棚上げ
「ねぇ、ネルガル君。この世は不平等な事ばかりだと思わないかい? あまりにも差が有りすぎる」
(嫌がる)ネルガルを(無理に)誘っての食事の席にて、パワハラの常習犯であり誕生した時点で高い地位と力を持ったリリィは語る。ネルガルは毎度毎度指摘する性格ではなく、ザハクが不在な為にツッコミ役が存在しない。尚、彼女には自分が不平等の世の中にて偏りが来ている側であると自覚していた。白々しさの固まりである。
「富豪と貧民、貴族と平民、強者と弱者。正義や努力じゃ覆せない物は世の中に多いし、じゃなければ僕はこうして此処に居ないよ。そうでなければ、一応英雄候補ではあったんだし、年の近い勇者の為に仲間に選ばれていたんじゃないかな?」
裕福ではない村に生まれ、横暴な領主に全てを奪われた少年は怒りの感情さえ出さずに語る。仇は既に他の者の手によって罪を罰せられ、村が滅んだ理由の一つであった姉を裁いても達成感は無い。元から死に掛けだった心が余計に冷えるだけだ。
「英雄候補……実に皮肉な名称だとは思わないかい? そして残酷な存在だ。偶々覚醒したら凡人の努力なんて一笑に付すんだからさ」
ネルガルは淡々と意見を述べるのに対してリリィは楽しそうに語った後で何やら思い浮かべた様子で恍惚の表情。それを見たネルガルは露骨に嫌そうな顔になった。此処に来て感情の発露である。世の不条理に対して十歳で達観した意見を口にする彼だが、露骨に好意を示す目の前の少女にだけは悍ましさを感じているらしい。
「ふふふふふ。君が勇者の仲間だったら、私と君は許されざる恋仲だったって訳だ。いや、私が君への想いを募らせて拉致監禁していたかもね」
同胞である筈の者達をあっさりと切り捨て、路傍の石ころとさえ思っていない少女が見せるのは恋する乙女の顔。元が蠱惑的で整った顔立ち故に年の離れた相手であっても魅力を感じた事だろう。だが、世の中には例外が存在しネルガルは正にそれだ。
「僕は君との恋だなんて許す気もないし、拗らせて歪ませた恋心を募らせるのは妄想の中だけにして、口には出さないで欲しいんだけど?」
「……一応君は私の指揮下に入っているんだけど? 服従し、足を舐めるなり手の平にキスをするなりしたらどうだい? ほら、そんな姿を想像してご覧よ」
数々のアプローチに対してそもそも本気なのか否かは別として此処まで袖にされるのは不服らしくリリィは少々セクハラじみた要求の後、自分でも想像した光景に幸せそうで蕩けてしまいそうだ。この時、彼女は下着が湿り気を帯びたのを感じていた。
「……おぇ。想像したら気分が悪くなったから、これ以上ご飯は要らないや。ああ、それと通常範囲内の業務しか受けないから。先生のついでに手を貸す約束はしたけれど、契約外は契約外さ」
リリィの要求に一切取り合わないままネルガルは食事の大半を残したまま去っていく。具体的に言うと主菜の肉料理と付け合わせのポテトフライは口にするも人参のポタージュやサラダには殆ど口にしていない。ザハクが居れば口喧しく食べろと叱り、リリィを口汚く罵った事だろう。
「……」
後に残されたリリィは俯き、そして少し震えている。まるで屈辱や怒り、はたまた悲しみに暮れているかの様に……。
「あはぁ! ネルガル君ったら私の手にキスをしたり足を舐める姿を想像してくれたんだ。あははははは!」
突然響く嬉しそうな声。自らを抱きしめる彼女の顔は喜色で満たされ、少々気色が悪い。全く別の理由で震えていたリリィは実に幸せそうで、後から姿を目撃したビリワックの胃に更なる深刻なダメージを与えそうだ。だが、きっと大丈夫。上級魔族の胃壁は頑丈だ。ストレスによって痛みはしても簡単には穴が開かない。休む理由にならない程度の胃痛が続くだけなのだ。
「さてと、あの子の活躍も楽しませて貰おうかな。あはは! 私ったら浮気性だね。でも、ゲルダへの恋心も真実なんだ。あの顔が曇るのを想像しただけで……」
この時のリリィの顔は絶頂に達したかの如くであり、少女の見た目には相応しくない物だ。それでも似合ってしまう怪しい色気も持ち合わせていた。
「じゃあ、あの子の名前を決めなくちゃ。折角ゲルダの為に用意したプレゼントだからね」
懐から水晶玉を取り出して眺めれば嵐の中を進む船が三隻見える。先頭の船をズームすれば見えたのはゲルダの姿。思わず笑みを浮かべた所で水晶玉は突如爆発し、リリィの手を骨の芯まで焦がした。肉が焼き焦げ骨が露出した手を見詰めたリリィは少しだけ残念そうにすると立ち上がる。その手は見た目だけは綺麗な見た目に戻っていた。
「ああ、そうだ。こんな名前なんてどうだろう? ……それにしても最初から思っていたけど、ウェイロンの奴って気色悪いよね。拗らせるにも程がある」
偶然なのか呟くリリィの目の前には高価そうな花瓶が置かれ、鏡のような表面に彼女の姿が映っていた。
「ちっ! 罠かよ」
「自分が情けないわ……」
迷いながら進むのは面倒だと壁を破壊しながら進むという選択肢を取ったゲルダとレリックであったが、壁を壊して先に足を踏み入れた途端に景色が入れ替わってしまう。それが転移魔法陣によるものだと悟ったレリックは不機嫌さを隠さず、ゲルダは不甲斐なさにうなだれる。恐らくは転移時に聞こえた声、特にアンノウンによる嘲笑が堪えたのだろう。だが、そんな状態でも周囲の状況判断は怠っていない。
二人が立っているのは剥き出しの地面でドーム状の室内。微かに流れ込んで来る匂いが城の何処かだと報せるも薄暗く扉や階段が何処に有るのかも分からない。ぶち破る壁も遠目に見える距離だった。
「取り敢えず壁際まで行って出口を探すぞ。ぶち破って罠がまた発動とかは勘弁だ。あの珍獣が確実に笑うし、あまりにも情けないからな。……てか、俺は本当に何を考えていたんだよ、マジで」
(どうしようかしら? 何か励ましの言葉を……)
流石に自己嫌悪に陥るのかレリックは頭を抱え、ゲルダは自分も同じ意見を出したのを無視して彼を慰める言葉を考える。何だかんだ言っても十一歳のお子様だ。レリックもまた二十程度の若者。どんな経験を積んだとしても変わらない事実は存在する。
「「来た!」」
二人の表情が一瞬で切り替わる。空中に出現した魔法陣。途端に漂う魚独特の生臭さに腐臭が混じった悪臭。現れたのは巨大なエイに似た異形の怪物。挨拶代わりとばかりに口が大きく開かれた時、内部の細かく鋭い無数の歯が二人に向かって飛ばされた。
アンノウンのコメント 性格悪いよね 自分を省みなよ
応援待っています 同時進行の連載共々!




