46.スカウト失敗
星乃木 礼音だって?
聞き覚えのある苗字。こんな珍しい苗字の人物がゴロゴロといるわけがない。
ってことは、つまり……。
「そうにゃん。レノは現・生徒会長の星乃木 姫妃の年子の妹にゃん」
「そ、そうなんだ」
言われてみれば星乃木会長に顔立ちとか、ちっこいのとかが似ている気がする。会長も妹がいるって言ってたし。ただあまりにもそのキャラクターが違いすぎるので、姉妹と言われてもピンと来ないのだ。
片や黒髪にピシッとした格好のいかにも生徒会長な姉に対して、パンダメイクにネコミミにゃんにゃん言葉のイロモノな妹。見た目で察しろよとか言われても、こんなの無理ゲーすぎる。
「それで、生徒会長の妹さんが私に何の用?」
「そ、その呼び方はやめるにゃん! レノに絶対言ってはいけない表現にゃん!」
まるで威嚇するネコみたいにシャーっと牙を出すレノン。その態度にさすがに鈍感な俺も察する。あぁ、こいつたぶんシスコン拗らせちゃったタイプだな。
あまりに優秀な姉、しかも学年的には一個上に存在するときたもんだ。おのずと比較されるに決まっている。
そしてこの子はたぶん姉ほど優秀では無かったのだろう。事あるごとに「あなたの姉は凄かったのに」とか「どうしてあの人の妹なのにあなたは」とか言われ続けて、このとおり拗らせちゃったんだろう。そういう意味ではちょっと可哀想な子なのかもな。
「レノのことは親しみを込めてレノンって呼んでほしいにゃん」
「はいはい、わかったよレノンちゃん」
「それでいいにゃん。そしたらレノはきみのことアカルにゃんって呼ばせてもらうにゃん」
ア、アカルにゃん……。
新しい呼び方だな、しかも案外悪くない。できれば羽子ちゃんあたりに照れながら言ってもらえると興奮するんだけど。
「それで、レノンちゃんは私に何か用なの? あなたアルバイト中じゃないの?」
「そこは大丈夫にゃん。店長はレノに心酔してるにゃん」
そう言われて見てみると、カウンターの奥のほうからこちらの方をチラ見する、白髪に白ひげのじいさんの姿があった。おいおいジイさん、いい歳こいてJKにメロメロかよ。
「用というのは他でもないにゃん。今度の生徒会選挙で、アカルにゃんにはレノに票を入れてほしいにゃん」
ほっほー、これまた正々堂々とした取り込み工作だな。ってことは、俺がガッくんに票を入れる予定だって話はこいつ全部知ってるんだな。まージュリちゃんが応援してるって言ってた時点で筒抜けなのは仕方ないとは思うけど。
「……なんで私なの? 私が持ってる票なんて、たかだか一票でしかなんだけど。それを、わざわざジュリちゃんを使ってまでこんなところまで呼び出して、しかも直々に説得したりしなくても、大勢に影響は無いんじゃ……」
「それがね、あるんですよ日野宮さん」
さらに声がかかる。今度は男の子の声だ。聞き覚えのある声に視線を向けると、そちらに立っていたのは穏やかな表情を浮かべた恵里巣 啓介だった。
「へーエリスくん。あなたもれのにゃんのファンだったんだ」
まぁ気持ちは分からないでもない。れのにゃんは背はちっこいけど可愛らしいし、露出も高いしなにより巨乳だ。大事だからもう一度言う、ちっこいのに巨乳なのだ。若い男の子がフラッと引き寄せらるのも仕方ないと思う。
「そ、そんな目で見ないでください日野宮先輩。ぼくはレノンさんの選挙参謀なんです」
「選挙参謀?」
「ええ、選挙全般の作戦を企画・立案・実行する……いわば軍師です」
「エリスたんはとっても優秀な参謀にゃん。なにせこのマリアナ高校の校則を変えさせたくらいにゃん」
校則を変えさせたってのはまた穏やかじゃないな。てかなんの校則が変わったんだ? 全然知らないんだけど。
「……エリスが学校にかけあって、校則にある服装やファッションの規則を変えさせたんですよ。今の時代にそぐわないって言ってね」
おっとっと、ジュリちゃんから助け舟が入った。い、いつのまにそんなことがあったんだか。あーでも納得した、それで最近服装に関する生徒指導が緩やかになったわけね。どうりで一年生の渋谷くんみたいにピンクの髪の毛が許されるわけだ。
「……で、その選挙参謀であるエリスくんが、どうして私にこだわるのかな?」
「それは簡単ですよ。日野宮先輩の一票はただの一票ではありません。とてつもない票田だからです」
「票田?」
「ええ。あなたの選択に追従するであろう生徒が、この学校にはたくさんいるってことです」
えーまさか、こいつ何言ってんの? 俺の選択に従う生徒がいる? そんなバカな。
そりゃまあもしかしたら羽子ちゃんくらいは「わたし、あかるさんと同じ候補に入れますぅ」って言ってくれるかもしれないけどさ。でもせいぜいその程度じゃね? みんなそれなりの大人なんだから、俺が誰に投票しようと自分なりの考えで票を入れるだろうよ。
「甘いですね。人はそんなにマジメではありません。面白いほう、易き方に流れていくものなのです。そういった意味では、ぼくはあなたこそが今回の選挙のカギを握ってると考えています」
「なっ……」
「日野宮先輩、あなた自身がどう思っていようと、すでにあなたはこの学校でかなりの影響力を行使する存在となっているのですよ」
エリスくんに指差されながらズバリと指摘されて、俺は思わず逃げるように俯いてしまう。なんてこったい、アカルちゃんってばいつのまにか有名人になっちゃってたみたいだ。参ったな、そんなつもりはさらさら無いのにさ。
「……そんなアカルにゃんには、今回を機にレノの傘下……チームれのにゃんに入って欲しいにゃん。もちろん、それなりの対価は払うにゃん」
対価? もしかしてお金をくれるってのか? さすがにそれはマズくない? いや、その巨乳を◯△◇させてくれるってなら少しは考えるけどさ。
「アカルにゃんには、レノの動画チャンネル『れの☆にゃんの、にゃんにゃんレボリューション』に特別出演させるにゃん。それだけじゃない、レノがプロデュースして芸能界に売り込むにゃん!」
「えっ⁉︎ 視聴者が一万人を超えるというにゃんレボに出演ですか⁉︎」
「しかも芸能界って……たしかレノンさんは今度メジャーデビューする予定でしたよね? それに加えて売り出すとか、すごいです!」
残念、思ってたのとは違う対価を提示されてしまった。ただ、横にいるジュリちゃんやエリスくんの驚く様子を見ても、それなりの対価であることはわかる。
実際、レノンの提案はものすごく価値のあるものなんだろう。もし俺が普通の女の子だったら、迷わず飛びついてしまうようなネタなのかもしれない。
でもなー、残念だけど今の俺にはまったく魅力を感じないものなんだよなー。だって俺、女の子じゃないしー。
そもそも俺はネットなんかで有名になるより、記憶を取り戻して元に戻りたいんだよね! だってさ、マジで【認識阻害】って酷いんだよ。ドラマのピンクシーンですら自主的にモザイクかかるんだぜ? こんなん続いてたら、欲求不満で死んじゃうよ!
……っとまぁ欲求不満はいいとして、もう一つ気に食わないことがある。それは「レノンの傘下に入る」ということだ。悪いけど俺は誰の傘下にも入るつもりはない。元に戻るまでは何かに縛られるようなことになりたくないし、自由に動けるかたちでありたいのだ。
だから、答えは決まっていた。迷う必要すらなかった。
「ごめん、レノンちゃん。せっかくのお誘いだけどお断りさせてもらうね」
「うっそーん⁉︎」
断られると思ってなかったのか、レノンがすっとんきょうな声を上げる。
「アカルにゃん、本気かにゃん? アイドルにゃりよ? メジャーデビューなりよ?」
「なりって……口調変わってるよ?」
「ア、アカルにゃんとレノが手を組めば、ぜったいにメディアが放っておかないはずにゃん! 大ブレイク必須、新しいニューウェーブが創れるにゃん! 平凡な世界からの脱却、革命の日々を送れるにゃん!」
「いやいや、そんな落ち着かない毎日とか送りたくないし」
だいたい非凡な日々なんてもんはもう間に合ってますから。今でも十分刺激的な毎日を送ってるわけだし。
俺の答えが変わらないことを悟ると、まるで信じられないものを見るような目でこちらを見てくる三人。誘いに乗ってこないことが、そんなに驚くようなことかねぇ?
とはいえ、これ以上言葉を交わしたところで俺の意見が変わるわけがない。これ以上の長居は無用かな。
話すことは無くなったと判断した俺はパフェ分のお金を財布から出して席を立つ。
「ま、待つにゃん!」
「ん? なにレノンちゃん」
「ど、どうしてそこまで天王寺に肩入れするにゃん?」
あー、そう捉えちゃったわけか。
いやさ、肩入れするとか、そういうわけじゃないんだよねぇ。だけどさ、一つだけどうしてもレノンちゃんの政策で受け入れられないものがある。それは……彼女の政策にある【服装の自由化】。
俺さ、ぶっちゃけうちの学校の制服が好きなんだよ。最近の若い子は制服の良さが分かっていないよな。いいかい、夏服の薄い背中に透けるブラとか、至高なのだよ? それを奪うなんて、許せないことだぜ?
だから俺は、制服が無くなる施策には反対なんだ。
……なーんて本心を真面目に言うわけにはいかないから、とりあえずあいつをネタにして誤魔化すことにする。
「ガッくんはね、ああ見えて私の騎士なんだ」
「ふええっ⁉︎」
くくっ、俺の意味深な答えに予想通り狼狽えてるよ。真相を知れば爆笑必至なネタなんだけどさ。
とはいえ動揺を隠せないレノンちゃんを放置するのも可哀想なので、最後のフォローをすることは忘れない。
「あ、そうそう。私が誰に票を入れるかは誰にも言わないって約束するよ。だから……今回はこれで勘弁してね」
こう言っておけば、もう俺にこだわってくることもないだろう。後々の火種も消せたってなもんだ。
よーし、これで必要なことは全部伝えたぞ。もはや長居は無用! そう判断した俺は、最高のスマイルを残して意気揚々と喫茶店【ジュピター】を後にしたんだ。
あーあ、ここのプリンパフェ美味しかったんだけどなぁ。レノンちゃんが居るとなると、おいそれと来づらいよなぁ。
◆◆◆
日野宮あかるが立ち去った喫茶店【ジュピター】の店内で、星乃木 礼音、恵里巣 啓介、土手内 珠理奈の三人は呆然と立ち尽くしていた。
ネット界の新たなカリスマとして彗星のように現れた【れのにゃん】。そんな彼女を前にしても臆することなく、それどころか歯牙にすらかけずに立ち去った美少女の様子に、レノンたちは打ちひしがれていたのだ。
「な、なんなのにゃんあいつは。レノの最大級の勧誘をいともあっさりと断ったにゃん……」
「すいません、レノンさん。どうやらぼくは日野宮あかるのことを見誤っていたみたいです。味方に引き込もうと思ってましたが、とんでもない。彼女はそんなタマじゃありませんでした」
レノンとエリスは先ほどのあかるとのやり取りを思い出して愕然としていた。あんな化け物、配下に置くどころの騒ぎではない。二人ともそう思っていた。
「最後に残した妖艶な笑み……。悔しいけど、レノのことは眼中にないって感じだったにゃん」
「ぼ、ぼくもそう思いました。彼女は誰の下にも付きそうにない……いいえ、違います。彼女は皆の上に立とうとしているんです。その証拠に、既にあの天王寺 額賀でさえ手中に収めているようですしね」
日野宮あかるは天王寺のことを「私の騎士」と言った。それはすなわち彼が自分の配下にあると宣言したようなものだ。
レノンが苦戦するあの男を、姉の意志を継ぐ堅物であり、レノンが最初に超えなければいけない壁である天王寺額賀を、日野宮あかるはいともあっさりと陥落させていたのだ。その事実が、二人を戦慄させた。
実はレノンとエリスは、対、天王寺という意味では究極の隠し玉を持っていた。だが対、日野宮あかるという意味では……なんら対抗する手段を持っていないというのが実情であった。
恐ろしい。本当に怖いのは天王寺などではなく、日野宮あかるのほうなのかもしれない。
今、真に潰しておくべきは彼女なのかもしれない。いや違う、潰そうとすれば潰されるのが果たしてどちらであるのか。その答えは明白なように、彼らには思えていた。
「……そんな中、日野宮あかるからどこに票を入れるかを公表しないという言質を取れたのは僥倖でしたね」
「そ、そうにゃん。これでとりあえず今回の選挙では無視していい存在になったにゃん。これもジュリのお手柄にゃん」
そう言われた方のジュリナは、素直に喜べずにいた。なぜなら彼女は、二人とはまた異なる見解を持っていたから。
レノンに頭を撫でられながら、ジュリナは別のことを考えていた。
本来であれば日野宮あかるは、自分を騙したジュリのことを恨んでもいいはずだった。なのに彼女は騙したことを不問にした。いや違う、それだけではない。
「ジュリにはわかる。あれは……ジュリを庇ったんだ」
日野宮あかるが傘下に入らない時点で責められるのは誰か? もちろん彼女を籠絡できなかったジュリナが責められるに決まっている。
そのことが分かっていたからこそ、日野宮あかるはジュリナの顔を立てるためにわざと「自分が誰に票を入れるか公言しない」宣言をしたのだ。
そのことに気づいて、ジュリナの胸がずくんと痛んだ。
思い出されるのは、日野宮あかるの優しい笑顔。チカンからだけでなく、今のこの場でも自分を守ってくれた、素晴らしい人。食べさせあいっこしたときの、あの弾けるような笑顔。
ジュリナはレノンに心酔していた……はずだった。でもその心にゆっくりと、だが確実に日野宮あかるの存在が侵食していた。
「……どうしよう。ジュリは、あかる先輩のことを……キライになんてなれないよ」




