38_第二神の像と信仰の始まり(二章終)
ウィンターは学園祭の翌日、定期的に行われる祈祷のために神殿に向かった。今日はギノも一緒に。
「俺に見せたいものっていうのはなんだ?」
「見てからのお楽しみです」
神殿に着いたあと、ラピナス十神の像が置かれている神像室に向かった。
以前までそこに、第二神ギノの像だけがなかったが、そこに新しく彼の像が設置された。なめらかで精巧な美しい像だ。
「ジャジャーン、見てください! ギノ様の神像です!」
「…………」
「嬉しくて言葉を失っちゃいましたか?」
「おい」
ギノは感激をあらわに――ではなく、呆れ混じりの半眼を浮かべていた。
「これ、俺の像じゃなくお前が主役になってるだろう。なんだ、『闇に仕える聖女』っていう明らかにお前メインの題名は」
「…………」
ウィンターも半眼を浮かべ、問題の神像を見つめる。
確かにギノの像ではあるが、その姿は小さめで、むしろ祈りを捧げる聖女がメインだ。ギノは完全におまけ扱い。
そして聖女は、ウィンターと瓜二つの姿をしていて。
しかし、その完成度は本当に見事で、圧倒的な存在感に息を呑んでしまう。
(でもなんか、思ってたのと違う感じ……)
この神像は、ウィンターがエリアノに頼んで作ってもらったもので、完成品を見たときは驚いた。ウィンターは声を上ずらせて言う。
「い、いやぁ……はは。ほんと、立派な像ですね。圧倒されちゃうなぁ」
「完全に発注ミスが起きているが。作った奴の私情が入ってるんじゃないか」
ギノがそう呟いたとき、像の足元に食べ物や花が供えてあるのが目に入った。ギノに、「お前が供えたのか?」と聞かれ、ウィンターを首を横に振る。
「きっと、誰かが祈りに来たんでしょう」
ウィンター以外の信者の存在に、嬉しさと同時に小さな寂しさを感じる。
今のラピナス教では、弱者や悪人は救われない。誰しも弱みや悪いところを持っているので、大罪人であるウィンターを助けたギノに縋り、信仰する人は増えていくはずだ。
けれどこの瞬間だけは、ギノをウィンターのものにすることを許してほしい。
ウィンターは背伸びをしてギノにちゅ、と口づけ、いたずらに成功した子どものように笑う。
「私きっと、ギノ様が『俺が選んだ聖女だ』って自慢できるような聖女になってみせます。いつになるか分かんないけど、私のこと信じていてください」
ギノが自分だけに寄り添ってくれる神でなくなっても、寂しがりなウィンターの心に注いでくれた優しさを抱き締めて、今度はそれを誰かに注いでいこう。
だから、ギノの温かさが、ちゃんとたくさんの人に届いたらいいなと思う。
すると彼は、自分の手をウィンターの手に絡めて、漆黒の瞳でこちらを射抜いた。
「お前はもうとっくに、俺の誇りだ」
するとそのとき、神像室に中年の男性が現れて、ギノの像の前に立ち、ウィンターたちがいるのも構わずに、腰を直角に曲げて祈り始めた。
ウィンターとギノは顔を見合わせる。
一体何を祈っているのかは分からないが、切実な思いが直角に曲がった背中から伝わってきた。
いつまで経っても頭を下げ続ける彼。儀式のために一度移動し、三時間後に神像室に再び戻ると、まだ彼は同じ体勢で祈っていて。
思わず「何か、お困り事ですか?」と話すと、彼は底冷えするような目と諦観の表情で顔を上げる。
「話したところで解決しないことです」
人は時々、解決する手段が全く思いつかないという絶望に直面することがある。けれどきっとどうにかしてほしくて、ここに来たのだろう。何も手を尽くせなくなっても、祈ることだけはできるから。ウィンターがギノが封じられた石像に辿り着いたように……。
彼はウィンターの肩にわざとらしくぶつかって、神像室を出ていった。
ぶつかった衝撃で転んだウィンターに、ギノはこちらに手を差し伸べた。
「大丈夫か? ウィンター」
「…………」
「なぜ泣く」
何があるのかは分かってあげられないが、辛いことだけは分かる。
(よっぽどのことがないと、あんな祈り方しない)
前世で冬佳として身体のあらゆる自由を失ったときに助けてくれる人はいなかったけれど、ウィンターが断罪前に前世を思い出して絶望していたときは、ギノが手を差し伸べてくれた。
誰も助けてくれない辛さも、助けてくれたときのありがたみも、どちらも分かる。今度はウィンターが、困難に陥っている人を救う番だ。救うなんておこがましいかもしれないけれど、代わりに祈るくらいは自分にもできる。
ウィンターはギノの手を取らずに立ち上がり、神像の前で膝をついて手を組んだ。
(あの人が救われますように。全ての人が正しく報われて、幸せの意味を知れますように。お願い、神様)
ウィンターの目に強い意志が宿っており、ギノは十体の神像に何かを訴えかけるその横顔を見て、人間が神に対して抱くような畏怖さえ感じていた。
◇◇◇
研究発表で見事に最優秀賞を受賞し、留年の危機を回避したウィンター。
最近はスケジュールを無理のない範囲で調整し、聖女と学生をしっかり両立できるようになった……気がする。
学園祭の二日後。
「学園祭が終わったということで、後期からの委員会を決める。ふたりペアで役割を決めろ」
教卓でギノが、そう指示する。
王立学園では、一年の後期から委員会活動が始まる。他の生徒たちは次々にペアを決めていき、黒板の希望の委員の名前を書いていく。
(去年は生き物委員だったけど、もう絶対やりたくない)
保健、体育、図書委員と複数ある委員会の中でも、生き物委員はダントツ不人気。
学園長の趣味で育てている魚の餌やりや水槽の掃除、世界中から集めた珍しい生き物の世話など、仕事量がとてつもなく多いから。
「あの、もしよかったら私と一緒に委員やらない?」
「すみません、私はもう別の人と約束してて」
「そ、そっかそっか。気にしないで。じゃああなたはどう?」
「ごめんなさい、私ももう決まってるので」
色んな人に声をかけてみるが、惨敗だった。リマとアメリーは図書委員をやるらしい。
声をかけては断られるを繰り返すうちに、どんどん委員の枠が埋まっていく。エリアノを誘おうとしたが、彼は女子生徒たちに囲まれていた。
「エリアノさん、よかったら私と組みませんか?」
「私と組みましょ。学園祭のミスコンのときから、話してみたいなって思ってて……」
「私も〜!」
ミスコンの最終審査が生徒たちの間で話題になり、エリアノは女子生徒たちから密かな人気を集めるようになっていた。
そして結局――。
「なんだ、またウィンターは余りか?」
「はい……。あの、今空いてる委員って……」
「そうだな……生き物委員だけだな」
「ですよね」
ウィンターの頬が引きつる。なんとなくそうなる気がしていた。
渋々黒板の生き物委員の隣に名前を書いていると、どこかから声がしてきた。
「ふふ、生き物委員なんて、慈悲深い聖女様にはぴったりだわ」
「か弱い生き物を救うのが使命だもんな。本当尊敬するわ」
ひとりでやるには大変な役割だが、去年もやっていて、ある程度慣れているので頑張るしかない。(また貧乏クジを引いちゃったな)と苦笑していると、黒板のウィンターの名前の隣に『エリアノ』の文字が書き込まれる。
それだけではなく、リマとアメリーの名前も加わった。エリアノはギノに言う。
「すみません、美術委員から生き物委員に移動します」
「私たちもやっぱり図書委員やめます」
四人に増えた生き物委員の名前を見て、ウィンターは目を瞬かせる。
「いいの? だって生き物委員って意味分かんないくらい大変だよ。超〜重い水槽を校舎の外まで運んで水を変えるんだよ? 私、水槽十回はひっくり返してるし」
「四人で持てばひっくり返しませんよ。というか魚が可哀想です」
エリアノに続いて、リマとアメリーも言う。
「ウィンター様と一緒にやったら楽しそうだし!」
「聖女の仕事があるときは、私たちが代わりにやるので気軽に頼ってくださいね」
ウィンターはびっくりしてしまい、どんな反応をとっていいのか分からなくなった。
まさかこんな風に、一緒に何かをやろうと言ってくれる人が自分にもできるなんて、夢を見ているみたいだ。
傷つけられて笑うのは得意なのに、優しくされたとき、一番肝心なときに上手く笑えないなんて。
(困ったな。こういうとき、どういう顔したらいいのか分かんないや)
困っている人が優しくしたい。でも、自分が優しくされるのにめっぽう不器用で。そんなウィンターを、ギノが少し離れたところから見ていた。
その日の放課後、さらにウィンターを困惑させることが起こる。
教室で黒板を消していると、リマに学園のサロンに連れて行かれた。部屋に入った途端、クラッカーの音がして紙吹雪が頭から降ってくる。
部屋の中は装飾が施されていて、黒板に『ウィンター様留年回避おめでとう!』の文字が。部屋には、リマとアメリー、エリアノ、ギノがいた。ギノは偉大な神なのに、ひとりだけ変な帽子と眼鏡をかけられていた。
アメリーが大きな皿に乗ったホールケーキを差し出してきた。
「留年回避おめでとう!」
「ウィンター様にたくさん助けてもらったので、僕たちで何かしようって準備していたんです」
エリアノが、『今日の主役』と書かれたタスキをウィンターの肩にかけ、アメリーが王冠を被せてくる。最優秀賞を取ったのはエリアノのおかげで、彼だって主役なのに、ウィンターを立ててくれている。
ウィンターは状況に理解が追いつかずに、またしても固まってしまった。
リマが不安そうに首を傾げる。
「あれ、嬉しくない……? もしかしてこういうの、迷惑だった?」
「ええと……迷惑じゃなくて、その……」
すると、ギノが耳元で囁く。
「良かったな」
その言葉で、目の前に起きたことは妄想ではなく現実で、喜んでいいことなのだとようやく自分に許可できた。
誰かにお祝いパーティーを開いてもらうなんて、物語の中の出来事で、自分には経験できないことだと思っていた。
自分が気にかけてもらえないのは当たり前なことだと、諦めてかけていた。
心にじんわりと温かい感覚が広がる。
長い間ウィンターが放ったらかしにしてきた、いや、わざと素通りして縁がないものだと言い聞かせてきた『友情』はきっと、こういうものを言うのだろうか。
ウィンターは笑わず、サロンをゆっくりと見渡して、ただ噛み締めるように呟く。
「この風船もケーキも、全部、私のためってこと……だよね? 夢みたい」
「「…………」」
ウィンターはぎこちない笑顔を浮かべ、少しだけ震えた声で、とびきり心を込めて言った。
「ありがとう」
二章はここで完結となります。
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