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26.決戦

 ……なーんてね。驚いたふりをしたんだけど、実は俺はこの状況を想定していた。

 羽子ちゃんから聞いた過去の【事件】。その時の状況から、俺は布衣ちゃんのことを『劇場型悲劇のヒロイン』タイプだと考えていたからだ。……すなわち、悲劇の女性を演じることで周りを味方につけて、競争相手を蹴落とすタイプだ。


 一年生の時の【事件】の際にも、布衣ちゃんはきっと今と同じような対応をしたのだろう。アカルちゃんに対して「あたしはシュウのことが好きなの! あなたにあたしの想いを止める権利なんて無いわ!」とか「あたし、あなたのこと信じてたのに……どうして邪魔するの⁉︎」とか、そんな感じのことを言ったのかもしれない。

 あまり人と接するのが得意でなかったアカルちゃんは、おそらくそのときにろくに反論することも出来なかったのだろう。その結果、ショックで次の日休んでしまった。そんなアカルちゃんをよそに、布衣ちゃんはトドメとばかりに自殺未遂まで演じて周りを完全に自分の世界に巻き込み、『悲劇のヒロインである海堂布衣』と『性悪な悪役である日野宮あかる』という構図を決定的なものにしたのだ。



 そこまでの布衣ちゃんの作戦は完璧だったのだろう。だけど残念ながら、彼女の策には決定的な問題があった。

 それは、この俺がアカルちゃんの中に入ったってことだ。


 相手がただの女子高生であれば、布衣ちゃんの策に太刀打ちできずにまた悪役に転落していたかもしれない。だけどこの俺には、残念ながらそんな手は通用しないんだなぁ。


「……ねぇ海堂さん。あなたは大きな勘違いをしてるよ?」

「なによ、勘違いって!」

「あのね、私はあなたから大切なものを奪う気なんて毛頭無いよ。むしろシュウなんて、喜んであなたにお渡ししたいくらいだから」

「……えっ?」

「だから、私は火村修司にはなんの興味も無いってこと」


 目の前に立つ海堂かいどう 布衣ぬいは、冷めた態度でそう言い放つアカルの態度に、明らかに戸惑っているようだった。



 ◇◇◇



 いろいろと考えた結果、俺は布衣ちゃんがこちらを敵対視する理由をこう考えていた。たぶん彼女は、アカルちゃんのことが怖かったんだろう、ってね。


 布衣ちゃんとアカルちゃんは、シュウに関する一年生のときの【事件】で決定的に決別した。その結果、シュウは布衣ちゃんと付き合い始めた。

 だけどきっかけがきっかけだったから、布衣ちゃんは不安だったんだろう。本当にシュウが自分のほうに向いてくれているのかってね。


 布衣ちゃんは本当にシュウのことが好きだった。だけど彼女には恐るべき存在ライバルがいた。それは、シュウのことを小さいことから知っていて、親しくしている存在……すなわち日野宮あかるだ。

 いくら付き合っているとはいえ、アカルちゃんがシュウの幼馴染であるという事実が消え去るわけではない。しかもアカルは磨けばこれだけ光る原石・・だったんだ。もしかしたら、アカルにシュウを取られてしまうかもしれないという不安に押しつぶされそうになっていたのかもしれない。

 だから彼女は、アカルちゃんの悪い噂を流した。そうすることで、他の女子たちが自分の味方になるように。そしてなにより、アカルちゃんがシュウに近づかないように。


 ささやかだけど、場合によっては凄まじく悪質で悪意のある手法……まさに悪魔に魂を売るかのような所業だ。それゆえに効果も絶大だった。

 実際、俺が入れ替わったときのアカルちゃんの置かれた状況は最悪に等しかった。あれだけ可憐な美少女の姿をした布衣ちゃんが、こんな恐ろしいことを画策するとは誰も夢にも思わないだろう。


 いやー、恋って怖いよね。こんなにも人を狂わせてしまうんだからさ。

 でもさ、もしそれが本当の原因だとしたら……彼氏であるシュウも情けなくないか? 自分の彼女を不安にさせるなんて、もってのほかだと思うんだけどなぁ。


 ……まあいい。そんなわけで俺は布衣ちゃんに対してこんな戦法を考えていたんだ。そいつはすなわち……『シュウくんになんて全く興味ないんだよ徹底的PR作戦』だッ!



「海堂さん。私はあなたと火村修司はすごくお似合いだと思ってるよ。むしろ海堂さんが勿体無いくらいかな?」

「……う、……ん?」

「だから、私が火村修司を取るなんて絶対にありえないよ。逆に渡されても困るし、もし来たとしてもはっきり言ってお断りだし?」

「……そ、そうなの?」

「うん。だから私のことなんて、気にする必要は微塵も無いよ? そもそも私さ、もし火村修司か海堂さんのどちらかを選べって言われたら、迷わず海堂さんを選ぶんだけどなぁ。だって海堂さん可愛いし」


 俺の言葉に、これまで怒りや悲しみの表情を浮かべていた布衣ちゃんの顔がサッと赤く染まった。お、照れたかな? ちょっとセリフが臭すぎたかな? でもまぁいい。どうやらこれで、ようやく俺が「シュウくん」を奪う敵ではないということを認識してくれたみたいだ。



 これは俺の単なる予想なんだけど、たぶん彼女の中でシュウと付き合うの経緯において、アカルちゃんに対する罪悪感みたいなもんが生まれてたんじゃないかな。

 その罪悪感と恐怖心が混ざりあって布衣ちゃんの中で歪に成長していき、やがてそれがアカルちゃんのことを「徹底的に排除しなきゃいけない敵」と見なす原因に変化していった。その結果、ヌイちゃんはアカルちゃんのことを敵視してあのような暴挙に出てしまったんじゃないかってね。


 そういう意味では彼女も根から悪いわけじゃないんだと思うんだ。さっきも思った通り「恋が人を狂わせる」ってところかな。スイーツ女子、恐るべしだ。


「……もったいない」

「えっ」

「もったいないよ、海堂さんみたいな可愛い子がそんなことするなんて」


 思わず呟いた俺の発言を受けて、布衣ちゃんの顔にいままでにない動揺の色が生じる。彼女の大きな変化をその目にした瞬間、俺の頭の中にある作戦が稲妻のように閃いた。

 ……もしかしてこの機会を、ビッグチャンスに変えることが出来るかもしれないぞ。えーい、ままよ。思い立ったが吉日だ。思い切ってぶちかましてみるぜ!


「……私はね、さっきも言ったとおり火村修司にはまったく微塵も興味が無い。だけどあなたは別だよ、海堂さん」

「えっ⁉︎ あ、あたしっ⁉︎」

「うん。私はね、海堂さんにはすごく興味がある。だってあなたは、とっても可憐で可愛らしいから」

「ふぇっ⁉︎」

「ねぇ海堂さん。私、火村修司とは口をきかなくてもいい。そのかわり、私とまた仲良くしてくれないかな?」


 そう言うと、俺はとっておきの笑顔スマイルで右手を布衣ちゃんの方に差し出した。

 くくくっ、これぞ俺が閃いた作戦の真骨頂。諸処の問題を解決するだけでなく、ヌイちゃんという「友達」と「可愛くなるテクニック」、ついでに「メイク練習台オモチャ」までをも同時に手に入れようという、一石四鳥・一発逆転サヨナラ満塁ホームラン級の超絶強欲戦術タクティクスだッ‼︎



 ◇◇◇



 俺の発言を受けて、顔を真っ赤にして明らかに動揺した様子の布衣ちゃんが、俺の差し出した右手を見ながらワナワナ震えている。……あれ、もしかして怒ったかな?


「そ、そんなのウソよ! だってあなたとシュウくんは……」


 あやや、違った。でも間違いなく効いてるみたいだ。よーし、ここで追撃だ。


「だったら誓ってもいいよ。私べつに彼と一生口きけなくても構わないし。そのかわり、あなたとまた仲良くしたいな。私、海堂さんにメイクしたいし」


 おっと、思わず心の欲望が漏れてしまった。そうなんだよねー、俺ってば布衣ちゃんにも化粧したいっていう欲求が生まれてきちゃったんだよねぇ。

 だってさ、認識阻害のせいで視覚や触覚が楽しめないじゃん? だったらせめて美少女を好きにメイクオモチャにする特権くらいあってもいいよね? よねよね⁇


「で、でも……あたしはあなたのことを……」

「ん? そんなの私はなにも気にしてないよ。いいじゃない、勘違いなんて誰にでもあるんだからさ」


 俺はヌイちゃんの行動に「勘違いによる行き違い」という理屈を付けてあげた。そうすることで、彼女の心に逃げ道を作ってあげたんだ。その上で、勘違いをしたことに対してはなにも気にしてないことをアピールする。

 さぁ、こっちはここまで譲歩したんだ。そっちはどう出てくるかな?



 ……ところが、またしても布衣ちゃんは俺の予想外の反応を見せた。なんと、おっきな瞳からボロボロと涙を流し始めたのだ。

 げっ、また泣くのかよ! 作戦失敗か⁉︎ だとしたらもはや俺に打つべき小細工は無い。くっそー、これだから女の涙って苦手なんだよなぁ。めんどくせー。


「日野宮さん、あたし……」

「あーごめんごめん! そうだよね、海堂さんは悪くないね、私が悪かった! ごめんね、もうあなたを不安にさせるようなことは絶対しないからさ! なんなら半径五メートル以内に近寄らないようにするから」


 ところがヌイちゃんは、慌てて振り回す俺の手をいきなりガバッと掴んだ。驚いて動きを止めると、彼女は涙を流しながらふるふると首を横に振っている。

 ……えーっと、これはどういうことかな?


「日野宮さん、あたしもしかして……あなたのことを誤解してたのかな。だとしたら、あたしは取り返しのつかないことを……」

「海堂さん。そのことは言いっこなしだよ。そう思わせた私にも責任はあるからね。だからさ、おあいこってことでどうかな?」

「おあいこ……?」

「そう。大事なのはこれから、過去の失敗をどう生かすかだよ。だからお互い過去の勘違いなんてサラッと水に流して、また仲良くできないかな?」


 そしたらヌイちゃんは、ガバッと顔を覆ったんだ。ひぃぃ、頼むからもう泣かないでよー。


「ご、ごめん!やっぱり私が悪かったわ! 謝るからもう泣かないで!」

「う、ううん。ご、ごめんなさい、日野宮さん。謝るのはあたしのほうだわ。あたし、日野宮さんがそこまであたしのこと考えてくれてるなんて思ってなかった」

「う、うえっ⁉︎」

「あたし……あたし……それなのになんてことを……ごめんな……さい……。うえぇぇぇぇぇええぇぇぇぇん‼︎」


 目の前で俺の手を握りしめながら、まるで子供のように大泣きする布衣ちゃん。さっきまでの上品な泣き方と違って鼻水まで垂らしてるし、せっかくの美少女が台無しだ。

 ……うっわー、この子マジでガチ泣きし出しちゃったよ。どうしよっかな、これ。

 そんな彼女の姿を見ながら、俺はというと……この状況を完全に持て余してたんだ。



 打つべき手がまるで分からない俺は、どうしようもなくなって……とりあえず目の前で号泣する布衣ちゃんを恐る恐る抱きしめることにした。だってせっかくの美少女が鼻水垂らして大泣きなんて可哀想だしね。

 アカルちゃんの方が背が高いから、胸元に抱きよせるような感じになってしまう。ふわりと香る、咲き誇る花のような良い匂い。ムッホー! これが美少女の香りか! こいつはたまんねぇぜ、ヒャッホーイ‼︎


 ……おっと、いかんいかん。危うく自我を失ってしまうところだった。恐るべし美少女の匂いの破壊力。

 我を取り戻したところでどうしていいかわかんないので、とりあえず布衣ちゃんの頭をナデナデする。そしたらさらに号泣しだしてしまった。


「びぇぇぇぇえぇぇん‼︎」

「おーよしよし、泣かないでくれよ……」


 えーっと、参ったな。どうしよう?

 誰か、助けてー。


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