜ばしいことなのだが……なぜだろう、妙に胸騒ぎがするぞ』


 大丈夫、気のせいです。

 俺は変なことなんて考えてませんよ? ぐへへ……。




 ◇◇◇




 ってなわけで、その週末。さっそく俺は羽子ちゃんを自宅に招待した。名目は『アカルちゃん、エヴァンジェリスト就任祝い』と『期末試験の勉強会』だ。

 でもぶっちゃけ名目なんてなんでも良かったんだ。羽子ちゃんを自宅--という名の俺の領域テリトリーに呼び寄せることが出来さえすれば、ね。





「こ、こんにちわ。お、お邪魔しますね……」

「ははっ、今日は誰も居ないから気にしないでいいよ」


 ふふふっ、今日は父親はゴルフ、母親はマヨちゃんとショッピング、朝日兄さんはデートで不在。すなわち二人っきりってことだ。

 何が起こるか分からないから、この完璧な状況を作ったわけだけど、調整にずいぶんと苦労したよ。


 私服姿の羽子ちゃんは、いつもの制服姿と違って可愛らしく見える。しかも【サモンGキス】のこともあって、妙に羽子ちゃんのことを意識してしまうんだ。

 だってさ、これから羽子ちゃんにキスしなきゃいけないんだよ? 意識するなってほうが無理だよね? ドキドキ……。

 意識してることを悟られないように注意しながら、とりあえず自室に案内する。


「へぇ……ここがアカルさんの部屋ですか」

「殺風景でしょ? あんまり物を置くタイプじゃないからさ〜。ささっ、ここにでも座ってね?」

「あ、はい」


 そう言いつつ、丸いテーブルの横の床に座布団を敷いて、そこに羽子ちゃんに座ってもらう。

 お茶のボトルを持ってきてコップも置くと、さぁ準備は万全だ。さりげなく羽子ちゃんの横に座って距離を近づける。


「え? えーっと、アカルさん?」

「あ、そうだ! 美味しいシュークリームがあるんだ、一緒に食べない?」

「ふぇっ⁉︎ は、はい……」


 そして事前に買っておいたシュークリームを羽子ちゃんに皿ごと渡す。


「じゃあ食べようかね? いただきまーす!」

「いただきます……って、そんなに見つめられると食べづらいんですけど?」

「……はっ、ごめんごめん」


 いかんいかん、思わず羽子ちゃんのことをガン見してたよ。


 はむはむ。羽子ちゃんが美味しそうにシュークリームを食べる。んー、なんかリスみたいで可愛らしいな。

 その様子を横目で確認していると、羽子ちゃんの頬に漏れたクリームがピッと付いた。


 来た。

 これこそ、俺が待ちわびていたチャンスだ。


「羽子ちゃん、クリームが頬についてるよ?」

「ふぇっ?」

「私がとってあげる。目を瞑って?」

「えっ? 目を、ですか?」

「いいから、早く」

「は、はい」


 こういうのは勢いが肝心だ。一気にそうまくし立てて羽子ちゃんの目を瞑らせることに成功する。

 俺は素早く羽子ちゃんの頬に手を添えると、その唇にそっとキスをしようと試みた。唇と唇が触れる寸前、羽子ちゃんの目が開かれて至近距離で目と目が合う。だけどもう止まらない。


「っ⁉︎」


 柔らかな感触が伝わってくる。不思議と羽子ちゃんの抵抗はなかった。ほんの少しの間、羽子ちゃんの唇の感触を楽しんだんだけど、すぐに気を取り直す。

 いかんいかん、今日の目的はキスこれじゃないんだ。俺はすぐに心の中でキーワードを唱える。えーっと、【アクセプト・ゲートウェイ】だっけ?



 次の瞬間、目の前の羽子ちゃんが眩しく光り輝きはじめた。思わず目を瞑る俺の前で、羽子ちゃんがビクンと反応する。

 やがて光が収まったとき、俺の目の前には見たこともない少女の姿があった。


「えーっと……あなたは、【G】?」

「ああ、そうだ。君とこうして面と向かって会うのは初めてだな」


 少しぎこちない笑顔を浮かべる【G】は、テレビ電話のときには付けていた仮面は無く、これまでお目にかかることのなかった素顔をさらしていた。

 初めてリアルで見る【G】は、少し鋭い目つきでありながら、意外にもこじんまりとして可愛らしい少女だった。外人風の見た目と白黒ストライプという派手な髪もあって、すごく目を引く。


「ちょ、ちょっと【G】! 外見まで変わるなんて聞いてないよっ⁉︎ そんな目立つ外見してたら一発で目立つだろっ⁉︎」

「大丈夫だ。基点となる君以外はこの姿を見ることが出来ない。他の者の目には、普通の明星あけほし 羽子はことして映ることだろう」

「そ、そうなんだ……」


 どうやらここでも摩訶不思議パワーは健在のようだ。

 それにしてもリアルで【G】とこうして面と向かうと、なんか緊張するな。しかも【G】ってば西洋的な顔立ちもあって結構可愛らしく見えるんだよねぇ。

 どうやら相手も少し緊張してるみたいで、居心地悪そうに身じろぎしたあと、目の前のコップのお茶を飲み干した。あーそれ、羽子ちゃんの飲みかけなんだけどな。


「私の持つ力の関係で、そう長い時間こちらに来れるわけではない。なので私は必要な時以外は出現しないつもりだ」

「も、もしこちらから呼びたいことがあったら?」

「アプリに【サモンG】ボタンを追加しておいた。それを押せば私は召喚されるだろう。だが、さっきも言った通り私はこの世界に長く留まることはできない。だから、用がない時以外はあまり呼ばないでくれ」

「あ、あぁ。分かったよ」



 こうして【G】は、ときどき羽子ちゃんの身体を乗っ取って姿を表すようになったんだ。だけど結局そのあとすぐに夏休みに入っちゃったから、こちらから主体的に【サモンG】するような事態は発生していない。にしても、ボタン一つで召喚って……。




 ◇◇◇




 夏休みの間、俺は改めて自分のことを整理してみた。


 まず俺は、今後どうしたいのか。

 今のところ、元の男に戻りたい気持ちはある。だけどそれと同じくらい、今の生活が楽しい。

 だから俺はとりあえず「棚上げ」することにした。なにせ情報が足りなすぎる。どちらを選ぶにしても、全部のミッションをクリアして情報が揃ったあとに判断しようと決めたのだ。


 だから、今のこの身体であまり派手なことはしないでおこうと決めた。

 だってさ、もし俺がもとに戻ることになるとしたら、この身体を本物のアカルちゃんに返さなきゃいけなくなるよね? そのときにあんまり俺がやり過ぎてたら、アカルちゃんがついていけなくなるかもしれないって思っちゃったんだよねぇ。

 ……とはいえ、現時点で既に手遅れな気もしないでもないんだけどさ。まぁ今後は気をつけるということで。

 だけどその分、「女の子」としての人生を楽しんでみようかなと思い始めたんだ。せっかく女の子になれたわけだしね。可愛らしい格好とかにも興味出てきたし。むふふっ。


 とはいえ、最後のミッションはどうよ? いきなり恋をしろって言われても、ねぇ? どうすりゃいいか分かんないよ。

 一応【G】に「相手は男でも女でも良いの?」って聞いてみたんだけど、「特に制限は無い。全力を尽くしてくれ」って言われたんだ。……これって完全に投げだしてるよね。


 ぶっちゃけこの身体になってから、異性オトコはさることながら同性オンナにも恋愛感情的な意味で興味を持ったことはない。可愛いなーとかは何度も思ってるんだけどね。原因は、自分のことで精一杯だったからなのか、はたまた女の子の身体に入っちゃった弊害とか?


 だからこの件については、とりあえずいろいろ実験してみることにした。たとえばデートとかすればポイント上がるんじゃね? とか。

 でもさ、そもそも恋って全力を尽くしてするもんなんかねぇ……。


 ついでにいうと、俺自身のことについての調査も何一つ進んでいない。なにせ「九州の一地方」に住んでいたことがわかっただけで、それが具体的にどこなのかが分からないのだから。

 風景は分かるけど住所が分からない。そんなもの探しようが無いだろ?



 そんなわけで、なんだかんだで家族や友達といろいろあった夏休みも終わり、今日から二学期。気がつくと俺は……アカルちゃんになって半年近くが経過していたんだ。


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