克服
今日も短いです。
少しですが流血描写があるので、苦手な方は注意してください。
それは丁度、掃除のために調理場の前を通った時だった。其処でいつもみたいに、ラールックさんとメイド二人が私の陰口を言っていたのだ。
そんなことは、ここへ来てからずっと言われていることだしもう慣れた。
慣れていても聞きたくなんかないけど、私の目的地はこの調理場を横切って行くしか方法がない。ラールックさんたちに見つかると、面倒だと思ったから、仕方なく、皆んなが居なくなるのを影に隠れて待っていた。
「最近、あの悪魔は、一段と仕事の効率が悪くなりました。困ったものです」
「えぇ、本当に。あの卑しい女は、何処までもシマキ様に迷惑をかけて、腹が立ちますよねぇ!」
「何か問題でも起こして、追い出されちゃえばいいのだわ」
いつもと同じ、変わり映えのしない悪口。
そろそろ聞き飽きた。
そんな私の気持ちも知らずに、二人のメイドに同意されたラールックさんは、更に気をよくして弾んだ声で話し出す。
「抑、シャールが死んだのだって、あの悪魔のせいです」
突然出てきたシャールという単語に、ぴくっと反応してしまう。
「そうなのですか?」
「考えてもみなさい。あの悪魔の居た孤児院は、燃えて彼奴以外は皆死にました。それだけでは飽き足らず、今度はシャールまでもが死んだ。これがどういうことか分かりますか?」
「‥‥‥さぁ、どういうことでしょうか?」
「あの悪魔と深く関わった者は死ぬ、ということです。呪われているんです、あの女は。存在だけで周りを不幸にする‥‥‥正に悪魔」
その言葉を聞いた瞬間、感情よりも先に体が動いた。
いままで、存在がわからぬように影に隠れていたことも忘れて、私は気がついたら調理場に足を踏み入れていた。ラールックさんたちが驚いていたのがわかったが、そんなことはどうでもよかった。
私は、本能のままに何かを手に取って、何かを刺し続けた。ぐちゃぐちゃと嫌な音が響いていた。赤い液体が何かから出続けている。遠くで悲鳴が聞こえた気がした。
でも、構わずに何かを刺し続けた。
それが何かはわからないが、そうしなければならないと思ったから。脅迫概念にも似た気持ちで、私は腕を動かし続けた。
軈て、悲鳴は聞こえなくなった。
それでも、私は刺し続けた。だって、そうしないといけないから。
その後のことはよく覚えていない。でも、気がついたら私は、血だらけのラールックさんの上に馬乗りをしていて、二人のメイドたちは化物でも見たかのような顔で、ぷるぷると体を震わせていた。
そして、私の右手には血のついた調理用の包丁が力強く握られていた。
なんだ、私、刃物持てるじゃん。
動かなくなったラールックさんを見ても、それしか感想が湧かなかった。
その後、悲鳴を聞きつけた他の使用人により、私はペールン家の地下牢へ連れていかれた。
◎◉◎◉◎◉◎◉◎◉
あれから、何時間経ったのだろう。私は、地下牢で特にすることもなく、床の染みを手でなぞっていた。
本来、この地下牢は、シマキ様を襲った不届き者が入るところだ。その不届者から、シマキ様をお守りすることが、私の役目だった。なのに、いまは私が此処に入っている‥‥‥予想もしていなかった事態に体を震わせることしかできなかった。
怖かった。
だって、この地下牢に入れられた不届き者は、何らかの形で皆んな死んでしまったのだ。死にたくない、この牢屋に入れられてから、ずっと思っていることだった。
シャールさんが亡くなってから、死んでもいいと思っていたはずなのに、いざ死にそうになると、死にたくないと足掻こうとする自分に本当に呆れる。私は死にたいなんて、本当は思ってなかったんだ。
怖くて怖くて、三角座りで自分自身を守るように丸まった。こんな時ばかり、前世の殺された瞬間を思い出す。
すると、コツンコツンと誰かが階段を降りてくる音が聞こえた。反射的に階段を見ると、そこにはこの場所に似つかわしくない綺麗なドレスを着た、美しい少女が立っていた。




