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53.最後のミッション

 摩利亞那マリアナ高校の制服に身を包んだ【G】は、俺の目から見ると、ものすごい違和感があった。

 だってさ、白と黒のストライプの髪型をした西洋風の顔立ちの少女が、うちの高校の制服を着てるんだよっ⁉︎ しかもさ、これまでテレビ電話でしか見たことの無かった【G】が目の前にいるわけよ? そんなん落ち着かないに決まっとるわっ!


「そうか、別に問題無いのならば良い。何かあったのならすぐ私に言うのだぞ?」

「……あ、あぁ、ありがとう【G】」


 こいつ、人の気も知らずに呑気なこと言いやがって……。

 俺は頭が痛くなるのを手で揉んでごまかしながら、なんとかそう返事を返したんだ。




 さて、そもそもなぜこの教室に【G】がいるのか。そして、こんなに奇抜な髪型をした【G】がなぜこうも普通に学校に居られるのか。

 ……実はこれには大きなからくりがある。


 といっても答えはシンプルだ。なんと【G】の今の姿は、俺以外の人には認識することが出来ないのだ。

  【G】曰く、他の人の目には羽子ちゃん・・・・・の姿に見えているとのこと。


 では一体なぜこのような事態になってしまったのか。話は今から二か月ほど前……俺がエヴァンジェリストになって二つのミッションを一気にクリアしてしまったときにまで遡る。




 ◇◇◇




 俺が第二、第三のミッションをクリアしてエヴァンジェリストになった当日。


 複雑な思いを胸に抱えたまま帰宅した俺は、さっさと夕食を食べて風呂に入ると、ベッドでゴロゴロしながら【G】からの通信を待っていた。しばらくすると携帯がブルブルと震えだし、久しぶりの【G】からのメッセージを受信する。

 彼女からの連絡を待ちわびていた俺は、電光石火の指さばきでメール画面を開く。すると、メッセージは表示されずにすぐにテレビ電話機能が立ち上がった。続けて画面に映し出されたのは、相変わらず仮面を被ったままの白黒ストライプの髪を持つ少女、【G】だ。


『無事に二つのミッションをクリアしたようだな、おめでとう』

「おいおい、それどころじゃないって!なんだかわけわからないうちに俺、エヴァンジェリストとかいうとんでもないもんになっちまったんだけどっ!」


 挨拶もそこそこに早口でそう言うと、【G】は鼻でフッと笑った。


『……それも含めておめでとう』

「なに鼻で笑ってんのさっ⁉︎ 他人事だと思って……あっ、もしかしてお前らが俺のことをハメた? お前らのせいでエヴァンジェリストなんかにさせられちまったんじゃないのっ⁉︎」

『いや、そんなことはしてない。そもそも我々にそんな影響力を及ぼす力はない。こうなったのは全て……君の力だ』

「はぁ⁉︎ 俺の力だぁ⁉︎ こんな力いらないんですけどっ⁉︎」

『羨ましいくらいだよ。私には人望が無かったからな』


 意外なほど落ち着いた【G】の反応に、俺はようやく我を取り戻す。そ、そうだよな。【G】にそんな力があるわけないよな。それに、ここで理不尽に【G】に当たり散らしたところでなにんも変わらないしね。


「……ごめん【G】、取り乱しちゃったみたいだ」

『構わないさ。それよりも君に今後の話をさせてもらっても良いか?』


 そうだそうだ! そんなことよりも、ミッションクリアの報酬と残りのミッションの確認だよ!  早く記憶を取り戻して、こんな状況からさっさと逃げ出したいんだけどっ。


『今回君は二つのミッションをクリアした。それに伴う報酬を与えたいと思う。まずは……約束していた記憶の解放だ』


 おおっ、きたきた! 待ってましたよ記憶の解放!

 歓喜あらわな俺に構わず、画面の向こうの【G】がすっと手を前に出す。


 次の瞬間、俺の頭の中に……なにかが洪水のように溢れてきた。


「うわわっ⁉︎」


 俺の脳裏に蘇ってきた記憶。それはいくつかの原風景とも言えるような光景だった。

 少し寂れた田舎の町。

 おそらくは俺の自宅だろう部屋。その部屋にはパソコンが置かれている。

 さらには……顔の見えない友人らしき人物の姿。おそらくは男性か? 顔にモヤがかかっているようでハッキリと識別できない。俺は彼となにやら親しげに話していた。


 そして最後に現れたのは、俺が車に轢かれる寸前の光景。どうやら俺は車に轢かれそうになった誰かを助けるために、車の前に飛び出したようだった。

 突き飛ばすために伸ばした右の手、その手の先にいるのは……女の子? その彼女の顔は--間違いない、アカルちゃんだった。



『……記憶は取り戻せたか?』

「っ⁉︎」


 完全に記憶の世界に飛んでいた俺は、【G】の言葉で一気に現実に引き戻された。同時に、いろいろなことを思い出していく。


 最初に見た原風景、あれは間違いなく俺が男だった頃に住んでいた場所の記憶だ。しかもある程度の地名なんかも大まかに思い出していた。俺がかつて住んでいたのは……九州のとある地方だったのだ。


 そして最後の記憶は、俺の最期の瞬間の記憶。

 どうやら俺はアカルちゃんを助けるために死んだらしいのだ。車に轢かれて転生なんて、どんだけテンプレなんだか。


 ……でもさ、助けたはずのアカルちゃんの身体に入ってるのはなんでなんだ? 普通のテンプレなら、そこで俺は異世界とかに転生するんじゃないの?

 それに、九州の一地方に住んでいたはずの俺が、なぜアカルちゃんが居るこの地にいたのか。ここは関東、しかも目的なしに来るような場所では無い。


 ということは、俺は……もしかしてこの辺に住んでいた? 九州の記憶は過去の記憶? だけど記憶にあるパソコンはけっこう新しいものだった。



 矛盾した記憶、追えない自分の足取り。

 俺は一体……なにものだったんだ? 俺は一体なにをしていたんだ?

 記憶を取り戻したはずなのに、分からないことが増えていく一方だ。どうすりゃいいんだ、これ?


「……なぁ【G】、あんたは俺の過去について知ってるのか?」

『……少しは知っている。だが禁則事項に触れるから、私から話せることは無い』

「ですよねー」


 まぁ予想通りの答えだ。さすが【G】、ブレない。

 とにかく、記憶については現時点ではこれ以上出来ることはないから、とりあえず棚上げすることにして……次は今後の話だな。


「んで、俺はこれからどうしたら良いんだ? さんざん脅された【魔王】とやらの接触は無いしさ」

『いや、接触はあった』

「へっ?」


 完全に予想外の【G】の言葉に思わず声が漏れてしまう。【魔王】の接触があった? いつの間に?


『正確には、お前の通う学園において、【魔王】と呼ぶ存在の反応が確認された。おそらく相手は、自在に人の身体の中を渡り歩く能力を持ってる』

「げっ、マジか」


 なにその怖い能力。もしかして俺の知り合いの誰かが【魔王】に乗っ取られたりしているのだろうか。


「そ、そもそもそいつ--【魔王】の目的はなんなのさ?」

『それは……言えない』

「前もそうやってはぐらかされたけどさ、【あんた】は【魔王】がうちの学校に出現するって予測していたよね? 」


 そう。【G】は相変わらず返事を返さないけど、こいつは【魔王】がうちの学校に来るってことを確信していた。ってことはつまり、この学校に【魔王】が求める何かがあり、そのことを【G】が知ってたってことになる。

 うちの学校において発生している摩訶不思議な超常現象、それは俺が知る限りたった一つしかない。すなわち--この俺の存在だ。


『……』


 淡々と語る俺の推理にも、返ってきたのはやはり沈黙。だが俺は構わず話を続ける。


「つまり、こう推測される。【魔王】の目的は、この俺そのものにあるんじゃないかってね」


 これは確認ではなくて、確信。

 俺はもはや理解していたんだ。おそらく【魔王】という存在がこっちの世界に来た理由は……この俺にあるんだってことをね。

 ただ、分からないのはその目的。なにせ【魔王】は俺に接触してくる気配すらないのだ。まるで傍観するように、観察するように、距離を置いて様子を伺っているように見える。そんなことに何の意味があるんだ?


「なぁ【G】、本当は分かってるんだろう? 【魔王】は何をしようとしているんだ? 俺はいったい、お前たちにとっての何なんだ?」


 チープな理由ならば、いろいろなことが安易に想像できる。たとえば俺は異世界の勇者なんだけど、現世に召喚されて覚醒するのを見守ってるとか? あるいは俺はいずれ異世界に転生される予定で、そのときまで監視されているとか。

 ……だけど、これらはすべて妄想でしかなく、しかもたぶん全部ハズレだ。


 なんとなくだけど、これまでのことから分かることはある。彼らはおそらく……俺のことを見守って・・・・いる。もしくは俺を観察することそのもの・・・・が彼らの目的なのかもしれない。


 ゆえに、確認するように【G】に問いかけたんだけど……答えはやっぱり予想通りのものだったんだ。


『……その問いには、答えることができない』

「なぜなら、禁則事項に触れるってか?」

『……すまない』

「いいよ、分かってたことだからね」


 本当はキレたい気持ちでいっぱいだ。俺はお前らのモルモットじゃねー! ってね。だけどそうしなかったのは、【G】が俺のことを本当に気にかけていることが分かるからだ。

 こいつはぶっきらぼうではあるけれど、こいつなりに、こいつに出来る範囲で、全力で俺をサポートしようとしてくれている。そのことだけはハッキリと伝わるんだ。


 だからさっさと気分を切り替えて、先を目指すことにした。後ろばかり振り返ってたら、いつまでたっても前に進めないからね。


「まぁいいや。それで、俺はこれからどうすればいい?」

『……これまでと何も変わらない。ミッションのクリアを目指してもらうだけだ』


 ってことだよな。

 なにせもうゴールは見えてきてるんだ。ここで【G】を困らせるよりも、ここまで来たなら一気にゴールを目指させて貰おう。

 もし【G】に最終的な確認をするのであれば、俺に出来ることを全部やった上でだ。すべての欠けたピースを揃えたところでこそ、交渉は現実味を帯びるからね。


『そういうことで、最後のミッションについて君に伝えよう。併せて第四のミッションについてもボーナスポイントを設けさせてもらう』


 そしてついに、【G】から最後のミッションが告げられたんだ。


『では君に第五ミッションの内容を伝える。最後のミッション、それは……【恋をすること】だ』

「………………はぁ?」


 完全に予想の斜め上をいくミッションを告げられ、俺の口の奥から思わず間抜けな声が漏れ出た。


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