ツンデレの誓い
例え今は分かり合えなくても血さえ繋がっていれば絆は結べる。小さくて無力な頃の俺はそんなプリンの黒蜜トッピングみてぇに甘ったるい理想を信じていた。実の所、信じたかったのかもな。絶対に俺の存在を一族に知られまいとする父親とは滅多に会えず、それが寂しかったから両親と一緒に暮らせる事を望んでいたんだ。
実際、父と歳の離れた妹の楓姉さん(俺とはそんなに離れてないし、伯母さんと呼ぶと怖いのでこの呼び方)とは仲良くやってたんだ。だから母方の祖父母だけでなく、父方の祖父母とも仲良くなれるって信じていたんだ。……そう。その父方の祖父母達によって家族を殺される日まで。
「……獣如きが我が一族の血を引く等と穢らわしい。駆除せねば」
ある日、山菜採りから帰ったら出掛けている母さん以外は皆死んでいた。祖父ちゃんも祖母ちゃんも、叔父さん達も従兄弟も。皆、父さんの一族の手で殺されていたんだ。
獣人を含め、ドワーフやエルフを含む人間以外の人種を下等な生き物と蔑視する考えはパップリガ、特に一部の地域の権力者の間で極めて強い。父さんの家は正しくその筆頭で、獣人の使用人は賢いペット程度の扱いなのに、それが一族の者と子を成しただなんて許せる筈が無い。結果、起きたのは駆除の名の下の殺害。俺と母さんを匿っていた母方の親類を全て消し、俺も消す事で汚れを無くそうとしたんだ。
「な、なんで……」
「おっと、その前にせめてもの情けだ。獣祓いをしてやらねば」
実の孫なのにどうして、そんな風な俺の呟きは無視される。返事の代わりに行われたのは本人達からすれば憐憫から行ってるっつう胸糞悪い儀式。獣祓い……まあ、要するに獣人を殺す前に少しでも見た目を自分達に近付けてやろうって事だ。最初は腐り切った性根だが実際に哀れんでだったんだろうが、今は違う。押さえ付けられた俺が見た祖父母は笑っていたからだ。醜い獣の特徴を持つ餓鬼を絆付けるのが心底楽しくってな。
母さんから受け継いだ狼の耳と尻尾を切り落とされ、穢らわしい身で生まれた責任だって腹を横一文字に切り裂かれ激流に投げ込まれる。この日、俺は知ったんだ。血の繋がり自体には何の価値も無い。そして誓った。何時の日か、必ず復讐してやるって。
この後、瀕死の重傷を負った俺をレガリアさんが助けてくれて、暖かい家庭で新たな家族と過ごしながらも俺は力を付けていった。簡単な話だ。憎しみは消えない。何か大切な物を得ても、奪われた物の代用じゃ無いからだ。誰かを他の誰かの代用として扱うのは糞みてぇだろ? それと同じだよ……。
「……糞。意識飛んでたぜ」
あのネルガルっつう餓鬼が起こした騒ぎから一夜開け、俺はゲルダと一緒にシルヴィア様に稽古を付けて貰っていた。本当だったら万全の準備を整えてから掛かって来いなんざ言われたら腹が立つんだが、実戦でも戦いの最中よりも戦いになる前に準備を整えるもんだし、そもそも相手は武の女神シルヴィア様だ。俺は信仰する相手の至った場所の片鱗を見られればと思ったし、全力で挑んだ。
連携? まあ、長年レガリアさんと組んでたし、クルースニクでも仲間と散々連携訓練はやったからな。確かに勇者として身体能力は上がっていても連携はお粗末なゲルダに合わせてやったぜ。最初は羊が邪魔だったが、途中で金色に光る一匹になってからは合わせるのが楽だった。
結果? 掠りもせずにボッコボコ。俺のグレイプニルが何処から攻めても、ゲルダとタイミングを合わせて攻撃を仕掛けても、どんな術も技も策も通用しねぇ。シルヴィア様は斧を構えていたんだが、まさか刃さえ使わず全部柄頭で捌かれるとはな。神としての力を大幅に削ってるらしいが、冴え渡る技は全く曇らずってか?
「未だ攻撃が通じねぇだけなら予想してたんだが、流石に落ち込むな、おい」
そう、攻撃が掠りもせず子供扱いですらないって展開は何となく予測していた。考えても見ろ。たかが英雄になる資格を持っただけの十代の若造がどうやれば武の女神に届くってんだ。諦めるのと現実を見ないのは別だぜ? たった数年の努力と数度の死線で数倍数十倍の鍛錬と経験の持ち主を越えるってのは物語じゃ見掛ける展開だが、実際に自分が努力する側なら分かるんだ。所詮物語は物語ってな。……それを可能な天才ってのも居るっちゃ居るが、相手は武の女神だぜ? 文字通り次元が違うんだよ。
俺が視線を向けるのは修行場の床。その日によって全く別の物になるんだが、シルヴィア様が踏んでいたタイルに残った靴跡は一切動いた跡が残っちゃいない。半歩も動かず俺とゲルダ、そして羊と犬の攻撃を悠々と防いだんだ。俺とゲルダが二人揃って気絶した時点で組み手は一旦終了。シルヴィア様は……賢者様の所か。
「……うん」
まあ、俺って賢者信奉者でも有るし、主従だと思ってた二人が夫婦でも別に構わないんだよ、ラブラブだろうが人目があってもイチャイチャしてようが別に良いんだ。でもなぁ……。
「何となく釈然としねぇ」
大の字でぶっ倒れたまま呟き、何時までも寝転んだままじゃ情けねぇから起き上がる。どうやらゲルダの方は未だ気絶したままらしい。まあ、年期の違いだな。幾ら半年以上シルヴィア様に鍛えられてようとも羊飼いの餓鬼だったんだ。気絶する寸前だろうがダメージを減らす受け身やら何やらだのを行う技術は未熟って所だな。
……正直言って少しだけ安心している。胡座の状態で手を伸ばして頭を撫でりゃ伝わって来たのは癖の強い剛毛の感触。俺には遺伝しなかったが母方の親戚全員が持ってた髪質だ。
ゲルダ・ネフィル。長い間存在を知らなかった実の妹。そして勇者であり、俺がその仲間ってのは何の偶然だよ。勇者の仲間は英雄候補から勇者との相性を見て選ばれるって聞いたが、血の繋がりで選ばれたってんなら複雑だな、おい。
「……でもまぁ、幸いっつったら幸いだな」
俺は復讐に生きるって決めた身だ。復讐ってのはどっちかが相手を全部消すか、奪われた悲しみ憎しみを飲み込んで堪えるしか終わる術が無い。何せ復讐の対象を消したとして、其奴の身内やら関係者、復讐の影響で被害を受けた連中がこっちに復讐して来るからな。逆恨み? 世の中ってのはそんなもんだよ。
だから俺は兄である事を告げない。何故なら俺は兄貴だからだ。兄貴ってのは弟や妹を守る存在だってのに、巻き込んでどうすんだよ。どうも両親の過去について詳しくは知らないらしいし、賢者様達には既に身の上話をして黙っていてくれって頼んである。
……だから都合が良かったのかもな。勇者の仲間が勇者を守る為に動くのは当然だ。兄貴としてでなくても、俺は此奴を守れるのならそれで良いんだ。糞みてぇな親類の事なんて知らないならそれで良い。何があっても俺が守ってやる。それが母さんとの約束だからだ……。
「……んで、お前は何時までそうしてる気だ?」
羊達はゲルダが気絶すれば強制的に帰って行った。最後まで心配そうに鳴きながらな。だが、ゲルドバって名付けられた牧羊犬だけは残ってやがる。そして俺の方をジッと無言で見詰めていた。昨日も思ったが、こうして改めて観察すると間違いじゃ無ぇな。
「分かってるんだろ? ゲルダにちっちゃお前は家族だ。所詮他人としか認識されてねぇ俺と違ってな。賢者様も居るしシルヴィア様も居る。俺も……まあ、二人に比べたら劣るが居る。余計な自己犠牲は考えるなよ? 父さんに代わって息子の俺が命令するからな!」
「……バウ」
俺の言葉に納得したのかしてないのかゲルドバは一声鳴いて消えて行く。元の場所に戻るのを抗うのを止めたんだ。……にしても父さんも予想外だったろうな。娘にとって大切な存在になるなんてよ。
「飯にすっか……」
動いたし色々考えたから腹が減ったな。何か作って食うか。俺はゲルダを背負って歩き出す。背中に感じる体重は年相応に軽かった。本当だったら戦いとは無縁のまま俺に守られていただけの奴に相応しい軽さだ。……絶対に守り抜く。改めて心に誓った。
アンノウンのコメント 最初はモブ 途中でゲルちゃんを庇って死ぬだけの予定だったのに出世したなぁ




