49.パラダイム・シフト
みかりんの登場。
きっとこれは、エリスくんの起死回生の切り札なんだろう。でもそれが……まさかみかりんとはっ!
これでがぜん面白くなってきたぞ。
なにせみかりんは天王寺の姫プレイを知っている。つまり、あれほど隠したがっていた趣味が、公衆の面前で暴露される可能性が一気に高まったのだ。
そう考えると、偶然かもしれないけどエリスくんの見つけてきた最終兵器はとんでもない威力を発揮しそうだ。
うけけっ、ザマーミロ! クソメガネが狼狽える姿がまぶたの裏に浮かんでくるようで、実にいい気味だ。チラッとガッくんのほうに視線を向けるが、やつはまだみかりんのことに気づいていないようだ。気づいたときにどんな反応をするのか見ものだなぁ、くくく。
さぁガッくんよ、悪魔の口から己の真の姿を暴露され、無様な姿を晒すがいい。
……でも待てよ。オフ会のときみかりんはガッくんに一目惚れしていた。それってばつまり、彼が同じ学校の有名人だってことを知らなかったってことになるよな?
あっ、そういえばみかりんは不登校児だったっけ。だからキングダムカルテットを知らなかったのかな?
……そんなことを考えているうちに、みかりんは我仁さんに導かれて壇上に上がってきていた。
みかりんはひどくオドオドしていた。下をうつむいたまま前を見ようともせず、かつてオフ会で見せた傲慢な態度がウソのよう。たぶん今の姿が本当のみかりんなんだろう。
そんな彼女に、我仁さんがマイクを持って近寄っていく。
「こんにちわ! お名前を聞いてもよろしいですカニ?」
「……出目 美朱です」
へー、みかりんてばそんな名前だったんだ。みかりんだから、美香とか実可子みたいな名前だと思ってたわ。
「ではさっそく……聞きにくいことをズバリ聞いちゃいます! 出目さんは、どうして不登校に?」
「もともとは病気がちなせいで、学校を休むようになったのがキッカケです。それでいろいろとついていけなくなって不登校になってたんです」
「ほっほー! ところが最近レノンさんに声をかけてもらって、登校を再開したわけですね?」
「はい、そうなんです。あたしはもともと『れのにゃん』の大ファンだったんですけど、それがまさか同じ学校にいて、しかもあたしにわざわざ連絡をくれるなんて夢にも思いませんでした。ちょうどそのころ、あたしにまいろいろと素晴らしい出会いがあって、そのときに会った人がキッカケで……」
そう口にしながらみかりんがゆっくりと顔を上げる。俺と視線が合う。
ピタリ。まるで時が止まったかのように、みかりんの動きが止まった。
気まずくなった俺は、頬をピクピクさせながらとりあえず小さく手を振ってみる。ふりふり。
次の瞬間、みかりんの表情がまるでムンクの叫びみたいに激変した。
そして、金魚のように口をパクパクさせたかと思うと……
「ぎょえええええぇぇぇぇえぇえ⁉︎」
乙女らしからぬ野太い叫び声が、みかりんの口から飛び出した。それは、マイクなしでも講堂中に響き渡るくらいの豪快な絶叫だった。
……ですよねー。驚くよねー。俺だってこんなところでみかりんと再会するとは思わなかったし。
しばらく絶叫を続けたみかりんは、我仁さんのマイクを振り払うと、ハニワみたいな表情を浮かべながら俺のほうに駆け寄ってくる。
「あ、アンドロメダ⁉︎ ど、ど、どうしてこんなところにっ⁉︎」
「いやぁー、実は私もここの生徒だったんだよねぇ……」
「ふぇぇええええぇぇぇぇえっ⁉︎」
「ちなみに本名は日野宮あかるっていうんだ。よろしくね。ちなみにあっちにランスロットもいるよ」
「ほぎゃぁぁあぁぁぁあぁぁぁっ⁉︎」
天王寺を見つけて絶叫するみかりん。
あー、やっぱずっと不登校だったから知らなかったんだな。うちに在校していながら有名人を知らないなんて、普通考えられないし。「う、噂に名高い天王寺さんがランスロット……?」などと呻いているのがその証拠だ。
そういやレノンちゃんが在校していることすら知らなかったって言ってたな。ってことは、レノンちゃんがみかりんに声をかけたのは、やっぱ偶然ってことになるのかな。
そんなやり取りを見て、俺たちが知り合いであることに気づいたのか、我仁さんがニヤニヤしながらマイクを持ってこちらに近づいてきた。
「おやおやぁ、出目さんもしかして日野宮さんとお知り合いだったりするぅ?」
「日野宮さん……? あぁ、はいそうです。なにせ、引きこもりだったあたしを救ってくれたのは、ここにいる日野宮さんですから!」
「……はぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁあっ⁉︎」
「……うぇぇええぇぇぇぇえぇぇえっ⁉︎」
土壇場での秘密兵器の裏切りに、悲鳴のような声を上げたのはレノンちゃんとエリスくん。あまりの悲惨な状況に、思わず同情してしまう。
……なんかもうめちゃくちゃになってきたな。
「えーっと、アチキよく分かんなくなったんだけど、出目さんは日野宮さんに救われたのかい? レノンちゃんじゃなくて?」
「レノンさんは確かにあたしが登校を再開するよう説得しに来てくれました。でも、そもそもあたしを引きこもりの……ネット世界から救い出してくれたのは、アン--日野宮さんなんですよ! ですから、日野宮さんはあたしにとっての神、女神なんです!」
その声に、会場が一気にどわっと湧いた。なぜか女神コールまで起こり始める。
……なんだこれ? 意味わかんないんだけど。
「ほほぅ! では出目さんは日野宮さんとどこで会ったんですカニ?」
「どこって……ネットのゲームのオフ会です。そこで、日野宮さんとそちらにいるランス--天王寺さんに会いました」
おおっ、ここでそのネタを振ってくるのか!
そしてみかりんが突然暴露したネタに食いついたのは、やはりエリスくんだった。
「ちょ、ちょっと待って出目さん! き、君は……天王寺さんに会った⁇ それはどこで? もう一回言って‼︎」
目を血走らせながらそう問い詰める姿は、まるで追い詰められた小動物のよう。
「どこって……ネットのオフ会で、ですけど?」
「ネットのオフ会⁉︎ みなさん、聞きましたかーっ⁉︎ なんと天王寺候補は、ネットのオフ会に参加していたのです! もしや、年頃の子との出会いを……ひぃぃぃぃ!」
ほっほー、よくもまぁそんな考えがとっさに思いつくよな。
エリスくんの頭の回転の速さは尊敬する。だけど、さすがにその論理は無茶じゃなかろうか?って思う。
だってさ、あんなイケメンにネットでの出会いもクソもないだろうよ。そんなことしなくたって女の子がホイホイ寄ってくるくらいのルックス持ってるんだからさ。
「あ、天王寺候補。いちおう確認なのですが、あなたは日野さんに会うためにオフ会に参加していたのですか?」
「その言葉は正確ではない。僕は彼女たちを守るために参加した。生徒を護るのは生徒会としては当然のことだからな」
ガニさんのインタビューに、いけしゃあしゃあと冷徹に答えるガッくん。みかりんの存在に気づいているはずなのに、特に変化はみられない。ただ……彼の目の焦点が合ってないように見えるのは気のせいだろうか?
「う、うそをつくな天王寺候補! どうせなにも知らずにホイホイ参加したんだろー!」
ガッくんの回答にエリスくんが強く反発する。だけど彼の声は講堂にむなしく響くだけだった。
たぶんエリスくんは、ガッくんの評価を落とすために口から出まかせを言ったんだろう。でも実はそれが的を得てたりするんだよなー。実際そうだし。
ただ残念なことに、今のエリスくんの発言にはもはや信用という重要な要素が失われていた。哀れ、エリスくん。君にはマジで同情するよ。
俺ですらそう思うくらいだから、観衆もそう思ったんだろう。他の生徒たちの反応は冷ややかなものだった。
そんな生徒たちに追加の爆弾を投下したのは、やはり--みかりんだった。
「あ、それは違うよ。ラン……天王寺さんはそんなことしないし、なによりあの人は日野宮さんに会うためにオフ会に来たんだから」
「……は?」
「だって……天王寺さんはネットで日野宮さんのこと『姫』って呼んで付き従ってたもん」
はぁあぁぁああぁ⁉︎
ちょっとみかりん、あんた何言ってんのよ⁉︎
確かにあいつはネトゲで、俺のことを姫呼ばわりしてプレイしてたよ? でもそれは、あいつが単に姫プレイを楽しんでいただけであって、その相手が俺だったってのは本当にたまたまなんだよな。
ところが、どうやらみかりんはその偶然を、クソメガネが姫を守る騎士よろしく、ネットの世界までも付き従っているものと思い込んでしまったようだ。
そ、その解釈はいかん。本来は天王寺を貶めるネタのはずなのに、このままだと美談にすり変わってしまう。
一刻もはやくみかりんの誤解を解かなければっ!
……だけど、ときすでに遅し。
我仁さんが「おおーっと、ここで新事実発覚だーっ! 天王寺くんは日野宮さんを守るために日々ネットでも付き従っていただけでなく、同様の理由でオフ会にも参加していたとのことですっ!」などと余計な誤解を広めたうえで、観衆を煽りはじめたのだ。
なんてこったい。みかりんがいらんこと口を滑らせたせいで、せっかくのネタが歪曲されただけでなく、下手したら話題の矛先がまたこっちに戻ってきちまうよ。トホホ……。
◇◇◇
一方、みかりんの裏切りという憂き目にあって、最終兵器がアッサリと撃沈どころか跳ね返ってきてしまったエリスくんとレノンちゃん。
もはや彼女の存在がガッくんを失墜させる武器に至らないと悟ったレノンちゃんたちは、さっさとみかりんに見切りをつけ、思い切って新しいターゲットに狙いを変えてきた。彼女たちの新たなターゲットは……。
「み、みなさん! 聞きましたかっ⁉︎ 日野宮さんは天王寺候補とオフ会で会っていたというのです! つまり日野宮さん、あなたはもしかして、ネットで出会いでも求めてたんですか? それで天王寺くんを……⁉︎ そ、そんなひとに、エヴァンジェリストとしての資格があるのでしょーか⁉︎」
「そ、そうにゃりよ! ヒロインなのに出会い系ってありえないにゃん!」
うーむ、困ったな。エリスくんとレノンちゃんってば、今度はこっちに矛先を向けてきちゃったよ。
いまのガッくんと同じような--腐った魚みたいに焦点の合わない目で、あることないこと言って俺のことを貶めようとする二人の姿には、もはや哀れみしか感じられない。
いやさ、俺を落とすのはいいよ。むしろ全力でウェルカムって感じなくらいさ。俺にエヴァンジェリストの資格がないって意味では大賛成だし、そもそもお断りする気満々だし。
だけど、さすがにそのこじつけは無理があるんじゃないか?
だが、ここでまた新たなヤツが乱入してくる。
ただでさえ拗れてしまった状況を、さらにややこしくさせたのは……それまで黙って下を向いたままだったジュリちゃんだった。
「そ、それはダメです! レノン様っ!」
「ふえぇっ⁉︎ ジュ、ジュリにゃん⁉︎」
突如立ち上がったジュリちゃんが、俺とレノンちゃんの間に立ちふさがる。その顔に浮かぶのは……決意の涙?
「レノン様、ジュリはあなたのことをとっても尊敬してます。でも……それだけは、日野宮先輩を陥れようとするのだけはダメです。日野宮先輩は……ジュリを守ってくれた女神様なのですよ!」
「……はぁ?」
あかん、思わず声が出てしまった。だけど俺の声が聞こえなかったのか、ジュリちゃんの演説は続く。
「いくら敬愛するレノン様でも、それだけは受け入れられません。ジュリは……そんなレノン様の姿を見たくないんですっ!」
「ジュリにゃん……」
「ごめんなさい、レノン様。ジュリ、レノン様だけじゃなく日野宮先輩のことも裏切れないんです。だから……もう、こんなことやめませんか?」
「あなた、そこまで……」
俺の前に立って号泣するジュリちゃんの姿に、しばし苦悶の表情を浮かべていたレノンちゃん。
やがてなにかを決意したのか……強い光を目に宿してゆっくりとジュリちゃんの手を取った。
「ジュリにゃん、もういいのにゃん。レノが間違ってたにゃん」
「ヒック……れ、レノン、しゃまぁ? 」
「レノはあなたをそこまで苦しめるつもりなんてなかったにゃん。ごめんにゃん。レノはもうこれ以上無駄な抵抗はやめるにゃん」
「そ、それはほんと、ですか?」
「うにゃ。だからもう、そんなに泣かないで欲しいにゃん」
「ふぇぇぇぇ、レノンしゃまぁぁぁあ!」
「ジュリにゃぁぁぁあっ!」
そういいながら抱き合う二人。号泣しながらも結ばれる二人の熱い絆に、それまで事態を固唾を飲んで見守っていた生徒たちから感動の拍手が巻き起こった。
思わず俺の涙腺も……なーんてわけあるかいっ!
あーあ、おかしいのがまた一人……いや二人も生まれちまったよ。そんなことを思いながら、俺は深いため息を吐いたんだ。
いつの間にやら状況は訳のわからない方向に進んでいた。なぜか勝手に仲違いし、そして勝手に和解したレノンちゃんとジュリちゃん。
その向こうではみかりんがエリスくんを睨みつけながら、鋭い口調で問い詰めていた。
「ねぇあなた--エリスだっけ? あなたさぁ、さっきからなんか発言に悪意を感じるんだよね! だいたいさ、日野宮さんがオフ会に来たのだって、あたしを助けるためなんだよ? あんなに美人で性格も良い人が、ネットで出会いとか求めるわけないでしょ!」
「うっ……」
「なるほどー、やはり日野宮先輩は彼女を助けるためにオフ会に参加したんですね! ジュリはぜったいに先輩はそういう人だと思ってました! んー、まさに女神!」
「こら、エリスにゃん! 変なことを言うのはそこまでにするにゃん! エリスにゃんはやりすぎにゃん! これ以上ジュリにゃんを泣かすようなら、このレノが許さないにゃん!」
「ぐはぁっ……」
おいおい、なんか勝手に仲間割れまで始めちまったぞ?
みかりんだけじゃなく、ジュリちゃんや、なぜかレノンちゃんからも責められて、泣きそうな顔になるエリスくん。んー、俺マジで彼のことが可哀想になったわ。心の底から同情するよ。今度慰めてあげよっと。
やがてエリスくんは力尽きたのか、ガックリとその場に膝をついて項垂れてしまった。その瞬間、すべての勝負は決着したと言えた。
……たぶん彼は敗れたのだろう。なんに敗れたのかは知らないけどさ。
◇◇◇
こちらの戦況が落ち着いたのを確認したところで、マイクを持った我仁さんがゆっくりとそばに近寄ってきた。
「あのー、日野宮さん。彼女たちが言っているのは真実でしょうか?」
「あは、あははっ。そう、なのかなぁ?」
「だとしたら、あなたこそ女神! まさにエヴァンジェリストに相応しい女性ですね!」
まるで周りを盛り立てるかのように我仁さんが宣言すると、その声に合わせてわぁぁぁぁあーっ‼︎ と湧く観衆。
あらためて自分の周りを見渡すと、膝をついて崩れ落ちたエリスくんに、泣きながら抱き合うレノンちゃんとジュリちゃん。俺に向かって手を合わせて拝むみかりん。
その向こうでは、最高に可笑しそうな表情を浮かべたいおりんやミカエル、シュウに……相変わらず目の焦点が合ってないガッくんの姿がある。
……えーっと、なんなのこれ?
もはや流れに完全に置いてけぼりの状況であったけど、それでもまだ俺はこの場をどうやって乗り切るかを考え続けていた。無駄な足掻きかもしれない。でもなぁ、諦めたらそこで試合終了なんだよっ‼︎
だが、そのときだった。
抵抗を続けようとする俺をさらなる地平線の彼方へと追いやり、完全にトドメを刺すこととなる人物が--満を持して登場したんだ。
バターーーーンッ‼︎
「ちょっと待ったぁ‼︎」
講堂の後ろのドアがものすごい音とともに開いた。
一気に陽の光が差し込み、まばゆく講堂の中を照らし出す。
逆光に浮き立つようにして登場したのは、黒髪を風に靡かせ、可憐に制服を着こなす美少女。
アイドルグループ『激甘☆フルーティ』の押しも押されぬナンバースリーにて正真正銘のアイドル -- 美華月 麗奈ちゃんだ。
おいおい、ここでさらにこいつまで登場しちゃうわけっ⁉︎
颯爽と現れたレーナちゃんは、他の生徒たちをかき分けながらツカツカと近寄ってくる。そのまま一気に壇上まで上がってくると、ガニさんからマイクを奪い取って俺に向かって人差し指を突きつけた。
「こらっ! 日野宮あかる! あなた、いおりんだけじゃ物足りず、他の子たちまでたぶらかしたのねっ!」
「はぁぁあ⁉︎ いや、なんもやってねーし!」
「黙らっしゃい! いいわ、こうなっては仕方がありません。あたしが直々に出ましょう。あたしが……あなたを倒す!」
は? こいつなに言ってんの? 頭に虫でも湧いた?
レーナちゃんの宣言は俺にとってとんちんかんなものだった。だけど、どうやら他の生徒たちの心の琴線に触れたようだ。今日イチの歓声を上げる生徒たち。そんな彼らにアイドルらしく手を振ると、レーナちゃんはさらに言葉を続けた。
「決戦の場は、エヴァンジェリストの投票で……と言いたいところだけど、残念ながらあたしは出席日数不足でエヴァンジェリストの資格がないわ」
ふっと、悲しそうに顔を落とすレーナちゃん。だがすぐに強い意志をその顔に浮かべて口を開く。おいおい、えらい芝居がかってんな。
「だから、今度のマリアナ祭で決着をつけましょう! 現役アイドルであり去年の【至高の一輪華】であるあたしと……二十年ぶりの【エヴァンジェリスト】となったあなたとの、真っ向から真剣勝負ね。舞台はもちろん……マリアナ祭のメインの一つである、『プリモディーネコンテスト』よ!」
突如登場したレーナちゃんの宣戦布告に、生徒たちは狂喜乱舞のお祭り騒ぎになった。
いやいやレーナちゃんよぉ、なに勝手に人のことエヴァンジェリストにしてんだよ! 俺はエヴァンジェリストなんかになる気はないんだからねっ! 絶対に、なにがあっても断ってやるっ!
そんな思いが顔に出ていたんだろうか、いおりんが近寄ってきて俺にこう耳打ちしてきた。
「あかるちゃん、知ってる? エヴァンジェリストってね、選ばれた人に拒否権ないんだよ?」
ガーーン。
一巻の終わり。
チェックメイト。
まさにそんな感じだった。
◇◇◇
おかしい。なぜこうなったんだ。
当の本人を無視して勝手に進んでいく状況を、俺は完全に持て余していた。いったいどこで階段を踏み違えたのか、それくらい訳のわからない状況に陥っていたんだ。
ただ、一つだけハッキリしていることがある。それは……俺が嵌められたってこと。
そして今回の流れを作り上げたのは、あそこに立つクソメガネこと天王寺 額賀。あいつは自分が選挙に勝つために、思い切って争点をずらしてきたのだ。
その目論見は、見事成功していると言えた。いつのまにか選挙の争点が、『天王寺VSレノンちゃん』から『エヴァンジェリストを復活させるか否か』にすり替わっていたのだから。
争点がそうなれば、生徒たちは面白い方……すなわち『レーナVSアカル』の決戦が観れる、天王寺の方に票を入れるに決まっている。完璧なまでのパラダイムシフトが、目の前で繰り広げられていたんだ。
……その仕掛けた張本人たる天王寺 額賀の姿が、俺の目に飛び込んできた。
こいつだ。こいつのせいで、俺はいまとんでもない目に遭おうとしている。
天王寺、俺はぜってー貴様を許さん! 絶対に俺と同じ地獄に叩き落としてやるっ‼︎
俺は怒りにふるえながら、一歩ずつガッくんに向けて歩を進める。こいつには一度地獄を見てもらわないと気が済まない。回答次第では……問答無用でハイキックだ。
「おいこらテメー、クソメガネ! ガッくんよぉ、オメー、計ったな?」
「……」
ガッくんの目は、まるでドブ川の水の色のように薄暗く濁っていた。だめだこいつ、なにか大事なものを捨てた目をしてやがる。
ハッキリ言ってこうなったやつは手強い。失うものがないから、並大抵のことでは動じないだろう。悔し紛れに吐いた俺の怒りの言葉も、むなしく響くだけだった。
だけどこのままでは、俺の腹の虫が収まらない。だったら……こいつが最も嫌がることをしてやる。
そう決心した俺は、最後の捨て台詞を吐き捨てることにした。
それが……自分にトドメを刺すことになるとも知らずに。
「おいコラ、クソメガネ! とぼけてんじゃねーよ! これだけのことをしといて、タダで済むと思うなよ? 人のことを姫さま呼ばわりして悦に浸ってたことを、みんなに暴露してやるからな?」
俺は、この時点までガッくんは少なくともまともであると思っていた。だからこのネタで脅せば、多少はビビると踏んでいたんだ。
だが俺は、失敗した。もっと早く気づくべきだったのだ。
……彼がすでに、完全に正気を失っていたんだということに。
「……ええ。かまいませんよ姫様。僕はあなたのどんなご指示にも従いますから」
ガッくんはそう言うと、狂った目をしたままニコリと微笑んだ。その笑顔は、なにも知らない女の子が見たら恋に落ちてしまいそうなほどに甘いものだった。
だが俺には、ヤツの笑顔が腐臭漂うラフレシアの花ように見えた。
そしてヤツはそのまま……。
俺の前に膝をついたんだ。
まるで、姫に仕える騎士のように。
その瞬間。大地を揺るがす怒号のようなの歓声が、講堂の中を突き抜けたのだった。
こうして俺の戦いは、一度も自分のターンを迎えることなく終了したんだ。
たのむ、もう一度だけ言わせて欲しい。
…………どうしてこうなった?
制・圧・完・了☆




