変な夢
昨日の続きです。
「貴方はね、わたくしがいないと何も出来ないのよ。自分のことすら満足にできない、役立たずなの」
言葉の割にシマキ様は、機嫌が良さそうに笑っていた。私は何を言うわけでもなく、床に這いつくばっている。
何も言い返せなかった。
だって、言い返して反抗する仕草をすれば、どんな反応をされるかわかっていたから。
──反抗してはいけない。そんなことをしたら、何をされるかわからない。
椅子に座っているシマキ様をそっと見上げる。
彼女がいま、どんな気持ちなのか、表情から読み取る必要があるから。
「なぁに、その目‥‥‥とっても、かわいい」
「い、いやぁ」
シマキ様は美しい笑みを浮かべると、私の顔を掴んで、覗き込んできた。その恍惚とした表情は狂気じみていて、私の体は震えた。
何の気もない私の目は、どうやらシマキ様には反抗の表情に見えてしまったらしい。
体の震えが止まらない。
「もっと、もっと、反抗してダリア。貴方だけよ。貴方だけが、本来のわたくしを見てくれる」
「嫌だ、いやぁ、離してっ!」
パシンと、シマキ様の手を叩き落とす。まずいと思って、再び顔を上げた時、シマキ様はそれこそ天使のような邪気のない顔で微笑んでいた。
その顔はよくない。
その天使のような顔にだけは、してはいけない。
「素晴らしい。素晴らしいわ。ねぇ、ダリア、もっともっと酷いことをしたら、貴方はもっともっと抵抗してくれるのかしら? わたくし、とっても気になるわ」
「や、やめて、お願いします、謝りますから、やめてください」
「謝ることなんてしていないでしょう?」
そう言うと、シマキ様はスキップするように軽やかに移動した。移動した先には、暖炉があり、ごうごうと炎が燃えたぎっている。
シマキ様は徐に軍手をつけると、近くに置いてあった火かき棒を手に取った。
その段階で、私は何をされるのか想像がついた。逃げればいいのに、私の足はどうしても言うことを聞いてくれず、その場から動くことが出来ない。
その間に、シマキ様は火かき棒の先をごうごうと燃え上がる炎の中に入れて、着々と準備をしている。
いついかなる時も、シマキ様に反抗してはいけない。
──反抗すれば、彼女は興奮して、私に暴虐の限りを尽くすから。
シマキ様が暖炉から、火かき棒を出した。その先は、真っ赤に染まって熱そうだった。
逃げなければ、逃げなければ、そうしないと、私は、私は‥‥‥。
シマキ様が近づいてくる。
私は、立ちあがろうと必死に足を叩いた。どうして、言うことを聞いてくれないんだ。
早く、早く、逃げないと。
不意に、足音が聞こえなくなった。
後ろから肩に優しく手を置かれる。
「あっ、嫌っ」
「無駄よ。貴方の足は、もう使い物にならないわ。わかっているでしょう? 貴方はもう歩けないの」
とても穏やかな声だった。
「そ、そんなことない。そんなことっ‥‥‥」
「嘘じゃないわ。貴方も知っているはずよ。貴方はね、もう何処へも行けないの。トイレにだって、お風呂にだって、ベッドにだって‥‥‥この場を立ち去ることだって、出来はしないのよ。貴方はね、わたくしがいなければ、もう何も出来ない体になってしまったの」
「嘘っ、嘘ですっ‥‥‥嘘、嘘」
「そう思うのなら、いまこの状況から、逃げ出してみなさい」
シマキ様は一旦私から離れて、前に回り込んだ。すると、今度は私の右腕の袖を捲って、手を取った。
その動作で何をされるのか、わかりたくもないのにわかってしまう。
「ごめんなさいっ、ごめんなさい! やめて、それだけはやめて、怖い! 痛いのは、いやぁ!!!!」
「大丈夫、貴方がどんな姿になろうと、わたくしは貴方を逃してなんかあげないから」
抵抗虚しく、火かき棒は私の腕に静かに当てられたのだった。
◎◉◎◉◎◉◎◉◎◉
「いやぁぁぁぁぁっ!!!!」
目覚めると、そこはいつもと同じベッドの上だった。はぁはぁと、呼吸が整わない。汗で服がくっついて気持ち悪い。
それにしても、リアルな夢だった。
火かき棒を当てられた時の、じゅうと焼ける感覚まで、まるで現実かのようだった。
思わず右腕を見たが、そこには何の跡も残っていない。ふぅと、安堵のため息を吐く。
少し落ち着いたところで、隣を見るとシマキ様が寝ていた。
きっと、ルイカから、シマキ様がストーカー男かもしれないなんて、変な話を聞いたから、あんな変な夢を見たんだ。
まだ、起きるには早い時間だが、このまま眠る気にもなれず、ベッドの上で三角座りをしていると、不意に隣から声が聞こえた。
「休みなのだから、もっとゆっくりしていればいいのに‥‥‥眠れないの?」
「すみません、起こしてしまって」
「気にしないで、そんなことより、酷い顔色よ。何か怖い夢でも見たのかしら?」
「‥‥‥」
何も言わない私に何を思ったのか、シマキ様は起き上がってベッドから出て行ってしまった。バタンと扉が閉まる音だけが、部屋に響いた。
呆れられたのかなぁ。
私の心は、漠然とした不安で満たされた。
しかし、閉じられた扉は、数分のうちにまた開かれる。顔を上げると、二つのカップを乗せたトレーを持ったシマキ様が立っていた。そのうちのひとつが私へと渡される。
「ハーブティーよ。飲めば落ち着くわ」
「あ、ありがとございます」
にっこり笑ったシマキ様は、もうひとつのティーカップを持って、私の隣へ座る。
「別に無理に話せとは言わないけどね、そんな顔してたら、何があったか気にはなるわ」
「‥‥‥シマキ様は、その‥‥‥」
「うん?」
「‥‥‥私のこと役立たずと思っていますか?」
シマキ様は、ぱっと私の方を呆然とした顔で見た。次いで落ち着かせるように、優しく微笑む。その表情は夢の中の顔と似ているのに、何故だか安心できた。
「そんなこと聞かれるなんて、予想外だわ。そうね‥‥‥役立たずだなんて、思ったことないわよ」
「でも、私は貴方の盾になれなかった!」
「馬鹿ね。そんなこと気にしていたの?」
「そんなことって‥‥‥」
「わたくしはね、仮に貴方が役立たずでも構わないわよ。だって、わたくしは貴方のことを一度も、盾だなんて思ったことないもの」
その言葉に、今度は私が呆然とする。
「な、なら、どうして、私のことを側に置くのですか?」
「そんなの決まっているじゃない。知らなかったの? 何度も態度で示しているのに」
「し、知らないです」
「貴方の笑った顔が‥‥‥大好きだからよ」
「えっ?」
「貴方がわたくしの側で笑っていてくれたら、それだけでわたくしは幸せなの」
「‥‥‥それだけ、ですか?」
「それだけよ」
シマキ様の穏やかな顔は、とても嘘をついているようには思えなかった。どうして、いままで信じられなかったのだろう。
シマキ様はいつだって、私のことを捨てたりしないと言っていてくれたていたのに。
こんな、こんな‥‥‥
傷を負っても尚、前と変わらないことを言ってくれる、それは本当に私を愛してくれているってことの証明じゃないか!
そう思ったら、心の中が仄暗い喜びで満ち溢れた。それと同時に、シマキ様がストーカー男ではないと確信する。だって、私がストーカー男にこんな感情、絶対に抱くことはないから。
「全く、貴方は自分に対する好意にだけは疑い深いのだから」
シマキ様は、呆れたような顔をしてハーブティーを一口飲んだ。
「‥‥‥シマキ様、私、頑張りますね」
「よくわからないけど、元気が出たなら、よかったわ」
安心したように微笑むシマキ様を見て、ルイカへの返答を決めた。
不穏な夢からのスタートでした。




