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【番外編】日野宮まよいの宝物

 

「日野宮さん! あなたに一目惚れしました! 僕と付き合ってください!」


 突如校舎裏に呼び出されて告げられたのは、やはり愛の告白だった。予想していたとはいえ、また断らなきゃならないと思うとすごく気が重い。

 でもハッキリと告白されたからには返事しないわけにはいかないから、しぶしぶお断りの言葉を口にしたんだり


「ごめんなさい……マヨはね、いま誰とも付き合う気がないんだ」

「そ、そっか。ゴメンね日野宮さん、じゃあせめて友達でお願いします……」

「あ、それならいいよ〜」


 そう言うと、名前もよく知らない男の子はない泣き笑いみたいな顔をしてそのまま駆け出していったんだ。


 あーあ、これで今月三人目だよ。なんだか断るのも疲れるんだよねぇ、精神的に。





 マヨのなまえは日野宮まよい。14歳の中学二年生。

 自分では、どこにでもいるごく普通の女の子だと思っている。なにせすぐ身近に凄い人がいるから、自分の存在なんてちっぽけに感じちゃうんだ。

 だけどそうは見てくれない人も多い。まぁ嫌われるよりも好かれる方が良いに決まってるんだけどさ。



「おーい、マヨちゃーん!」

「まよりーん!」


 トボトボと呼び出された校舎裏から戻ろうとしていたら、さっそく親友のエミちゃんとリンコちゃんに捕まってしまった。二人とも、ぜったい影でこそこそと見てたなぁ。


「マヨちゃん、また告白されたんでしょ⁉︎ すごいねー!」

「う、うん。でも断っちゃったけどね〜」

「えー、もったいなーい!いいなぁーマヨちゃんは、あたし三組の田中くん憧れてたんだよねぇ」


 むー、全然すごくないのに。できれば代わってほしいんだけどな〜。

 でもそれを言うとリンコちゃんが拗ねちゃうのが分かっていたので、マヨは苦笑いを浮かべて誤魔化すことにした。それにしてもさっきの彼、田中くんって言うんだ。いま初めて名前を知ったよ。


「さーて、それじゃあ告白タイムも終わったことだし、マヨちゃん一緒に帰ろっか」

「あ、ごめんエミちゃん。今日マヨは待ち合わせがあるんだ」

「待ち合わせ?」

「う、うん。実は……」


 なんて会話をしかけたとき、マヨたちの横を数人の男子生徒たちが、すごい勢いで追い越していった。口々に「なんかすっげぇ美人が校門のところにいるらしいぜ!」「見た見た! あれマリアナ高校の先輩だろ? 誰かに用があって来たのかな?」などと口走ってる。


 --あ〜あ、やっぱり来ちゃったんだ。だからどこかで待っててって言ったのに。


 やがて校門にたどり着くと、そこには……摩利亞那マリアナ高校の制服に身を包んだ一人の女性が、たくさんの生徒たちから注目を浴びながら超然と立ってたんだ。あ〜やっぱりアカルおねーちゃんだ。


「おねーちゃん!」

「あ、マヨちゃん!」


 エミちゃんとリンコちゃんが目をまん丸としながらお姉ちゃんを見つめる中、マヨはアカルお姉ちゃんに手を振った。


「お姉様だ……」

「アカルお姉様、ステキ……」


 エミちゃんとリンコちゃんが夢見心地でおねえちゃんを見つめながらそう口にする気持ちも良くわかる。


 だっておねえちゃんは、マヨの一番の自慢なのだから。




 ◇◇◇




 マヨにはお兄ちゃんとお姉ちゃんがいる。六つ上の朝日あさひお兄ちゃんと、三つ上のあかるお姉ちゃんだ。

 特にアカルお姉ちゃんとは同性であり歳も近いことからすごく仲が良い。最近は一緒にストレッチしたりトレーニングしたりもしてるしね! おかげで近頃すごくスタイルが良くなった気がするんだけど……気のせいかな?


 そんなアカルおねえちゃんだけど、実はものすごい人だったりする。才色兼備っていうのはおねえちゃんのことを指すんじゃないかってくらい、たくさんのものを天から与えられた人なのだ。

 まず、おねえちゃんは相当な美人だ。妹のマヨから見ても自慢できるくらいすごい美人なのに、ぜんぜん偉ぶったところがなくてすごく優しい。だから、学校でもすごい人気者みたいなんだ。

 この前なんか二十年ぶりだかの【摩利亞那伝道師エヴァンジェリスト】に選ばれてたしね。


 実はマヨ、そのことぜんぜん知らなかったんだよ?だけど、エミちゃんたちに教えられて初めて知っんだ。だっておねーちゃんってば家ではそんな話ぜんぜんしないんだもん!

 そのことをほっぺを膨らませながら詰問したら、「だって別に言うようなことでもないかなーって思ってさ」だって! おねーちゃんにとってはどうでもいいことなんだよ、すごいよねー。


 でもそれ以来、エミちゃんたちはおねーちゃんのことを「お姉様」って呼ぶようになっちゃったんだ。気持ちは分かるけど、おねえちゃんはマヨのおねーちゃんなんだからねっ!





 そんな自慢のおねえちゃんと二人で出かけるのは久しぶりだった。なにせ最近のおねえちゃんはすごく忙しそうなのだ。人気者なんだから仕方ないよね。

 でも今日、校門まで迎えに来てくれたのはちょっぴり嬉しかったな。なんだか「マヨのおねえちゃんはこんなに美人なんだよ!」って自慢できたみたいだからさっ! にゃははっ。


「さってっと、今日は張り切って父さんの誕生日プレゼント選ばないとね! じゃないと父さん泣いちゃうかも」

「あははっ、そしたらマヨがお父さんのことナデナデしてあげるよ」

「父さんは犬かよっ!」


 そんな冗談を飛ばしながら駅に向かっていると、摩利亞那マリアナ高校の制服を着た生徒たちと何人かすれ違ったりした。その人たちはお姉ちゃんを見て頭を下げたり手を振ったりしてきて、そのたびにおねえちゃんはにっこりと笑ったり手を振り返したりしてたんだ。

 えへへ、やっぱりおねえちゃんは人気者だよね。


「やっほー、アカルちゃん! うわっ、もしかして中学生までたらしちゃったの?」

「こら、いおりん! 縁起でもないこと言わないの! この子は私の妹だよ」


 突如声をかけられたと思ったら、まるで女の子みたいな可愛らしい顔をした男子生徒がいたんだ。いおりんさん……すごくおねえちゃんと親しげだなぁ。お友達かな?

 いおりんさんは、イケメンというより美少年って感じのひとだ。おねえちゃんと並ぶと、まるで周りにキラキラとお星様が飛び交ってるって錯覚しちゃうくらい、二人とも綺麗だったんだ。だから思わずマヨは一歩引いて、おねえちゃんの後ろに隠れちゃった。


「へぇー、アカルちゃんの妹かぁ、すごく可愛いね! こんにちわ、ボクはうしお 伊織いおりだよ」

「は、はじめましてっ! 日野宮まよいですっ!」


 うしお 伊織いおり……リンコちゃんから聞いたことある、たしかイケメンとしてすごく有名な四人組の一人だ!

 どうりでこんなに美少年なわけだ、これだったら可愛い系男子が好きなリンコちゃんが騒ぐのも分かるなぁ。

 それにしてもおねえちゃん、こんなすごい人とも友達だったんだなぁ。さっすがおねえちゃん!


「マヨイちゃんか、良い名前だね! さすがにアカルちゃんの妹だけあってポテンシャルが高いなぁ、食指を唆るよねぇ」

「ちょっといおりん、中学生にお化粧なんて教えないでよね? まだ早いんだから」

「ははっ、分かってるよ。それじゃあお邪魔しちゃ悪いからボクは帰るよ、マヨイちゃんまたね!」

「は、はいっ! またっ!」


 そう言うと、いおりんさんは爽やかな笑顔を残して立ち去って行ったんだ。

 うわー、笑顔もキラキラしてて素敵だなぁ。リンコちゃんがお姫様みたいって言ってた意味がわかる気がするよ。




 ◇◇◇




 二人で電車に揺られて、数駅離れたところにあるデパートに向かう。

 お姉ちゃんと一緒にいるだけで、ものすごく周りから注目されてるのがわかる。実際、電車の中でもマヨたちは注目の的だった。

 マヨは思わず緊張しちゃったんだけど、お姉ちゃんはまるで気にした様子も見せず、マヨとくだらないことをおしゃべりしてたんだ。

 んー、これだけと視線を浴びても動じないなんて、やっぱりおねえちゃんは大物だよねっ!





 ……こんなにも人気者で綺麗で素敵なアカルお姉ちゃん。だけど、実はこうなったのはここ最近の話なんだ。

 少し前、高校一年の頃までのおねえちゃんは、まるで別人みたいに大人しかった。


 それまでのお姉ちゃんは、決して冷たくはないんだけど、どうにもつかみどころのない感じだった。まるで家族なのに他人みたいな、そんな距離感を保ちながらマヨたちと接している。

 お姉ちゃんから何か話しかけてくることはほとんどないけど、話しかけたら必要なことは返してくれる。決して嫌いとかじゃないんだけど、あと一歩を踏み込ませない。

 それはまるで『マヨのお姉ちゃん』という役割を演じているように、マヨには感じられたんだ。


 それが、二年生になったときから大きく変わった。春休みにしばらく引きこもってたかと思うと、あるとき突然髪型を今風に切り揃えて、制服のスカートのすそを上げたりした。

 そして……ある日を境にいまみたいな性格に劇的に変わったんだ。


 お姉ちゃんは何にも言わないけど、たぶん大きくイメチェンするきっかけとなる出来事が何かあったんだと思う。そのことについておねえちゃんは一言も話してくれない。

 でも結果として……生まれ変わったお姉ちゃんは、これまでがウソみたいに生き生きとし始めたんだ。


 おねえちゃんの突然の変化に、最初はマヨもすごく戸惑った。どうしてこんなに変わっちゃったのか疑問に思ったりもした。だけどそのうち……気にしなくなっていったんだ。

 だってさ、お姉ちゃんの過去に何があったかなんてことを気にしても、なんの意味もないからね。

 なによりマヨは、いまのお姉ちゃんのことが大好きなんだから。それで十分。




 ◇◇◇




 結局お父さんの誕生日プレゼントはネクタイにしたんだ。ちなみに柄は二人で選んで、隠れキャラみたいに可愛いイラストがさりげなく模様として入ったやつにした。ちょっとしたいたずら心ってやつだね。むふふ、お父さん気づくかなぁ?


 無事に買物が済むと、おねえちゃんはマヨを可愛らしい雑貨がたくさん置いてあるファンシーショップに連れて行ってくれた。


「ねーねーマヨちゃん、このコスメポーチ可愛くない?」

「ん? あ、可愛いねぇ!」


 そう言っておねえちゃんが見せてくれたのは、可愛いネコの柄の入った素敵なコスメポーチだった。でもマヨはお化粧まだしてないから、こういうの使わないんだよね〜。


「そっか、じゃあこれマヨちゃんに買ってあげるよ」

「えっ? どうして?」

「んー。ほら、マヨちゃんもいつかメイクとかするときあるでしょ? そのときのために、先に買ってあげようと思ってね」


 そう言うとおねえちゃんは、マヨにこのコスメポーチを買ってくれたんだ。


「ほ、本当にいいの?」

「うん、もちろん! そのかわり、マヨちゃんも高校生になったらメイクを覚えてうーんと可愛くなってね?」

「あははっ、おねえちゃんみたいに綺麗になれるかなぁ?」

「絶対なれるよ! だってマヨちゃんってばすごく可愛いんだもん!」


 おねえちゃんにそう言われて、マヨは思わず顔が赤くなっちゃった。だってさ、すごく綺麗なおねえちゃんに真正面からそんなこと言われたら、誰だって照れるよね?



 いつか……マヨがもう少し大人になったら、おねえちゃんにメイクを教えてもらおうかな。

 そのときまで、今日買ってもらったコスメポーチは、マヨの宝物として大事にとっておこう。



 そのときにはぜったい、おねーちゃんみたいに綺麗系な女の子になってやるんだからっ!

これにて間章はおしまいとなります!


次から第4章を開始いたします!

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