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29.ネオ・タラシ

 

 ここは、暗く闇に落ちた部屋の中。


 そこには、薄暗く輝くモニターらしきものと、それに見入る二人の人物の姿があった。

 この人物らの姿はハッキリとは見えないものの、どうやら男女一人ずつのようだ。ただ、暗がりでもハッキリと分かる特徴を二人は備えていた。……モニターの明かりに照らされる髪の毛が、黒と白のストライプの色をしていたのだ。


 極めて特徴的な髪の色を持つ二人は、モニター画面を見ながらなにやら小声で会話を交わしていた。どうやら二人は深刻な相談をしているようだった。


「……それで【G】、そっちの状況はどうだい?」

「さきほど、慣らし・・・で与えていたミッションのうちの一つをクリアした。予定よりも早く順応している様子だ。システム面での問題はあったものの、その点も無事に解決している」

「では、これまでのところ順調……ということかな?」

「……問題ばかりだよ、【F】」


 ほぅ、と口にしながらもニヤリと笑うのは、【F】と呼ばれた男性の方だった。老成した人物のような口調とは裏腹に、声のトーンやうっすらと映る姿形からは彼が若い男性のように感じられる。

 一方で【G】と呼ばれた女性の方も、長い髪によってその表情はうかがい知れないものの、かなり年若い外見のように見えた。ただ彼女は多弁なタイプではないようで、それ以上問題の詳しい内容について説明をすることはなかった。


「そんなことより【F】、あちら・・・のほうはどうなってるのだ?」

「それが……見つかっていない」

「なっ⁉︎ み、見つかってないだと⁉︎ おい【F】、それは大問題ではないのかっ⁉︎」

「うーん。そうだね、大問題だね」

「な、なのになぜそんなに飄々としている⁉︎ ……と、とりあえず、どこに行ったのかもわからないのか?」

「ぶっちゃけて言うと、そっち・・・に行っている可能性が高い」


 モニター画面を指差しながらさらっとそう口にした【F】の言葉を受けて、【G】は勢いよく席から立ち上がった。【F】の胸ぐらをつかんでグイって引き寄せると、噛み付きそうな勢いで食ってかかる。


「お、お前はその意味を分かって言ってるのか⁉︎ もしあれ・・が解き放たれたとなれば……下手したら滅ぶ・・ぞ⁉︎」

「だから僕がここに来たんだよ、【G】」

「……えっ⁉︎」

「君に、いや、君たち・・・に、あれ・・を探す手伝いをして欲しいんだ」



 ◆◆◆



 カタンコトン。カタンコトン。

 いつものように吊り革に掴まりながら電車に揺られる生活は、俺が″日野宮あかる″になった日から……五月に入ってGWを過ぎ、まもなく6月という時期になっても変わらなかった。

 一つ変わったことといえば、制服が夏服も着用可能となったことだ。摩利亞那マリアナ高校の制服は、冬服も夏服もどちらも可愛らしい。ハッキリ言って興奮度マックスですよ!


 ……まぁその話は置いておくとして、そこそこに混み合った電車で座れることは滅多に無い。だけど俺は、こうして吊り革にぶら下がりながらボーッと外の景色を眺めるのが好きだった。そのことは、女子高生になっても、夏服に変わってもなにも変わらない。



 とはいえ、男だった頃には感じたことの無い空気を感じる。以前は日々の生活に追われて、ただ電車に乗るのが苦痛だったような記憶がある。だけど今は違う。窓の外を流れる風景や、他の乗客たちの様子を横目に見ながら、ひとり物思いに耽るための貴重な時間になっていた。

 もちろん、たまにいおりんなどの友人が声をかけてくることもある。でもそうじゃないときは、いつもこうやって色々なことを考えながらボーッとしてたんだ。



 今日もいつものようにボーッとしながら外を眺めていると、視界の端のほうになにやらイレギュラーな動きを捉えた。気になって視線を向けると、ひとりの女の子がモゾモゾと身悶えをしている。

 元男でもある俺は、瞬時に異変に気づいた。間違いない。あの子、痴漢されてる。


 よく見てみると、チカンされてる子は結構可愛いらしい雰囲気の子だった。髪型をツインテールにしているので幼く見えるのと、胸元につけたリボンの色から、彼女が一年生だと分かる。その後ろには鼻の下を伸ばしたスケベオヤジの顔が……。

 チッ、この乙女の敵めっ。 このアカルさんが成敗してくれるわっ!

 俺は意を決すると、人混みをかけ分けるようにしてその女の子の方へと歩み寄っていった。



「あっ! 山田さんじゃん! 久しぶり、元気?」

「ふ、ふぇっ⁉︎」


 俺にいきなり「山田さん」と話しかけられて、戸惑う様子を見せるツインテールの女の子。そりゃそうだ。なにせ「山田さん」なんてたった今思いついた適当な呼び名だもんな。でも無視してグイグイ近づいていくと、後ろにいるスケベオヤジがこちらに気づいてギョッとした表情を浮かべる。


「山田さん、元気にしてた〜? でもさ、一緒の電車なんて知らなかったよ。知ってたら毎日一緒に通ったのにね! あっ、そうそう! あっちにいおりんたちもいるよ?」

「はぁ、あ、はい?」

「……山田さん、なにボーッとしてるの? 一緒に行くよ? ほら、早く!」


 俺はわざと大きな声をかけながら、あえて周りから注目されるように仕向ける。こうすることで、もはやチカンは手を出すことが出来なくなったはずだ。ついでに「いつでも自分らが近くにいる」ということをさりげなくアピールすることで、チカンが今後この子に近づくことがないようにクギを刺す。

 そしてトドメとばかりに、戸惑うツインテールっ娘を別の車両に引っ張っていきながらエロオヤジにボソッと呟いた。


「……おいた・・・が過ぎると、潰す・・ぞ?」

「がうっ⁉︎」


 駄賃代わりにエロオヤジのつま先を思っきり踏んづけてやると、エロオヤジは苦悶の表情を浮かべて悶絶する。そんなオッサンを尻目に俺たちはさっさと退散することにする。クケケ、ザマーミやがれ!




「やっほー、あかるちゃん。なんだか騒がしかったみたいだけど、なんかあったの?」

「おはよう、いおりん。んーん、なんでもないよ」


 騒ぎに気付いたいおりんが別車両からやって来ていたので、ツインテールっ娘の腕を引きながらそちらに合流することにする。どうやらいおりんは、今日は・・・普通の格好をしているみたいだ。今日は、ね……。


 まわりの安全が確保されて安堵したからだろうか、そのときになって隣のツインテールっ娘が震えはじめた。あーあ、可哀想に。とりあえず落ち着かせるために背中をナデナデしてあげる。手がブラに触れちゃったりするけど、これは不可抗力なんですよ!

 それにしてもまったく、可愛い女の子にこんなに怖い思いをさせるなんて、エロオヤジ最低だよな! ぷんぷん!

 ……あ、ちなみに俺は女の子だから、彼女に触ったりブラに触れたり生腕を掴んだりしてもセーフなんだからね?


「えーっと、この子は?」

「んー、なんというか。友達?」

「あはは、あかるちゃんなにそれ」


 そんな感じの間抜けな会話を交わしていると、電車が学校のある駅に到着した。このまま電車に乗り続けてても仕方ないので、とりあえず話を切り上げて全員で降りることにした。



 ホームに降り立ったところで、ようやくさっきから手を引っ張りっぱなしだったツインテールっ娘に声をかける。その頃にはもう彼女の震えも収まっていた。


「あーごめんね、急に声をかけたりして。ビックリしたかな? 大丈夫だった? 私は二年生の日野宮あかる。あなたは……一年生だよね?」


 そう問いかけられても、彼女は俺の顔をポカーンとした表情を浮かべたまま眺めていた。改めて陽の下で見てみると、けっこう可愛い子だった。ツインテールの髪は軽くウェーブがかっており、つぶらな瞳にすごく分厚い唇が印象的だ。アカルちゃんじぶんで美少女に見慣れすぎてるんだけど、この子だってじゅうぶん可愛い部類に入る子だよな。

 ……それにしてもこの子、反応が無いな。俺の顔ガン見したまま固まってるし。とりあえずもう一回声をかけてみるかな。


「もしもーし? あなた、ボーッとしてるけど大丈夫?」

「……はぅっ⁉︎」

「あはは、彼女あかるちゃんの可愛さに見惚れてたんだよ」

「ほぅわぁっ⁉︎」


 いおりんに急にそんなことを言われて、顔を真っ赤にするツインテールの彼女。可哀想に、変なこと言われて照れちゃってるし。こらこらいおりん、変なこと言いなさんなよ。さすがに女の子でそれはないっしょー。

 いおりんを軽く睨みつけたあと彼女の方に向き直ると、その頃には平静を取り戻した彼女がようやくその口を開いた。


「ご、ごめんなさい! さっきは助けてもらってありがとうございます! ジュリは……1ーAの土手内どてない 珠理奈じゅりなです!」

「そっか。じゃあもし次からなにかあったら、この私か……ここにいるいおりんとかに助けを求めなよ?」

「は、はいっ! わかりましたぁ! 日野宮センパイ!」

「じゃあ、またね。土手内さん」



 日野宮センパイ、か。なんか斬新な響きだなぁ。そんなことを思いながら珠理奈じゅりなちゃんに手を振ると、俺はいおりんを引き連れて一足先に登校を始めたんだ。




 学校へと登る坂道の最中、いおりんに事情を説明すると、最初は笑いながら……最後には呆れた表情をされてしまった


「あーあ。あかるちゃんはほんっとにタラシだねぇ。また一人いたいけな少女を堕としちゃったよ」

「落としたって……なにそれ、人聞きの悪い」

「悪くなんて無いよ、僕もタラされちゃったしね。あーでも、男女問わず堕としちゃうから新世代のタラシだよね。ネオ・タラシ」

「……ちょっと、いおりん?」


 俺にギロリと睨まれて、いおりんは誤魔化すように大笑いした。ったく、なにがネオ・タラシだよ。人をなんだと思ってんだか。ぷんぷん!



 こうして怒ったふりをしたままスタスタ校門を潜ろうとしていると、不意に背後から呼び止められた。


「ちょっと待て、日野宮あかる!」


 うっ、イヤな奴に声をかけられたなぁ。そう思いながら振り返ると、そこにはメガネをかけた長身のイケメンが無愛想な表情で立っていた。キングダムカルテットの一人、『メガネ賢者』ガッくんこと天王寺てんのうじ 額賀がくかだ。


「……何か用? 生徒会風紀委員・・・・・・・さん」

「何か、じゃない。さっきの電車での騒ぎは何だ?」


 あちゃー。どうやら面倒くさい奴にさっきの場面を見られたみたいだ。生徒会風紀委員にして、次期生徒会長候補筆頭の石頭クソメガネくんに、な。




 --実は生徒会の風紀委員でもある天王寺額賀は、俺の天敵とも言える存在だった。実は先日の『あかるちゃん無双事件』のあと、こいつに呼び出されてこっぴどく怒られたのだ。こいつに言わせると、なんでもアカルちゃんは「学校の風紀を無闇に乱した極悪人」らしい。

 事件の詳細についてこいつにしつこく事情聴取されたときに、俺は布衣ぬいちゃんのプライベートにも関わることだからあまり詳しく話さなかったわけだ。そしたら「態度が悪い」と思われたようで、「事情は知らんがいくらなんでもやりすぎだ」と怒られた挙句、「以後このような行動はくれぐれも慎むように」とめいっぱい釘を刺されてしまった。俺自身やりすぎを反省するところはあったので素直に従ったんだけど、以来要注意人物として徹底的にマークされることになってしまったのだ。


 あのときの出来事で味方もずいぶん増えたんだけど、こいつみたいにあからさまに俺のことを敵視してくるやつも同時に増えた。もっとも天王寺額賀こいつの場合は、学校の風紀を乱す俺のことが気に入らないだけみたいなんだけどね。


「ちょっと待ってよガッくん。あかるちゃんは……」

「いいよ、いおりん。黙ってて」

「で、でも……」


 味方になってくれようとしてくれるいおりんを、俺は無言で制した。だってさ、正直に話すってことは珠理奈じゅりなちゃんがチカンにあってたことを話さなくちゃいけなくなるし、そうするともしかしたら彼女が恥ずかしい思いをすることになるかもしれないしさ。

 そんな--可愛子ちゃんが辱めにあうくらいだったら、自分が天王寺こいつのイヤミにちょっと耐えればいいだけなんだから、チョロいもんだよ。

 それに……【G】のミッションの件もあるしな。ここはガマンあるのみだ。


「なんだ、伊織。なにか言いたいことがあるのか?」

「あーもういいよ。私が電車で騒いだのが悪いんでしょ? ごめんなさい、もうしませーん」

「……おい日野宮、お前その態度が反省してると言えるのか?」

「反省してまーす。すいませんでしたー。さ、いおりん行こうよ!」


 俺はプンスカ怒っているガッくんをあえて放置すると、そのままスタスタと校舎の中に入っていったんだ。


 あーもうこのクソメガネ、マジでめんどくせー。【G】のあの話・・・さえなけりゃ、もっといろいろと気楽に過ごせんだけどなぁ。


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