【番外編】日焼け止めとモリと正拳突き
さて、いよいよ全員揃ったところで海に向かうとするかね。もうオラワクワクが止まらねぇんだよ! 眩しい太陽が、俺を待っている……。
「ちょっと待ってください、あかるさん。もしかして日焼け止め塗らないで行くつもりですか?」
「へっ? 羽子ちゃん、日焼け止め?」
んー、その概念は無かったなぁ。そもそも夏なんて、焼いてなんぼみたいなもんじゃないの?
「ちょっとあかるちゃん、何言ってるの? せっかくそんなに綺麗な肌してるのに、焼いたら傷んじゃうよ」
おやおや、ヌイちゃんにも怒られちゃったよ。どうやら常識外れは俺の方だったらしい。レノンやヒメキ先輩ですら用意していた日焼け止めを取り出している。あ、レノンのあれはサンオイルだな。焼く気満々じゃん。
「もしかしてあかるさん、持ってきてないんですか?」
「いや、まぁ、あはは……」
「んもう、仕方ないですねぇ」
そう言うと羽子ちゃんは、手に日焼け止めクリームを塗って俺の背中に塗ってくれた。うほっ! これは今まで味わったことのない感触ですぞぃ! なんというか、ゾワゾワする……うひぃ!
「は、羽子ちゃん、く、くすぐった……ひゃん!」
「我慢してください。ちゃんと塗らないとムラになっちゃいますからね」
「ふほほっ、むっはーっ!」
そうして羽子ちゃんに塗りたくられたあと、俺は全身の力が抜けてその場にへたり込んでしまった。恐るべし、羽子ちゃんのテクニック!
「はぁ、はぁ、すごかった……じゃあ今度は私が塗る番だね」
「ふぇっ⁉︎」
そう、ここまで羽子ちゃんにやられっぱなしだったけど、今度はこっちのターンだ。俺は手に日焼け止めクリームを塗ると、羽子ちゃんにジリジリとにじみ寄る。
「さぁ羽子ちゃん、今度は私にお任せあれ!」
「あ、あかるさん、目が怖いです……」
「気のせいよ、羽子ちゃん。さぁ、いくぞぉ!」
「きゃーっ‼︎」
逃げようとする羽子ちゃんを無理やり捕まえると、その背に無理やりクリームを塗りつける! くすぐったいのか、身悶えする羽子ちゃんのなんと艶かしいことか。
「ぐへへ、どうじゃ? 気持ち良いか?」
「やっ、やめてあかるさん! いやぁん!」
「ここか? ここが良いのか?」
「あぁ、もうダメです……わたし、おかしくなっちゃう……」
「ちょっと二人とも! いい加減になさいよ⁉︎」
あかん、羽子ちゃんと戯れてたらヌイちゃんに怒られてしまった。落ち着きを取り戻して羽子ちゃんを確認すると、ハァハァと肩で息をしながらその場にへたり込んでるし。
「あ、ごめん羽子ちゃん。やりすぎた、かな?」
「はぁ……はぁ……あかるさん、はげしすぎ……です」
顔を上気させたまま誤解を招く発言をする羽子ちゃん。いやいや、なんかちょっとシチュエーション違うから!
「それじゃああかるちゃん、今度はあたしの背中に日焼け止め塗ってくれる?」
「えっ? ヌイちゃん?」
あれれ? 止めたと思ったらヌイちゃんまで塗って欲しいの? そりゃもちろん大歓迎さ!
「にゃー⁉︎ だったらレノもあかるにゃんにサンオイル塗ってほしいにゃ!」
「こらまて、ヒメが先だろう? なんならレノン、ヒメが塗ってやろうか? 」
「ヒメ姉は激しいからイヤにゃん!」
「……仕方ないな。では日野宮あかる、ヒメたちにも塗ってくれないか」
な、なんというハーレムなシチュエーション!
これは夢か? まさか全員から背中に塗ってと頼まれるとは思ってもいなかったよ。
こうして俺は、四人の乙女たちの柔肌を存分に堪能することができたのだった。背中限定だけどね。
……あぁ、マジで海に来てよかったぁ!
◇◇◇
全員の日焼け止め(一人だけサンオイル)を塗り終わった俺たちは、いよいよ海に行くこととなった。
よーし、今度こそ行くぞっ!
準備を整えた俺が海の家から飛び出していこうとすると、その腕をガシッと羽子ちゃんに掴まれてしまった。
ん? 今度は何だ? まだ塗り足りないもんでもあるのか?
「あのー、あかるさん。もしかしてその格好で行こうとしてます?」
「ん? 何か良くない?」
俺は羽子ちゃんの問いかけに戸惑ってしまう。いったい今の格好のどこがいけないのだろうか。もしかして頭にかぶった水中メガネがいけてない? それとも腰に装備した浮き輪がダメ?
「その……手に持ってるのは何ですか?」
「なにって……モリだけど?」
「モリはわかります。それでなにをするつもりですか?」
「なにって、魚を突くつもりだけど?」
他にモリの用途なんて無いよね? それとも羽子ちゃんはモリを使って踊りでも踊るのだろうか。
「あのー、あかるさん?」
「ん?」
「普通、海水浴場にモリなんて持ってきませんよ?」
ええっ⁉︎ そうなのっ⁉︎
驚いて他のメンバーの顔を見ると、三人ともまるで汚物でも見るような目で俺のことを見ている。
えっ? もしかして俺、なんかやらかしちまった?
「えーっと、私なんかまずかったかな?」
「なにかというか、全部まずいです。とりあえずモリは置いていってください」
「えー、ダメなの?」
「絶対ダメです。置いていってください」
マジでダメなん? だってさ、砂浜だったらもしかしたらカレイとかいるかもしれないよ? ブスってモリで突いて、とったどー、が出来るかもしれないんだよ?
だけど羽子ちゃんからは「メッ‼︎」と強い口調で怒られたから、仕方なくモリは断念することにした。んー、残念。
そしたらレノンとヒメキの姉妹がボソボソとこんなことを呟いてたんだ。
「ヒメ姉、あかるにゃんはどうやら常識を持ち合わせてない残念な子だったみたいにゃん」
「そうだな。まさか冗談ではなく本気でモリを持ってくるとはな……さすがのヒメにもかける言葉が見つからないぞ」
げっ。非常識姉妹にそんなこと言われたら、なんか俺が本当に非常識人物みたいじゃないか。
救いを求めてヌイちゃんのほうに視線を向けると、サッと目を逸らされたんだ。
……しくしく。
◇◇◇
さて、今度こそ準備が整ったので全員で出発だっ!
「ねぇねぇ、その前に記念撮影しない? Handbookに載せたいんだー」
「あ、それいいにゃっ! だったらレノも配信用の動画撮りたいにゃ!」
「……別に変な写真じゃなければ構わないぞ。なぁ日野宮あかる?」
「あ、うん。羽子ちゃんは大丈夫?」
「わ、わたしも記念に撮りたいです……」
てなわけで、せっかくなので記念撮影 (動画も含む)をすることになったんだ。
女性従業員に頼んで撮ってもらう。準備している横では、レノンが「はーい! 今回のれのにゃんのにゃんにゃんレボリューションは、海からの中継にゃん♪」などと言いながら自撮りしている。あいつも器用なやつだな。
「はい、では撮りますよー。ハイ、チーズ」
こうして撮影された写真や動画は、このあと布衣ちゃんのHandbookやレノンの動画配信によって広まっていき……大きな騒動を起こすことになるんだけど、このときの俺はそんな考えに思い至らなかった。
ただ純粋に「やった! 美少女の水着写真ゲットだぜ!」って素直に喜んでただけなんだ。
「うーみーーっ!」
灼熱の太陽、燃えるように熱い砂浜、目の前に広がる青い海、そして……水着姿の美少女たち。自然と上がっていく俺のテンション。
もう、たまらんねーっ!さいっこーですわ!
たぶん俺は夏男なんだろう。もうね、こんなシチュエーションを目の前にしたらアゲアゲモードですよ。
「あははっ、普段はクールなあかるちゃんがこんなにハイテンションになるなんて面白ーい」
「ふふっ。布衣ちゃんそれはね、君みたいな美少女と一緒に海に来たからだよ」
「いやーん、あたしあかるちゃんに口説かれてる?」
「あかるさん、少しは自重してください……」
「あ、はい。すぃません……」
いかんいかん、調子に乗りすぎて羽子ちゃんに怒られちゃったよ。
そんなわけで海辺に出てきた俺たちは、明らかに周りからの注目の的だった。
先陣を切って歩くのは姫妃、礼音の星乃木姉妹。堂々と歩く姉に、にゃんにゃんポーズをしながら周りにアピールしまくる妹は実に対照的だ。
そのあとを歩くは左右に布衣ちゃんと羽子ちゃんをはべらした自分だっ!
くくく、他の海水浴客は俺たちに釘付けだな。
おいおい、そこのカップルの彼氏さんよ。自分の彼女をほっといてこっちに見惚れて大丈夫なのか? 嫌われても知らないぞー。
「ヒューヒュー! そこの彼女たち! 超カワイイねっ!」
「良かったらおにいさんたちと遊ばない?」
「うわ、こんな可愛い子初めて見たよ! よかったらそこで一緒にかき氷でも食べないか?」
おっとっと、調子に乗ってたら……案の定湧いてきましたよ、害虫たちが。
今回声をかけてきたのは大学生らしき三人組のヤローどもだ。金髪や銀髪にしていかにもチャラそうなやつらである。
怯えた羽子ちゃんが俺の腕にぎゅっとしがみついてくる。腕にダイレクトに伝わってくる柔らかい感触。ウホッ⁉︎ ダイレクトタッチこれすごいなオイ!
そうやって俺が幸せな感触を味わっている間にも、三人のナンパヤローどもはそれぞれヒメキ先輩、レノン、そして布衣ちゃんの前に立って口説き始めた。
「君、黒髪に大胆な水着、とってもセクシーだね?」
「……ふん、貴様などに見せるなど勿体無いものだ」
ヒメキ先輩の鋭い視線でギロリと睨みつけられ、少し怯む金髪スケベヤロー。
「あれ、君どこかで見たことあるね? もしかして動画配信してる子?」
「にゃ? レノのこと知ってるにゃん?」
うわ、こっちは銀髪のイケメンに籠絡されかかってるよ。
「君、かわいいねー! もしかしてアイドルかなにか?」
「すいません、あたしは大切な友達と遊びに来てるんです。だから男の人には興味無いです」
こちらも金髪の男に口説かれ、キッパリと断る布衣ちゃん。イケメン好きな彼女だけど、友達との時間は大切にしてくれてるんだと思うと胸が熱くなる。でも、チラリとこちらを見る布衣ちゃんの目線に熱がこもってるように感じるのは気のせい?
「まぁまぁそう言わずに、一緒に遊ぼうぜ?」
「嫌です。あたしはあかるちゃんと一緒にいたいの!」
そうこうしているうちに、目の前の金髪ヤローが嫌がる布衣ちゃんの腕を引っ張りだした。その様子を見た瞬間、俺の頭の中でなにかがプツンと切れた。
--おいコラ、テメー。なに調子こいて俺の大事な美少女ちゃんを困らせてやがるんだ?
この俺の大事なもんに手を出そうとして、タダで済むと思うなよ?
俺が目を座らせて渾身のハイキックを金髪クソヤローにぶちかましてやろうかと思った、そのとき。
バキッ! 「ぐえっ⁉︎」
という嫌な音とともに、イケメンの一人が吹っ飛んでいった。
驚いて視線を向けると、そこには……正拳突きのポーズで右手を前に突き出し、仁王のように立つ星乃木 姫妃の姿があったんだ。
「ふん、無礼者め。ヒメの素肌に触れようなぞ千年早いわっ!」
なんとビックリ、俺が手を出すより前にヒメキ先輩がイケメンをぶっ飛ばしてたんだ。
しかも正拳突きを食らったナンパヤローは、五メートルくらい吹き飛ばされた先で白い泡を吹きながら悶絶してる。なんだよこの人、恐ろしい戦闘能力持ってるな。
「如何した? 貴様らもあやつと同様に海辺の蟹の如く白泡を吐いてみるか?」
「あ……うっ……」
「あわわ……」
手をポキポキ鳴らしながら近寄ってくるヒメキ先輩を前にして、ジリジリと逃げ腰になるナンパヤローたち。ニヤリと笑いながらにじみ寄るヒメキ先輩は、まるで拳王のようなオーラを放っていた。
このままではあいつら、ヤられてしまう⁉︎ そう思った矢先……。
「あっれー? あかるちゃん? それに羽子ちゃんも」
「あっ、ほんとだ。それに布衣もいるじゃん」
「んあ? おーほんとだ、しかも会長姉妹もいるぢゃねーか」
「ヒメキさん、こんなところでなにを……」
場違いのようにのんびりとした声をこちらにかけてきたのは、ここにいるはずのない人物たち……汐 伊織、火村 修司、冥林 美加得、天王寺 額賀のキングダムカルテットの四人組だったんだ。




