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ポイント制度

 エルちゃんとの遊びがヒートアップしてしまいには彼女を担ぎ上げて城内を練り歩いていると、彼女の姉上、つまり愛すべき魔王様に出くわした。


 そして気付いた。

 僕は何をやっているんだろう。


 確かに彼女は最初喜んでいた。

(子供向けの)お馬さん遊びは彼女の興に熱を加えることが出来たようだが、僕は調子に乗る類の人間であった。


 最近ずっと一緒にいたピュリアさんと一日でも離れてしまった所為か、肩が妙に涼しくなってしまった気がして、気がつけば彼女を肩車して走り回っていた。


 部屋の中にいる内はエルちゃんも喜んでくれていたが、そこを飛び出してからは「やめてとまってはずかしい」なる叫びを耳にした覚えがある。


 そして今、眉をしかめたクリステラ様がこちらを睨んでいる状況に落ち着いてしまった訳で。

 然り、自業自得である。


 しかし気になるのは眼前だけではない。


 酷く熱を持っている高貴なる方の臀部と脚部が僕の体に接触していることの重大性を今更ながら自覚し、思わずその柔らかな温かみの持ち主の顔を覗き見る事しか今の僕には許されなかったが、ああ、何てことだろう。


 彼女は両の手の平を顔に当てていて。

 林檎のように赤くなった頬を自らの姉には、ひょっとすると誰にも見られたくなかったのか、おこりの様に震えてその表情を見せないでいた。


「やめて、って……恥ずかしいって、言ったのに……」


 返す返すも、なんと言うことだろう。

 僕の愛は彼女に誠実さが何であるかを伝えうることが出来なかった。


 今彼女が泣いているのであれば、それは疑いなく僕の所業によるものなのだ。


「ごめんよエルちゃん……僕が無力なばかりに、貴女の笑顔を守ることが出来なかった……」

「いいえ、いいの。元はと言えば、貴方との遊びを望んだのはこの私だもの」

「なんですって……そんな、ぼ、僕との事は遊びだったって言うんですか!?」

「ふふ……いいえ、本気よ。だって、本気じゃないと遊びは楽しくないでしょう?」

「思わせぶりな言葉で僕を惑わせないでよ! 酷いやエルちゃん!」



「その茶番はいつまで続くんだ」


「お姉様が」

「魔王様が」

「「望む限り」」


「分かった。二人とももう黙れ」


 エルちゃんとハイタッチを交わす。


 後をとっとこ着いてきていたセルフィさんにエルちゃんを抱っこして渡すと、セルフィさんは一礼し、魔王の妹を抱きかかえたままに去っていった。


「またね、ナインちゃん。それと、お姉様」


 そんな言葉を残して、かの恐ろしい少女は退場した。




「……随分エルと仲良くなったようじゃないか。ええ?」

「はい、良くしていただいております」


 ちょっとテンションがおかしくなっていた。笑い話で済んで心底良かったと思う。


 ぶっちゃけあれ、下手すりゃ不敬罪で殺されても全然可笑しくないよね。


「皮肉も分からんか、山猿めが。分を弁えろと言っている」

「とは言え、エル様ご本人が望まれていたものでして」

「なんだ、口答えまで覚えたか。やはり躾が足りんようだ」

「……これは失礼を」

「ふん。まあ良い、ついて来い。貴様の戯けた噂は聞いている、道化たことでも言って余を興じさせてみろ」

「……夢の姉妹丼……」

「? 何か言ったか?」

「いえ、何も」


 それにしても、姉妹揃っていきなり人を部屋に連れ込むとは。


 男の誘い方がなっちゃいないね。

 ママに教わんなかったのかいってなもんさ。





 そんな訳で、魔王様のお部屋までやって来たのだ。


「気安く入っちゃっても良いんですかね。いえ、エルちゃんのお部屋にも入っちゃいましたが」

「初耳だ。減点一」

「お待ちくださいな。こちらは減点制度自体が初耳です」

「これからの貴様の行動には、全て加点減点方式を適用する。採点者は余である」

「……? ええと、つまり良いことをすればプラスがついて、駄目なことをすればマイナスが与えられる、と?」

「そうだ。規定の点数に達するとそれぞれイベントがある。楽しみにするがいい」

「となると、プラスマイナスを行ったり来たりした場合は、何も起こらないと?」

「いいや。加点と減点は独立している。よって、マイナスは取り返しがつかず、プラスはヘマをしても蓄積されたまま、と言うことだ」

「はあ」


 つまりはそういうゲームであるらしい。


 魔王と言うのも中々暇なんだろうか。


 違うな、アロマさんに仕事を押し付けているんだろう。

 あの人苦労性みたいだし。


 まあ、このような状況も然もありなん。


 セルフィさんに聞いた限り、この堅物っぽい喋りの魔王様は存外お茶目な性格をしているらしいし。

 今までの自分の常識が崩れそうだが、なに、高貴であるからといって近付きがたい人格の者ばかりではないのはティア様で既に証明済みである。


「家畜には餌と鞭が必要だからな。余が直々に媚の売り方を教育してやろうと言うのだ、どうだ嬉しいか?」

「はい、嬉しいです!」


 くそったれえ。


「ではまず、そこに這いつくばれ。そういった事は得意であろう?」


 言われるがままにぺこりんと四つん這いになる。


 土下座で鍛えたこの姿勢にはそこそこ自信がある。

 昨日の僕とはもう違う。

 男子三日会わざれば刮目して見るべし、すなわち今の僕は余裕のある男なのだ。


 這いつくばろうが、こんなことでいちいち屈辱など感じはしないのだ。

 全ては僕の目的の為に。


「ふむ、相も変わらず中々良い具合だ。この間はアロマがいたからな、中々落ち着かなかったがこれは悪くない」


 どす、と勢い良く僕の背に座り込んできたクリスはそう口にした。

 そうですかよ。


「ふむ。ええと、しばし待つが良い」


 そう言ってペラペラと何かをめくる音が聞こえる。


 思わず見上げると、


「こら。許可無く顔を上げるな下郎」


 そんな事を言われ、顔を足蹴にされた。


 今日のパンツはベージュですか。

 色気の欠片もありませんよ陛下。


 勘弁しろよ。貴女、僕の仇なんだぜ。


 言わば人生のラスボスなんですよ?


 それをこっちは心から愛しますっていうのにさ、せめてもっとこう、なんつーかほら、別にベージュが悪いとは言わないよ?

 たださ、年齢相応って言うかさあ。


 いっそピュリアさんを見習ってくれと言うかさあ。


 ちょっと待ってくれよ、まさかエルちゃんと歳の離れすぎた姉妹とか、そんなオチないよね?


 童顔の四十路とか言われたらマジへこむんだけど。

 三十路は全然いけるけど。


 昔、禁断の森から彼女を見たときは、何歳ぐらいかなんてよく分からなかったしなあ。


 ただ、この女の赤い赤い眼だけは、一日たりとも忘れる事はなかったけれど。


「あ……あの、陛下? 一つお聞きしたいことがありまして」

「黙っていろ。そんなことも一々口にせねば分からんか」

「凄く重要な事でして……どうかお願いいたします」

「……仕方あるまい。言ってみるがいい」


「貴女様ってお幾つなんですか」


「減点一だ」


 尻の圧力が強くなった。


 畜生。


 減点するならせめて教えてくれよ。


 これじゃ気になって眠れねえよ。


 いいやもう。

 きっと彼女は永遠の十八歳なんだ。

 ガロンさん基準で行こう。


 いいですいいです、言えないお年なんですね、大丈夫ですよお美しいから。


 愛せますから。


 ぱたり、と恐らくは本を閉じる音が聞こえた。


「ふむ、まずはそうだな。余の長所を挙げるがいい」

「えっ」

「どうした、ほれ。気に入れば加点してやろう。これはサービスのようなものだ」

「な、なんのお戯れで」

「このディアボロにあるものは全て余が支配すべきものであって、すなわち余は貴様の主人である。ならば、新たな従僕が余をどれだけ理解しているかを知るのは必須事項なのだ」

「は、はあ」

「故に、だ。余の良いところを挙げてみよ。沢山で良いぞ」


 なんだよ沢山って。

 一つもねえよ、この雌豚が……ああ違う、けどどっちにしろ愛さなきゃいけないんだから、良いところくらい見っけなきゃいけないんだろうけど……でもなあ。


「ええと、僕はまだ陛下のことをあまり存じあげませんし」

「減点一だ。余のあふれ出る魅力をすぐさま口に出来ぬようであれば、余の傍に置く価値などない。それに、貴様と言う男は目の前にいる女を喜ばせることも出来んのか?」


 なんだとう。


 既にお前の言うところの被支配者たるピュリアさんもアリスさんも、僕のものにしてやったんだぞ。

 あるいは彼女たちのものに僕がなったとも言えるけど、それにしたってこっちの男性的魅力と言うかなんというかそこら辺が疑われてしまうとなるのであれば、僕だって本気を出すことにやぶさかではないのだ。


 誉めそやしてやろうじゃないか。


「お、お美しいお(ぐし)をお持ちで。同じ白色の羽と併せて、まるで天使のようです」


「ふむ。天使とやらはサリア教の何がしかであろうが、まあ褒め言葉としておいてやろう」


「えっと、脚が細くて、長いですよね。まるで大理石の彫刻のようです」


「ふむふむ」


「ええとええと、白魚のようなおててをしていらっしゃる」


「ふむむ」


「うーんうーん、近付くと、思わずうっとりするような香りがいたします」


「ふむむん」


「ああそうだ、意外と胸がおっきい」


「……ん、んむ」


「下着の趣味がおばさんくさい」 


「減点三だ」


 ああ、しまった。

 つい本音が漏れた。


 でも、それを気にしているのであれば逆にそそります。


「下種が、二度と口にするな。次は首を飛ばす……ふん、貴様の好色な目線からではその程度しか余の魅力を表せんようだな」

「不甲斐なくて恐縮です」

「よい、そこまで貴様に期待する方が酷と言う者だろう。では次だ、貴様自身のことについて述べるが良い」

「……僕なんかのことを聞いても、特に得られる物は無いかと存じますが」

「それを決めるのは余である……が、お前の言うことも最もだ。何故貴様ごときの事を聞いてやるか教えてやる。伏して感謝せよ」

「もう伏しておりますが」


 貴女様のケツ圧で潰されておりますが。


「貴様は一言多いのだ。もう少し可愛げがあればアロマとてもう少し貴様の処遇に手心を加えるだろうに」

「口が余計なのは幼少の時分より言われてきた事ですから。口から生まれてきたのでしょう」

「ならば今しばらく閉じておけ。古来より、口を閉ざすに最も手っ取り早い手段を使って欲しくば話は別だが」

「…………」

「ふん……それでだな、貴様などのことを態々聞いてやるのはだ、その生まれにある」

「生まれ……といっても、卑しい農民の息子ですが」

「貴様が最初にここに来た日の事だ。貴様は余の顔を知っていると言ったな?」

「左様で。ですが、勘違いでは……陛下もそう仰ったかと」

「そんなことはどうでもいい。それで、だ。どこで見た、言ってみろ」

「生まれ故郷の……イスタの、ナイル村です。そこで陛下を拝見しました」

「……やはりな」


 やはりって事は、やっぱり僕の事、覚えてたって事だよね?


「ええと……では、僕の勘違いではなかったので?」

「知らんな」

「ええ?」


 何それ。


「貴様が偶々あそこの生き残りであったというだけであろうが。余は貴様のことなど知らん。ただの殺し損ねであろう」


 ……覗いてみるまでも無い。

 嘘だ、嘘ついてる、この女。


 何で嘘なんかつくんだ?

 単に僕ごときにまともに教える気はないってだけ?


 それとも、嘘を吐かなきゃいけない理由でもあるの?


「なんにせよ、貴様がナイル村……あの忌々しい場所の生き残りであるという事実が重要なのだ」


 忌々しいと来たもんだ。


 人の生まれ故郷に対して、随分とふざけた事言ってくれやがるよね。


 まあいいさ、なんかこの人、僕だって人のことを言えた義理じゃないけどちょっと情緒に難がある感じだし。


 具体的に言うなら……エルちゃんがちょっと背伸びしている感じだとしたら、こいつは誰かにシークレットブーツをはかされていて視線の高さが不自然な状態というか。


 自分が幼いって事に自覚が無いみたいなんだよなあ。

 無自覚な悪意と自覚的な悪意が混在しているというか。


 口だけは立派なんだけど、なんでこんな人格が形成されてんのかいまいち分かんない。


 鏡を見ろって?

 五月蝿いよ、ティア様!


「かの村は、精霊信仰が残った唯一の場所だと聞いている。そこで、貴様如きには大して期待はしておらんが何か手がかりがあれば知っておきたいという訳だ」

「ははあ」

「まあ、急ぎの話ではない。故にこうして、態々余が可愛がってやりつつ、貴様の忠誠を採点してやっている。貴様が余をまことに愛し、虚偽など口にせぬと確かめられたならば、手慰みにでもそのイモ臭い精霊の話を聞いてやろうと言うのだ。嬉しいであろう?」

「恐悦至極」

「ふふん、そうして素直にしておれば()いぞ。加点二だ」


 やったあ、初加点だ……なんて、そうそう思えないよ。


 何様だよ本当に。

 頭脳は子供、見た目は大人な裸の王様じゃないか。


「貴様の全ては余が握っている。現在の生殺与奪も、貴様の過去も、そしてこれからも永劫に貴様の尊厳は余のモノだ。お前は余の家畜だということを忘れるんじゃないぞ」

「……はい、勿論です。その為に僕はここにいるのですから。ここに来た時、申し上げましたでしょう? 僕は、貴方の傍で人間を皆殺しにするお役に立ちたいのだと」

「ふ、ふふ。よい。愛いな。精々励めよ、さすれば可愛がってやるからな?」


 そう言って、陛下は僕の頭を優しく、優しく撫でた。




 ――ああ、嬉しいなあ、幸せだなあ、と。そう思いなさい――


 ――そうでしょう、ナイン。貴方は、そう感じなければいけない――




 ……ああ、嬉しいなあ。幸せだなあ。


 僕の仇の魔王様は、優しいなあ。

 この手、あったかいなあ。



 ――そうそう、良い子ね――



 うん、僕は良い子だよ。

 だからまた家族が作れるはずだよね、ティア様……。


 むふー、と鼻息荒く、陛下は満足げに僕の顎に手をやり、目線を合わせてきた。


「……そうそう、ちなみにだな、これはあくまで貴様がここで上手くやれているかどうかの参考に聞いてやるだけなのだが。ええと、うむ、ガロンの良いところを挙げてみよ。あくまで参考までにな。まあ、余ほど挙げるのは難しいかも知れんがな、あれも中々器量が良い……」


 余は配下の関係にも気を遣うのだ、と胸を張っている陛下に対し、僕の口はのべつ幕無し、勝手にまくし立てていた。


 それが恐らく彼女の不興を買うと分かっていても、僕はガロンさんへの溢れんばかりの情愛を零さずにいられなかったからして、正常な判断能力が口を開く前に稼動していたとしても結果は変わらなかっただろうが。


「いやそれがですねえ、可愛くって可愛くってしょうがないですよあの人。ちょっとした仕草に無自覚な色気と言うかなんというか、それでいながら少女的な恥じらいが同居しているというかね。蓮っ葉な口調が余計にそれを彩っているんですよ。しかもおっぱいもおっきいし、そこだけじゃないんですけど、意外と母性的なところもあってね。ところで話は変わりますが、手足のモフモフもやーらかくて気持ち良くて、何より肉球、肉球ですよ。あれ、あんまり触らせてくんないんですけどホンマいいですわ。陛下も触ったことあります? プニプニしててさあ。それで、意外と汗っかきなんですよね。筋肉質って言うか、女性的な柔らかさもあるけど締まってるって言うか、それで体温が高いんでしょうかね、気にしてるみたいでね、最近は寒くなってきたからそんなこと無いんですけど、僕がここ来たばっかりの辺りの時、運動した後だったんでしょうね、自分の体臭が気になるのかシャツを持ち上げてくんくんする仕草がほんともう犬……て言うと怒るな、狼っぽくて! 抱きつきたくなるのを抑えるのに必死でしたよ! それにね、あのボーイッシュな感じがね、魔王様と違ってちょっと野暮ったい下着も似合うこと似合うこと」


「……余の良いところを今一度言ってみよ」


「えーと、ババくさいところでしたっけ。あれ、加齢臭だったかな」




 減点三つ付けられて、ぶん殴られて追い出された。


 良く死ななかったな、と自分を褒めてやりたい気分でいっぱいだった。


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