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閑話 ありふれた悲劇

 天高く昇った太陽が西に傾き、それでも逢魔が時と呼ぶには気が早い時間、イーチャはオープンカフェで注文した紅茶に砂糖を大量に入れていた。もはや砂糖の味しかしない紅茶をかき混ぜ口に運ぶ。飲んでいる物が物なのだが、世の中は不平等で美女がやれば大抵の事は絵になる。


「……そろそろでしょうか」


 待ち人は未だ来たらず。普通ならば美女が物憂げな表情を浮かべながら一人で居たならば声を掛ける軟派な優男が居そうなものだが、硬派で逞しいエルフが多い町だけにその様な者が現れはしないし、出たとしても追い払われるか食い下がらずに口説き続ける姿を見るに見かねた誰かが止めに入るだけ。


 それが分かって居るからこそイーチャは不用心な様子で相手を静かに待ち、やがて待ち人の青年、レリックは訪れる。


「待たせたな。……ちょいと余計なのも居るが別に良いだろ?」


 その肩に妹だと紹介された少女を乗せ、頭の上には食べ滓をボロボロ落としながらクッキーを貪るパンダのヌイグルミを乗せて。


「ちょっと、レ……お兄ちゃん! 余計なのって酷いわよ」


「そうだよ! レリッ君は余計じゃない。自分を卑下するのは止めなって!」


「余計なのは主にテメェだ!」


 少女はレリックの耳を掴み、パンダはクッキーの食べ滓だらけの前脚で青年の頭をペチペチ叩く。その光景を見ながらイーチャは再び紅茶を口に運んだ。その時、レリックの背中から剥がれ落ちる一枚の紙。太股マニアと書かれている面を上にしてイーチャの足下に落ち、イーチャは肩車をされている少女の太股と、肩車をして満更でもない表情のレリックの顔を見た。


「……」


 彼女にとってレリックはそれなりの仲だ。今まで道具として自分の体を差し出した事は有ったが、その必要も無いのに会う度に肌を重ね、今回も何かしらの口実を作って宿の部屋に連れ込む予定だった。何か理由を作らねば誘えない、その時点でイーチャの中でレリックは特別な存在となっている。少なくてもイーチャには自覚が有る。


「……どちら様でしょうか?」


 そんな相手であっても今の状況の彼相手なら他人の振りをする。イーチャは強かな女であった。非情な様だが仕方が無い。きっと多くの者がそうする。パンダだってそうする。


「いや、何言ってんだよ。遅れたのを怒ってんのか?」


「人違いです」


「いや、何言って……」


「人違いです」


 この後、子供連れで執拗に女の人に声を掛ける変質者だと勘違いしたエルフ達によって一悶着起きたのだが、流石にゲルダが巻き込まれそうになったのでイーチャが止めた。尚、アンノウンは残念そうにしていた。




「全く。紛らわしいから痴話喧嘩も程々にしてくれよ?」


「申し訳有りません」


「……っす」


 勘違いだったとは言え、レリックを止めようとしたエルフは善人であったし、レリックが端から見れば不審者である事は否定出来ない。事を荒立てない為にデートの待ち合わせに妹を連れて来た事に怒った末の喧嘩だと誤魔化し、親切でお人好しな相手は誤魔化されてしまった。つまりレリックへの風評被害が増えたのだが、今はそれを考えず三人と一匹は同じテーブルを囲んで座る。


「えっと、私って帰った方が良かったんじゃないかしら?」


「……おや。妹さんに詳しい話をせずに……いえ、そもそも妹じゃありませんでしたね」


「えぇっ!? 分かってたんですかっ!? 一体何時から……」


 レリックをジト目で非難するイーチャだが、その途中でゲルダに視線を向ける。悪戯が大成功して種明かしをする時みたいだと驚くゲルダだが、ふと気が付いてしまった。つまり妹でないと分かっていたのにレリックをお兄ちゃんと呼んでいた姿を見られているのだから恥ずかしい。


「何時からって、最初からですよ。私にも弟が居ますので、何となくレリックさんに甘える時の姿に違和感を覚えまして。妹でなく……恋人なのでしょう?」


「レリックさんって矢っ張りロリコンだったのですか!?」


「矢っ張りって何だ、矢っ張りって!? あと、誤解すんなイーチャ! 俺はこんな断崖絶壁のチビを女として見ねぇよ!」


「だ、誰が断崖絶壁よ! 成長したら絶対大きくなるもの!」


「はっ! 無理ってもんだ。だって……いや、今は話が先だ。昨日また会った時に言ってただろ。あのチビドラゴンを連れた餓鬼について情報が有るって」


 再びちょっとした騒ぎになってしまう寸前、レリックが話の方向転換を行った事で何とか収まる。ゲルダも胸の話題へのショックを切り替え、気になっていたネルガルについての情報に集中していた。だから気が付かない。レリックが途切れさせた言葉の意味する物に。


「……私に弟が居たという話はしましたね? では、少々胸糞悪い話ですが聞いて下さい。私が十四歳のある日、突如襲って来た厄災について……」


 残った紅茶を一気に飲み干すとイーチャは語り始める。人類全般に強い悪意と敵意を持つ魔族が引き起こした物ではなく、欲に溺れた醜い心と強い権力を持ち合わせた者によって起こされた珍しくもない悲劇を。





「お姉ちゃーん。遊んでー!」


「はいはい。仕方が無いわね」


 イーチャが生まれたのは採れる鉱石の質も量もそれほど優れていない採掘場を抱える村。当時の領主は豚とガマガエルの間の子供が肥え太って二足歩行をしている、そんな陰口を叩かれる男であり、その上に年中発情期の色狂い。他の領地との折り合いも悪く嫁のなり手すら見付からない。その苛立ちを贅沢で解消し、当然ながらツケは重税という形で領民にのし掛かる。


 他の領地との仲も悪いので貿易も疎かであり治安も悪い。近々首をすげ替えて別の家の者が支配すると噂が有るも、一向に近々がやって来ない。治安も悪く、領民の暮らしは逼迫するばかりだ。


 そんな辛く大変な暮らしだが、それでもイーチャは幸せだと思っていた。大好きな祖父母と両親、そして泣き虫で優しい最愛の弟。家族と共に過ごせていればそれで構わない。ささやかな幸せ以上は望まない無欲さで正直に真面目に生きていた彼女だが、家族以外が知らない秘密が一つだけ。


「分かっていると思うが、お前が夜魔族である事は絶対に秘密だぞ」


 それは家族が何度も何度も言い聞かせた事。何の因果か先祖返りかは分からないがイーチャの体には夜魔族の証であるコウモリに似た翼と先がハートになった尻尾が生えている。


 魔族と同一視されているから、それだけが理由ではない。夜魔族は好色な男にとって喉から手が出る程に求める存在。その体は極上で、男色家でも悟りを開いた僧侶でも夜魔族の肉体を目にすれば肉欲に溺れる獣当然と化すとさえ伝えられ、上級貴族の妾や高級娼婦にその存在が確認されるという。だからこそ秘密厳守だ。知られれば田舎育ちの平民であるイーチャの人生に不幸しか呼び込まないと皆が考えていた。


「分かりました。私、絶対隠し通します」


 それは決して大袈裟な心配ではない。寧ろ……楽観的でさえあった。例え本人に落ち度が無く、生まれや育ちといった変える方法が無い事が原因だったとしても、不幸は人の予想を上回る規模で現れるのだから。


 ある日、イーチャの弟が不良騎士に捕まり、戯れで崖下に投げ捨てられた。出っ張った岩に服が引っ掛かって一旦は助かるも、貧しい村の子供の服が頑丈な筈もなく、それ程時間が経たずに破れて落下するだろう。周囲に誰も居ない、そんな風に判断したイーチャは翼で空を飛び弟を助けて一件落着……ではなかった。


「おいおい、マジかよ……」


 腐った連中とはとことん腐っている物だ。賭で負けた者が崖下の死体から持ち物をはぎ取って来る、そんな遊びで戻って来ていた騎士が領主に報告。何時もの様に使い捨てにされた後で自分の物にしたいと思っていた彼の思惑通りに領主はイーチャを手に入れようと躍起になり、逃げられたと知るなり怒り狂った。




「……その村こそが例の慰霊碑の村であり、逃げ出した私を匿ってくれたのがこの町の人達です」


 この時、レリックはその後に起きた事の真相に気が付いていた。暴政を敷く領主の怒りを買った村が偶然直ぐに病で滅びるのも偶然が過ぎる。毒か呪いか、そんな所だろうと予想を付けていた。ゲルダは未だそこまで人の汚さに気が付いておらず、精々が病の際の支援を渋った程度だ。


「その後、私は正体を隠しながら旅の商人一行の下働きとして各地を回り、とある理由で大怪我を負った所を主であるラム様に助けていただき、今に至ります。そして、その理由というのが……」


 イーチャが服の裾をめくって脇腹を見せれば深い傷跡が痛々しく残っている。普段は魔法で隠している傷跡は背中側まで貫通していた。




「私にこの傷を負わせた相手こそが生き残っていた弟なのです。そして弟の名は……ネルガル。貴方達と戦った少年と同一人物と見て間違い無いでしょう。何となく私には分かるのですよ。だって、愛しい大切な弟の事ですから……」





アンノウンのコメント 張り紙が落ちたタイミングが怪しい? バッチリだったでしょ!

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