海に生きる種族
私が外に飛び出した時、一番先に目を引いたのは海に発生した靄の中に佇む船だった。青白い炎の様な明かりに包まれた船は帆にも船体にも穴が開いていて今にも沈みそう……いえ、沈んでいない方が不思議だったわ。
「幽霊船……?」
そんな風な印象しか抱けない船に目を奪われていた私だけれど、耳に入った唸り声や破砕音で我に返る。そう、私は村で暴れているモンスターを倒しに来たのよ。デュアルセイバーを握って駆け出せば倒壊した小屋から真っ赤な球体が飛び出して来たわ。一抱えは有る大きさで血走った巨大な目と鋭利な牙を持つそのモンスターは跳ね飛んで前方の物を壊しながら私に向かって来る。近寄れば熱そうで、実際に全身から煙が上がっていた。
『『キラーシェル』命を持った砲弾。興奮すると体が真っ赤に熱される。体は鉄の塊に匹敵する堅さと重さであり、目が弱点』
「まあ、そうでしょう……ね!」
デュアルセイバーを目に向かって振るえば咄嗟に瞼を閉じられるけれど、閉じた瞼を砕いてそのまま振り抜けば他のキラーシェルの方に飛んで行った。体に浮かぶのは青い魔法陣。それが輝けば更に加速、避け損ねた仲間が正面からぶつかって砕けていたわ。
「うふふふ。この能力は便利ね」
思わず笑みを浮かべながら刃を撫でる。グリエーンで生まれ変わる前は二つに分割した刃と刃の任意の方をもう片方に引き寄せる能力だったけれど、新しく得た力はそれを強化した物。ブルースレイヴで叩いた相手に付与出来る『地印』は反発、そしてレッドキャリバーで付与する『天印』は……。
「どんどん行くわよ!」
仲間がやられて怒ったのか次々にやって来るキラーシェル達。その体は更に真っ赤に熱され、転がったり飛び跳ねながら私に体当たりを仕掛けるけれど容易に跳んで避けれた。飛び越す時、数体の体を軽く叩いて着地すれば向こうは勢い余って少し進むけれど方向転換して再び私に向かって来る。その中の数体、私に叩かれたキラーシェル達の体に赤い魔法陣が浮かび上がったわ。
「天印解放」
自分の意志とは別に私に向かって猛スピードで向かって来るキラーシェル達に再びデュアルセイバーを振るう。刃に吸い寄せられる様に……いえ、実際に吸い寄せられたキラーシェル達の堅い体は衝撃で砕けて仲間達の方へと飛んで行った。それも、今度は地印による反発で加速しながら。自分と同じ堅さの仲間の破片を食らったキラーシェル達は絶命する。これがレッドキャリバーの『天印』の力。刃で叩いた相手か刃を相手に引き寄せるのよ。
「さて、次だけれど……もう終わりね」
デュアルセイバーを構えるけれど、村を襲っている残ったキラーシェルは賢者様達が次々に倒しているからこれ以上は動かなくて良さそうね。
「どうした、どうした! 歯を剥いたならば逃げるでないぞ!」
女神様が手にしているのは半透明の氷の斧。柄にだけ布が巻いていて、刃からは冷気が放たれているわ。少し触れるだけでキラーシェルは凍り付き両断されて行く。見れば内部まで完全に凍り付いている仲間の姿に怯えて逃げ出すけれど女神様は逃がさない。投擲された斧は回転しながら追い付き、刃に触れなくても近くを通るだけで氷に覆われ、女神様に蹴り砕かれていたわ。それでも難を逃れたのもいたけれど、投げ飛ばした斧に追いついた女神様が柄を掴んで折り返す。逃げられる筈がなかったわ。
「さて、私も久々に……」
賢者様は久々に指パッチンで魔法を発動する気だったみたいだけれど失敗して鳴らず、キラーシェル達も唖然とした後に動き出す。その動きが突然空中で止まったわ。必死に暴れるキラーシェルを捕らえていた物は五度目で漸く指を鳴らせられた時に姿を現す。巨大な蜘蛛の巣が宙に浮かんでいたの。多くのキラーシェル達を捕らえた蜘蛛の巣は賢者様が指を動かすと回転しながら進み、他のキラーシェルも捕らえたり、仲間同士で激突させて倒している。
そしてアンノウンだけれど……。
「ふぁ~」
その場に寝転がって大アクビ、全然やる気が無いみたい。寝転がって無防備だと思ったのかキラーシェル達が殺到する中、幽霊船の方から大きな音がして無数の砲弾……いえ、無数のキラーシェルが撃ち出された。ゆっくり回転しながら目を開いたキラーシェル達は徐々に赤くなりながら村に飛んで来る。うとうとしながらそれを見ていたアンノウンだけれど、その場で軽く前足を振るだけだったわ。まるで虫でも追い払う程度の無造作な動作、それだけでキラーシェルはアンノウンに向かっていたのも村に向かって飛んでいたのも切り裂かれた。まるで絵が描かれた紙を切り裂いて絵の人物を切るみたいに今居るのは全滅させたわ。
「……やるじゃない」
「うん! じゃあ、ゲルちゃんの十倍は倒したし、明日の朝のベーコンは貰ったよ~」
「ベーコンで良いのね? 明日だけよ?」
明日は賢者様が納豆を食べたいからパップリガ料理にするらしいし、ベーコンは出ないと思うけれど言わないで置こう。明日って指定したのもアンノウンだから私は知らないと、意識を幽霊船に移す。アンノウンの方から寝息が聞こえて来たけれど、私より倒しているんだからもう良いわ。……でも、美味しい所は貰っちゃうんだから。
「賢者様、あの船までの道を作って貰えるかしら?」
「普通の道と氷の道、どっちがお好みで?」
「じゃあ、綺麗な氷の道で!」
その言葉と共に私は走り出す。目の前で海が割れ、現れたのは左右の壁で波を遮った氷の道。船まで続き、二股に分かれて幽霊船を囲む。私達の戦いを見ていた村の人の方をチラリと見るけれど負った筈の傷は既に癒えていて、私に向かって声が掛けられた。
「き、君達は一体っ!?」
「私達? これでも勇者一行よ!」
私の体に現れる救世紋様。勇者の証明なだけで意味は無いし、私も知らなかったのだけれども。だからこれは只の格好付け。私みたいに知らなくても不思議な見た目だもの、使って損はないわ。でも、見た目が良いから使っちゃった。
「あはははは! ゲルちゃんノリノリだねー!」
「……うっさいわよ」
自分でも調子の乗っちゃったのは分かっているけれど、今は絶好調だから仕方無い。今の私、凄く強くなっているもの。一足飛びに砂浜から氷の道に飛び移り、着地と共に駆け出す。そして足を滑らせた。
「ひゃわっ!?」
咄嗟に一回転して何もなかったみたいに走り出すけれど、絶対に賢者様達には気付かれているわね。
「ねぇねぇ、どうして一回転したのー?」
当然の様に頭に響くアンノウンの声。分かっていて訊ねているんだから本当に質が悪いわね、あの子。幽霊船は次々にキラーシェルを撃ち出すけれど賢者様の魔法の氷は砕けない。代わりに氷の道を滑りながら私に向かって来るけれど鎧袖一触、蹴散らした。そうして幽霊船が間近にまで迫った時、遠くから猛烈な勢いで接近する船があったわ。
「うぉおおおおおおおおお!! 野郎共、もっと気合い入れて漕ぎやがれ!」
「へい! 船長!!」
彼らの印象を一言で語るなら、筋肉、それ以外に相応しい言葉は無かったわ。
「俺達の村に手を出す奴を逃がすんじゃねぇぞ!」
「へい! 船長!!」
船上で動きやすい服装を内側から張り詰めさせている分厚い胸板、逞しい二の腕。グリエーンの戦士が持つ戦う為の肉体とは何処かが違うけれども、海に生きる人達が海で鍛え上げた肉体なのでしょうね。
「突撃だぁああああああああああああっ!!」
「へい! 船長!!」
日に焼けた肌に刻まれているのはモンスターを含めた困難多い海での生活による傷跡。それらを勲章みたいに見せびらかせる露出。体に染み込んだ潮臭さと汗臭さが少し離れた私の所にまで届く錯覚さえ感じてしまう。そして耳を見れば長く先が尖っている。
「うん。ああいったのが一般的なエルフよね。……賢者様の世界に伝わるエルフって変わっているわ」
海に生きる種族であるエルフ。男女共に漁師や船乗りとして生きる人が多く、豪快な性格が多いって聞いているわ。彼等の力強い姿と賢者様の世界に伝わる優男のイメージが全然別物過ぎて違和感が有るわ。どう考えてもエルフは逞しい肉体が特徴の種族だもの。
次々と幽霊船に縄が投げ込まれる。勢い良く投げられた銛は幽霊船の至る所に巻き付き、それを伝って次々とエルフさん達が乗り込んでいた。少しの間それを見ていた私だけれど、こうしている場合じゃないと気が付いて走り出す。だけど、幽霊船は急に消えて彼等は海に落ちて行ったわ。まるで最初から存在しなかったみたい残り香さえ無く……。
「って、臭っ!?」
その代わり、強烈な体臭が漂って来たの。
「悪いな、嬢ちゃん。ちょっと十日ばかり漁に出てたから風呂に入ってねぇんだわ。おい、ついでだから海で汗を流して行くぞ!」
「へい! 船長!」
思わず失礼な事を言っちゃった私に向かってガハガハ笑いながら海に潜るエルフの漁師さん達。流石はエルフ。頑丈さと気風の良さが特徴なだけ有るわね……。
これまで聞いた話と実際との違いに驚いた旅だったけれど、此処まで聞いた通りだった事に私は驚く。その頃、目的の一つである浚われた子供達に動きがあったわ。
建設途中の城の中、居住性よりも侵入者を惑わす迷宮としての役割に比重を置いたその建設には多大な労力を要していた。電気照明など存在しない世界では夜が来れば直ぐに眠る者が多い。ロウソクやランプも出費が馬鹿にならず、魔法の力を込めた道具は高価で庶民には縁遠い。結果、かき集められた人々は粗末な寝具で雑魚寝をしていた。
誰も彼も見窄らしい服装で雑魚寝をしており、風呂も食事も傷の手当てさえも満足でないのが一目で分かる。朝日が昇ると共に叩き起こされ、モンスターに怯えながら重労働を行う人々には他者を気に掛ける余裕など無く。故に数人の子供が居なくなっているのに気が付いていなかった。
「うげっ! 此処ベタベタしてるよ」
「しっ! 大きな声を出したら駄目よ」
ゴミを海に捨てる為の管の中を小さな子供達が四つん這いになって進む。先頭の二人は十歳程度の少年と少女であり、後ろを進むのは幼い子供達だ。悪臭が漂い涙が出そうになる中を進む子供達の顔には不安が浮かんでいるが、それを励ます様に振り向いた少年の顔は明るかった。
「皆、後少しだ。外の作業の時に見張りの目を誤魔化して準備していたイカダを隠しているから逃げられるぞ」
「そうよ。私とトゥロで頑張って作ったんだから。逃げたらこの島の場所を知らせるの。そうすれば他の人も助かるわ。私のお母さんはイエロアで一番凄い魔法使いで雷の精霊を召喚出来るのよ」
この場に居る子供達の共通点はグリエーンの出身という事。主にブリエルの住民が多い中、同じ世界から浚われて来た上にグループも同じという事は結束に繋がっていた。
「そうだね。カイお姉ちゃんのお母さんのイアラって僕でも知ってる凄い魔法使いだもん」
「風が入って来た! 皆、もう直ぐだぞ!」
トゥロが言った通り、潮風が流れ込んで来る。子供達は希望を抱き、親と再会出来る時を思い浮かべる。両親に抱き付き、抱き締めて貰いたいと願った。先ずはトゥロが岩壁の側面に開いた穴から外の様子を伺う。月明かりに照らされた水面は他に照らす物が無くともハッキリと見え、見張りの居る様子も無い。職務怠慢か他の理由が有ってかは分からないが、彼等には都合が良かった。
「じゃあ、僕が先に行こう。カイ、他の子達を頼む。此処まで来たんだ。絶対に家に帰るぞ」
無事を確認したのか海に飛び込んで合図をする。続いてカイが飛び込めば他の子供達も怖がりながらも意を決して飛び込めば溺れない様にトゥロとカイが支えた。
「さあ。皆、気を付けて進もう。……この先の入り江だ」
岩の陰に隠れながら慎重に進み、時に見張りのモンスターに遭遇しそうになりながらも子供達は先に進む。まるで神の祝福が有るみたいだと思いながら辿り着いた入り江には岩の隙間に隠された小さなイカダがあった。子供の手による簡素な作りだがオールも帆も有り、今の彼等にはどの様な大船にも勝る希望の船だ。
「出航だ!」
トゥロの合図と共にイカダは海に乗り出した。イカダは進む、子供達を乗せて。イカダは行く、希望を目指して。運が良い事に風は追い風であり、雲が月を隠して城で見張っているモンスターがイカダを発見する可能性は下がっただろう。子供達は他の浚われた者達が居る城を一度だけ振り返ると前だけを向く。必ず助けを呼ぶと心に誓いながら。
「……大丈夫かなあ?」
「大丈夫さ! 勇者様だって居るんだし、魔族なんて倒してくれる。だから少しだけ辛抱して貰おう!」
一番幼い子供が途中で弱音を吐くもトゥロの励ましの言葉で不安が消えた顔になる。不安に満ちた言葉は聞いた者の心にも不安や恐怖を伝播させる。それを何とか防いでホッと息を吐きだしたトゥロも表面上は平静を装っていてもその実、内心は不安で一杯だった。
(落ち着け。僕が不安だと気付かれたら皆がパニックになる。何とか誤魔化すんだ)
巣くって消えない恐怖は心を蝕んで行く。今は脱出した興奮で保たれているが、追っ手やモンスターに遭遇する恐怖を感じれば下の子供達は恐怖を抑えきれない。だからこそ少しでも早く人の居る場所へと向かうも明かりは見えず焦る中、汗ばんだ手に別の手が優しく触れた。
「カイ?」
「大丈夫。きっと助かるから。ほら、持ち出した食べ物を食べて落ち着きましょう。……酔わないと良いけれど」
「あははは。君って乗り物に弱いのかい?」
「……黙秘するわ」
サッと目を逸らしながらも食料を分配するカイとの短い遣り取りはトゥロの心を温める。消えかけた希望の灯火を再び燃え上がらせ、その光で恐怖を追いやる。
「皆、後少しだ。大変だけれど頑張ろう!」
久々に腹が膨れる程の食べ物に腹と心が満たされ、更に活力が湧いてくる。普段の重労働で体には疲労が蓄積されているも交代でオールを漕ぎ、明かりが見つからないか交代で見張る。脱出から何時間か経った頃だろうか。そろそろ瞼が重くなった時、カイが不意に遠くで光る何かを発見した。
「皆、あっちを見て!」
その声に眠っていた子達も慌てて起き、明かりを指差して歓声を上げる。この時間に明かりが灯っているのなら夜中まで開いている店か砦の類という事であり、つまりは人が居るという事だ。疲労によって再び心を蝕み始めていた不安が希望によって消え去る。これで助かったのだと限界近い体を動かし、近くに寄れば確かに港町だった。
「おい、子供達がイカダに乗って来たぞ!」
「おーい! お前ら、どうしたんだー?」
「助けて! 魔族に浚われて逃げて来たんだ!」
港では船乗り達が直ぐにトゥロ達に気が付き、事情を叫んで伝えれば慌てた様子を見せた。一瞬、関わりになるのを嫌っているのとか不安になるトゥロ達だが、手招きする様子に杞憂だったと気が付けた。
「待っていろ、直ぐに医者を呼んでやる。それで他に浚われた人は居るのか?」
「うん! 大人も子供も沢山働かされて居るんだ。城を造らされていて……」
縄を下ろし引き上げてくれた男に事情を話している最中の事だった。溜まりに溜まった疲労、そして他の子供を守らなければと張り続けた緊張の糸が切れたのか膝から崩れ落ちたトゥロは咄嗟に抱えられるも膝を地面で打って怪我をする。
「痛たたた。危なか……え?」
この時、初めて彼の口から僅かながらの弱音が零れ落ちる。此処まで必死に我慢していた物が気が弛んで普段でも見栄を張って口にしない程度の弱音。気恥ずかしさから誤魔化す言葉を考えながら顔を上げ……驚きの声を漏らす。この時、彼は信じられない物を目にする。目に……してしまった。
感想待っています!
エルフがマッチョじゃ駄目って決まっていない!




