50.【アナザーサイト】星乃木 礼音の場合
レノの名前は、星乃木 礼音。摩利亞那高校の二年生にゃん。ネットの動画配信サイトでは『れの☆にゃん』って名前で活動してるにゃん。
……なーんて口調でネットやリアルでは話しているけど、これはあたしの仮の姿--仮面だ。
本当のあたしは違う。本当は……いや、そんなことは語るだけ無理・無駄・無益かもしれないなぁ。
あたし……星乃木 礼音は、星乃木 姫妃の年子の妹として生を受けた。だから、あたしの人生の一歩前には、常に姉が存在していた。
アイツは、完璧なやつだった。
成績優秀、頭脳明晰、品行方正、清廉潔白、そして誰もが振り向くような美貌。
本人曰く「身長以外は完璧」と言うくらい、凡人が欲しがる多くのものを持っている人だった。
だからあたしは、いつもアイツの陰に隠れる存在だったんだ。
「姫妃の妹」「できそこない」「姉に全部吸い取られたやつ」「生徒会長の妹」……etc。
家族、友人、先生、その他たくさんの人たちから、様々な言われ方をされた。
その中に、「礼音」が主語にあるものが無いことに気づくのにそう時間はかからなかった。あたしは……あくまで光り輝く存在のオマケでしかなかったのだ。
だからあたしは、気がつくとコンプレックスの塊となっていた。そんな自分に嫌気がさすのにそう時間はかからなかったんだ。
もうウンザリだ、そんなレッテル我慢できない!
あたしが根を上げ、ある意味ブチ切れたのは、高校一年のときだった。
◇◇◇
姉の陰に隠れるような存在だったあたしが、自分の居場所を見つけたのはその頃だ。
インターネット。それは無限に可能性が広がる未開の地だった。
そこであたしは『れのにゃん』という人格を作った。アイツと無関係でいれることが、何よりも大切だった。
初期のれのにゃんはそんなに特徴的ではなかった。せいぜいネコミミカチューシャをつけて、たまに「にゃん」とか「なり」とか口にするくらいだった。今思い返すと、初期はかなり迷走していたと思う。
それでも、動画を配信し始めた当初からそれなりの反応はあった。それだけであたしは、心のなかのコンプレックスが解きほぐれていくような感覚を得られたんだ。
こうしてささやかに自称ネットアイドルとして『レノン』という存在が出現しだしたのだが、大きくその在り方が変わるきっかけがあった。
それが……『恵里巣 啓介』との出会いだ。
最初にコンタクトを取ってきたのはエリスくんからだった。
「れのにゃんさんはすごいポテンシャルをお持ちですね! ぼくはプロデュース戦略を練るのが大好きなんです。ぜひ一緒にネット界で目立ちませんか?」
エリスはたしかにプロデュースの天才だった。一個下、当時まだ中三だった彼の出してくる案は、過激でありながら人の心をガッチリと掴んで離さないものだったのだ。
あたしはエリスの提案を受け入れ、さまざまなアピールを行うようにした。パンダメイクを取り入れたり、一人称を『レノ』にしたり、独自のファッションに磨きをかけたり……。
中でもお気に入りだったのは、レノのテーマを『革命』にしたことだ。現状を変えたいあたしにとってはピッタリのテーマだったんだ。
一つ一つのことを変えていくごとに、姉の呪縛から解放されていくようだった。あたしのなかにあるアイツのカケラが、派手なメイクと服装をしていると少しずつ消えていったんだ。
また、エリスは映像撮影も上手だった。エリスの編集する動画は、見違えるように面白おかしく仕上がっていった。
その結果、あたしたちの配信する動画は、日に日にアクセス数が増えていった。視聴者層も--それまでのオタク男性中心から、徐々に若い女の子が増えていった。
その頃は地味目な女子の間で動画配信がブームみたいになっていて、あたしのように動画配信をして変わろうとした女の子たちはたくさんいた。ジュリちゃんだってそうだ。
でも……その多くは途中で消えていった。
だけどあたしは違った。あたしに才能があったのか、エリスが凄かったのか、それは分からない。
だけど……気がつくとあたし--レノは、若い子たちのカリスマと呼ばれる存在の一人にまで昇格していったんだ。
◇◇◇
飛ぶ鳥を落とす勢いで、若者のカリスマの一人になったあたしは、たぶん調子に乗っていた。
いまなら自分は確実にアイツを上回ってる。生徒会長になってチヤホヤされているアイツよりも、あたしのほうが……上だ。
でもそんな浅はかな自信は、すぐに打ち砕かれることとなる。
そのときのあたしは、恋をしていた。
その相手は--天王寺 額賀。学年主席の頭脳やクールなルックスに、あたしはあっという間に恋に落ちた。
そして、ネット界での若者のカリスマとして自信過剰になっていたあたしは調子に乗って告白して……無残にも撃沈したんだ。
「すまない。君とは付き合えないんだ」
そう言って素気無くあたしを振った天王寺額賀。それだけでも十分ショックだったんだけど、このときのあたしは彼の言葉の意味が理解できていなかった。
君とは付き合えないってことは、他の人とは付き合えるという意味だということに気付いたのは、しばらくして--ある場面を目撃してしまったときだった。
ある日の放課後……あたしは偶然にも目にしてしまったのだ。生徒会メンバーとして会長である姉と仲よさげに会話する天王寺の姿を。
しかも彼が浮かべる笑顔は、あたしになんかに決して見せることのない、とっても柔らかな表情だった。
その表情を見た瞬間、いくら鈍感なあたしでもさすがに悟ったんだ。
天王寺は、姫妃に恋してるんだってね。
まだあたしは……姉の足元にも及ばない存在だってことを、このとき改めて思い知らされたんだ。
だからあたしは、覚悟を新たにした。
アイツを、姉である星乃木 姫妃を越えよう。
そのためにも、あたしを振った天王寺額賀を破って生徒会長になり、アイツが作り上げた秩序をぜーんぶぶち壊してやるんだってね。
そうして迎えたある日、あたしは天王寺 額賀を呼び出した。
姉に惚れて、アイツのために学校の秩序を守り、アイツのために生徒会長となってこの学校に尽くそうとしている天王寺。あたしは天王寺のことをボロボロにしてやらないと気が済まなかったのだ。
だからあたしは……彼に戦線布告したんだ。
「天王寺にゃん。レノは生徒会長選に立候補するにゃん」
「なっ……⁉︎」
最初その話をしたとき、彼はひどく驚いた顔をしていた。それまで彼の目には、あたしのことは『姫妃の妹』としか映ってなかっただろう。だけどそんな腐った認識、あたしがたった今から塗りつぶしてやる!
「そ、そうか。お互い頑張ろうな」
「レノが生徒会長になったあかつきには、絶対的な存在、他の並び立つものの無い存在となって、今の秩序を全部壊すにゃん」
「……なにっ⁉︎」
「星乃木 姫妃が作り上げてきた秩序は、このレノが全部ぶち壊してやるにゃん。だから……覚悟するにゃん!」
天王寺は一瞬だけ悲しそうな顔をしたあと、すぐに無表情に戻って口を開いた。
「そんなこと、許されると思うのか?」
「……許す許さないもないにゃん。レノがトップになれば誰にも反対はさせないにゃん」
「……そうか、わかった。だったは僕はそんな君に絶対に負けるわけにはいかない。全力で阻止してみせよう」
あたしはちっぽけだ。
だからこんな形でしか、彼の心に爪痕を残すことができない。
本当は違う。ただ……姫妃の妹としてじゃなくて、星乃木 礼音として見て欲しかっただけなのに……。
でも、いまさらあとには引けない。
ぜったいにやってやるんだ。
それが……あたしの本当の革命なんだから。
◇◇◇
生徒会長になって、この学校に革命を起こす。そのために、あたしたちはまずはエリスとジュリちゃんを仲間に引き入れた。
ジュリちゃんについては、エリスがネットで見つけてきたのが最初だった。ちょっと動画配信で炎上しかけてたから、あたしがアドバイスしてあげたんだ。
エリスはジュリちゃんのことを手駒みたいに考えてる節があるけど、あたしはジュリちゃんのことを自分の分身じゃないかと思っている。だって、それくらいあたしの境遇に似ていたから。
ラッキーにもある程度の知名度は出てきてはいたんだけど、一歩間違えばあたしもジュリちゃんのようになってた可能性は十分あった。だから、彼女のことを他人事のように思えなかったんだ。
こうして身内に引き入れたジュリちゃんは、エリスともども無事 摩利亞那高校に合格した。これで……あたしの革命のための必須条件は揃った。
加えて、エリスのアドバイスもあって、まずあたしたちは情報網を確保することにした。そこで引き入れたのが新聞部部長の我仁ちゃんだ。
我仁ちゃんはコロコロとして愛嬌のある子で、なにより流行りものが大好きだった。だからネットアイドル的なあたしについて来てくれるのはなんの支障もなかった。たぶん彼女は、面白いことが大好きなんだろう。あたしが面白いことをやっている限り付いて来てくれると思う。
さらにはあるトラブルを経て、渋谷っちと神田っちの二人を味方に引き込むことに成功した。そのトラブルをうまく活用して、一躍一年生の注目株になったエリスの手腕は、やはり大したものだと思う。
可愛くて大人しそうな顔の皮の奥に潜んでいるのは、どす黒く歪んだとんでもない策士の魂。
だけど、そんなの関係ない。あたしはどんな手を使ってでも、この学校の頂点に立つと決めたのだから。
◇◇◇
ある程度体制が整ってきたところでエリスから提案されたのは、決定的な味方を作ることだった。そのために渡された『味方に引き入れたいリスト』に載っていた人物は三人いた。
美華月 麗奈
海堂 布衣
そして……日野宮あかる。
その中でもレーナはすぐに除外した。
なにせ彼女は本物のアイドル、自分みたいなネットアイドルとは違う。それにあたしの目標は頂点に立つこと。だけどあたしがレーナの上に立つことは叶わないだろう。だから、彼女を味方に引き込むことだけは絶対にイヤだった。
次に、海堂 布衣を引き込むことも考えた。だけど彼女は、気づいたときにはすでに日野宮あかるにどっぷりと取り込まれていた。レーナとは別の理由で味方に引き込むのは困難だろう。
そうすると……おのずとターゲットは絞られて、あたしたちは日野宮あかるに狙いをつけることになったんだ。
日野宮あかる。
突如彗星のように現れた存在。
気がつくと、学校のすべての人たちが、彼女の一挙手一投足に注目していた。
最初はジュリちゃんを使って味方に引き込もうとした。
ジュリちゃんが偶然手に入れたツテを使って、日野宮あかるをメンターにさせたエリスの手腕はやっぱり凄かったんだけど、身内に取り込もうという点については上手くいかなかったんだ。
ジュリちゃん曰く、暖簾に腕押し状態だったらしい。
次に、あたしが直々に出向いて口説いたんだけど……やっぱりダメだった。
初めて間近で接した日野宮あかるは、凡人離れした凄まじいオーラを漂わせていた。こいつは格が違う、会った瞬間にそう思い知らされた。
彼女こそが生まれ持ってのスター……ヒロインだと思ったんだ。
そう思ったのはあたしだけではなかったみたいだ。
天才軍師のエリスでさえも、「日野宮あかるは″帝王″です。残念ながらレノンさんの下にはつかないでしょう。だから今は、無力化させることだけを考えましょうね」と言っていたくらいだから。それに関してはあたしも完全に同意だった。
そういう意味では日野宮あかるに今回「誰に票を入れるか誰にも言わない」と言質を取れただけでも良しとしよう。あんな怪物、そうそう相手にできないから。
◇◇◇
そうして迎えた選挙期間。講堂で実施した候補者演説ではかなり手応えを感じることができた。エリスプロデュースの演出で生徒たちを釘付けにして、革新的な公約で心を掴んだ……はずだった。
だけど天王寺はあたしたちを上回っていた。あたしたちが想像もしなかった秘策を打ってきた。
なんと彼は……日野宮あかるを利用したのだ。
彼が提示した公約「エヴァンジェリストの復活」、それは諸刃の剣だった。
なぜなら、エヴァンジェリストは生徒会と対をなす存在。すなわち同格の存在なのだ。場合によっては目の上のたんこぶなり、最悪は敵になる可能性すらあるだろう。
本来であれば天王寺も到底受け入れられない案だったはずだ。それを受け入れ、なおかつ公約にしてきたこと自体が相当な驚きだったんだけど……今ならわかる、彼は日野宮あかるのことを″信頼″してたんだってね。
天王寺が公約を発表した直後、エリスくんは「レノンさん、即座にこちらも同じ公約を打ち出すべきです!」と焦った顔で耳打ちしてきた。彼の言うことは分かる、あたしでは天王寺には勝てても日野宮あかるには勝てないと言っているのだ。
だけどあたしは、その提案をどうしても受け入れることができなかった。
なぜなはあたしは、頂点に立つと決めたのだから。
あたしは至高の存在でなければならない。そのためには、どんな理由であれ並び立つものがいてはいけないのだ。
だからあたしは……エヴァンジェリストだけは受け入れられなかった。
「仕方ありませんね」
エリスは悲しくそう口にすると、その案を捨てて必死に抵抗してくれた。
だけど……日野宮あかるは、その程度で対抗できるような甘い相手ではなかった。しかも秘密兵器だったミアカちゃんですら、既に日野宮あかるの虜であり、味方であったジュリちゃんすらも既にたらしこまれていた。
もはや、あたしたちに抵抗する術は無かった。
気がつくと彼女は--その圧倒的なまでの存在感で、生徒会選挙という一大イベントすらも自分の色に塗り替えてしまっていた。
そして最後に登場した……正真正銘ホンモノのアイドルである美華月 麗奈が、日野宮あかるのことをライバルとして認める発言をした。あたしのことを歯牙にもかけなかったあのレーナが、だ。
それだけじゃない、あたしが恋い焦がれた男が……。見返してやりたいと心に誓っていたあの天王寺が。
--日野宮あかるの前に膝を折ったのだ。
その姿を見た瞬間、あたしの心の中にあったなにかは、音を立てて粉々に砕け散ったんだ。
◇◇◇
日野宮あかる。
まるで天上に輝く太陽のように圧倒的な存在を前にして、あたしはついに敗北を認めた。
姉に対してさえ折れなかったあたしの心が、彼女を前にしてついに完全降伏してしまったんだ。
そんなあたしにも、日野宮あかるは優しい声をかけてくれた。講堂での代表者演説が終わったあとのあたしに近寄ってきて、こう声をかけてくれたんだ。
「レノンちゃん、あたしはあなたを応援してるからね! 前言撤回してあなたに票を入れる! だから……最後まで諦めないで頑張ってね!」
あぁ、なんという優しさだろうか。
彼女は勝負を前にして醜態を晒したあたしを慰めるだけでなく、励ましてくれたのだ。ジュリちゃんが言うのも分かる、彼女は……女神だ。
しかも日野宮あかるは、横で崩れ落ちるエリスにも「今回はガッくんの策に後手を引いたけど、エリスくんの言ってることは間違ってないからね。だから、これでめげたりしないでね!」と慰めの声をかけていた。
彼女を貶めるようなことまで言っていたのに、それすら気にした様子も見せずに励ます姿に、当のエリスも顔を崩して涙を流していた。
その様子を見て、あたしは気づいてしまった。
あぁ、あたしは--日野宮あかるのようになりたかったのだ。
私がなりたい姿に彼女がなっているという事実に気付いて、あたしは愕然とした。
そして同時に気づいてしまった。
そんな彼女に……あたし自身が強く惹かれているということに。
◇◇◇
それからの日々はあっという間に過ぎていった。
新聞も号外を連発。もちろん内容は、生徒会選挙のことではなくて、20年ぶりのエヴァンジェリスト--日野宮あかるが選出されるかどうか、そればかり。
ことこうなっては、生徒会長選を無視した新聞を出しまくる我仁さんを恨む気にもなれなかった。もともと彼女は面白いことが大好きなタイプ。彼女の興味が……より面白いほうに移っただけなのだから。
もはや学内の話題は、誰を生徒会長に、ではなくなっていた。日野宮あかるは二十年ぶりのエヴァンジェリストになれるのか。彼女がエヴァンジェリストになったときキングダムカルテットの誰とカップリングするか。さらにはレーナ対アカルの頂上決戦の行方など、選挙より先の話題で盛り上がっていたのだ。
生徒会長選の結果は……投票前から火を見るより明らかだった。
それでも、あたしたちは最後まで頑張った。なぜか日野宮さんまで応援してくれた。
そして一週間後の選挙では、得票率八割を得た天王寺 額賀の圧勝で終わった。
あたしの革命は、この瞬間に終わりを告げたんだ。
さらにその翌週には、新たに生徒会長となった天王寺の公約通りエヴァンジェリストの推薦会が行われた。
敗戦の傷も癒えぬまま、あたしはジュリちゃんと一緒に講堂にある投票所に足を運んだ。
「レノン様、誰に入れるんですか?」
微笑みながらそう問いかけるジュリちゃんの票には、すでに日野宮あかるの名前が書き記されていた。
「そうにゃあ、やっぱり……これかにゃ!」
そう言うとあたしは投票用紙に「日野宮あかる」って書いたんだ。
◆◆◆
この日行われた【摩利亞那伝道師】選出投票の結果……。
全体の99.8%という圧倒的な支持をもって、20年ぶりのエヴァンジェリストが誕生することとなった。
新たに誕生した、第四代目のエヴァンジェリスト。
歴史に刻まれるその少女の名は----【日野宮あかる】。




