33_聖女の仕事と研究発表【表紙イラスト公開】
占いの館で死相が出ていると指摘されたことが、ウィンターの胸に引っかかっていた。その夜はあまり眠れなかったが、大事な研究発表の朝は否応なく訪れた。
今日は早めに学園に行ってエリアノと打ち合わせをする予定かので、いつもより早く朝食を食べる。
向かいの席で一緒に朝食を食べるユアンが言う。
「浮かない顔して、何か悩み事?」
「ううん、大丈夫。大したことじゃないから」
心配をかけないように笑顔を取り繕う。
「歯に昨日のパスタでも詰まった?」
「まぁ、そんな感じ……」
(そんなちっぽけなことで悩まないから。この人、妹のことなんだと思ってるの)
――という言葉は飲み込む。
ユアンと話していると、神殿から使者が屋敷にやってきた。
「聖女様にお願いがございます」
「……どうしたんですか?」
口の中のパンを飲み込み、手に持っていた残りを食器に置く。
「王都で突然瘴気溜まりが発生し、魔物が街を襲っています。お忙しいところ恐縮ですが、お力を貸していただけませんか」
「今すぐ……ですよね」
「はい」
どうしよう、とウィンターは固唾を飲む。
(これ、もしかして――死亡フラグじゃ)
昨日リゼットに占ってもらった言葉が脳裏を過ぎる。
それに今日は、二回目の留年がかかった研究発表の日だ。ウィンターとエリアノの出番は午後からだが、絶対に遅刻するわけにはいかない。
ウィンターは学園生活と聖女の仕事を両立すると、父に約束している。
無理をしてまで、こなしきれない仕事を引き受けるべきではないと学んだ。
(でももし、私が断ったせいで、被害に遭う人がいたら? ほっとけない)
行った先に危険な待っているとしても、だからこそ断ることができなかった。
「今日は午後から、大事な予定があるんです。それまでになってしまいますが、協力させてください」
「ありがとうございます……!」
ウィンターの返答を聞き、神殿の使いはほっと安堵して肩を下ろす。
それから、エリアノに「朝の打ち合わせに参加できない」旨の伝言をユアンに頼み、屋敷を出る。
「ウィンター」
「ん?」
玄関先でユアンに呼び止められ、彼はウィンターの額をつん、と指で押した。
温かい光に包まれ、思わず目を伏せる。
「何?」
「おまじない。怪我しないように気をつけて」
「ありがとう、お兄様」
温かく感じたのは、何かの魔法だと分かった。
◇◇◇
「――氷槍」
下級魔物の群れに、ウィンターの氷魔法が放たれる。大きな獅子型の魔物は最後に青白い光線を頭上に放って、絶命した。
街にいた人々は、ウィンターの青髪が風になびく様子を、息を潜めて見つめていた。
魔法師や騎士たちと魔物を全滅させたあと、瘴気黙まりに新しい結界を貼った。
一度現れた瘴気黙まりは、時間の経過とともに自然に小さくなっていて、消失するのを待つしかない。
今回瘴気黙まりができたのは、崖地のある村だった。崖のぎりぎりに道や住宅があり、そこに住む人たちに避難のため引っ越すように騎士が説明する。
「そんな……っ。まだ家を建てたばかりだっていうのに」
「引っ越しなんてやだよ。お父さん、ここにもう住めないの?」
そんな住民たちの会話が聞こえ、気の毒に思ったが、聖女に瘴気溜まりを浄化する力はない。
「結界は無事に張れました。怪我をした方がいれば、手当てをするのでこちらに来てください」
(この調子なら、午後に余裕で間に合いそう)
ウィンターは治癒魔法で人々を癒しながら、占いは当たらないのだと思った。だがその直後、ゴゴ……という音が聞こえてきた。
「魔物の声か?」
魔法師の誰かがそう言い、人々は周囲を見渡す。
しかし、ウィンターだけは、リセットの助言が引っかかっていて、頭上を見上げた。
先ほど、魔物が斜面に魔法の光線を放った崖から石が転がり落ちてきており、斜面に生えている木が傾いていくのが視界に入った。
(違う、魔物の声じゃない。地鳴りだ)
「みんな伏せて!」
ウィンターがそう叫んだ瞬間、ドカーンと何かが破裂したような大きな音が響き、地面が襲ってきた。
一瞬で辺りが暗くなり、土の匂いが充満した。
「うっ……一体、何が……」
「魔物の光線による崖崩れです。結界魔法で天井を作って、土砂を防ぎました」
結界魔法の中に、ユアンの神力の気配を感じる。彼の神力がウィンターの魔法を補助してくれていた。
魔術師の誰かが呪文を唱え、光魔法で明かりを灯した。
もし魔法占いの館に昨日行っていなかったら、今ごろウィンターは土砂の下に埋まっていたかもしれない。
ウィンターが咄嗟に反応したおかげで、新たな怪我人はいなかった。
魔術師の中で土魔法を使える者が、少しずつ土を操って退かしていくが、外に出るにはまだかなり時間がかかりそうだった。
「聖女様、本当にお見事です! 全員命が無事だったのはあなたのおかげです」
「本当に感謝します、聖女様」
しばらく前までは、軽蔑されることはあっては感謝されることなんてほとんどなかった。これまでのウィンターからすると、信じられないくらい嬉しいことだが、感謝の言葉は耳をすり抜けていった。
「……しよう」
「聖女様?」
「どうしよう」
ウィンターは顔面蒼白になり、へたり込んで頭を抱える。
(これじゃ、研究発表に――間に合わない。エリアノと一緒に、せっかくあんなに一生懸命準備したのに)




