43.オフライン・コミュニケーション
オフ会の当日、俺はいつもよりも入念に準備を整えることにした。そのために、土曜だというのにいおりんを呼び出して、直々にメイクを依頼したのだ。
いつものカラオケボックスでいおりんが俺にメイクを施してくれる。ちなみに今日は週末なので、いおりんは当然のように女装をしてた。……もうそこにツッコむのは負けだよね?
「それにしても、アカルちゃんがボクにメイクのリクエストしてくるなんて珍しいね」
「うん。いおりん、できればこう……草原にたたずむワンピースの少女的なイメージでお願い」
「ふふっ、面白いリクエストだね。オッケー、清楚系で攻めてみるよ。……ちなみになにか目的でもあるの?」
「んー、まぁなんというか、ちょっと見返したい相手がいるんだ」
「へぇー、アカルちゃんでもそんな相手がいるんだね。ま、いいや。とりあえずちゃっちゃとやっちゃうよ」
こうして小一時間ほどメイクをしてもらったあと、いおりんと別れて新◯に向かうことにする。ありがとういおりん、この礼はいつかさせてもらうよ!
……それにしてもオフ会かぁ。いやーなんか緊張するね! とりあえずイケイケのアカルちゃんを見せつけて、あのみかりんにぎゃふんって言わせてやらないとな!
そんなことを思いながら、電車に揺られること小一時間。ようやく目的地の新◯駅に到着した。
相変わらずここは人が多い! それが新◯の第一印象だった。根が田舎者な俺は人混みが苦手だったので、さっさと人混みを抜けてオフ会の会場に向かうことにする。えーっと、たしか店名は『ラ・ヴィアン・ローズ』だったかな?
道中、やたらとホスト風やらスーツ姿やらの男性連中に声をかけられまくった。いわゆるナンパだったりスカウトだったりするやつかな? 中には芸能プロダクションを名乗るやつもいたんだけど、そういうのってたいてい18禁のビデオ出演だったりするんだよなぁ。
とりあえず時間もないので全て断りまくったら、最後のほうで「あー待って! 君ならあの美華月 麗奈と同等、いやそれ以上になれる! レーナと一緒に一花咲かせないかっ⁉︎」なーんてのたまう奴がいた。
「いやいや、あいつと一緒とか無理だし!」
脳髄反射的にそう答えると、相手はひどく驚いた表情を浮かべたので、その隙に俺は帽子を目深にかぶって逃げるようにその場を立ち去ったんだ。
んー、仮に本当にプロダクションの人だったとしても、レーナちゃんとか無理だよなぁ。あの子なんだかトゲトゲしいからさ、一緒にいるとキツそうなんだよねぇ。
◇◇◇
数多くの妨害を乗り越えて無事オフ会の会場に到着した俺は、呼吸を整えて店内に突入し、まずは村長やあめみぃ、侘助なんかを驚かすことに成功する。
いやー、人が死ぬほど驚いた顔で「あ、あなたがアンドロメダなのっ⁉︎」って絶叫する姿を見るのはたまんなく楽しいね! なんかそれだけでも来た甲斐があるってなもんだよ。
もっとも、彼らが驚くのも無理はないと思う。なにせいまの俺は……自分でもウットリしてしまうくらい可憐で清楚なJKの姿だったのだから。
薄い水色のワンピースに白い帽子、透けるような肌色のファンデにうっすらピンクのルージュ、それに加えて頬に赤い色のチークをほんのりと施したアカルちゃんは、まるで最強装備のレベル99勇者に匹敵するくらい無敵の存在だった。
いやさ、この姿で草原でキャッハウフフしてる姿を目撃なんかした日にゃ絶対鼻血もんよ?
ちなみに村長こと我謝髑髏さんは清潔感のある三十代後半くらいの男性、あめみぃさんは少しぽっちゃりの癒し系の女性、そして侘助さんはなんと……ネナベさんだった! しかもボーイッシュで結構美人だし!
こういう予想外のことがあるからオフ会は面白いんだよなぁ。でもまあ予想外って意味では、俺を上回る存在はそうそういないだろうけどね。なにせ今の俺は、テレビから飛び出してきたかのような超絶美少女だったから。
……話を戻そう。さっと店内を確認してみたんだけど、どうやは常連メンバーの中でランスロットだけはまだ来てないみたいだった。ちょっぴり実物を見てみたかったから残念なんだけど、今回の目的は彼じゃない。すぐ気持ちを切り替えて、本来の目的人物の姿を探す。
……あ、いたいた。奥の方で男三人に囲まれながら、こちらを見て固まったままプルプル震えているピンクフリフリの服を着たあの子がみかりんだな。
「やぁみかりん。それと取り巻きの人たち。ネカマのアンドロメダでーす」
俺がせいぜい穏やかな笑顔を浮かべながらそう挨拶すると、まるでムチでも打たれたかのように取り巻きの人たち三人が一斉に立ち上がった。
「あ、あなたこそ俺が剣を捧げるに相応しい方です……」と呟くのは、メガネをかけたアーサーくん。
「神少女キタコレ⁉︎」と興奮気味に叫ぶのは、小デブのウルフギャングくん。
「ああ、俺はあなたに出会うために、このネットという名の海を放浪し続けていたんだ……」と恍惚の表情でのたまうのは、ガリノッポの剣客木村くん。
だけど俺はそんな三人を押しのけて、茫然自失したままのみかりんの前に立った。間近でアカルちゃんの顔を見たとたん、みかりんは力尽きたかのようにヘナヘナと椅子に座り込んでしまう。
くくく。ざまぁだな、みかりん。そうさ、俺はお前さんのそんな姿が見たかったんだよ! ……圧倒的な存在を前にして、己を知り絶望するお前の姿をなぁっ!
「うそ……うそよ。なによこれ、敬愛するれのにゃんより可愛いじゃない。信じられない……こんなのって……」
「みかりん、もともとはあなたが企画したオフ会だったのに、こうして邪魔する形になってゴメンね。本当は来るつもりもなかったし、もう今後金輪際オフ会には参加しないつもりだからさ」
腹黒いことを考えつつも、それは俺の本音だった。だってさ、いつか男に戻るつもりだし、それにどうせリアル・アンドロメダちゃんがこんなナリだと知れたら、さすがにネット世界でも居づらいだろうからさ。
だからみかりんにざまぁした今となっては、もはやここに来た目的の半分以上は達成したと言えた。あとは彼女に言うべきことを全部言ってこの場をサヨナラするだけだ。さーて、ではキッチリと落とし前をつけることにするかね。
「ねぇみかりん」
「は、はひっ⁉︎」
「あなたの取り巻きのさっきの姿、見た?」
俺のその言葉に、ビクッと体を揺らす取り巻き連中の三人。
「な、なによ……あたしの取り巻きなんてチョロい。簡単に裏切って自分に取り込んだぞって言いたいわけ?」
「ちがうよ。私が言いたいのは、あれだけネットでもリアルでもあなたに擦り寄ってた男たちが、こんなにも簡単にあなたを見捨ててしまったってこと。あなたがどう思ってたのかは知らないけど、そんな相手と、世間知らずのあなたが一緒にいることは、あまりよくないことだと思うんだ」
「そ、そんなの、こうやってオフ会に来てるあなただって変わらないじゃない!」
「私はネットとリアルは完全に分けていたよ。本来はオフ会にも参加するつもりはなかった。だけどあなたは違う、ネットでのチヤホヤをリアルにも持ち込もうとした」
うっと言葉に詰まるみかりん。だけど俺は容赦なく言葉を続ける。
「一時的には楽しかったかもしれない。でもね、それはあなた自身の身を危険に晒すことに繋がるんだよ。……ねぇそこのあなたたち。あなたたちはあわよくばみかりんにイケないことしようと思ってたでしょ?」
「へっ⁉︎」
「うえっ⁉︎」
「あわわっ⁉︎」
一斉に動揺を示す取り巻きの三人。すぐに必死になって否定しはじめるが、その慌てっぷりが逆に怪しい。うーむ、こいつらあとで説教だな。
容赦ない現実を突きつけられ、みかりんは目に見えてショックを受けていた。頼りにしていた取り巻きにも裏切られ--というか、実は自分を食おうとしていた猛獣であったと知って、みかりんの心は完全に折れたようだ。
そんな彼女が示した態度は……魂の絶叫だった。
「だって……だって仕方ないじゃない! あたしみたいなネクラでブサイクは、こうでもしないと誰も相手してくれないんだからっ!」
みかりんの叫びは、俺の心を強く揺さぶった。あぁ、なんて悲しい心の叫びだろうか。多分この声は、彼女の本心。
本当は普通に過ごしたい、今が良くないなんてことは自分でもとっくに分かってる。だけどこうでもしないと誰からも相手されないと感じていた。だから……彼女はある意味自分で分かった上で、この道に足を踏み入れていたのだ。
「そりゃあんたはいいわよね! そんだけの美人なんだから! でもさ、そんなあんたなんかには分からないでしょ⁉︎ クラスメイトからハブられる恐怖が! ブサイクだってことで、ドブッシーなんてあだ名をつけられる、あたしの気持ちがっ!」
「みかりん……」
「そんなあたしの唯一の居場所が、このネットだったのよ! なのにそれを、あんたは……それまであたしから奪うっていうの⁉︎ うぅぅぅ……」
こうなってしまったのは、確かにみかりんの自業自得かもしれない。だけど、たとえそうだとしても……知ってしまった以上放ってはおけない俺がいた。なぜかはわからないが、彼女の姿がぼんやりとした誰かと重なるんだ。
なんとなく……こんな姿になる前に、俺はその人物と友達だったような気がする。削り取られた記憶の片隅に、うっすらとそいつの姿がよぎる。
そいつも、みかりんと同じくゲームが好きなやつだった。そして、他人との付き合い方を見失ってるようなやつだった。そいつの幻影が、みかりんの姿にデジャヴする。
だけどそれはほんの一瞬のことで、詳しく確かめる暇もなく、あっという間に脳裏から消え去っていったんだ。
……っと、いかんいかん。今は俺の過去よりもみかりんをどうにかしなきゃだな!
もはや今の俺は、みかりんを冷たく突き放すことなんて出来なかった。出来るだけ優しい笑みを浮かべて、みかりんの肩にそっと手を置いた。
「ねぇみかりん」
「な、なによっ! あたしのことをまだ嘲笑うの⁉︎ もういいわの、そんなの慣れてるから! だってあたし……」
「ちがうよ、みかりん。実は私ね、ちょっと前まで……暗い子だったんだ」
俺の言葉に、涙を流して俯いていたみかりんが「えっ⁉︎」と驚きの声を上げて顔を上げた。
「それに、周りから避けられたこともあった。ホントだよ」
「ウソ……なんであなたみたいな綺麗な人が?」
「そう言ってくれてありがとう。でもさ、私はあなただって十分可愛いらしいと思うよ?」
「そ、そんなことないっ! あたしは……」
そう言いかけたみかりんの口を、俺はそっと塞いだ。もう彼女に、自分を卑下するようなことを言ってほしくなかったから。
「そんなことあるよ。ただあなたは、自分の本当の魅力の出し方を知らないだけ。それって、すごくもったいないと思わない?」
自分が女の子になって、改めて感じたことがある。女の子たちはみんな、とっても尊い存在であると。ブサイクだと自分を貶める必要なんて全くないのだと。
だって女の子はさ……みんなそれぞれが磨けば光る原石なんだよ。上手く磨けば、それぞれの色に輝き始める。そのことを、俺は女の子になって知ってしまったんだ。
目の前のみかりんだってそう。今は背伸びして変なメイクや格好をしてるけど、彼女なら普通にナチュラルメイクするだけで十分可愛くなれると思う。
だから……せめて俺の手の届く範囲くらいでは、女の子たちに「本当のあなたたちはとっても綺麗なんだよ」「自分を蔑む必要なんてないんだよ」って伝えてあげたいと思った。
これは……男から女になっちまった俺だからこそのエゴかもしれない。それでも力になれることがあるなら、そうありたいと思ったんだ。
「私が変わったとしたらね、それは自分の魅力の出し方を教えてくれた友達がいたから。そして、私のことを信じてくれる友達がいたからなんだ」
「……でも」
「私はね、あなたには今とは違う--もっと相応しい魅力の出し方があると思ってる。もしあなたが歯を食いしばってでも自分の魅力を探そうとするんだったら、その力に、私がなるよ。だからもう、安易に楽な方に逃げたりしないで」
「ああ、それなら私も力になるよ!」と、あめみぃが力強く宣言した。
「うんうん、拙者も力になるでござる!」と、侘助がおどけながら笑みを浮かべる。
「おうよ、俺たち【のほほん村】が責任を持って、みかりんがリアルで頑張れる力になるぞ」と、村長が頷いた。
彼らの温かい言葉に、みかりんは嗚咽をこぼして号泣した。そのまま俺にしがみついてきたので、そっと抱きしめる。ちょっぴり役得だけど、別にこれくらいいいよね? あんな子でも、素直になればこんなに可愛いんだよなぁ。まったく、女の子ってのは不思議なもんだ。
俺がみかりんをナデナデしているうちに、少し離れた場所ではまた別のやりとりか始まろうとしていた。話しているのは村長と、取り巻きだった三人組だ。
「おうオマエら、あんまり若い子に邪な想いを抱かないように、俺が真のケモナーの良さを教えてやるよ?」
「あ、いや僕は……」
「お、俺もケモナーはちょっと……」
「う、うんうん……」
「おいコラてめーら、なに言ってやがる! ケモミミの良さが全くわかってねーなー! 俺が一からケモミミとシッポの良さを叩き込んでやるぜ!」
そう言うと村長は、取り巻きだった三人の首根っこを掴んで奥の方へと引っ張っていった。こちらを見てウインクしてたから、あいつらのことは村長に任せておけば大丈夫だろう。……大丈夫だよね?
そんなわけでみかりんも改心し、すべてが無事に丸く収まった……かと思った、そのとき。
からんからーん。という音ともに、入り口のドアが開いた。
◇◇◇
入り口に立っていたのは、背の高い人物だった。
あー、もしかしてまだ来てないって言ってたランスロットかな? スラリとした長身で、まるでモデルみたいな体型をしている。でも逆光で顔がよく見えない。
「おっ、お前さんはもしかしてランスロット?」
三人組の首根っこを掴んでいた村長がその--おそらくは男性に近寄っていくと、彼は律儀に頭を下げた。
「あぁ、村長ですか。初めまして、ランスロットです」
「おお、やっぱりか! いやーしかし、ずいぶんイケメンだなぁ!」
「うわー、ほんとだ! あんた予想よりはるかにイケメンだねぇ! これならアンちゃんにお似合いじゃない?」
「あ、あなたは……侘助? えっ? 女性?」
突然会話に割り込んできたイケイケの侘助にランスロットが戸惑っているうちに、強引に引っ張ってきて、俺の前にどーんと突き出してきた。
「はーい、アンちゃん。さぁさぁ、ランスロットと姫の初めてのごたいめーん!」
「あ、こんにちわ。アンドロメダでーす」
「ど、ども。ランスロットです、姫」
なんか聞き覚えのある声だな。そう思いながら間近で確認したランスロットの顔は……。
「な、なっ……」
「……へっ?」
そこには、見覚えのある人物の姿があった。
ポロシャツにスラックスという姿で俺の前に立っていたのは、なんと--私服姿の天王寺 額賀だったんだ。




