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18.文字化け

「やっほ〜やっほ〜ハイキングぅ〜♪」

「ほいっ♪」

「ちょっと! おにーちゃん、変な合いの手を入れないでよぉ!」

「うわっ、こらマヨイ! 運転中に殴るなよ!」


 呑気にじゃれる兄妹の様子を後部座席で眺めながら、俺は外を流れていく景色を眺めていた。あぁ、緑は良い。心が休まる。


「二人とも、仲良くしなさいね?」

「はぁ〜い」

「ちぇっ、なんで妹に説教されなきゃ……」

「朝日兄さん、返事は?」

「へぇーい」


 今日は予定どおり日野宮家の三兄妹で登山で有名な高菜山に向かっていた。車を運転するのは朝日兄さん。助手席にはマヨちゃん。そして俺ことアカルちゃんは後部座席で一人座っていた。


 ボーッとしながら車に乗ってると、それだけで過酷な学校生活ですり減っていった精神力が回復していくのを感じる。これで山に行けばそうとうエナジーが回復するに違いない。マイナスイオンだよ、マイナスイオン!


「おねーちゃん、なんか聞きたい曲ある?」

「んー。じゃあトキメキシスターズがあったらお願い?」

「へぇ、アカルってそういうミーハーなの嫌いじゃなかったっけ?」

「さ、最近好みが変わったんだよ。ああいうのもいいかなってね」

「ふぅん」


 い、いかんいかん。不用意に答えるのは気を付けなきゃいけないって思ってるのに、またやってしまうところだった。とりあえず誤魔化しはうまくいったみたいで、車の中にトキメキシスターズの曲が流れ出す。


「あいうぉんちゅー♪」

「あ"ーもう、うっせーぞマヨイ! 黙れこのオンチ!」

「あっ! ひっどーい! おにーちゃん、その言い草はないんじゃないの⁉︎」


 相変わらず繰り広げられる兄妹ゲンカとトキメキシスターズの歌をBGMに、気がついたら俺は無意識のうちに鼻歌交じりの歌を口ずさんでたんだ。


「うる〜とらぁ〜はいてんしょん♪」



 ◇◇◇



 たどり着いた高菜山は、近隣では有名な登山……というよりハイキングスポットだそうな。標高わずか五百メートル弱。目立った見所はないものの、気軽に登れるのがウリで、健康やダイエットのためにそれなりの数の人たちが登っていたんだ。


「見て見て? かわいいでしょ〜?」


 マヨちゃんはUVカットのインナーに薄手のTシャツ、短パンとレギンス、頭には帽子というシンプルな服装。それでも彼女の愛らしさは少しも損なわれておらず、むしろ可愛くさえ見えるのは持って生まれた素質かな?


「ったく、この程度の山を登るのになに気合い入れてんだよ?」


 一方朝日兄さんはシャツにジーンズ、スニーカーという、まるでやる気の感じられない服装だ。おいおい、君は登山を舐めてんのか? 山を舐めてるやつは山に喰われるぞ?


「おねーちゃん、カワイイね!」

「ありがと、マヨちゃん」


 そして俺ことアカルちゃんは、バッチリ決めて…るわけではなく。タンスの中に入ってた服の中から適当に見繕って、薄手のパーカーと短パン、レギンスという比較的身軽ないでたちだ。長い髪はポニーテールにして野球帽も被っている。

 昨日いおりんにさんざん「紫外線は敵だからねっ!」と脅されたので、マヨちゃんとふたり念入りに日焼け対策もして準備万端だ!


 さぁ、そんな三人で早速登り始めたわけなんだけど……さすがにあまり面白みのない山登りということもあって、他の人たちはほとんどがそれなりにお年を召した中高年の方が多かった。俺たちみたいな若者は皆無で、そのせいでえらく目立ってしまった。


「んまぁ、可愛いねぇ? お嬢ちゃんどこかの芸能人?」

「にゃはは。ちがうよー」


 そんな感じで声をかけられたりするものの、マヨちゃんが華麗に応対してくれている。マヨちゃんの対人スキル本当に高いよなぁ、助かるわ。


「おやおや、この色男は可愛い女の子二人も連れてデートかい?」

「ち、ちがいます! こいつら妹ですよ!」

「あらあら、色男は色男でも、妹思いの色男だったかい」


 いつの間にか朝日兄さんも他の登山客と楽しそうに会話している。ちゃっかりオバちゃんからお菓子とか貰ってるし! さすがイケメン、こっちもコミュニケーションスキルが高いぜ。

 二人のおかげでこちとら心置きなく大自然を満喫できている。自然の中で身体いっぱいマイナスイオンを補充しまくるぞぉ!


 桜の季節も終わりを迎えてきていて、登山道にちらほらとある桜も大分散っていた。ふいに風が吹き、桜吹雪が巻き起こる。ひらひらと落ちていく桜の花びらの、なんと美しいことか。

 なにげなく手を差し出すと、掌の上に桜の花びらが舞い落ちてきた。パシャリ、その瞬間シャッター音が聞こえる。デジタル一眼レフカメラを持った朝日兄さんに撮影されていたみたいだ。


「ふふっ、いいの撮れたぞ!」

「おにーちゃん本当? あーっ、おねーちゃんすごい美人に見えるよぉ!」


 そう言われて確認してみると、すごい美少女が物憂げな表情で掌の桜を眺める映像がデジカメの画面に映し出されていた。うっわ、改めて画像で見るとやっぱアカルちゃんは美少女だわ。


「マヨちゃんも可愛く撮ってよー!」

「はいよー、おにいちゃんに任せとけ! よーしマヨイ、そこで脱げ〜!」

「えー、ぜったいヤダッ!」


 相変わらずじゃれる朝日兄さんとマヨちゃん。にしても、仲良いなこいつら。



 ◇◇◇



 そんな感じで楽しく登山を満喫していたんだけど、しばらくら進むと……。


「つかれたー! 休憩しようよー!」

「おいおい、またかよ!」

「だってぇ……」


 最初にはしゃぎまくってたマヨちゃんがすぐに根を上げ始めた。まーあんだけ走り回ってたらバテるとは思ってたけどさ。


「はいはい、マヨちゃん。アクアウォーター飲みなさい」

「あ。ありがとおねーちゃん!ゴクゴク……ぷはぁー! うまいっ!」


 こんなこともあろうかと、用意していたスポーツドリンクを飲んですぐに復活するマヨちゃん。この辺が若さだわなぁ。


「なんかアカルって……」

「ん? なぁに、朝日兄さん」

「いや、急にえらく大人びたような感じがしてさ」


 そ、そりゃまあ精神年齢でいくとこっちの方が年上だしね。ゴメンね、朝日兄さん。

 でも朝日兄さんにそんなことを言われるとはねぇ。なんとなく二人の保護者になった気分でいたからかな? 今後はそういった態度も気をつけないとなぁ。



 小一時間程度山を登り続けると、ようやく山頂についた。まぁ大して高い山ではないんだけど、なんだかんだで汗びっしょりになってしまった。


「うっわー! 良い眺め!」

「おお! こりゃ思ってたよりいいな! 下界の嫌なことを全部忘れちまいそうだよ……トホホ」


 どうやら二人とも山頂からの眺めに大満足のようだ。よかったね、世俗のヨゴレから解き放たれて。とくに朝日兄さん、良い出会いがあるといいね。


「あれ? あそこに居るのシュウくんじゃない?」

「あ、ほんとだ。おーい、シュウ!」


 何かに気づいた二人が声をかけると、少し離れたところにいた若いカップルのうちの男の方がこちらを向いた。あ、あいつはキングダムカルテットの一人、火村ひむら 修司しゅうじじゃないか。しかも横にはとっても可愛らしい感じの女の子を連れている。


「あっ。朝日さん、マヨイちゃん。おひさしぶりです。それに……」

「あーっ、シュウくんってば彼女連れてる〜!」


 なんだなんだ? もしかして『黒騎士』シュウとうちの兄妹はお知り合いなの? 戸惑っている間にも目の前で勝手に会話が繰り広げられていく。


「初めまして、あたしは海堂かいどう 布衣ぬいです。お二人は……?」

「マヨちゃんは日野宮まよいでーす!」

「こんにちは、可愛らしい彼女。俺は日野宮朝日。そこにいるシュウとは近所で幼なじみなんだ」

「あぁ、そしたら日野宮さんのお兄さんと妹さんなんですね?」


 と、そこでようやく二人は俺の存在に気づいたようだ。だけどこちとらそれどころじゃない。なにせこんな場所で、いきなり未知の……しかも超弩級のネタが飛び出してきやがったんだから。


 なんてこったい。どうやら『黒騎士』シュウはアカルちゃんの幼馴染だったみたいだ。

 おいおい! なんでそんな大事な情報が【ステータス】に載ってないんだよ‼︎

 ……いや待てよ。たしか『黒騎士』シュウの【ステータス】情報は大部分が文字化けしてたな。ってことは、おそらくその部分に「アカルの幼馴染」っていう情報が記載されてたのかもしれない。


  だとしたら、なぜ文字化けなんてする? 別に幼馴染だろうと問題ないはずなのに。

 ……いや。もしかすると、だからこそ・・・・・文字化けしていたのか?

 アカルちゃんとシュウの過去の関係を、俺に知られたくなかった。知られたくない情報だから、文字化けしたのだと考えることもできる。

 意図的に隠された情報。でも【G】はなぜそのことを隠そうとする?


 ……だめだ、分からない。判断するには情報が足りなすぎる。

 とりあえず『黒騎士』シュウの横にいる彼女……海堂さんだっけ? そっちのほうの【ステータス】を確認してみることにする。


 ---

 海堂かいどう 布衣ぬい 女性。16歳。

 摩利亞那高校の二年生。シュウくんの△◎。

 去年の一年生の準・至高の一輪華プリモディーネ

 ☆〆%℃⇔◆♀■○★。

 ---


 ぐわっ、この子も文字化けしてるよ!

 そしてこの名前……あぁ、彼女がいおりんの言ってた『ヌイちゃん』か。しっかし、めっちゃ女の子らしくて可愛らしい子じゃないか。この子のどこが怖いって言うんだ? 意味がわからないぞ。


 ゾクリ。

 そのとき、俺の背筋に冷たいものが走った。マイナスイオンならぬマイナスオーラを感じてハッとして顔を上げると、一瞬海堂さんと視線が合う。……って、今ものすごい形相で俺のことを睨んでたような? あれれ、でも改めて見返すと普通の笑顔になってるぞ? もしかして、見間違えたかな⁇


 まぁいい。それよりも気になるのは、海堂さんのステータス情報までもが文字化けしていることだ。いったいどうなってるんだ【ステータス】は。

 とはいえ、いまはそれどころではない。まず考えるべきはこの二人への対応だ。【ステータス】に関してはいろいろと疑問が多いものの、とりあえず文字化けのことは別途考えるとしよう。


 知らなかったとはいえ、どうやらアカルちゃんと『黒騎士』シュウは幼馴染だった。さっきの反応から見るに、たぶん海堂さんとも旧知なんだろう。だとしたら、ここで彼らのことを無視するわけにもいかない。

 無難だ、無難にやり過ごすぞ。そう覚悟を決めかけたところで、予想外のところから助け船が入った。


「さーて。若い二人の邪魔しちゃ悪いから、うちらはさっさと退散するとかね? アカル、マヨイ、帰るぞー。シュウまたな! ヌイちゃんだっけ? シュウと仲良くな!」


 ある意味空気の読める男、朝日兄さんがなんとも強引に会話を打ち切ってくれたのだ。おお、ナイスだ朝日兄さん!期待していなかったがゆえに、兄さんのフォローがマジでありがたい。

 去り際にシュウにウインクとか飛ばしてたし、たぶんデートの邪魔しちゃ悪いと気を遣ったんだろう。我が兄ながら良くできた男だこと。

 俺は笑顔で二人に手を振りながら、朝日兄さんに従ってこの場を立ち去ることにしたんだ。



 こうして俺たち日野宮家の兄妹は、『黒騎士』シュウとその彼女ヌイちゃんに別れを告げて、いそいそと来た時の倍のスピードで山を降りていった。

 ふぃー、危なかったぜ。しかし次はどう対処しようかな……。


 ってかさ、あの二人付き合ってるんだよね? てことは、やっぱりキスくらいはしてるのかな?

 それとも、もっと過激な……いわゆるスケベなこととかもしてたりすんのかな⁇

 うっわぁー、あんな可愛らしい子とイチャイチャできるなんて、なんて羨ましいんだ‼︎ やっぱりイケメンムカつく‼︎ けしからん‼︎


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