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【番外編】日野宮あかる、世界を釣る 〜王道☆ブラックバス編〜

釣りシリーズを書くからには、こいつは外せないでしょう…ということで、ラストを飾るのはこいつです(≧∇≦)


 俺の名前は権田原ごんだわら 魚之進うおのしん。自称・セミプロシーバスアングラーだ。


 ところで突然の質問だが、人には誰だって″子供の頃の原風景″ってもんがあると思わないかい? 生まれ育った田舎の町の風景や懐かしい場所、思い出の出来事とか……。

 もちろんこの俺にも、そんな″原風景″と呼べるもんがある。釣り好きの今の自分を形作った要因、これほどまでに釣りにのめり込むことになったきっかけってやつだ。もっとも、俺が子供の頃に出会ったのは、風景じゃなくて魚なんだけどな。


 オレガヨガキの頃に出会った運命の魚。

 そいつの名は、″ブラックバス″。


 あの頃の俺は、毎日のようにダチと釣竿を持って野池を探索し、ルアーをキャストしまくっていた。そのとき狙ってたターゲットが″ブラックバス″だ。

 なけなしの小遣いで買ったワームを、これまたなけなしのお年玉で買ったリールとロッドに付けて、毎日毎日飽きることなく近所の野池で投げまくる。今思い出すと、テクニックもクソもない、ただの幼稚な釣りごっこ。いや、もはや釣りとも呼べないような低レベルな遊戯。

 だけどあの頃、奇跡的にも釣ることができた一匹ってのは、どんなオモチャや宝物よりもキラキラと輝いていて、俺にとって大切な心の″原風景″となってたんだ。


 それは、大人になって金も道具も手に入れて、ガキの頃憧れだったたくさんの種類の魚を釣った今でも変わらない。俺にとってブラックバスっていう魚は″原点″であり″青春″でもあった。

 初恋の相手ってのは一生つきまとうって言うだろう? 俺にとってブラックバスはまさにそんな感じだな。


 だからだろうか、たまにものすごーくブラックバスを釣りたくなる。チマチマした釣り方が性に合わなくて、海の豪快な釣りにシフトチェンジしてしまった今でも、無性に湖に行きたくなるときがある。

 そんなとき俺は、ガキの頃からのダチに声をかけて、ブラックバスを釣りに行くんだ。


 そして今日も、そんな……たまに来る日の一日だった。ようは、無性にブラックバスを釣りたくなったんだわ。



 ◇◇◇



 車を高速で飛ばすこと三時間ほど。俺はネットで″蛮族の住まう辺境の地″などと酷評されてる県にある、ブラックバス釣りで有名なとある巨大ダムに来ていた。


「いやー、南山ダムは久しぶりだなぁ魚之進。今日は釣れそうな気がするぞ!」

「ほんとだなぁタクヤ! 海もいいけどたまにはバスもいいよな!」


 今回の俺のパートナーは、ガキの頃から一緒にバス釣りをしてた幼馴染の木本きもと 拓也たくや。背が高くて良い服装を着てサラサラのロングヘアーがトレードマークのいけすかないイケメン野郎だが、ガキの頃は丸坊主のクソガキだった。

 お互い大人になって、俺はシーバスに、こいつは女の子ガールハントに夢中になってたけど、こうしてたまにバス釣りをして昔を懐かしみ合う良きダチだ。


 今日はガキの頃からババアだった店主が経営する貸しボート屋で、バッテリーで稼働するエレキスクリュー付きのボートをレンタルして、こいつと二人で釣りという名のリフレッシュを楽しんでいた。

 彼女のサヨリちゃんには少し冷たい目で見られたけど、こういう男の付き合いについては寛容に見て欲しいものだ。


 俺たちはエレキを操りながら、ネットや雑誌なんかで有名なポイントを避けてあまり知られていないゾーンへと向かっていく。そこで俺とタクヤはワームというゴムで出来た虫みたいな疑似餌ルアーを投げてはチョンチョンと動かしていた。……実に地味な釣りである。


「あぁ、懐かしいなーこの地味な感覚! これがイヤで釣りから離れてたんだよなぁ。すっかり忘れてたよ」

「そう言うなよタクヤ、バス釣りの基本はワームだからな。地味だが堅実な釣り方だ」

「でもそういうお前もワームのチマチマした釣れない釣りに飽きたからシーバスに転換したんだろ?」

「……ああ」俺はタクヤの問いかけに頷く。「そうだ。俺はミノーなんかに果敢に食いついてきて、一日に軽く二桁は釣れるシーバスのほうが楽しくなって、そっちに走ったんだよ」


 シーバス、すなわち海のブラックバス。そう言われるとおり、両者の姿形はよく似ている。実際、同じルアーで釣れてしまうくらいだ。

 だけど両者には決定的な違いがある。ブラックバスは手軽に釣りに行けるけど数は釣れない。一方でシーバスは、金さえかければものすごい数を釣ることができるって点だ。

 ちなみに俺は船をチャーターして四時間で三桁の数のシーバスを釣ったことさえある。なお、ブラックバスの一日最高記録はたったの三匹だけ……。

 その点にこそ、俺がブラックバスを卒業してしまった理由がある。そしてそれは、目の前のタクヤにしても同じのようだ。


「やっぱブラックバスって釣れねーからすぐ飽きるよなぁ。これだったら女の子ナンパしてるほうがまだ期待値が高いぶん楽しめるってなもんだぜ」

「……確かにタクヤくらいのイケメンだったらそうかもしれないな。でもさ、たまにはこう、初心に戻るってのも良くないか?」

「初心?」

「ああ」俺は頷きながら手元のロッドを小刻みに動かす。「こうやって過ごしてると、ガキの頃の気持ちを思い出さないか? あの頃のワクワク感とか、ドキドキ感とか、忘れかけてた気持ちってやつをさ」


 隣のタクヤはワームを一度回収すると、また水際の崖になってる落ち込んだエリアに再度キャストする。


「まぁ……あながち魚之進の言うことも分からないでもないな。ガキの頃培った粘り強さが、今の俺のナンパの技術の礎になってるって言っても過言ではないしよぉ」

「いや、それは過言だろ!」


 そのとき、俺の持つロッドに僅かに固い感触があった。確信した俺は素早く、そして力強くロッドを持ち上げる。ガツッという重みが竿先に伝わると同時に、びくびくっと生命の感触が手にダイレクトに伝わってくる。


「フィッーシュ!」

「げっ、魚之進お前釣ったのかよっ!」


 タクヤの焦る声を尻目に釣り上げたのは、30センチにも満たないような小型のブラックバスだ。シーバスであれば鼻で笑うような大きさではあるけれど、バス釣りというなかなか釣れない釣りで成果なしボウズを逃れたことの意味は大きい。

 俺は小さなバスをいとおしむように丁寧に近寄せると、その口の中に親指を突っ込んで持ち上げる。いわゆる″バス持ち″だ。


「くくっ、一匹ゲットだぜー!」

「くっそー、やるじゃねえか魚之進ぇ!」

「俺はお前と違って海の魚をずっと釣ってたからな。さほどブランクは無いんだよ」

「けっ、まぁ俺はバスなんかより可愛い女の子の方がいいんだけどな」


 まるで負け犬の遠吠えのようにほざくタクヤに何か言い返そうとしたんだけど、ふと気が変わった俺は別なことを口にする。


「……まあ俺には″釣りの女神″がついてるからな」

「釣りの女神だぁ?」タクヤが少し高いトーンの声を上げる。「それって例のお前の彼女のことか? サユリちゃんだっけ」

「サヨリちゃんだよ。それに女神は別人だ。ほら、見てみぃ?」


 そう言って俺は携帯な保存していたとっておきの画像をタクヤに見せつける。そこには例の彼女--″釣りの女神″が、巨大なシーバスを手に持ってニッコリと微笑む姿が映し出されていた。タクヤの息を飲む声が聞こえて内心ほくそ笑む。


「だ、誰だこれ? めっちゃくちゃ可愛いじゃないか!」

「くくく、すげーだろ? 彼女の写真をゲットしてからなにかと釣り運が良くてな。ついでに彼女もゲットできた」

「そりゃすげぇご利益だことで。それにしてもこの可愛子ちゃん、どこかで見たことあるような……」


 スケコマシのこいつに、彼女が今話題沸騰中のアイドル″アカレーナ″の一人、日野宮あかるのデビュー前の写真であることを話したらビックリするだろうな。そんなことを心の中でニヤニヤしながら考えて、いつ暴露してやろうかと思ってるとき、ふとある気配を感じて俺は口を開くのをやめる。


 タクヤに向けていた視線を横に逸らすと、俺の視界に--遠くからこちらの方に向かってくるボートの姿が映し出されたんだ。



 ◇◇◇



 キャストをしながらこちらの方に近づいてくるのは、二人の女の子が乗ったボートだ。

 一人はとても背の高い、パーカーにジーンズというラフな格好をしたスタイル抜群の女性。長い髪に帽子を被りサングラスまでしていたのでその顔立ちまではハッキリと見えないものの、かなり容姿が整っているように見える。

 もう一人は、背の低い白い髪の女の子。もしかして外人だろうか? 無造作にその髪を後ろでまとめてカーゴパンツにブルゾンという男の子のような格好であるものの、陽の光に当たってキラキラと光る白い髪が印象的で目が離せない。


「おい魚之進、どうやら俺のこの退屈を紛らわしてくれるような存在が登場したみたいだぞ」


 突如現れた二人の女性の姿に、顕著な反応を示すタクヤ。だけど俺はそれどころじゃなかった。何せこの二人の女の子、驚くほど超絶な釣りテクニックを見せつけていたからだ。


 まずは帽子を被ってスタイル抜群の女性。彼女は足でエレキモーターを操作しながら船を操っている。その上で巨大なルアー……あれはギガバス社が販売している激レアなジョイントミノーに違いない。そいつをいとも簡単にロッドで操り、岸際に正確なキャストを繰り返している。

 船の後ろにつけた白髪の小柄な女性も、ラバージグという黒い毛玉みたいなルアーを下手投げアンダーハンドキャストで岸際に生えたブッシュの下に正確無比に投入していく。


「すげぇ……」俺は思わず声に出して呟く。「なんてすげえテクニックだ」あれほどのテクニックは、そんじょそこらではお目にかかれない。セミプロを自称する俺でも舌を巻くほどの腕前だ。

「ああ、すごいな」二人の女性に釘付けになったまま、隣のタクヤもつぶやく。「どっちもビックリするくらいの美女じゃねえか」


 お前、そっちかよ!

 思わずツッコミたくなる気持ちを抑えて、俺は徐々に近づいてくる二人の美女による、超絶美技の共演にしばし見入ったんだ。


 やがて二人が乗ったボートは、スピーディに釣りをしながら、俺たちの横を通り抜けていく。ふいに、前に立って操船していたサングラスの美女と視線が交錯する。


 --その瞬間、俺は気づいてしまった。

 --彼女が例の″釣りの女神″であることに。


 どうやら先方も俺の存在に気づいてくれたようだ。僅かに手を振ってくれる。

 俺は半ば呆けたまま手を振り返していると、彼女たちを乗せたボートはそのままの勢いで俺たちの前を通過していったんだ。




 ほんの僅かな時間の邂逅。まるで夢のようなひと時。

 彼女たちの姿が完全に見えなくなるまで、しばらくは呆然とボートの上で立ち尽くしていた。


 彼女たちのボートが遠く離れていき、完全に見えなくなってしまったあと、先に口を開いたのはタクヤのほうだった。


「……なぁ、見たか魚之進?」

「……なにをだ?」

「さっきの美女、俺に手を振ってくれたぞっ!」


 いや、違うし! 女神は俺に手を振ってくれたんだよっ!

 そう言いたい気持ちはあったものの、女神と知り合いであることをこいつに教えるのがなんだか惜しい気持ちが湧いてきて、俺は口をつぐんだ。俺と女神だけが知ってる真実ってのがあってもいいんじゃないかね。くくく。


 だから俺はタクヤの言葉を完全無視して、そのまま釣りを続けたんだ。しばらくはタクヤもぎゃーぎゃーと喚き続けてたんだけど、やがて語り飽きたのか、黙りこくってまた釣りを再開する。


 シュッ。ぽちゃん。シュッ。ぽちゃん。

 繰り返される単調な作業。変化のない竿先。互いの会話も完全になくなってしまう。

 ……それでも良かった。楽しかった。

 ただこの環境で、この場所で、こいつと一緒に昔と同じようにバス釣りをしていることが、最高に幸せなことに思えたんだ。


「なぁ魚之進」

「ん? なんだ? タクヤ」

「また……バス釣りに行こうな?」

「……あぁ、そうだな」


 どうやらタクヤも同じようなことを思っていたらしい。なんだかんだで俺たちは腐れ縁だ。今さら友情なんて臭いセリフは口にしない。

 だから、最低限の言葉でも十分に気持ちが伝わることができた。こればっかりは、たとえサヨリちゃんであってもたどり着くことができない領域かもしれないな。


 そんなことを考えながら、俺はニヤニヤしたままワームのついたロッドを大きく振りかぶったんだ。



 ◆◆◆



「ん? さっきの人たちアカルの知り合い?」

「んー、まぁちょびっとね?」


 ボートの後ろでラバージグを投げていたアキラに問いかけられ、私は適当に返事を返す。そう、今日私たちはブラックバスを釣りに来てたのだ。

 --ちなみに釣果は二人とも0匹。本当はワームでチマチマ釣った方が釣れるんだけど、どうにも性に合わない。

 その点はアキラとも同じなようで、妙なところで気が合う私たちは、ラン&ガンを繰り返しながらボートで走り回ってたんだ。


 ……さて、なぜ私とアキラがこうしてブラックバス釣りに来ているのか、それは私が呟いたある独り言がきっかけだったりする。


 --


「……あーあ、なんかブラックバスでも釣りに行きたいなぁ」

「へぇ、いいじゃんブラックバス」


 私が昼休みに教室でポツリと零した呟きに反応したのは、すぐ近くに座っていたアキラだった。

 おっ。こいつもしかして、イケる口なのか?


「へー、アキラはバス釣りしたことあるの?」

「あぁ、もちろんだよ。エク--地元には大きな野池があってね、そこでデカい魚……フロリダバスが釣れるんだ」

「フロリダバス? あれ、アキラたちの出身ってサウスカロライナじゃなかったっけ?」

「あ、あっちではバスは全部フロリダバスっていうんだよっ!」

「ふーん、そうなんだ……」


 --


 こんな感じでいろいろとというやり取りをしたあと、さらにいろいろと紆余曲折あって、結局アキラと二人でこうしてバス釣りに行くことになったんだ。

 あ、ちなみに移動手段は朝日兄さんが車を運転してくれた。ちなみに兄さんはいまごろ一人でボートに乗って釣りをしてると思う。なんでも一人になりたいんだとか。まーたルシアさんとケンカしたのかな?


 そんなわけでアキラと二人でバス釣りをしてたんだけど、これがまたすごく楽しかった。初めて一緒に釣りに行ったってのに、まるでずっと以前から一緒に釣りに行ってたかのように″リズム″が合うんだ。

 思えば、以前からアキラたちに対しては昔からの知り合いのような、懐かしい--不思議な感覚を抱いていた。もしかして前世でも友達だったりしたのかな? そう思えるほど、この短い期間で仲良くなっていた。


「……ねぇ、アキラ」

「ん? なんだいアカル」

「また……バス釣りに行こうね?」

「……あぁ、そうだね」


 白い髪をした異国から来た少女は、私の問いかけに微笑みながらそう返して来た。その返事が嬉しくて、私はニヤニヤしながら再びキャストを繰り返したんだ。






最後まで読んでいただいてありがとうございます!

ぼちぼち新作の方に手を出そうかなと思ってます(´∀`)

それではまた、近いうちにお会いできますように(≧∇≦)

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。 順に読んで行ったので、とても仕掛けが楽しめました。 魚釣りも好みです。 救いのある物語は良いですね。 良い物語をありがとうございました。
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