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杜撰な行動のツケ

 ――予想外に大規模な魔物の襲撃があったものの、ティアマリアは僅かな被害で無事に防衛された。


 それにもかかわらず、アビス・ヘレンは、貧民街にほど近い番兵達の詰所にて驚愕と悲嘆の声を上げた。


「……なんだ、これは。どういうことなんだ!」

「す、すみません、我々もどういうことだか……」

 

 街の混乱も収束し、今回の事件の後始末を行う為に戻った番兵達は、まず仲間の死体を目の当たりにし、ついで凶悪犯達が一人残らず脱走していることに気付いた。


 余りに不可解なことから、アビスは思わず声を荒げて問いかける。


「何故、囚人が消えている! この惨状は彼らがやったのか!?」

「恐らくは……そうかと。しかし、これだけ大規模な脱走、ありえるのか……?」

「事実、発生してしまったんだ。とにかく、付近の住民には警戒するよう通達してくれ。夜間の外出は控えるようにも、だ」

「はっ!」

「何人かはボクと来てくれ! 牢の中に、手がかりが残っているかもしれない。他の者は……殉職した彼らを、見苦しくないようにしてやってほしい」

「了解です! おい、手の空いている奴、何人か来い!」


「畜生、よくも、よくも仲間を……」


「泣き言は後だ、いいから早くしろ!」


 アビス達の調べで分かった事は、鍵は全て解錠された形跡があった、つまり鍵を無理やり壊しての脱走ではない、ということだった。


「内部からの手引きか? ……いや、それにしても、仲間を皆殺しにするとは流石に考えにくい……」


「あ、アビス様、俺達を疑うんですか!?」


 まずい。


 小声で呟いたつもりだが、近くの者に耳聡く聞こえてしまったようだ。


「……いや、ちょっと待て。そういや……そうだ間違いねえ! 死体の死亡推定時刻から考えると、事件の直前だ! 貴方が紹介した奴がいました!」

「……? ナイン君のことかい?」

「はい! あいつ、事件直前にここに来て、囚人と面会するっつってました!」

「何だって……?」

「あいつに間違いねえ! あいつ、元々ここの奴らとグルだったんだ! だってそうだろ、でなきゃ、何であいつの死体がねえんだ!」

「彼、が? ま、まさか……」

「畜生、あの野郎だ、あいつがやったんだ、他に考えられねえ! 教会が襲われたってのも、ブラフだったんだ!」

「ま、待ちたまえ。まだ決まったわけじゃない」

「だってよぉ!」

「内部の手引きがあったかどうかも、明らかじゃないんだ。合鍵を作っていたか、他の人間の仕業かも、まだ分からない」

「…………」

「……まずは、彼らを供養してやろう。それから互いに情報を持ち寄って、冷静に判断しよう」

「…………はい」


 涙を拭う彼らを見て、自分で否定していながら、ナインに対する疑いの気持ちが心の隅にこびりついていた。


 このタイミングで、何故ここに現れた?

 教会が襲われた?

 どういうことだ……?






 ……ある程度の始末を終え、アビスは元教会の前まで来ていた。


 周囲への延焼はほとんど無かったものの、既に建物の原型は留めていない。


 近隣の住民の噂によると、ここに誰かが押し入ったところなど誰も見ておらず、特に火が見える前に物音もしなかったという。


 それがもし正しければ、ナインが言っていたという教会の襲撃の話は真っ赤な嘘ということになるが……。


「……ナイン、君がやったのか? もし違うならば、君は今、無事なのか?」


 アビスの中では、ナインと言う人間の像が何重にもぶれて見えた。


 初対面の印象は、卑屈。


 少し話してみれば、お調子者。


 それでいながら、情緒不安定。


 なおかつ、善行を積みたがる正体不明の男。


 よくよく考えると、怪しいところが満載だった。


 それでもまだ、彼を信じたい自分がいる。


「もし、あ、アビス様」


「ん? なんだい、君は。どちら様かな」

「わ、私は、ファーマーと言います。あの焼け落ちた教会で司祭をやっておりました」

「ふむ……ああ、ナインから聞いたな。そうだ、君、言いにくいが夜逃げしたそうじゃないか。何故ここに」


「ナイン! あの疫病神、そんなこと言ってやがったのか!」


「疫病神……?」

「あの野郎、悪魔ですよ! ち、血まみれの部屋で、人間が焼けた臭いの中で、平気な面して寝こけてやがった。あんな、あんな奴が、人間の筈がねえ……!」

「落ち着いてくれ。なんだ、なんの話をしている」

「わ、私はケチな野郎ですが、人を殺めたこたぁねえ。あいつが上等な上着を着てたもんだから、ちょろっと仲間に言って、拝借しようとしただけだったんだ。質にいれりゃあ、酒代くらいになると思って」


 ……酷く興奮して分かり辛かったが、話をまとめてみると、彼の服を空き巣に奪わせて懐を暖めようとした、という話らしい。


「そしたらあいつ、わた、私の仲間を、仲間を……殺して、暖炉の薪にしやがったんだ! こっちは傷付けるつもりなんか無かったのに!」

「ま、待て。それだけなら、確かにやりすぎだが、まだ正当防衛の範疇に……」

「それにあいつ、あいつ鳥とブツブツ話してやがった! イカれてやがるんだよ、あいつは!」

「……鳥だって?」


 そういえば、番兵からも耳にしたし、周囲の住民も言っていた。


 変わった、見たことも無い鳥をペットにして連れていたって……でも、ボクはそれを見た事が無い。


「……ちなみに、彼が連れていたのはどんな鳥だ?」

「……確か、華奢で嘴も小さかったが、羽根がハゲワシみてえにでかかった。脚の爪も、体格に似合わないくらいでかくて……」


「……彼、重そうにしてたかい?」


「え? いや、全然……そういや、あんくらいでかきゃ、そこそこ重いよな……」




「ハルピュイアだ」



「え、今なんて……」


「いや。お手柄だよ。これは取っておいてくれ」


 貴重な情報をくれた彼に、コインを手渡す。

 やるべきことが見えてきた。


 まずは情報を集めよう。

 誰が犯人かの情報じゃない。

 一番疑わしい人間の周辺情報だ。


 一度だけ見た事がある。


 傷を負ったハルピュイア……ハーピーが、先ほどファーマーが言っていた特徴と一致する姿に変化して逃げ去っていく様を、ボクは見た事があった。


 それに、奴らは重さを操る魔法を生まれながらに会得している。


 情報のピースが、いずれもナインが一連の事件の犯人だと指し示していた。


 彼が魔族の手先なら、魔物を煽動したのも考えられる。


 人間のふりをして囚人脱走の手引きをしたと考えれば、それは街の混乱を誘うためだと納得も出来る。


 結局街には大した被害が出ていないことから、何故こんな回りくどいことをしたかその理由は分からないし、あれほど深いサリア教の知識を手に入れた手段も分からないが、矛盾は無かった。


 もし、今までの情報に誤りが無いのなら。

 ボクの推理が当たってしまっているのなら。


 ナイン。

 君は、ボクを騙していたのか。


 人間のような姿をして、なのに、君は魔族だったのか?


 神を騙って、ボクを、この街の人々を、嘲笑っていたのか?



 ……ならば、ボクが止めよう。

 ボクがこの事件の一角を呼び込んだんだ。


 ならば、ボクが責任を取るべきだ。

 待っているがいい、ナイン。



 ナイン、と。

 気付けばボクは彼のことを、呼び捨てるようになっていた。


 あるいはとっくに、心の奥底では彼を疑っていたのかもしれない。


 ナイン、君が本当に神の敵であるならば、ボクは君を八つ裂くことを躊躇わない。



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